あたたかな微笑み
うぎゃっ…
足元の梯子ががたつき、は身を強張らせた。
もう少しの所で目当ての薬品に届かない。
その隣の羊皮紙の束に手が掠る、左手は必死で梯子を捕まえているので、右手が危なっかしく揺れる。
早くそれを取り上げようと思って身と腕をピンと伸ばすけれども、掠るだけにしっかりと持てない。
その次の一瞬、平衡感覚を失ったような感じがした。
え…
「う…わぁ!」
梯子が横に傾く。
梯子を持っているのは危ないと無意識に判断したようで、はそれから手を離して、ものの見事に落ちた。
珍しく魔法を使うような素振りも見せず、其処まで頭が回っていないようだった。
それと同時に掠っていた羊皮紙の束も落ちる。
梯子がガタリと完全に横に傾くのが、薄い視界で見えた。
そんなに高い所にいた訳がないので、尻が地面に着くのは早かったが…
「いっ!?」
尻餅をつくのと同時、頭の上にゴツンと何かが当たる。
厚い本…?
バサリ、羊皮紙の束が頭に落ちて来る。
目を上げようとすると、また別の本が落ちて来る――ガン、ゴン、と何故かそれらは全て頭に命中する。
物が散乱し、埃っぽくなった床にはへたり込んでいた。
薬品の容器が落ちて来なかった事には、感謝したいが…
「いったぁ…」
頭の埃を落とし、撫でる。
瘤らしきものはないけれど、ガンガンする…
すると肩に人の手らしき感触がした。
「珍しい光景を見させて貰った」
「セブ…」
後ろから肩を支えるように、セブルスの両手がに添えられていた。
は涙目にはならないながらも、情けない目でセブルスを見上げた。
するとセブルスはの手を頭から退けて、自分の手での頭を撫で始めた。
に合わせて、セブルスもの背後で中腰をしている。
「珍しい。お前でもそんな事をするのか」
「そりゃ、何でも抜かりなく出来る訳ないわよ」
でも我ながら珍しい事をしたと思う。
は大人しくセブルスの手に従い、地面にへたり込んでいた。
「御免なさい、散らかして……って、この部屋が狭過ぎるかもしれないけど」
「此処に複数人の人間が入る事は、予想してなかったしな」
梯子と薬品棚。
それだけの、廊下の端の小部屋だったから、が振り向くと真っ向にセブルスがいた。
は地面に座りながらセブルスの顔を見上げると、一つ瞬きをした。
それは今まであまり見た事のない表情だったからだ。
きょとんとする。
「…そんな顔、出来るんだ」
「何?」
不思議そうに言っているに、セブルスは眉を寄せた。
「今、私が間抜けな事したからかな。
貴方って、微笑みの表情って、皮肉った微笑みしか出来ないって思ってた。
そんな笑い方出来るのなら、普段そうしとけば、生徒に今ほど悪い印象与えないのに」
「そんなに愉快な顔で笑っているか?」
「ううん、いっつもそうしとけば良いのに。
…貴方表情筋固まって、こんな顔出来ない、って思ってたわよ」
「それは心外だ」
至って普通にそう言うセブルスに、は少しだけ隠れて首を傾げた。
そして少し経ってから、もあたたかく微笑んだ。
頭は未だズキズキしているけれど。
は立ち上がろうと思って、今妙にセブルスと密着している状況に気付いて、少し焦る。
ドアと梯子に挟まれている。
立ち上がろうとすると打ったばかりの頭が、梯子に直撃する。
大人二人がこうしているのには、此処は狭過ぎた。
すると未だ肩に置かれていたセブルスの手がを誘って、するりと二人は立ち上がった。
梯子から離れ、薬棚沿いに行く。
地面に触れていたマントがヒラリと空に浮く。
しかしセブルスとの距離は変わってなかった。
背中に薬棚が当たり掛けている事に気付き、少し前に出るとまたセブルスと距離が短くなる。
でも後ろでカラカラと音を立てる棚に凭れ掛かる訳にはいかない。
はこの状況が何を表しているのか、察した。
未だ物は床に散乱しているのに。
「…此処、廊下に面した部屋なんですけど…ほら、生徒の声聞こえる…」
「何を期待している?」
「いや、期待というか予感。じゃあ離れてよ」
つっけんどんには言う。
でも、その後沈黙の時間が流れるにつれ、心臓が鼓動を増す。
不覚にも高鳴った心臓が止まらない。
外の生徒の声が鮮明に聞こえて来る。
「ちょっと、離れてって」
がそう言うと、セブルスは恐ろしくあたたかな微笑を顔に浮かべた。
はぞっとして思わずまた口を開いた。
「あのね、こんな所でこうしている意味が分からな――」
2006/7/17
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