知識だけ掻き集めた
「コラ」
は急いで本を閉じ、後ろを振り向いた。
剣呑な表情をしたトムが分厚い本を持って立っている。
「何を読んでいた?」
トムから頼まれた図書館の本棚の一角の情報探索を都合よく忘れ、は違う区画の本に頭を奪われていた。
はトムに振り向いたまま、後ろ手でその本を本棚に押し込もうとする。
トムはの腕を無駄のない動作で奪い、その手に握られている本の題名を見て、明様に息を吐いた。
「童話か」
「……ニワトコの杖に関する情報収集だ」
「嘘を吐け」
は強情に、吟遊詩人ビードルの物語を手放さなかった。
「ビードルが著した、ルーン語からの直接翻訳された原書版だ――焚書の憂き目にあわなかった、幸運な本だ」
「マグル贔屓要素が入ったものだな」
トムは、ちらりとの背に、様々な翻訳者や著者の、同じタイトルの本を見た。
ベアトリックス・ブロクサム著、新・吟遊詩人ビードルの物語――。
「、言っておくが、今僕はニワトコの杖には興味はない」
「「毛だらけ心臓の魔法戦士」の方に、興味があるんだろう?」
自らの心臓をクリスタルの箱に仕舞った魔法戦士に、トムは僅かに目を見開いた。
この行為とホークラックスとの類似性に触れた著書は多い。
それは明らかに魔法基本法則の一つに反する行為だが。
はトムに背を向け、その本を本棚に仕舞った。
振り向きざまにトムを見上げる。
「今の杖に十分満足しているんだと言っていたな。うっかり忘れていた」
そのまま、トムの隣を通って、最初に頼まれていた本棚の区画へ歩いて行く。
トムはそれを追った。
「君がうっかりするなんて、珍しいじゃないか」
「ああ」
の頭は、ビードルの物語の特に二編から得るべき教訓を繰り返していた。
――人間の存在を越えることは不可能だ――死を回避することは不可能だ――。
心臓と身体を分けた魔法戦士、死を克服しようとした兄たち。
彼らの愚かな最期から感じたことと、相反することを私はこれから行おうとしている。
それを先導を切って進めようとしているのは、トムだ。
トムはその身に、魔法戦士が自らの身に行ったことと、とても似たことを施そうとしている。
いや、もうそれは既に秘密の部屋事件の時から幾度となく成し遂げられていると言って良い。
たかが童話だ。
は思った。
しかし、その思いとは別に、の胸にはすっきりとしない感情が暗雲のようにたちこめている。
この私の身は死を克服したのか?
少し前に特異な能力を身に付けたこの身体は、ちょっとやそっとのことで脆く崩れそうにはない。
しかし、この身体に終わりが決して訪れないとは思えない。
しかし、それよりも――。
「トム、ビードルの物語は読んだことがあるんだったな」
「君が持っている原書版にも目を通したよ」
「そうか」
そのまま歩き去ろうとしたの腕をトムは掴み、は歩みを止めた。
トムの真っ黒な瞳がこちらを真っ向に見据えている。
「……トム」
はトムの胸元に手の平を置いた。
小さく首を傾げる。
「君の胸には、ちゃんと心臓は入っているのか?」
トムはの手の平の上に、自らの手を置いた。
そしてハンサムな顔をより澄まして微笑んだ。
「ああ、三分の一が確かにね」
そこに毛は生えてはいないだろうか?
真っ黒でとても長い毛が。
私が毛だらけ心臓の魔法戦士の中に出てくる乙女ほどに賢かったら、一体どうするだろう?
きっと、私はトムの悪巧みに手を差し伸べたりはしないだろう。
しかし、どうしたら良いんだ?
彼は、心臓が全てあって、それも若々しいピンク色をしている時から、愛を受け取ることができた試しがない。
彼にとって、人の感情というものは、手の平で転がし利用する手段だ。
どうしたら良いのか教えて。
美しくて、英知に満ちた、金髪の乙女。
「どうした?」
は、心配そうな表情を浮かべるトムを見上げ、その類稀なる秀麗な容姿を眺めた。
「いいや」
私は、彼が持つ人を虜にする才能に幼い頃から溺れていた。
私だけはそうなってはいけないのに。
は手を伸ばし、トムの頬に手を寄せた。
軽く背を伸ばしてその唇に自らの唇を押し付けると、トムは多少驚いたようにしながらもそれに応えた。
願わくは、彼が赤く艶々とした心臓を取り戻して欲しい。
自分のものと取り換えたって良い。
胸を切り裂いて心臓を彼にあげられるのならば、私は喜んで命を絶ち、心臓をトムへ手渡ししよう。
さらに図々しくも私の願いが聞き遂げられるのならば、あの乙女のように、私も心臓を取り戻したトムを抱きたい。
その時の私が生きていようと死んでいようと。
その瞬間、私は無上の幸福に包まれる。
2009/6/28
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