衣類や身体を傷つけないでください。














「肌を刺すな、服を穴だらけにするな、不用意な動きをするな」

「私が不器用だと思ってるの?」

「決してそうだとは思っていないが、お前から幾らでも前例を聞いた」

「じゃー、セブルス。動かないで」


指には針。
その針の穴には、黒い糸。
その指の持ち主は、


「……」


それを恐々と見下ろしているのは、セブルス。
その針は喉元にある。
針は、彼の黒い服に刺さっていた。

家庭科全般が苦手だと自称するが、セブルスの膝に乗っている。
顔と顔が向かい合う形になっているが、の目は彼の喉元、襟元。
それも、薬品を取り扱う時なんかと比べ物にならないほど、の目は真剣みを帯びている。

の持つ針が、ボタンの穴を通る。
そしてそのまま針はセブルスの身体に沿っている生地へ。
は左手で生地に皺を作り、其処に針を潜らせた。

チクリとも感じなかった身体に、セブルスは心の中で安堵する。

は何度かボタンと生地を糸で繋いで、最後に繋いだその糸の束をくるくると絞り上げる。
セブルスが見ていない、いや、正確には見ることが出来ない間に、は綺麗に玉止めを仕上げていた。
が手を翳すとはさみが飛んで来て、糸切りばさみで最後の糸を切る。


「オッケー」


その顔は、まるで闇祓いの一仕事を終えたようなものだった。
セブルスは神妙にそう告げたを、膝から下ろそうとする。
はそれに気付いて、セブルスの膝から滑り降りた。

が手自ら行った料理、手芸、裁縫などは、大抵何かしらの魔法的要素を見せるらしい。
例えば、毛糸で編んだくまのぬいぐるみ――それは決して下手とは言えない造形をしていたらしい――は、急に歩き出し、暖炉の中に投身自殺。
本を見ながら腕を振るって作ったホワイトシチューは、不運な人を聖マンゴ送りにし、一週間昏睡状態に陥れた。
それ以来、は彼女の師匠から料理はするなと命令されたらしい。

セブルスは冷や汗を流しながら、直してもらったボタンを見た。
見た目は普通だ。
いや、上手い、と言うことも出来るかもしれない。

決して不器用だと言えないが直したのならば、当然かもしれないが。


「魔力はずっと一定にしてたわ。多分、何も魔法はかかってない」

「多分?」

「多分」


で、どきどきする鼓動を抑えている。
久々にこういうことを行った。
必死で魔力の一定化を行っていたが、本当に魔力がそのボタンに作用していないのか?

制御し切れていない魔力が、何故かこういう所で不本意に発揮されるのだ。
魔法薬作りなどでは、魔力を作用させる方向が定まっているために、このようなことは起きない。
魔力的素養があまり必要とされないような作業に支障が起きるのだ――。

セブルスもの不安が伝染しているようで、じっとボタンを見つめたまま動かない。


「……留めてみて」

「……心の準備は良いか?」

「私は、良いわ」

「……」


セブルスはそっとボタンに手をかけた。
そしてそのまま、ボタンを穴にかける。

は見ていられなくって、その瞬間セブルスから目線を外した。


「――


変わらないセブルスの声が耳に聞こえて、は喜んでセブルスへ視線を戻す。
まさか、本当に、何も起こらなかった!?


「ボタンが取れた」


……。

は杖を取り出した。
そして軽く振ると、ボタンはくるんと糸に巻かれ、美しく服に縫い付けられる。
セブルスは何事もなかったかのように、ボタンを留めた。


「結局、魔法か……。駄目ね、何事も長くやらなかったら衰えちゃう」

「魔法以前の技術の問題だったな」

「貴方、安心してるでしょ?」


は腰に手を当てて、ソファーに座っているセブルスを見下ろす。


「何のことですかな?」

「はぐらかさないで――ま、私も悪い所があるんだけどさ」


私が留めたボタンが、取れて良かった。
そう考えるセブルスを責められない。
魔法の方が、手より安全で確実だということは明白だ。

はセブルスの隣に腰掛ける。


「でも、服をズタズタにすることも、貴方の肌に傷をつけることもなかった。これだけは褒めて」

「良くやった」


一回、頭をポンと叩かれる。
それが子供相手のそれのようで、はピクリと眉を寄せた。
不満そうにセブルスを見上げる。


「また今度頼む」

「……え?」

「まだ、お前の言うような不可思議なことを我輩は見ていない」


は見開いていた目を、微笑と共に細くする。


「ええ」


セブルスはそれに頷く。
料理よりかは、ボタンの方がまだ良い――。
致命的な結果にはなりにくいだろう。

はセブルスのそんな思惑には気付かず、ただニコニコと微笑んでいた。



























2008/8/30






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