決定的敗北感














白のキングが追い詰められ、黒のナイトを相手にして、王冠を脱いで盤上へ投げ出した。
多くの負傷した白の駒が、チェス盤の上に積み重ねられているのに関わらず、黒い駒の多くはチェス盤の上に残っていた。


「はいチェックメイト」


は唇を曲げて一瞬恨めしそうに顔を見上げたが、すぐにそれは盤上へ戻る。
眉を寄せてじっとそれを見つめているに、フランクは笑う。


「そんなに真剣になるのかなあ…」


はそれでも微動だにせず、じっと盤上を見つめていた。


「仮にも仕事場で、こんな風に遊んでいて良いのか?」

「…まあも今日の仕事終わってるんでしょ?
 私達もこういう事が出来るご時世に、ようやくなった、って事かしら」


ムーディが立ったまま腕を組み呆れたように、チェスに興じている二人を、半分睨み付けるように見ながら言う。
ムーディの隣に立っているアリスは、諫めるように微笑みながら答えた。
するとふとアリスも腕を組んで彼女の夫と、隣の男の弟子の様子を眺める。


「…何処が悪かったんだろう……ビショップが――」

、改めて、仕事以外の事に関しても結構粘着質というか、しつこいな」

「真面目だと言って」


眉間に皺を寄せて、白と黒の駒を見つめながら考察に入ったは、じっとそれを異常に見つめたまま、動かない。
の真剣な目線を見たフランクは溜息を吐き、顎に手を当てた。

フランクはを咎めようとせず、彼女の様子をのんびりと眺める。


「貴方の弟子真剣に考察し始めたわよ」

「…負けず嫌いなんだ」


アリスはムーディの言葉に、について自分が知っている事と照らし合わせて考えてみて、納得してうんと頷く。
それを言われて、過去の事からも確かにそれは明らかに見えてくる事に、今更気付いた。
ムーディはやはり呆れ眼でを見ていた。

アリスはこれに付き合っていたら時間が幾らあっても足りないなと思い、時計を確認して言う。


「――フランク!、と遊んでるのも良いけれど、そろそろネビル迎えに行かなくちゃ」

「お、もうそんな時間か?…ああ母さんの所へ迎えに行くか」


はフランクの言葉に顔を上げて、瞬きをする。

フランクは椅子から立ち上がっていて、上の目線からを見下ろしていた。
高い所から手がの頭に降って来る。


「じゃあな、。また今度付き合ってくれ」


くしゃりと頭を子供のように撫でられ、フランクの人懐っこい笑みがに向けられる。
は少しだけむっつりとした顔を緩ませて、ゆっくり微笑んだ。




「――あいつらを、あいつらの倅に取られてしまったな」

「…私そんなに子供じゃないわよ」


そう言いながらチェス盤をまだ睨み続けるに、ムーディはふふんと笑みを作る。


「…そうか?」

「もう二十歳も過ぎたし」


ムーディの知っている限りでは、はロングボトム夫妻に、ネビルが産まれる前から彼らの子供の様に接されていた。
ネビルが産まれてからもその接し方は変わっていなかったが、やはり、その時間が異なる。

と必然的に今まで過ごす時間が最も多かったムーディが思う事は、確かに真実だった。
そしてそういうに幼さを感じている、というのも真実だ。

ムーディはさっきまでフランクが座っていた椅子に座り、と向かい合う。

そして駒を一つ手に取り、眺め始めた。


「チェス出来たっけ?」

「今する気はない」


はあまり噛み合ってない会話に肩を落とし、上げた視線をまたチェス盤に戻した。

ムーディはこの魔法のチェスセットを片付けてやろうと思って此処に座ったのだが、駒ごしに見えるがあまりに真剣なので。
これで駒を動かしたら……とても可哀想に思って、手に取っていた駒を覚えていた位置へそっと戻した。

確かにらしくないとは思うが。


はそれにも視線を寄越さずに、時々唇を動かしながら、目を細めてひたすらに考えていた。
ムーディはそれにまた軽く呆れを覚える。


「…初めてなの」

「何だ」

「幾らやっても、幾らやっても、何も上達しないなんて。
 今まで生きてきて、何だって、反復したら上達が少しずつでも見られたのに。
 チェス…フランク相手に、どーしても勝てなくて…」


目の色を変えずにがそう言うのを、ムーディは毅然としたまま聞く。
そしてムーディはふいにチェス盤に目を落とす。

――それは、単にフランクが怪物的にチェスが強いだけだと思うが――


「こんな決定的な敗北感、感じたの初めて。凄く悔しい」


フランクも、少しばかり手加減をしてやったら良いものを。
…いや、あの男がそんな気配りが出来る訳がない。
ムーディは自分の事を棚に上げる。


「だからこうして、考えてるの」


ムーディはまたチェスの駒を見つめ続けるに対し、足を組む。
そして前と似た馬鹿にしたような笑みを顔に浮かべた。


「…まるで子供だな」

「何が?」

「お前の様子がだ」


はムーディの言葉に鋭く反応して、眉を寄せて彼女の師匠を見る。


「…何処が子供なの?」

「執着が強い」

「それがどうして子供になるの?
 確かに、年齢的には、アラスターから見たら私は子供かもしれないけれど」

「儂から見たら子供に見える、よく分かっているじゃないか」


そういう事を言ったんじゃない、との眉の寄せ方が強くなる。


「頭を撫でられて微笑む、それが二十過ぎての言動か?」

「……」


は反論をしても、どうせ良い言葉が言えずに丸め込まれる事を悟っていたので、無言だった。
反論をしたくない訳では決してない。
ムーディはそのの様子を達観しているように眺める。


「…確かに、あの二人に依存している部分はあると思うけれど…」


ぽつりとそう呟いて、また黙りこくる。
そしてゆっくりとムーディを見つめて、はっきりと言った。


「執着して依存している事が子供なら、私は一生子供のままだわ」

「…それは困ったな」


はまた飽きずにチェス盤へ目を下ろす。
ムーディはゆっくり溜息を吐いて、少しの間目の前のを観察し始めた。















「チェックメイト」


は微笑んで、黒のキングが王冠を脱ぐ様子を見た。
ロンはまたその様子を悔しそうに見ていた。


「ちょっと位弟に手加減してやってくれよ」

「そんな事したらロンに失礼でしょ」


ジョージの言葉に簡単に応えて、は微笑んで腕を組んで椅子に深く腰掛けた。
目の前でロンはチェス盤と睨めっこをして、自分の敗因を探しているようだった。


強い…ロンにこんなに簡単に勝つなんて」

「昔、チェスがやたら強い人がいてね。
 その人と何回もチェスをやらされてたから」

「でも大人気なくない?」

「煩いフレッド」


ハリーとの会話にフレッドが割り込んで、は表情を変えずに言う。


「貴方達位の年になれば、殆ど大人よ」

「じゃあ騎士団に…」

「それは、完全大人じゃないと駄目なの」


毅然としているに対して、双子はむっつりとむくれた。
他の子供達も目線を交わして、気分が良い様には見えなかったけれど、は機嫌が良い様子でロンが目の前でまだチェスを見ているのを眺める。
ロンがゆっくり口を開いた。


、本当に何でも出来るんだね」

「料理は壊滅的に出来ないわ、それと飲酒も無理」


子守のようにが子供達の相手をしているのを、巷の大人達は微笑ましげに見ていた。
妙に子供に溶け込んでいるに、トンクスは「そりゃああの人はある意味子供だもん」と言う。

ムーディは魔法の目での方をちらりと見て息を吐き、酒瓶を傾けた。



























2006/11/20






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