火気には近づけないで下さい。 前編














今日は、セブルスに実験の手伝いをして欲しいと頼まれていた。
危険な材料を扱うらしく、はヒラヒラとマントを靡かせながら生徒を見て、通路を歩く。


「はい、マツの油を鍋の炎に近づけては危険よ」


大抵の役割はこうだった。
与えられた油を、生徒達が火に近づけないように、ずっと監視を続けている。
そんな時間が続いていたある時、また生徒の油の瓶が火に近付いているのを見る。


「危ないわ」


生徒がその声を聞き、瓶を遠くに遠ざけようとする。
しかしその瞬間、生徒の肘が瓶に当たった。
油が机を伝わり、火へ落ちる。

は咄嗟に杖を構え、水によって消火する。
油は大鍋の中の作りかけの薬剤にも入っており、奇妙な反応が起こったようで、その場に煙がまいた。
は咄嗟に生徒を地面に伏せさせた。

自分は、マントで口と鼻を覆う。

次の瞬間、煙はかき消えた。
セブルスが杖を持って二人のもとへやって来る。
はそれを見てほっとしたが、セブルスの奇妙に固まった顔を見て、疑問を抱いた。

とにかく、視線を移動させ守ったはずの生徒を見る。
――あれ?
生徒の姿が妙に大きい。
さらに、ローブの裾から手が出ていない。

はじっと自分の姿を見下ろした。
身体は、大きなマントとローブに覆われている。
頬から、髪が流れ落ちた。
真っ黒な髪は、へそまで長さがあって、とても長い。

とても長い……。


「なっ……」


声は、完全なる子供の幼いものだった。
ぶかぶかのローブから、細い首もとが見える。
焦って両手を見てみると、ローブの裾からは小さくて若く瑞々しい手の平が流れ出た。

セブルスにその手を掴まれた。
その手に従って、痛いほどに勢い良く立ち上がると、マントが長く地面に引き摺られる。
それに蹴つまずきこけそうになると、セブルスの身体に抱き止められる。

――お……大きい……。

セブルスの顔は遥か上方にあった。

ちっぽけな身体を引き摺られ、は実験室の隣の準備室へ連れて来られる。
椅子に座らされたかと思えば、突然大きなスプーンを口に入れられた。
むせ返りそうになりながらも、懸命にスプーンに乗せられている液体を飲み込もうとする。
全てを飲み込むと、次にゴブレットを差し出された。

片手で掴もうとしたら、その重みに手の平が揺らいだのを感じ、両手でゴブレットを掴む。
それは、普段見知っているものより大層大きかった。

ゆっくりとそれを飲み干すと、もう胃には何も入らないくらい、お腹が一杯になった。
はゆっくりとセブルスを見上げた。


「……セブ?」

「自意識はあるようだな」


安心したようなセブルスは鏡を取り出し、の目の前に差し出した。
そこに見えた姿を、は食い入るように見る。
椅子に座って、長さが足りない足が、ブラブラと空を漂っている。
身体から一回りも二回りも大きなマントが、身体を覆っていた。

は、脂肪のほとんどない両腕を見つめた。
折れそうなほどに細い、と我ながら思った。
また、とても長い髪がサラリと肩から落ちる。

セブルスはの様子を目に留めてから、また実験室へと戻って行った。
その間、まじまじとは自分の身体を見つめていたが、数分経つとまた彼は戻って来た。
何らかの方法で後始末をつけたようだった。


「いつ頃の身体だ?」

「多分、二年生くらい」

「二年?」


セブルスの驚きの声に、は少し唇を曲げる。


「ええ。周りより身体的な成長が遅かったの」


の身体は、一般的な一年生よりも小さかった。
セブルスは腕を組んでの身体を眺めると、小さく笑い出した。
はむっとしてセブルスに抗議する。


「何がおもしろいの?」

「その身体と声で、その口調は止めろ。似つかわしくない」

「じゃあどうしろって言うのよ……」


そう言うの顔も、機嫌を悪くした子供のものに間違いなかった。
は椅子から降りようとする。
空を漂う足が、気持ち悪かったからだ。

しかし、身の丈があまり分かっていないは、見事に地面に降りてよろける。
こけそうになるところを、またセブルスに抱き留められた。


「……おもしろい、って思ってるでしょ?」

「ああ。当然だ」


はセブルスの身体を振り切って、呪文を唱えて、衣服を身体の丈に合わせた。


「魔力に変化はあるか?」

「この身体に相応しいくらいの魔力はあるわ」


杖を振る。
近くにあった本を、呪文を唱えずに浮かせた。


「大分、減ってる」

「それでも、魔力を操る技術があれば無声呪文くらいは容易いか」


はセブルスを見上げた。
身長の落差が激しく、首が痛くなった。
セブルスは、マントから二つの小瓶を取り出す。


「先ほど発生した気体と、液体だ。成分解析をすれば、解毒薬も作れるだろう」

「早くやって」

「どうして?」

「だって、こんな状況でいるなんて耐えられない。全然魔法が使えないし、何かあったら困るわ」


何かあったら、というのは、恐らく襲撃や奇襲の類のことを言っているのだろう。
悲しそうなに似た小さな子供の顔を見てセブルスは苛める気にはなれず、さっさと成分解析の準備を始めた。















校長室で、セブルスの隣に現れた見知らぬ子供を見てダンブルドアは何事かと思ったが、話を聞いて合点がいった。
その子供は、妙に大人びた表情をしている。


「……それで、成分解析と解毒薬の精製は一週間ほど時間がかかると」


子供は眉を寄せた。
容姿に似つかわしくなく、険しい表情だ。


「個人的には、べゾアール石でも飲みたい気分です。わけが分からない薬が作用しているなんて、気持ち悪い。何が起こるか分からないのに」

「飲むか?」

「……単価が高いから、やめとく」


また容姿に似つかわしく、大人びた口調の子供。
校長は思わず吹き出した。
はまたむっとした表情で、校長を責める。


「どうして笑うんですか?」

「いやいや、すまんの……気にせんでおいてくれ」


しかし気にせずにはいられないは、セブルスを見上げる。


「しかし、それほど有毒と思える反応は起こっていないと判断しています。
 緊急処置は行いましたから、これ以上に何らかの症状が出る可能性は少ないかと」

「ふむ。身体が小さくなったこと以上は、何も起こっていないんじゃな。それならば――」


恐らく校長の指示をあおぎに来たのだろう二人に、校長は微笑む。


「普通にしていれば良かろう。勿論、には吸魂鬼関連の激しい仕事は控えておいてもらうが」


は何かを言いたそうな顔をしていた。
しかし、それを言い表す的確な言葉を見つけられないようで、黙っている。


「それと、服をマダム・ポンフリーの所から借りてくると良い。今の服ではあまりにもお粗末じゃからな」


大人サイズを縮めた服は、子供に似合っているとは思えない。
はそれには納得したが、何となく、不承不承だった。
の何とも言えぬ不服そうな顔に、セブルスは隠れて笑った。















その後、マダム・ポンフリーの元へ行き、普通の服と制服を借りて来たは、セブルスの部屋にいた。
随分と傷付いた顔をしていた。
どうやら、本人曰く、マダムに色々と「苛められた」らしい。

小さな身体を見て、は溜息を吐いた。
また笑われた。


「可愛いと言われて、どうしてそんなに落ち込むんだ?」

「貴方、分かってそう言っているでしょ?」


睨んだ目も、幼いものだった。
強く発した口調も、まるきり子供のもの。

何故か不甲斐ない思いが胸の中に沸き立つ。
ぼすんとクッションに突っ伏するを見て、セブルスは無性に可哀想に思えてきた。
の身体は小さく、か弱かった。

子供に接するかのように、セブルスはの髪を撫でる。


「まあ、風呂にでも入ってきたらどうだ?」

「セブルス」

「何だ?」


はクッションから顔を上げる。
大きな黒い目が、セブルスを見据える。


「ここに泊まらせて。ブラックの件もあるし、何か起こったら困るの」

「分かった」

「このソファーで良いから」


はソファーに座り直りながら、言う。


「それは困る。子供相手に、ソファーで寝ろとは……」

「今の私のサイズでは、これで十分だわ」

「風邪でもひいたらどうする?」


は口篭った。
また、細い身体を見つめる。
身体を鍛えていなかった、弱かった頃の身体だ。


「二人で寝るって言うの?」

「何か困ることでも?」

「――父と娘ごっこをする、ってわけね」


ひどく大人びた口調で言って、はマントを脱いだ。
それを脱ぐことによって、さらにか細い身体が露になる。
セブルスは、そのまま風呂へ向かったを見送った。

風呂から上がってきたは、いつものパジャマの上半身だけ身に付けていた。
それだけでも膝上まで長さがあり、裾から骨っぽい手足が覗いている。
肉のない平たい身体にセブルスが突っ込む前に、は魔法でパジャマを身体のサイズに合わせ、ズボンを履いた姿になる。

魔法って便利だ、と改めて思った。










*










うつらうつらに目覚め、身を起こす。
隣にセブルスの姿があった。
驚くことではない。

しかし、何だか周りのものの大きさが大きいような気がする。
途端、何か大きなものに身体を覆われる。


「い……いやあっ!」


口が思わず叫び声を上げた。
しかし、その声は妙に舌足らずで……。


「そんなに驚かなくても良いじゃないか」

「セ……セブ……」


肩をセブルスに覆われていた。
セブルスは呆れた顔をしている。
はすとんと肩を落とし、昨日の出来事を思い出す。

改めて自分の手を見る。
小さくて、若い。


「気を落とすな。すぐに、薬を作ってやる」


頭をポンと叩かれる。
子供扱いに腹が立つ前に、そうしてくれるセブルスの姿が少し嬉しかった。

ベッドを降りようとすると、ひょいと身体を抱えられて地面に下ろされる。
抗議の目を送っても、セブルスは意地の悪い微笑しか返さない。


「まだ身体をうまく使えないんだろう?」

「そうだけど……」


はむっつりとした顔で、寝室を出て行った。
セブルスも着替え、寝室を出て、洗面所へ向かう。
向かった先で、が懸命に背を伸ばしているのを見た。

少し高い所にある棚のタオルが取れないらしい。
セブルスが来たことにも気付かず、は意地でも手を上へ伸ばしている。
セブルスはそれを簡単に取り、へ手渡した。


「……ありがとう」


はタオルを握り締め、視線をセブルスから逃しながら言った。
一人で何かの感情と戦っているらしい。
頬は、僅かに赤かった。















噂はすぐに広まる。
部屋を出たところで、がこうなった引き金を引いた昨日の生徒に平謝りされた。
今更どうなるわけでもなし、は簡単にそれを許す。

しかし、立ち去る時にその女生徒が、「先生可愛くない?」的なことを言っていたのをは耳に留め、の機嫌はとても悪くなった。
制服は着ていない。
流石に、それを着るのはとても恥ずかしく、躊躇われたのだ。

セブルスの隣にいる威力は凄まじく、誰もに直接話しかけてこようとはしなかった。
遠くでチラチラこっちを見ながら、何かを話しているのは見たが。


大広間に入ると、生徒の多くの視線がへと注がれた。
先生方まで微笑ましそうにを見つめている。

いつもの席に着く。
あ……。
椅子とテーブルの高さが、合わない。

そう思っていたら、急に背が伸びた、と感じた。
椅子とテーブルの高さが釣り合ったのだ。
もしかして、元に戻ったのかと思ったら――校長がヒラヒラとこっちに手を振っていた。

尻の下には、子供のためにテーブルの高さを合わせるための、小さな椅子があった。
思わず、隣にいたセブルスが吹き出す。
校長――!

セブルスと校長に鋭い視線を向けるが、双方とも全然動じていない。


「可愛いよ、。大変だねえ」


リーマスが隣からのん気に声をかけてくる。
は、この場にいることが辛くて堪らなかった。
これ以上の陵辱があるものか。

は、大広間から立ち去る時に、スプラウト先生から小さくウィンクされた。
何だろうと考えていると……今日の朝食後、彼女の温室の害虫駆除を手伝うことを約束していたことを思い出した。















「あら、――!」


は少し息を荒げて、約束の時間ギリギリに温室に現れた。
スプラウト先生は、の姿を見てにっこり微笑む。


「ハッフルパフの制服を着てくれたのね。嬉しいわ」

「……不可抗力よ」


セブルスが隣にいるという威力は、凄いものだと身をもって知った。
朝食の席から分かれると、は生徒の好奇の目にすっかりと晒された。
昨日からずっとセブルスの隣にいたから、には現実があまり見えていなかったのだ。

それで痛い思いを抱いたは、部屋に戻り、生徒に馴染むように制服に着替えてきた。
ハッフルパフの制服が、一番当たり障りがないだろうという判断だ。


「始めましょう」

「その身体で、大丈夫なの?」

「心配には及ばないわ」


大人びた口調の生徒に、スプラウト先生はクスクスと笑った。
彼女は、杖を持って妙に手馴れた様子でずんずんと温室へ突き進む。


「そんな態度をしなかったら、可愛いのに」

「何?」

「何でもないわ」


クスクス笑いが止まらないスプラウト先生に、は唇を噛む。
スプラウト先生はの心中が分かっていた。
は、何かを振り払うかのように、必要以上に激しく害虫駆除を始めた。


「まるで、恐ろしく腕の立つ一年生と害虫駆除をしているような錯覚に襲われるわね。見事な手並みだわ」


は、最後の害虫の羽を引っつかんで、一瞬で痺れさせた。


「一年生じゃないもの」

「でも、その身体で魔力は落ちているんでしょう?」

「それでも、使い方さえ知っていれば、粗方の魔法は使えるわ」


そう言って、最後に薬剤を撒くため、ジョウロを取りに行く。
棚へ手を伸ばす。
ジョウロに手が届かない。


「本当、可愛いんだから」


スプラウト先生は、ジョウロを取ってへと渡してくれた。















随分とこの身体の使い方も分かってきた。
歩幅が小さいので、はせこせこと足を早く動かす。

は、足を止めて杖を振るった。


パン!

パン!


音を立てて、廊下から飛び出してきたものは地面へ黒焦げになって落ちる。


「小さくなったって言うから、簡単に仕掛けられると思ったのに……」

「残念。思い通りにはいかなかったわね」


廊下の端から飛び出してきたフレッド、ジョージ相手に、はにやりと笑って腕を組む。
しかしそれにしても、二人の背が高過ぎる。
生徒相手だとそれが顕著に現れるようだた。


「中身は変わらないんだ。あーあ、つまんないの」

「外見は小さくて可愛いのに」

「残念だわ」

「あなた!!」


フレッド、ジョージ、は、身体を跳ねさせた。
その声は――あっと言う間に、その人は三人のもとへとやって来た。

まずい、という顔をした双子を見て、は得意げになる。


「廊下で魔法を使ってはなりません!」


の腕が掴み上げられた。
え?


「ふ、副校長……」

「ハッフルパフ、十点――」

「ち、違います! 私は生徒ではありません!」

「生徒ではないなど、よくそのような戯言を言えますね。あなた――」


の顔を眺めたマクゴナガル先生の眉が、微かに寄った。
見覚えのない顔らしい。


「朝食の時、お会いしましたよね? 職員席で」

「――すみません、先生」


マクゴナガル先生は心底申し訳なさそうにそう言うと、目線をフレッドとジョージへ向けた。
二人は逃げ出そうとするが、それも容易く丸め込められる。
は、ホグワーツの制服を着ている身体を見下ろした。















最初、どうしてグリフィンドールとスリザリンの合同授業に、ハッフルパフがいるのかと思った。
しかしその顔をまじまじと眺め、親しそうにスネイプ教授と話すのを見て、その理由が分かった。
彼女は生徒ではなく、先生なのだ。

三年生のグリフィンドールとスリザリンの魔法薬学の授業、さらりと制服を着こなしたは、生徒の間を回っていた。
そのことを訊くのは禁句になっているような雰囲気で、何事もなく授業は終わる。


「制服で良いのか?」

「……もう着替えるのも疲れて」


は、材料の後片付けを行っている。
せっせと材料を保存庫の適切な位置へと戻していく。


「重くはないか?」

「大丈夫よ」


そう言うの額には、汗が滲んでいた。
きっと、本当に辛いのならば魔法を使うだろうから、セブルスははまだ大丈夫だと判断する。

高い棚へ手を伸ばす。
セブルスは、助けなくてはいけないと思ってそこへ近寄るが、の手を離れて材料は棚へ飛んで行った。
は手をパンパンと払う。

足りないリーチの分、魔法を使うことを覚えたようで、セブルスはつまらないと思った。















は、セブルスのベッドへ沈み込んだ。
奇妙な生活はまだ終わりを見せない。

制服に皺が寄るのも気にせず、はその状態でセブルスを見上げる。


「成分解析は出来た?」

「予定通りだ」

「ってことは、一週間かかることは確実なのね」


枕を抱き、溜息を吐く
そのままぼーっとベッドに倒れている。

セブルスはその間、風呂に入って来る。
寝室に戻ると、はその位置から動いていなかった。
の様子を窺う。


「……疲れたのか」


子供の身体は、元の身体より疲れやすいらしい。
は無防備にぐっすり眠っていた。
安らかな吐息が漏れている。

の体制を変えようと、セブルスは身体を動かそうとする。
途端、の目が開いた。


「……セブ」

「起こしてしまったか。すまない」

「……ううん」


はまたことんと寝てしまった。
セブルスは、の身体をベッドの中へ入れ、その状態になって着替えさせねばならないことを思い出す。
制服のマントを脱がすも、は深く眠りについたままだった。

ローブに手をかけたところで、状況の危うさにやっと気付いた。
制服を着た子供がベッドに寝ている。

……。

セブルスは、魔法でを着替えさせた。
ベッドの上に座り、隣の健やかに眠っているの姿を改めて見てみる。

日に当たっていなさそうな白い肌、同様に家の中でじっとしていたのだろうか、脂肪も筋肉も少ない細い肢体。
顔の面積に比べ大きな目に、睫が細かく縁取られている。
腰にまで届きそうな長い黒髪は、よく手入れがされていそうだった。


「深窓の令嬢だな」


セブルスは、の背をゆっくりと撫でた。
やはり、身体は驚くほどに薄い……今の筋肉質な身体と比較にならない。

目の前にいるまるでお嬢様が、現在のの姿になるなど、予想もつかなかっただろう。
彼女は少なくとも、このお嬢様より遥かにたくましい精神と身体をしている。

セブルスは、小さくの額にキスをした。



























2008/11/3






close