母性愛
彼が来ない。
はいつも通り、朝食を一緒に食べに行く待ち合わせでセブルスの研究室の前に立っていたが、定刻通りに来なかった試しのない彼が来ないのだ。
は痺れを切らして、セブルスの研究室の扉を開ける。
そしてずんずんと進み、私室へと入り、其処にも彼がいないので、奥の寝室の扉を開けた。
其処には確かに彼がいて、着替えをしていた。
しかしその手付きが覚束なく、ボタンの上で指が遊んでいる。
はセブルスの元へ歩み寄り、じっと観察してから、セブルスの額に手を合わせた。
「随分熱いわね」
「いや、大丈夫だ……」
「寝てなさい」
はベッドの上にセブルスを押しやり、外しかけていた寝巻きのボタンを締め、ボスンと布団を被せる。
抵抗はされたが、病人の彼を押し留める位容易い事だ。
布団の中から咳き込む音が聞こえた。
「今のまま授業したって、生徒にうつすだけよ。今日一日貴方が休むって、私が伝えておくから。授業の代行はどうする?」
「……お前が好きにしたら良い」
「そう。じゃ、貴方の机の中ちょっと見させて貰って考えるわね」
この頃体調が悪そうだ、とは思っていたが、今日になって発熱したらしい。
彼自身は専らそんな事は言わずに、昨日まで飄々と授業をしていた。
今だって、一見した所変わりがないが、は彼が妙に血色が良いのに気付いていた。
部屋を出て行ったが戻って来て、その手に授業計画の書いてある羊皮紙が握られているのにセブルスは驚いた。
「これに取り合えず沿っておくわね。実験はしないでおいて、理論だけ授業するわ」
「何処からそれを……? どうしてお前がそれを知っている……?」
「知ってるわよ。助教授だもの」
はセブルスを見下ろしたまま、言葉を続ける。
「屋敷しもべ妖精に、此処に軽い朝食を持って来るよう伝えておくわ。それとマダム・ポンフリーに……」
「単なる風邪だ。薬品棚の薬を持って来てくれ」
「ちゃんと診て貰った方が良いんじゃないの?」
「いや。己の身体は己が一番知っている」
鼻にかかった声だったが、その意思ははっきりとしていた。
頑固な男には眉を下げる。
「病人なのに頑固ねえ」
「無駄口を叩くな……」
はいはい、とは立ち上がって薬品棚へ向かう。
勝手を知った其処からある瓶を掴み、ゴブレットを準備する。
男の人は頑固なんだから、仕方がない。
はセブルスに風邪薬を飲ませ、ゴブレットを洗い、セブルスに何か必要な物はないかと聞いてから、慌しく部屋を出て行った。
静かに扉を閉める。
目線を泳がせ、ベッドの中を見てみると、大人しく彼は寝ていた。
はほっとしてそのままゆっくり、ベッドへ歩み寄る。
椅子と小さなテーブルを引き寄せて、自分用の遅い朝食が載ったトレーを置いた。
一、二時限の授業を終えて来たばかりだ。
朝に此処を出た後、慌しく厨房や職員室や医務室を回ったので、朝食を食べる暇がなかったのだ。
彼が朝食をとった形跡はなかったが、恐らくしもべ妖精が後片付けまでしてくれたのだろう。
手の平を彼の額に当てると、幾分か熱は下がっている。
呼吸も楽にしていて、酷い風邪じゃなかったと安心する。
しかしまあ、こんな風に、セブルスが寝ている所を見るなんて今までなかった事だ。
はクスリと笑って、遅い朝食に手をつけた。
食べ終わるとはそれを片付けて、絞ったタオルをキッチンから持って来る。
セブルスの額に吹き出している汗をそれで拭いた。
次の授業まで、まだ時間はある。
それにしても、何も喋らずにいる彼の、なんと可愛らしいことか。
寝ていたらこんなに可愛いのに、口を開くと……
は苦笑して、セブルスの側に腰を落ち着けた。
時間まで、側にいてあげよう。
以前に、自分がベッドに寝ていた時、彼にこうされた記憶もあったから。
は時間になると、コップの中に冷たい水をいれたものと、マダム・ポンフリーから貰って来た薬をベッドの脇に置いて、部屋を出て行った。
翌日、セブルスはケロリと風邪を治していつもの様に教壇に立っていた。
2007/12/29
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