困ったように笑う













ぼんやりと空を見上げていた。
でも其処は空、と言うには具合が悪いかもしれない。

アトリウムの噴水、魔法界が戦争状態にあるのに、今この時点で其処にいる魔法使いは殆どいなかった。
其処の水の底に溜まっているガリオン金貨も少ない。
寧ろ戦争状態からくる空虚感、寂寥感が満ちている光景だった。

守衛にポツンと一人魔法使いが立ち、後殆ど魔法使いの気配はない。
エレベーターの鎖のガチャガチャという音さえ、この場に聞こえないようだ。

度々魔法使いがせせこましく歩いて来るも、すぐに金のゲートに入ったり、暖炉を使って出て行くばかりだった。


ぼんやりと空を見上げていた。
空、と言うにはそれはあまりにも無様過ぎるかもしれないが。

出来れば外の空を見上げたかったけれども、マグルの世界にこの格好で出て行くのも面倒だ。
地下の魔法で空を映し出している窓を、は何も考えずに見上げていた。

噴水の縁に腰掛けて、黒いマントの上にぼんやり座る。
肩に掠る位の黒髪が顔の両側で揺れている。

其処は死角になっていて、人からあまり気付かれない筈だ。




バーテミウス・クラウチは噴水のわきに黒い頭を見付けた。

こんな所に隠れるように座っている…
後ろに魔法使いを引き連れたまま少し歩いてみると、社会人というには幼い、少女と形容した方が似合う、黒いマントを身に着けた魔女がいた。

その顔と自らの頭の中の、魔法省の役人の名簿と照らし合わせてみる…でもその前にこの頃の身近な情報の中に彼女がいた。


「何をしているんだね?」


少女はビクンと身体を少しだけ跳ねさせ、驚いたようにゆっくりと振り返る。
全身と同様の黒い目がクラウチを捉える。

クラウチは後ろに引き連れていた魔法使い達に手で指示を送り、その場に待機させて、自らは少女の方に歩み寄った。

は今まで、新聞で目にしていた人物が目の前にいる事に驚き、ゆっくり口を開いた。
驚きによって空ろに呟く。


「――バーテミウス・クラウチ――……魔法法執行部長」


呼び捨ての後ろに思い出したように、役職をつけた。


かね?」

「どうして私の名を――」

「君に研修期間なしで闇祓いの資格を与えたのは、誰だと思う?」


あ、とが気が付いたように目を瞬きさせる。

クラウチはの近くまで歩み寄って、立って上からを見下げていた。


「で、何をしていたのかね?」


は上から言われるそれに、じっと動じない。
考えるように黙って、少し眉を寄せたけれど、口を開いた。


「やる事がないもので」

「闇祓いにやる事がない、というのは奇妙な事だ」

「いえ…一人じゃあ何も出来なくて」


は困ったように笑った。
クラウチはそれに無表情で応え、次の質問を飛ばす。


「ムーディは何処だ? 大抵一緒にいるのだろう?」

「ムーディさんが裁判でいないんです。今、下の法廷にいます。
 だから、今は私は何もさせて貰えませんし、何かを出来る自信もありません。
 ムーディさんも、好きに何でもしておけ、って言ってましたし…」

「あいつめ、そんな事を言っていたのか?」


クラウチは不快感を顕わにして、眉を寄せた。
がそれに慌てたかのように、何とか気を取り直さなくてはと思うけれど、彼女に出来る事は何もなかった。

そんなを尻目に、クラウチはじっとを見ていた。
若い容貌の女だ。

研修期間なしで闇祓いの資格を得た彼女、いや、今の情勢でそうせざるをえなかった彼女に、クラウチは関心を抱いていないとは言えない。
それに師匠がムーディだ。
風の噂では色々な話を聞く…


「ムーディさんは悪くありませんよ。
 それに今こうしていたのは、――私が…単に…ちょっと疲れちゃって」

「疲れた?」

「はい」


はまた苦笑する。


「この前からいきなり、闇祓いと死喰い人の中に少し混じってしまって、体力的にも…精神的にも疲れちゃって」


だから、空を見上げていたと言うのか。

でもその言い分も分からない事はない。
今まで平然と日々の日常を送っていたのなら、今突然、このような日々を送る事になってしまって、それに簡単に順応出来るものではない。
それは理解はしていたが、理解をするのみだ。


「情けない」


一言の重みに、は眉を上げたけれど、それもすぐに元に戻る。


「まだ仕事に慣れていないのか? 私は随分と君を、過大評価し過ぎていたようだ」


は無言だった。
でも僅かに、眉が寄っていた。


「ムーディがいずに一人でいたら、いつもこんな状態なのかね?」


は上目がちにクラウチを見た。
未だ言葉を発さない。
でもの瞳の色が、今度は少し違っていた。

クラウチが溜息を吐いて言った。


「一人ではまだまだ弱いが、しかしこの頃私が風の便りに聞くには、君も少しはムーディと一緒に頑張っているそうではないか。
 ――素質がない訳ではないのなら、時間が解決してくれるものもある…、しかし実際はそうでないものが多いがね」


は顔の両脇の髪を耳に掛け直す。
そしてそのまま腕を伸ばし、後ろに一つに括る。

鬱陶しかった髪が全て後ろにいき、顔の周りがこざっぱりして…いつもの彼女のスタイルに戻った。
顔立ちは中性的で着飾っている訳でもないので、男か女か分からなくなる。
服装だってただの大きな真っ黒なマントだから。

そして黒い目を見据えた。


「…休憩時間は終わりです。
 クラウチさん、話し相手になって貰って有難う御座いました。私はまた仕事に戻ります」


マントをばさりと翻して、は立つ。
表情はさっきとは比べ物にならなくしっかりとして、力のなかった目が力を取り戻す。

クラウチはその変貌を目の下で見て、初めて少しだけ鼻で微笑んだ。


「また何かあったら、言ってくれたまえ。
 頑張ってくれ。私も期待している、


は頭を叩かれて、むっとして見上げると、もう其処に人はいなかった。
横を見るとクラウチが部下を連れ立って、エレベーターへと向かっていた。

はぽつんと立っていた。


「クラウチに何か嫌味でも言われたか?」

「ムーディさん、そんな事言われてませんよ」


背後からの声には振り返って、苦笑する。
其処にはクラウチの行った方向を苦々しげに見つめる、ムーディの姿があった。


「いや、あいつは絶対に何か口出ししなくちゃいられん性分で――」

「――確かに、ムーディさんとクラウチさん、仲良さそうじゃないですね」


絶対性格が噛み合わない。
仮にも上司なのだが、遠慮なく吼えるこの師匠の姿が目に映るようだった。

ムーディはちらりとの顔色を窺い、それがいつもと変わりないのを確認した。


「クラウチさんだって、そんな嫌味吐く人じゃないですよ」

「いや、そういう奴だ」


何を言っても無駄か、そうだな。

は金のゲートに歩き出すムーディの背中を追って、駆け足で半ば走り出す。
未だ歩調を合わせ難い。
マントがばさばさと波打つ。


「裁判はどうでしたか?」

「まあ、いつもと変わりはない。生温い判決ばかりだ」


はそのムーディの顔を、無邪気な顔で見上げていた。
ふうん、という感じで普通に受け止める。


「あ、そうだ。
 さっきクラウチさんに私、「頑張るように」とか「期待している」――とか言われましたよ」

「それが嫌味だ」

「いえ、そんなにそういうものを含んでいる様には――」

「そう思うか?」

「…ある意味、励まして貰った様な感じはします」

「めでたい脳味噌だ」


二人の間に奇妙な沈黙があった。


「ほんっとうに、ムーディさんクラウチさんの事嫌いなんですね」


ムーディは鋭い目でを捉えた。
は飄々とした顔付きで、足を進ませている。


、お前…言いたい事を言う様になったな」

「駄目なら、前みたいにまた遠慮しますけど」


ムーディは眉を曲げて一瞬言い澱む。
そして顔を顰めてから、ずばりと答えた。


「…いや、遠慮された方が適わん。色々と面倒だからな」

「なら良かった」


はにっこり微笑んで、ムーディを見上げた。

ムーディはその視線に応えず、そのままエレベーターホールの前に出る。
もひたすらその後を従っていたので、後に続いて其処に着く

するとすぐにエレベーターのドアが開き、空のその箱の中にムーディがするりと入って行ったので、は急いでその後姿を追った。

マントの最後の切れ端が入ると同時にドアが閉まった。




























2006/7/17






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