愛想笑い














女は顔に笑みを浮かべた。
客を迎えたのだ。

肌も露なドレスを身に着けた女は、とろけるような微笑みで男を誘う。
女の肌は滑らかで、一つの傷も見つけられない。
胸元の開いたドレスからは、陰影のついた胸の谷間が見えている。

高いヒールでベッドまで歩き、栗色の長い髪を背中へ流す。
ピンク色をした鮮やかな唇が動き、男へ一言声をかけた。

そしてまた微笑む。

中年の男はか細い女の身体を追いかけて、ベッドの縁に立ち、女の身体へ触れる。
鎖骨へ触れ、その手は下へ下がって胸元へ、ドレスの中へ入っていく。
女はそれを見下ろしていたが、ふと手で男の手を止めて、目線をベッドの方へ向けた。
そして手を男の服にかける。

ベッドに寝て、男の顔を顔の横に感じながら、女は腕を動かした。
手の中に杖が現れる。

男の胸に向かって、杖から紛うことなく光線が発せられる。

男はがくりと力を失って、女の上に倒れた。
女はうんしょと男の身体を動かし、その下から出て、ハイヒールを履かずに床へ降りる。
はあ、と息を吐きながら、トランクに沢山の鍵がついたホルダーから一つの鍵を刺して、其処から小さな薬瓶を二つ取り出す。

それを手に持ち、女は男の元へ戻る。
そして唇をこじ開けて、薬を体内へ流し込んだ。

これでするべきことは終了、とばかりに女はその辺りにあった椅子に腰掛け、頬杖をついて男を見る。
顔の表情は固い、ぶすっとしている。
だってこの男は夢の中で自分の姿と――また、はあ、と女は溜息を吐いた。

ちなみに、二つの薬の方のもう片方の方の効用は、精力発散だ。


つやつやとした顔で部屋を立ち去っていく男を笑顔で見送ってから、女は次に来る客を待った。
次にやって来たのは、帽子を目深に被って煤茶けたマントを着ている男だ。
手にトランクを携えている。

女はその姿を見て、愛想笑いを捨て、さっきより幾分も低い声で言った。
肩は安心して、すとんと落ちている。


「そろそろだと思ってたわ」

「何か進展は?」

「何も。ちゃんとした情報だったの?
 折角、あの男が好みそうな女に化けて、好みそうな娼館に紛れ込んだのに、あの男の姿も何も掠りもしない」

「そう怒るな、。焦りは禁物だぞ」

「アラスター、私、正直もうやってられないわ。愛想笑いで顔の筋肉が引き攣ってる」

「愛想笑いは得意だと豪語していたじゃないか」

「まあ、貴方のお陰で得意になったんだけど……娼婦達に尊敬するわ。もう神経切れそう」


ムーディは薬瓶を自分のトランクから取り出し、部屋にあるトランクへ移し変える手を止め、の言葉に疑問符を飛ばす。
しかしはそれには応えない。


「そっちからの情報は?」

「やはり、頼みの状況に変わりはない」


がこうしなくてはならないほど、彼らのターゲットは用心深く、姿を現さなかった。
ただ一つその男が女好きだと知り、何とか情報をしつらえ、この状況を作ったのだ。

は溜息を吐く。
薬を飲んで身体の傷を消し、きついドレスで身体を縛ってきた。
まだこの状況は当分続くようだ。

それにしても、無理に寄せて上げた胸元が、苦しくて堪らない。
この間は別に良いか、と思っては襟元に手を突っ込んで、下着を緩めた。

ムーディはもう少し人の目をはばったらどうだと呆れ、目を背ける。


「分かった。もう少しやってみるわ。一週間分あるのね?」

「ああ。来週同じ時間に来る」


ムーディは、全ての薬を部屋にあるトランクへ移し変えた。
にとって、彼が来る時だけが肩を落とせる時間だ。

はベッドに腰掛けて、うーんと身体を伸ばした。
つけ睫のせいで視界が少し狭い。


「アラスターは週に一回やって来る女好きの客かあ……」

「そう言ったら見も蓋もなくなるぞ。それにこれは、仕事だ」

「とんだ仕事もあったもんね」


すると、の耳がぴくりと反応する。
外の物音を聞きつけたのだ。
は眉を寄せて、低く唸る。


「誰かこっちに来る……!」


此処はこの娼館の外れだった。
こっちに来る、ということはこの部屋に来るということだ。
そしてその足音は、女の高いヒールのものだ。

は焦ってベッドから立ち上がる。


「アラスター、此処の女主人が来る――出来る限り魔法は使わない、って貴方が言ってたことでしょ?」


杖を持って扉の側へ立ったムーディへ、は言った。
じゃあどうしろ、とばかりにムーディはに視線を送る。

はその場で頭を巡らし。


「とにかく、電気を消して!」


女主人は扉を少しだけ開いて、隙間から小さな小瓶を部屋へ入れた。
隙間からちらりと新人の子の働きざまを見ながら。

靴音が遠ざかっていくのを耳にし、は安堵して口を開く。


「何とかなった……」

「もう大丈夫か?」

「ええ」


ムーディはベッドから降りた。
はベッドに寝ていた身体を起こす。
そして耐え切れず、笑い出す。


「様になってたようね」

「まさかお前相手にこんな道化を演じるとは――」

「何ていう仕事なのかしら?」


は笑いで肩を震わせ、拳を握り締めていた。
ムーディは笑い上戸め、とさっき自分にこうするように指示したを見下ろした。

確かに効果的な処置だったことは、否定はしないが。
まだ若い弟子相手に、彼女の将来を思いやった。
自分を組み敷けだの、若い女が指示するべきことなのだろうか?

はいつの間にか笑うのを止めて、ベッドから降りて、扉へと歩き出していた。
目は嬉々と扉の前に置かれたピンク色の小瓶へ向かっている。

それを拾い上げ、小瓶をくるりと見回し、蓋を開けて臭いを嗅いでから、少量取って舌の上へ乗せた。


「催淫剤か。説明書きがない所を見ると、男女両用らしいわね。いる?」

「いらん」

「折角もらったのに、使わずに返すのは失礼でしょ」

「ならお前が処分しろ」

「もう」


は沢山の鍵のついたホルダーを取り出し、その中から一つ選んでトランクを開ける。
開けた所にある空の薬瓶に、は中身を移し変えた。




「うん?」

「さっきお前が言っていたことだが――」


がムーディに振り返ると、彼は眉を寄せている。


「わしのせいで愛想笑いが身に付いた、とはどういうことだ?」

「ああ、あれね」


ずっとこれが気にかかっていたらしい。
は腕を組む。


「私はずっと貴方の側にいたから、貴方の起こす雑事を解決しなくちゃならない義務があったのよ。
 だって、周りの人が私にそう迫ってくるんだもの。
 それで、何ていうか――貴方が愛想笑いの一つもしないから、代わりに私が愛想笑いをして色々すり抜けていたというか……。
 いえ、別に貴方は愛想笑いなんてする必要はないのよ? むしろしてくれた方が、今はもう困っちゃうわ」

「……」

「どうしたの?」

「いや、何でもない」


は訝しげな目をムーディへ向けていた。
ムーディは今のの姿をじっと見ている。

ただ、こう思ったのだ。
こうして仕事に役立てることを知らず知らずの間に仕込めたのなら、それは良いことだ。
しかしそれが、このように男を誘うようなことを助長していることも事実だ。

はベッドに座って足を組んだ。
じっと何かを考え込んでいる師匠は、妙に不気味だった。



























2008/3/19






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