至愛
「はい、完治しましたね。傷もこれなら綺麗に消えます」
銀縁の眼鏡をかけたヒーラーが、の右腕を見て言った。
はそれを合図に右腕の袖を元に戻し、椅子に座ったままカルテに何かを書き付ける彼を見ていた。
此処は聖マンゴ魔法疾患障害病院の一室だ。
「君がこんなに通ってくれるなんて、珍しいですね」
「我ながらそう思います」
「ではその意図は何なんです?」
は眼鏡の奥の淡い緑の目と目を合わせた。
その緑の目は、鋭い。
は昔から怪我の治療は、自ずからまともに受けようとした事がなかった。
はじっと目を見据えて、息を大きく吐いて、言葉を放った。
「マッド=アイが、今度はがっちがちに家に魔法を掛けて、今更なんですが法に触れるような魔法の行使を行って……」
「はあ。と言うと、君の師匠の悪い病気が酷くなったと?」
「この傷を負った襲撃事件を覚えておられますか?」
「ええ。死喰い人の残党が、往年の闇祓いを襲った事件ですね」
はまたまた大きく溜息を吐いた。
そして身体から力を抜かして、じっと縋るように若いヒーラーを見た。
唐突に口調を荒げる。
「そうです。それなんです! あの時偶然私が其処にいたから良かったものの、もしいなかったら……!
これ所の騒ぎじゃなかったと思うんです」
「なら、良かったじゃないですか。これ位の騒ぎで収まって」
若いヒーラーは快活に笑った。
はじっとりとそれを睨み付ける。
「どうにかしてあげたいんです。私も「その気」はありますから。気持ちが分かるので」
「それなら彼を連れて精神科へ行きなさい。私は分野外です」
「あの「彼」がそれに応じると?
それに私がその科へ行った所で……お願いします先生、私はどうしたら良いんですか?」
若いヒーラーは縋ってくる魔女を、冷たい目で見下ろした。
彼女は彼女の師匠の事になると、必死になる。
世間の噂では、マッド=アイは引退してから、ますます被害妄想が強くなったと聞く。
闇祓いの彼女との付き合いも長い。
彼女の師匠とも少なからずの、面識があった。
あっちもあっちで、妙に彼女の事になったら馬鹿になる男だったが。
この師弟が持ち込む難題は多かった。
師匠の方が引退して、それがなくなるかと思っていたのに。
「――マッド=アイが一番気を許しているのは、君でしょう?
なら、出来るだけ傍にいてあげなさい。それが一番の薬です」
「……でも……」
「ヒーラーの指示には従いなさい」
弟子も弟子で、師匠の事になると馬鹿になるのだから!
時には新聞の紙面を賑わす彼女が、このような動作をとるのはとても滑稽に思えた。
はまだじっと黙り込み、納得をしてないような様子だったが、ヒーラーがをしらっと見下ろすと、はまたも大きく息を吐いた。
黒いマントを靡かせながら立ち上がる。
「有難う御座いました」
そしてヒーラーの方を見下ろす。
気付いたように口を開ける。
「傷をこんなに頻繁に診て貰ったのは、私が彼を庇った時に負った傷を、彼が負い目にしない為です」
「ははあ。往年の闇祓いも歳には勝てないと」
「ダンブルドアさえ歳には勝てませんよ。それに、私は余り余るほど彼には恩があるので問題にはなりません」
「そうですか」
「それでは、有難う御座いました」
は頭を下げ、診察室から出て行った。
若いヒーラーはそれを見送り、手元のカルテをちらりと見る。
の名前をじっと見て、奇妙な師弟愛に思いを馳せる。
頭の端で考えていると、次の患者がやって来て、その思いはさっぱり打ち切った。
2007/12/29
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