相合傘














空はさっきまで機嫌が良さそうだったのに。

空を見上げたら、黒に近い灰色だった。
更に冷たいものが顔にかかる。
かかった所に手を触れると、手には水滴がついた。

その間にも雨脚は激しくなり、周りの人は慌てて傍の店先へ入ったり、走り出す。
もこの状況に慌てて、隣にいる男に顔を上げる。


「どうしよう、傘持ってる?」

「取り合えず……」


は袖を引っ張られるままに、傍にあった店へ入る。
入ると、いらっしゃませ、という軽い女性の声がかけられた。

扉を開けようとして無意識に手を伸ばしたが、その伸ばした手は無駄に終わったことは秘密だ。
ガラスで出来た薄い扉は自分で動いた。

は目を下ろした先に、透明の材質で出来た傘が売られているのに気付いた。
其処には多くの人が集まり、それを取って会計へ持って行っている。
は頭の中で自分が持っている財布の中身を考えた。

――ポンドの持ち合わせは、確か、もう残り少なかった気がする。


「キング、お金持ってる?」

「ああ、持っているが……恐らく傘一本分位だろう」


お前は持っていないのか、とでも言いたげな視線が降ってくる。
だって仕方がないじゃない。
もうこれで適当な路地に隠れて姿眩ましをするか、ダイアゴン横丁への脇道へ入るはずだったのに。

不要なお金は持ち歩かないのが良い。
あ……でも、物珍しがって動き易そうな靴とか服を買わなかったら……。

は財布を取り出した。
多くはガリオンやシックルやクヌートだ。
もうちょっと、グリンゴッツで換金しとけば良かった。

キングズリー・シャックルボルトはそれを覗く。


「それじゃ無理だな。何も買えまい」

「……」


は外を見た。
雨脚は更に激しくなっており、外に出ている人々は皆出来うる限りの全速力で走っている。
今も、髪から雨水を滴らせながらネクタイを締めた男が店に入ってくる。

また、出し抜けに明るい店員の声が店内に響いた。

は自分の格好を見下ろし、大して濡れてはいないが服を叩く。
マグル製のスーツを濡らしでもしたら、後始末が面倒だ。
下手に洗濯でもして、妙なことになったら困る。

マグルの世界に出ることはあんまりない。

キングズリーもふと自分の黒のスーツを見下ろし、ネクタイの形を整えた。
彼の靴はピカピカに磨き上げられている。
は慣れないパンプスに、苛立つ。


「こんな靴じゃなかったら強行突破するのに」

「淑女らしからぬ言葉だな」

「……淑女だなんて思ってたの?」

「冗談だ」


そうよね、とは真顔に戻った。
腕につけた時計を見てみると、そろそろ魔法省へ戻らなくてはならない時刻らしい。


「仕方ない、強行突破しましょうか」


それで適当な物陰で姿を眩ましたら良い、と言おうとした所、遮られる。


「自分から好んで濡れることはないだろう? いくら魔法ですぐに乾かせるのだとしても」


最後の言葉は、小声だった。
この急な大雨の喧騒の中、こんな言葉に気付く人はいない。

キングズリーは電灯にテカテカ光る傘を持って会計へ行き、何ポンドか払って傘を買ってきた。
二人で店の前に出て、キングズリーが傘を開く。

素っ気無い透明の傘から、雨の様子が容易に見て取れた。

キングズリーがそれを手に持つ――


「ん?」


傘はの頭の上高くにあった。
キングがを見下ろす。


「私と一緒に入るのは嫌か?」

「……別にそういうわけじゃ……」


はトン、と傘の下に入った。
の言葉に嘘はなかった。
でも、何だかこういう状況になると不思議な感じがする。

二人で足を進める。
キングズリーが気を使い、傘をこっちにやってくれている。
そっちの方が肩幅が広いくせに……ほら、肩が濡れてるじゃないか。

は傘の真ん中に身体を寄せる。


「肩、濡れてるって。そんなに気を使ってくれなくっても……」

「女性を濡らすわけにはいかないだろう」

「気持ち悪っ! 何、その女扱い。らしくないっ」

「こういう時くらい、女扱いさせてはもらえないか?」

「えー、何かなあ……」


は腕を組む。
そしてふいに、目線を上に上げた。
キングズリーの方が背が高いので、頭は全然傘に当たらない。

は、ざあざあと音を立てる雨を、金属の骨組みに張られたビニール越しに、じっと見つめている。
道の街頭に照らされた雨が珍しいのだろうか。
それとも、マグル製の傘が珍しいのだろうか。

キングズリーはそんなをちらりと見て、唇で微笑んだ。



























2008/3/19






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