跡を残さないようにしてください。














「本当に」


目を細めて目の前の若い男を眺め、動かしている手を止めずに言葉を吐く。


「君は、自分の身体を守るのが下手だ」

「あなたがそんな分かりきっている無駄なことを言うなんて、珍しい」


打てば響くように言葉を返すムーディに、アンジェラはふふんと微笑む。
そんなこと、分かっていると言いたげだ。


「今日は少し君に進言したいことがあるんだよ」

「それは、とても楽しみです」


アンジェラは手に持っている消毒液の浸ったガーゼをゴミ箱に捨て、消毒液の容器を閉める。
次に、目線をちらりと救急箱へ向けると、その手の中に包帯が飛んできた。
しかし、ムーディはそれくら自分でできるとばかりに、その包帯を奪う。

アンジェラは眉を下ろし、不器用にたどたどしく包帯を巻き始めた愛弟子を、まるで保護者のように見つめ始めた。


「……前まで、何も言わずに私に任せてくれていたのに」

「本題は何ですか?」


ムーディは鋭く言う。
子供扱いは止めてくれ、とばかりだ。
アンジェラは指を組み、今にも取って代わりたいように指をかたかたと動かしている。

ムーディは、再度鋭く視線を上げた。
アンジェラは仕方なしに、机の上に肘をついて、憂うような目でこう言った。


「君が思っている以上に、私は防御手段にはそこそこ自信があるつもりだ。だから、アラスター、君に守ってもらう必要はない」


ムーディは手を止め、顔を上げた。
期待とは正反対の表情をしているアンジェラ。
ムーディは顔をしかめた。


「――随分な自信ですね」

「自意識過剰かもしれないが、今、この本部で一番この仕事に長けていると自負しているよ」


そう言う彼女は、嫌味ったらしいところが全くなかった。
むしろ、事実をそのまま述べている彼女に付け入る隙は全くなかった。


「私のことを放っておいてくれれば、君も随分生傷が減ると思っている。身体を呈してしまう癖も、少しはなくなるかもしれない」


無言で黙々と作業を続けているムーディ。
アンジェラはそれに微笑を漏らした。
この弟子の性格を熟知している彼女は、元々返答を求めていなかったらしい。


「奇妙な話だ。他人を守るのに長けて、自分を守るのが下手だなんて」


自分を守って、身体に跡を残されるのは、彼女の理念に反していた。
とても心が痛い。
しかし、もう既に多少の傷跡が残っている彼の身体を見て、傷のついていない自分の身体を呪った。















「ひどい顔だ」


彼女は、ムーディの顔を眺めて言った。


「毎日顔をつき合わせている人の顔を、いきなりまじまじと見て言う言葉ですか?」

「ひどいものはひどい」


アンジェラは溜息を吐き、自分の額に手を当てた。
その額には老いによる皺が幾多も刻まれている。
髪は、銀色だった。


「それを君に再確認させようと思ってね」

「再確認したところで、どうなるんですか」

「そういうところは昔から変わらないな、アラスター」


長年に渡る古傷によって顔が半ば変形している弟子に、アンジェラはどこで教育方針を間違えたんだと自問自答した。
同じような状況に放り込まれていたスクリムジョールも師である自分も、こんな事態にはなってはいない。
……そうか。


「いちいち、君を聖マンゴまで連れて行けば良かったのか」

「多忙だったあなたがそうすることができましたか?」

「見くびるな。そう心に決めておけば、私は絶対にそうした」


八十歳になろうかとする彼女は、その年齢に反した意志の強い言葉を吐いた。
そして向けられた視線は、その老いを感じさせないものだった。
ムーディは頭をかく。
そして、小さく口を開けた。


「……今更だ」

「何か言ったか?」

「ええ」

「何と言ったか、詳細に教えてくれるかな?」


ムーディは裏の意思を付随させた笑顔を見せるアンジェラに対して、息を吐いた。


「あなたが思っているほど、俺は気にしてはいない」

「私は気にするんだ。勝手にね」


アンジェラは手を伸ばし、ムーディの頬を撫でた。
ムーディは怪訝そうにその手を振り払う。


「他人の心配より、自分の心配をしたらどうですか。あなたももう歳だ」

「失礼だな。アルバスは私より十も年上だが、ピンピンしている」

「どうして比較対照があの人なんですか。そろそろ引退したらどうですか」

「ふん」


アンジェラは腕を組み、目の前の初老の男を眺めた。
その腕、そのマントの中に隠されているであろう杖。


「君に守られるようになる前には引退するよ」

「……まだ、守られない、と」

「アラスター、君は私が大きな失態を犯している場面を見たことがあるかな?」


ムーディは閉口した。
何か記憶を探っているらしいムーディをさて置き、アンジェラは笑う。


「それに、実はこの本部を設立したのは私でね。行く末を可能な限り見守りたい」


失態を犯した場面を思い出したらしいムーディが、言葉を発する。
しかし、アンジェラはそれを指で留めた。


「それに、いつまで経っても未熟な弟子もいるから、おいおいと隠居はできないな」

「――返す言葉もありませんね」

「そうだろう」


快活に笑うアンジェラの隣で、ムーディは半眼でアンジェラを睨んでいた。















って、自分の身体を守るのが下手」


闇祓い研修生は目下の作業を止めて、闇祓い相手にそう言った。
は思わぬ言葉に、研修生に振り向く。
作業を滞らせている彼女がそこにいた。


「……貴方に言われるのは、心外だわ」


は肩から包帯で吊るされている右腕をちらりと見た。
先日、彼女をかばい守って呪詛にかかった腕だ。
上腕はかろうじて動かせるが、それ以外は全くもって動かすことができない。


「でも、事実でしょ?」

「……」

「師匠直々だね。身体に傷を作ってしまうって。いざという時に、自分の身体で攻撃を受け止める癖があるんだよね」

「貴方も門下に入る?」

「私は自分の身体で受け止めるなんてこと――」

「まあ、その前に試験に合格しなくちゃいけないけど」


トンクスは頬を膨らませた。
は笑む。


「その癖さえなくなったら……」

「無理。師匠直伝だもの」


トンクスは奇妙なものを見るような目で、を見た。
他の身体の部分とは反対に、顔だけには目立った傷はなかった。
トンクスは、のちらちらと見える鎖骨の傷を見る。


「顔だけに古傷がないっておかしいよ」

「これは――」


はトンクスの視線の先を見て、苦笑する。


「師匠の成果よ」

「え?」

「あの人、変な所に気を遣う人でね。女だからって、顔に怪我をした時だけは、念入りに病院で治療するようにいちいち言付かって。
 それでも、完璧に跡がないわけじゃないけれど……」


は前髪をたくし上げた。
額に古傷が一つあった。


「変に几帳面な人なの」

「……あの人がねえ……」


度々やって来て、研修生にスパルタしていたムーディの姿を思い出し、トンクスは納得がいかなかった。
そしてあのムーディの弟子が、目の前の彼女である。

は、目の前で荷物をまとめていた。
己のデスクを空にするように、荷物をダンボールに詰めていっている。


「いいなあ。ホグワーツ。私も戻りたい」

「卒業したばっかりでしょう。貴方」


は杖を左腕に持ち、どんどん荷物を整理していっている。
右腕はマントの中に仕舞われている。


「杖腕を負傷している私にこんな仕事を任せるだなんて、魔法省も狂ってるわ」

「腕が治りさえすれば、現時点でが一番腕が立つもん」

「治りさえすれば、ね」


は苦笑した。
杖腕を負傷している自分が来るのを認めたダンブルドアも、おかしいと思う。
こんな腕で、ブラックが追えるものか。


「だから、珍しくは無理しないんでしょ。昔なら、どんな怪我をしたって好き勝手にしてた、ってキングが言ってたよ」

「……そうね」


ガタン、と本をダンボールに入れる。


「近年稀に見ないほどに、気合が入っているわ」

「――最近、気合が入らなかったんだね」


気合が入っていない彼女しか、今まで私は見ていなかったのか。
トンクスは肝が冷えた。
あの研修でのスパルタはなんだったんだ?


「だからね、ちょっと蓄えてるの。さすがに包帯で腕を吊るしたままホグワーツには行けないわ」


そう言って控えめに微笑むの姿に、トンクスは今まで彼女に見えなかった、何かを見い出したような気がした。
シリウス・ブラックのアズカバンの脱獄から、彼女は少し人が変わったようだった。
キングズリーはそんな彼女を見て、皮肉っぽく微笑んでいた。

シリウス――私の母親の従弟。
ママは、とても仲が良かったと言っていた。


「……無茶して、また怪我しないでね」


は返事はしなかったが、トンクスは彼女がどのような思惑を持っているのか明らかに分かっていた。
彼女の答えは、ノーだ。



























2009/3/9






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