愚か者の末路














休みをもらってしまった。
だからといって特に何がしたいわけでもなく、目まぐるしい毎日から少し離れてみたいと思い、は外に出かけることにした。
どうせだからこの喧騒から遠い所に行きたいと思ったので、マグル界に出ることにする。
ムーディはいつも通り出勤していた。

いつもなら分厚いマントを着て出かけるのだが、マグルがマントを着ているところはあまり見たことがないので、マントは着ないことにした。
そうすると、防寒具がとても貧相になってしまった。
ジーンズとシャツとセーターを着込み、マフラーをぐるぐると首に巻く。
ブーツをジーンズの下に履いた。
とても首元が寒いので髪の毛は下ろして、マフラーの下に入れ込む。

そのまま歩いて近くのマグルの店に行き、何とかコートを購入した。
店の人には不審な目で見られたが、はそのコートを着込んで、物陰に隠れた。
そして、魔法省近くのマグルの土地を頭の中で思い浮かべ、姿を晦ました。


人の少ない場所に姿を現し、そのまま魔法省から離れるように歩き始める。
少し歩いた所で、公園を発見した。
その緑に惹かれるように中へ入ったは、ぼんやりとベンチに座る。
灰色の空からは、今にでも雪が降ってきそうだった。

しばしぼんやりとそこに座り込み、かじかむ手先を持て余していたら、目の前に小さな子供たちが現れ始めた。
真っ赤な頬をして戯れる子供たちを微笑ましく思い、その様子を眺めた。
すると、子供たちは、何やら困ったようにのいる場所の横で上を眺め始めた。

不穏に思って子供たちの視線の先を見上げると、木の枝に見事にボールが挟まっていた。
子供たちは、どうしようどうしようと無駄に背を伸ばしてみたり、巻いていたマフラーを空に振って落とそうとしている。
その中の一人が木に掴まり、幹に上り始めたのを見て、は思わず立ち上がった。


「危ないよ」


保護者はどこに行っているんだ?
は辺りを見回すも、それらしき人影はない。
木に登ろうとする子供をなだめつつ、は子供たちから期待の目が注がれているのを感じた。

仕方ない、やってやろうではないか。

は小石を拾い、それをボール目がけて投げた。
小石はボールに命中した。
が、ボールが落ちてくる気配はなかった。

子供たちからブーイングが来る。
は苦笑をしつつ、また子供たちの頭を撫でいさめる。
ちらりと枝にしっかりと挟まっているボールを見上げて、今度は石を投げた時に無言呪文でボールを落としてやろうと思った。

と、次の瞬間。
は、このマグルの土地の中で、魔法が発動しているのを感じた。
それを感じる方向へ目を向けると同時に、木に引っかかっていたボールは下へ落ちた。
子供たちは歓声を上げて、そこへ近付いていく。

もそこへ向かった。
木の根元で辺りを見回すと、人影を発見した。
その方向へ足を進め、足を止めていた人影に話しかける。


「魔法使いですか?」


その人は驚き、逃げようとした。
は待ってくれ、と呼びかけ、コートから杖を取り出した。
魔法使いの証明だ。


「私も魔法使いです」


その人は逃げようとした足を止め、の方へ恐る恐る足を進める。
黒髪の同年代らしき青年が現れた。





子供たちが木へひっかけたボールを、親切に魔法で落としてあげた魔法使いは、とても良い身なりをしていた。
が先ほど買ったコートとはまるで仕立ての違うコートを着て、革張りの靴はピカピカ光沢を放っている。
そして、見るからに育ちのよさそうな雰囲気を放っていた。
お坊ちゃんオーラがこちらまで飛び火をしそうだ。

ふかふかしたクレープを食べる。
ちらりと横を見ると、なかなか彼は端正な顔立ちをしていた。
このクレープは、先ほど彼が奢ってくれたものだ。
別に結構だと何回も繰り返したが、彼は品の良い笑みを浮かべ、売っているもののなかで最も高いクレープを私に買ってくれた。

久々にチョコレートや生クリームなどというものを口にし、は黙々と焼きたてのクレープを口に運んだ。
はっと、何か話さなくてはいけないと思い、クレープを飲み込んで隣に座っている彼へ話しかける。


「子供がお好きなんですか?」

「そういうわけではないんですが……久々に、あんな無邪気な子供を見たもので」


暗に、魔法界での戦争を彼は言っているように聞こえた。
同類なんだ。
は思う。
魔法界の喧騒から離れたくて、足はマグル界に向かったのだろう。

はぱくりとクレープの最後の欠片を口に入れた。


「ご馳走様でした」

「どういたしまして」


青年はへ微笑んで見せ、黒い手袋をはめた手を膝の上で組んだ。
その手袋にまで細かい刺繍が施されているのを、は見た。


「そのお礼と言っては何なんですが、僕の愚痴を聞いていただけますか?」


流れるような綺麗な発音で、彼はへ問うた。
は瞬いた。


「どうぞ」

「実は、僕は、僕の責任でとても大切な……友人を、仕事の上司へ預けたんです」


はその突拍子もない話題を、すぐに頭の中で消化できなかった。


「昨日、彼は帰って来たのですが、友人は虐待されて瀕死の状態でした」

「……お気の毒に」

「命に別状はありませんでしたが、僕はどうしてもあの人を許す事が出来ない」


青年の顔は、とても真剣だった。
指はコートの裾をぎゅっと掴み、目線は泳ぐことなくじっと止まっている。
そんな彼をちらりと眺め、は眉を下げた。


「でも、あの人には、僕の家族全員が――僕の兄以外全員がとてもお世話になっているんです。
 僕があの人に楯突けば、家族全員に迷惑をかけてしまいます」

「貴方はその方に、えーと、何と言うか……復讐したいということですか?」

「その通りです」


屈託なく青年はそう言って、は少し驚きを得た。
多少否定されるかと思っていたのだ。
を見る目に、嘘や妥協は存在していなかった。
は自分の大切なものを心の中で思い出し、彼の気持ちになろうとする。


「僕は、あの人に失望しました。もうあの人の下で働きたくはない。しかし、そうしたら僕の家族がどうなるか分からないんです」

「随分と、その方は横暴な人なんですね」

「そうなんです。早くそのことに気づいておけば良かった……」


青年は顔を手で覆い、膝の上に肘をついた。
随分な悩みように、は本当に彼が気の毒になる。
横暴な上司の下で働かされる苦悩を、は理解できた。

そっと、励ますように彼の肩に触れる。
だから、彼は悩める魔法界から離れてこの公園にやって来たのだ。


「……ありがとう。少し、すっきり出来ました」


青年はの手をそっと自分の肩から外し、笑んだ。
そんな愛想笑いをしてくれなくても良いのにと、は思う。
そのまま青年は立ち上がって、帰る素振りをし始めた。


「あの、お節介かもしれませんけれど、一言貴方に言っておきたいことがあるんです。
 もし良かったら、聞いてもらえませんか?」


青年は意外そうな顔で、会釈をした。


「反対に、その人の弱みを握れば――貴方の友人に酷いことをしたことを逆手にとってみたらどうですか?
 貴方のいる状況はあまり分かりませんが、その人は貴方に本性を見せたと考えても良いのでは?
 貴方がそこまでその人の下で働くのが嫌なら、道は別にあると思います……すみません、偉そうなことを言って」


はすらすらとそう語ってから、はたと恐縮した。
青年は目を見開けてそれを聞き、考えるように眉根をぎゅっと寄せた。
――あの人の弱み――青年は頭の中でそれを繰り返した。


「あ、あの? 気を悪くされたのなら……」


動かなくなった青年に、は困った様子だった。
青年はその言葉でやっと正気に戻って、に感謝の言葉を述べて、立ち去って行った。

は青年の後姿をまだ不安げに見送った。
彼に、何か悪いことを言ってしまったのだろう。
それはそうだ、生意気なことを言ってしまったもの。
は自己嫌悪に襲われ、クレープの入っていた紙を握り潰した。















また次の週、同じ曜日に休みをもらってしまった。
悩んだ結果、はまた同じ公園へ足を運んだ。
もし彼がいたら――その確立はとても少ないが――謝罪を言いたい。

先週とほぼ同じ時間に公園に着いて、は同じベンチに座った。
先週クレープの露店があった場所には、ワッフルの露店があった。
足をぶらぶらさせながら座って待っていると、遠くに人影が現れた。

見たことのあるコートが、見たことのある背丈の青年の姿が見えた。
は急いで立ち上がり、その人のいる方向へ走った。
青年はとても驚いて、やって来たの姿を見た。


「先週、とても出過ぎたことを言ってしまってごめんなさい。私、貴方がとても気を悪くされたと思って……」

「ここでまた待っていてくれたんですか?」


青年は、懇願するようにこちらを見上げるを見下ろす。
青年にとって、その言葉はあまりにも的外れだった。
彼女の赤い頬が、彼女がここにいた時間を物語っていた。

青年は、側にあるワッフルの露店を目にした。


そんなわけで、今度は、はワッフルと温かい紅茶をご馳走になっていた。
また彼は、戸惑いなくメニューの中で一番高いものを買ってくれた。
もうはそれに抵抗することなく、渡されるがままにアフタヌーンティーを受け取った。
拒否しても無駄だと学習したのだ。

以前と同じベンチに並んで座った。
そこで青年は、はとんでもない思い違いをしているということを、彼女に懇切丁寧に説明した。
はそれで納得したようだった。


「……じゃあ、貴方は私が言った通りに実行されるつもりなんですか?」

「すみませんが、一旦話を切っても良いですか?」

「え?」


温かい紅茶によって血色が良くなった唇が、間抜けな声を上げた。
青年は、の手をそっと持ち上げた。


「この怪我は?」

「……私、とてもそそっかしくて」

「そそっかしくて、こんなところにも怪我を?」


青年の目がの額を見ている。
手にも、額にも、包帯が巻かれていた。
はとても気詰まりがしたが、にこりと微笑んだ。


「ええ」


実を言うと昨日この怪我をしたばかりだったが、はそんなことを言う気はさらさらなかった。
あんな物騒な職業に就いているということなんか、言う気は全くない。
そんなことを言うと、この何とも言えない関係が崩れ落ちるような気がした。

青年は訝しげにの怪我を見ていたが、は仕切り直す。


「弱みを握ろうとなさっているんですね?」

「……はい。あなたの忠言に従って」


これ以上追及しても無駄だと思って、青年は自分の紅茶を口に運んだ。
その顔は渋い。


「でも、どうしても踏ん切りがつかないんです」

「当然ですよ。だって、あれは、私の単なる思い付きの話でしたから……」

「いいえ。あなたの言葉は、とても僕にとって大きかったです。僕が単に意気地がないだけだ」


そんな、とは苦笑する青年を見た。
あんな思い付きの言葉を、そんなに深く考えていてくれただなんて。


「実行した後のことを考えると、足が動かないんです。それに、これはある意味家族への裏切りになる……」


冷めたワッフルを膝に置き、飲みかけのカップをベンチの上に置いた。
そっと青年の顔を覗き込む。
彼の瞳が黒いことに、は初めて気づいた。


「私は、貴方のことを応援しています」


二人の視線がかち合う。


「他の誰が、どう言おうとも」


どうして彼女は言って欲しいことを、こうも簡単に言ってくれるのだろう?
青年はの真剣な表情を見る。
彼女は、自分の家族の多くと同じ容姿をしていた。
真っ黒な髪をした彼女の真っ黒な目が、心まで刺すようにこちらを見据えていた。















レギュラスの足は、無意識にあそこへ向かっていた。
実行は明日だと心に決めていた。
彼女と毎週顔を合わせていた曜日の、次の日だった。

やはり彼女はそこにいた。
別に、何を約束していたわけでもなかったのに。
黒髪を肩に垂らした彼女は、変わらず同じベンチに座っていて、冷たい空気に白い息を上げていた。
こちらに気づくと微笑んで、小さく手を振った。

彼女から、アイスが食べたい、と言い出したので、いつものように二人して露店へ向かった。
冷たいアイスを食べたい気持ちはあまり分からなかったが、彼女は嬉しそうにカップに入った色とりどりのアイスを口に運んだ。
そして、レギュラスはまた問う。


「その怪我。もう誤魔化しているわけにはいかないでしょう?」

「え? 何の話ですか?」

「茶化さないでください」


彼女は、今度は頬にまで怪我の治療をしていた。
レギュラスは不穏に思う。
こんな怪我を日常的に負うだなんて――。


「じゃあ、そちらから身分を明かしてもらえますか? そうしたら、私も理由を話しますよ」

「それを僕がすると思っているんですか?」

「いいえ?」


彼女は唇の端を上げた。
レギュラスは溜息を吐く。
服従の呪文をかけられているのではないか、亡者ではないのかと、身分を証明するのが挨拶代わりとなっている魔法界。
そこから離れたところでのこの関係は、とても特異なものだった。

お互い、身分を明かしたらこの関係が終わることは、分かっている。
小さなプラスチックのスプーンをくわえた彼女は、ちらりとレギュラスを見遣った。


「それで、どうするんですか?」

「明日、僕は反駁しようと思っています」


彼女は小さく頷いた。


「私、今日限りでここに来ることが出来なくなります。だから、貴方の決心がついて本当に良かった」

「学校が忙しくなるんですか」


彼女は眉を寄せた。
レギュラスは、何か間違ったことを言ったか、自問自答した。
彼女は低く言う。


「あの……実は、学生じゃないんですが……」

「え!? あ、いや、失礼……」


明様に彼女は不機嫌な顔をする。
レギュラスは、彼女はきっと自分よりニ、三歳下だろうと思っていたので、とても意外だった。
その割りに、随分としっかりした人だと思っていたのだ。

むすりとした彼女は、アイスの大きな塊を口に運んだ。
その姿はとても幼く見えて、とても彼女は社会人には見えなかった。
社会人――。

レギュラスは彼女の姿をもう一度眺めて、ふと気になった。
会う度に増える傷、それに、彼女はどこか見覚えがあるような気がする。
彼女の姿を見つめるほどに、この顔、この雰囲気が……確かに覚えがあるような気がする。


「……どうしたんですか?」


こちらを凝視される視線に、彼女は不満そうに言葉を発した。
レギュラスの頭の中で、つい前の事件が回っていた。
つい先日、もう最後だと思い、ヴォルデモートの指令で闇祓いと対峙したことがある。

その時――とても闇祓いには見えないような小柄な魔女が、こちらに向けて強力な呪文を発し、驚いた。
その闇祓いは、アラスター・ムーディの弟子とかで、立ち姿が妙に凛々しい魔女だった。


「……この傷は、もしかして、三日前に負いました?」

「え……?」


レギュラスの思いがけない言葉に、彼女は目を見開いた。
心底驚いた様子だ。
彼女の口は戸惑いながらも、はっきりとそれを肯定するかのように言葉を放つ。


「どうして、そんなこと――?」


ビンゴだ。
レギュラスは、こうなってしまった運命を呪った。
まさか、「このこと」を相談した相手が闇祓いだなんて。

辺りに人がいないことを確認する。
コートの中でそっと杖を握った。

彼女は次の瞬間、レギュラスの言葉の真意を掴み取ったようだった。
闇祓いであることがばれた、と気づいた彼女は、レギュラスへ顔を上げた。
驚きに満ち溢れた目が、レギュラスを捉える。

瞳の中のレギュラスは、どこか哀しげな、しかし強い決意のある表情をしていた。
若い唇は一文字に引き締まっていた。
唇は、低く抑揚のない言葉を吐いた。


「ごめんなさい。あなたを巻き込むわけにはいかない」

「な――」


彼女が咄嗟のことに動けないでいる内に、レギュラスは杖を彼女へ向けた。
さすが闇祓いでも、この不意打ちに対応は出来ない様子だった。
オブリエイド、呪文を唱えた。





は、目線を上げた。
そこには、見慣れない青年がいた。
――誰だ?
短い間で身に付いた習慣で、腕はコートの下の杖へと伸びた。


「ああ、良かった」


青年は不意打ちにそう言った。
はわけが分からず、訝しげな視線を青年へ送る。


「突然倒れられたんですよ。良かった、身体は大丈夫ですか?」


倒れた?
全くそんな覚えはなく、は過去を遡ろうとする。
すると、過去の記憶は靄がかかったかのように手が届かなかった。

改めて回りを見渡す。
確か、足の向くままにこのマグル界の公園にやって来たはずだった。


「身体は大丈夫です。……私、本当に倒れていたんですか?」

「はい。そんな怪我でこんな所に来られたからですよ」


は、以前負った傷を思い返す。
しかし、今までどんな怪我を負っても、一人で倒れるだなんてことはなかった。
腑に落ちないは、一人で首を傾げている。


「ありがとう」


え?
は、耳を疑った。
青年は微笑んでこっちを見ている。


「……今、なんて……?」

「お大事になさってください」

「あ、はい、ありがとうございます。あの――!」


立ち去ろうとした青年の後姿に話しかける。
青年は足を止めて、こちらに振り返った。
は、衝動的に問うた。


「名前は何とおっしゃるんですか?」

「貴方の名前は?」

「私の名前は――」


名乗ろうとした口を止めるように、青年は手を伸ばしていた。


「名前を知らない人に安売りしたら駄目ですよ」


は、ムーディの姿を思い出した。
師匠でもきっと、そう言うだろう。
青年はそれで満足したように、その場を立ち去っていった。
こざっぱりとした後姿が遠ざかって行く。

しっくりとしない感覚を覚えながら、はベンチから立ち上がった。
すると、座っていた場所の横にアイスのカップがあることに気づいた。
カップと透明なスプーンを持ち上げ、中を覗きこむと、それはまさに食べかけの状態だった。

私が食べていたのか?
はカップを持ち、側にある露店へ向かった。


「カップはあっちに捨ててよ。それとも、もうワンカップ食べる?」


アイスを売っていた中年の男性は、を見ると笑いながらそう言った。
カップの中をもう一度覗き、は青年が歩いて行った方向へ視線を向けた。
すると、視界に白いものが降って来た。
雪だ。

目を瞑る。
神経を研ぎ澄まし、先ほどの青年の魔法使いのいる場所を探そうとしたが、それが見つかることはなかった。















「クリーチャー」


レギュラスはコートを叩いて、雪を落とした。
太陽はとうの前に落ちていて、外は真っ暗だった。
目下に、彼のとても大切な友人がいる。


「例の、洞穴に連れて行って欲しい」


忠実な屋敷しもべ妖精は、深く深く頭を下げた。
レギュラスは、コートの中にロケットが入っていることを手探りで確かめ、足を進めた。



























2009/6/28






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