あなたが死ねば良かったのに
「彼は」
そう呟いた彼女は、相変わらずふてぶてしい顔をしている。
念のために言っておくと、ふてぶてしい、という言葉は褒め言葉だ。
意志の強い顔は、彼女が今まで生きていくために身に付けたものだろう。
それが翳った様子は、今まで数度しか見たことがない。
彼女の恋人と同じ色彩をまとった彼女は、リップクリームに濡れた唇を動かす。
「ブラックは、ペティグリューがジェームズ・ポッターの代わりに死ねば良かったと思っているの?」
どうしてその質問を、本人ではなく僕にするんだ。
彼女ならそのような質問も躊躇わずにシリウスにできるに違いない。
しかし目の前の彼女は椅子に座り、ぼんやりとマグカップを見つめていた。
「……貴方たちの交友関係がよく分からないわ」
「そうかな?」
「本当に、よく分からない。いえ……」
彼女は何かを思い出したように、マグカップに唇をつけた。
鍋の中にあったコーンスープを温めて、マグカップに注いでいた。
「私がちょっとおかしいだけか」
己に言い聞かせるように呟いた彼女は、シャリシャリとコーンを噛んだ。
真夜中の冷たい空気の中、二人分のマグカップが湯気を上げている。
彼女は寝巻きの上に分厚いマントを被っている。
「ペティグリューに会ったの」
僕もマグカップに口をつけた。
彼女は僕の返答を必要としていないらしい。
「彼、普通の人だった」
マグカップを置いて、彼女は僕の方に少しはにかんで笑む。
「ほら、私、特に彼に恨みは全くないじゃない。むしろ、ブラックの方に酷い目に合わされたわ」
「そうだね」
「ねえ、リーマス。弱い人間は淘汰されていく運命なのかしら」
急な彼女の言葉に二の句を告げない。
彼女は、自分の腕をまじまじと見ている。
「誰しも我が身が恋しいでしょう。それが当然だわ」
「僕は、きっと君より自分の身は恋しくないよ」
獣を宿すこの身体を、むしろ嫌っている。
言外に込められた意味に、彼女は表情を曇らせた。
「大多数の人は、自分のことが一番大切なはずよ。
私も、一般に強いと呼ばれる魔力を持ち合わせていなかったら、闇の勢力に対抗する理由がなかったら、きっと闇の勢力に屈服している」
彼女はマグカップをテーブルの上に置いた。
それはもう空になっていた。
黄色い液体が薄くカップの内側に張り付いている。
僕は、彼女の発言に多少驚いた。
「――弱い人間は嫌われて、淘汰されていくのが世の理なのかしら」
独り言のように彼女は呟いた。
それは、まるで彼女自身が弱い者であると、彼女自身が自白しているような響きだった。
「……僕は、君のことをとても強いと思っている」
「ある意味では強いかもしれないけどね」
彼女はその続きの言葉を言おうとしなかった。
一区切りを置いて口を開く。
「ペティグリュー……本当の友達なら、そうと分かってあげれなかったことを、まず悔やむべ――」
彼女は僕の視線にはっと表情を変え、ごめんなさい、と呟いた。
僕はどんな顔をしていたのだろう。
「。やっぱり、君は強いよ」
「違うわ。私の周りの人たちが強いだけ。リーマス、貴方も含めて」
「君の言うとおりだ」
彼女は驚いて僕の方に振り返った。
「シリウスは、ジェームズのことになると向こう見ずになりがちなんだ」
彼女はまるで、僕が掴まり立ちを始めた赤ん坊であるかのように、心配そうな顔をしていた。
「そんなことも分かっていたのに、僕は……僕たちは、お互いに疑い合っていた」
振り出しに戻ったボードゲームだった。
彼女は黙り、僕も黙った。
そんな時、キッチンの扉が大きく開いた。
「――お前ら、何を神妙にしてるんだ?」
「ブラック、貴方もコーンスープ飲む? モリーが作り置きしておいてくれたの」
立ち上がった彼女に対し、シリウスは彼女の肩を押さえて椅子へ押し戻した。
「いや、俺は寝付けなくて、ただ酒を……」
「ねえ、ブラック」
「いつになったらその呼び方を変えてもらえるんだ? 」
シリウスは彼のファミリーネームを嫌っている。
しかし、彼女はシリウスの言葉を完全に無視した。
「ペティグリューがジェームズ・ポッターの代わりに死ねば良かったと思っているの?」
振り出しと全く変わらぬ言葉に、僕は苦笑いした。
シリウスは最初はその言葉の意図が全く掴めなさそうだったが。
「代わりに……だなんて……」
言葉を濁した。
それは、二年前の叫びの屋敷での修羅場では考えられなかったことだった。
彼女は微笑んだ。
「安心した」
そう言って、小さくシリウスを抱擁してから、キッチンから出て行った。
シリウスは今までのから考えられない行動に、硬直している。
僕はシリウスの背中をトントンと叩いて、硬直状態から解きほぐしてあげた。
「セブルスに知られないようにね」
「……リーマス。やっぱりお前ら、何を話してたんだ?」
「さあ?」
僕はと自分の分のマグカップを洗って、キッチンから出て行った。
その間、シリウスはまだ不可解そうな表情をしていて、僕はプッと吹き出して笑った。
2009/3/16
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