寵愛














何よりもまず、顔につけられた白粉が嫌いだった。
顔に何かをつけられる不快さは堪え難い。
それにまだ自分はそれをすべき年齢でもないし、自分が周りよりも見た目が幼いことは理解していた。

踵の高い靴が嫌いだった。
歩く度に音が鳴るのが嫌だった。
まるで、自分の跡を誰かがつけていて、監視されているようで。

長い長い動きにくくて、肌触りの悪いドレスが嫌いだった。
こんなものを着たところで、中身の人間が変わるわけでもない。

パーティというものが嫌いだった。
大人の見栄の張り合い、騙し合い、表面上だけの会話と、婦人方の何ともいえない香水臭。
自分は何も話さなくても、母親が口を繕ってくれる。
私が此処にいる意味はない。

そう、私が此処にいる意味はないのだ。

私の役は、ただの魂のない人形で務まる。


英国の発音を意識して、流暢に英語を喋る母が嫌だった。
そんなに生粋の英国人になめられるのが嫌なの?
どうしてそんなに母が英国での地位を求めるのか、私には理解し難かった。
しかしもっとも、そうだからこそ英国の生粋の魔法族である父と結婚したのだけれど。

唯一つ安心できるのは、いつも通り母の隣に立っている、無口な父だけ。


英語での婦人方との会話を終え、ふうと母は息を吐いた。
母はいつものような婦人方の中で目立つための着物を着ず、西洋のドレスを着ている。
緩くウェーブした黒髪をかきあげて、東洋の漆黒の瞳を私へ向けた。


「此処にいるのは嫌なのよね。ごめんなさいね、無理に連れて来ちゃって」


私は目を見開いた。
まさか、気付いていただなんて。
私について物分りの良いいつもの母が、其処にいた。

赤い唇が開く。


「貴方がこういうのは嫌いなのは分かってたんだけど――今回だけは、我慢して頂戴」

「何か私がしなくちゃならないことがあるの?」

「流石ね、ユリア。鋭いわ」


父が何かを探すように、目線を動かし始める。
今日は父も正装をしている。

母は細いウェストを強調させているドレスに手を当て、唇の端を上げている。
しかし目は笑ってはいない。


「……学校で好きな子とかはいるの?」

「……え? 何? いきなり」

「ちょっと聞いてみただけ」

「そんなのはないけど……」

「そうね、貴方はそういうことにあんまり興味がないと言うか――情緒の発達が一部遅いというか――」


私は眉間に皺を寄せた。
そんなことを此処で言わなくっても良いじゃないか!

しかし母は笑う。


「学校を卒業したら結婚したいと思わない?」

「母上、今日はおかしい」


じっとりと目線を母へ上げる。
行動も言動もおかしい。
母はその視線を受け止め、じっと動きを止めてから、苦笑した。


「……遠まわしに話しても仕方がないわね。いいわ、はっきり言う。
 闇の勢力の中での家の勢力を強めるために、大人に使われる気はない?」


私はその言葉を聞いて、黙って考えた。


「それでこの場で簡単に、その気がある、って言う娘も考えものかな」

「ユリア、随分冷静に物事を考えるようになったわね。数年学校に行ってただけなのに」

「うん。でも正直、私は許婚を決められて、家同士でごちゃごちゃするのは嫌い」

「ごちゃごちゃするのは私が請け負ってあげる」


母と娘の目が合う。
どうして母がこんなに闇の勢力と手を結ぼうとするのか、分からなかった。
いや、もう既に手を結んでいるけれども――
どうしてこんなに熱意があるのだろう?


「誰と私を結婚させようとしてるの?」

「そうね、それが問題なのよね」

「――向こうだ」


唐突に父が指を刺した。
私はその方向へ目を向ける。

其処には一人の男性がいた。


「ルシウス・マルフォイ。社交界でも人気のある人なんだけど」


マルフォイ家――


「随分ランクが高いんじゃ……」

「え? 男の?」

「違うって。その家柄の」

「もう、貴方も若いのに、もうちょっと男に興味を持ってもいいのに――」

「話題をそらさないで」


私はまた頬を膨らませる。
そしてその、ルシウス・マルフォイという男を遠目から眺めた。
一回り位歳が離れているような気がする。


「まあ、六、七歳位の年齢差は全然オッケーよね」


あ、六、七歳か。
自分の幼さを実感した。


「どう? 気に入った?」

「――それ以前に、あそこの家に取り入るのは大変じゃない?」

「それは、私が何とかするのよ」


母の微笑みは強気だ。
それで今まで様々なことを成し遂げてきたのだ。


「もし許婚までこぎつけたら、結婚してみる気はある?」

「……分かんない」

「可能性はゼロじゃないのね」


それで母は自己満足したようだった。
小さく何かのメロディーを口ずさみながら、どこかへ行ってしまう。
取り残されたのは父と私。

人の入り乱れるパーティー会場で、立ち尽くしている。


「いいのか?」

「え?」

「彼女はああ言ったらもう突き進むぞ」

「それは、私も知ってる」


また沈黙した。


「心配してくれてありがと」


父は何も言わず、緩く頭を触れた。
結った髪の毛が崩れない位に。
ああ、だからこんな格好は嫌い。


「髪、綺麗に結えている」


私は顔を上げた。


「今日は綺麗だ、ユリア」


思っていることはすぐに知られてしまっているのだろうか。
少し唇に微笑を浮かべた父に、ぎゅっと背伸びをして――そうすると父も膝を屈めてくれた――頬にちょっとだけキスをする。

そして今日初めて、満面で笑顔になった。



























2008/6/22






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