わたしは監獄で死ぬ














「……本当に、立ち会わなくてよろしいですか?」

「はい。用事が終わりましたら、ここから出ます」


目の前の看守は怪訝な顔をしていたが、他国からの来客にそれ以上立ち入った質問はできないようだった。
渋々とした様子で、扉の鍵を開ける。
その時、その扉にかかっているとても強力な魔法に気づいた。

黒い石造りの壁に埋め込まれたような扉が開くと、その中にまた空間が広がっている。
ここは、ヌルメンガードの最上階である。
ヌルメンガードには、ダンブルドアが主体となり、強力な魔法がかけられていた。
特に、この最上階の独房には。

通常、この要塞の関係者以外の人物がグリンデンバルドと対面をすることは不可能だ。
少し前までは、ドイツの魔法省や国際魔法連盟関係者が厳戒態勢の中で、彼と対面していたらしい。
しかし現在も厳重な警備体制は揺らいではない。

ダンブルドアの書状がなければ、一人でグリンデンバルドと対面するなど、不可能だった。


アンジェラはマントの中の杖を確かめ、隔離された独房へ向かう。
少し進むと、二人の看守がまだ不安そうにこちらを見つめていることに気づいた。
これでも、英国魔法省で闇の魔法使いに対する仕事に就いている、ということは明示したつもりだったのだが。

アンジェラは扉に近付いて、それを手にかける。
閉めようとすると、看守はそれを阻止した。


「閉めると、また魔法が発動してしまいます」

「ダンブルドアは、私が話す内容を他人に聞かれるのを望んでいません。それとも、私が今ここでこの場に呪文をかけても良いのですか?」


ここには複雑な魔法がかかっていて、下手な真似はしてはいけないということを知っているから、そう述べた。
看守は半ば睨み付けるような視線をこちらへ向けた。


「よほど大きな声で話さない限り、私たちまで声は届きません。
 私がこの扉を外で持っておきますから、用事が終わったら話しかけてください」


ダンブルドアからの使者だからといって調子に乗るな。
そんな感情がありありと看守の顔に表れている。





アンジェラは渋々了承の返事を送り、看守が外へ出たのを確認してから、奥へ足を進める。
幅の狭い鉄格子の奥に、その人はいた。
その男は、爛々とした目でこちらを見つめている。
狭い窓から、太陽がその男の足元に光を落としていた。

ゲラート・グリンデンバルドは、石の床に座っていた。


「ここに来てから、一人で私に会いに来る人物は、初めてだ」


濃い青色の目がじっとこちらに向けられる。
好奇の視線だ。


「それに、いつもはこの鉄格子の前にまで看守がいた。君は誰だ?」

「アルバスの友人だよ」


英語で話してくる彼は、きっとさっきの会話の片鱗を耳にしていたのだろう。
そして、こうして私に途切れなく話かけてくるあたり、きっとこの牢の中にいるのに飽き飽きしているのだろう。

グリンデンバルドはいきなり高笑いを始めた。
この男、狂っているのか?
アンジェラは、鉄格子に触れない程度まで牢に近付く。


「アルバスから伝言を君へ伝えに来たんだよ」

「アルバス本人は来ないのか?」

「彼は忙しいんだ」


アンジェラはさっさと用件を済ましたく思って、伝言を伝えようと口を開ける。
しかし、グリンデンバルドはそれを許さないとでもいうように口火を切った。


「彼は、いつまで経っても可愛らしい。君も思わないか?
 五十年も経って、少しはしっかりしたかと思っていたが、見た目ばかりが立派になって中身は全く変わってはいない」

「私は、さっさと用件を済まして帰りたいんだが。グリンデンバルド」

「そう急ぐ必要はない。私も退屈していたところだよ」


アンジェラは溜息を吐いた。
面倒な奴だ。


「君は、ダンブルドアの友人なんだろう?」

「ああ」

「ダンブルドアの友人なら、それは私の友でもある」


若い頃はさぞかし美青年だっただろう。
そう言って笑んだグリンデンバルドには、端正な面影がまだしっかりと残っていた。
色の抜けた金髪が、銀色に光っている。


「私は、長年彼と再会したかった。しかし、随分焦らされたと思って一度会えば、彼は私をこんな所へ閉じ込めた。ひどい仕打ちだと思わないか?」

「……君は、アルバスがここに来て欲しかったのか?」

「その通りだ」


理解に苦しむ。
自分をここに閉じ込めた張本人に、また会いたいだと言う。
渦巻く脳みそにもうこれ以上この件で悩まないよう指令を出し、やはりさっさと用件を済まそうと思う。


「アルバスからの伝言だ。ニワトコの杖は彼が墓まで持って行く、とのことだ」


一時沈黙があった。
グリンデンバルドは、予想外に微笑んだ。


「君はその意味が分かって、そう言っているのか?」


ダンブルドアから以前聞かされた、死の秘宝の話を思い出す。


「死の秘宝についてのことなら」


グリンデンバルドは、驚いたように目を見開けた。
何も分からずに言葉だけを話していた、と思われていたらしい。


「……どこで知った?」

「アルバス本人から聞かされたよ。参考図書に、ビードルの物語を使ってね。君のマークの由来についても、聞かされた」

「確かに、君はアルバスの友人らしい」


今まで友人だと認定されていなかったらしい。
グリンデンバルドのその判断も分からなくもない――だって、彼はダンブルドアだもの――そう考えていると、グリンデンバルドはこちらに品定めをするかのような視線を向けてきた。


「ニワトコの杖をアルバスから奪おうとは思わないのか?」

「どうして?」

「ニワトコの杖。必勝の杖。欲しくはないのか?」

「アルバスに返り討ちにされたくはない。私の力は、彼に……君にも、到底及ばないよ」


それに。
アンジェラはフッと微笑んだ。


「君は現に負けたじゃないか。ニワトコの杖が最強だなんて、嘘っぱちだ」


グリンデンバルドは押し黙り、細めた目でアンジェラを見上げる。
用事は終わったとばかり、アンジェラはその場から立ち去ろうとする。


「どうして彼が長い間私と対決するのを避けていたのか、知りたくはないか?」


アンジェラは足を止めた。
振り返ると、グリンデンバルドはそのことをまるで私が知らないかというように、物知り顔をしていた。
その誤解は残しておきたくはなかったので、アンジェラはまた牢の方へ近付き、鉄格子の前でグリンデンバルドと視線を合わせるように膝を折った。


「相反した思い人と再会したくなかったんだろう?」

「――アルバスは、どこまで君に話しているんだ?」

「なるほど。君はアルバスの感情には気づいていたわけだ」

「そういうところの洞察力は、私はダンブルドアより優れているんだよ」

「……さっき、アルバスと会いたかった、と言っていたな。どうしてだ?」

「まさか、君は、アルバスと同じ感情を私が彼に抱いていたという答えを望んでいるのか?」


アンジェラは唇を止め、小さく息を吐いて、唇を引き締めた。
グリンデンバルドは笑い声を上げた。


「優しいね、君は! さすが、アルバスが色んなことを曝露しているだけある。
 残念だけれど、私はアルバスを愛していたし今も愛しているが、それは彼のような盲目めいた感情じゃない」

「だから、利用したのか」

「彼は大切な人だ。だから、私と一緒に来るべきだった」


立ち上がって、グリンデンバルドを上から見下ろす。


「アルバスは可愛いだろう? 恋情を抱いて、何年間も私に会おうとしないんだ。多くの人が彼を求めていたのに。
 昔から、彼は力があるのにその使い方を知らない。その方法を私が教えてあげたのに、つい最近、彼は絵に描いたような道徳を振り翳して私を完全に否定した」

「……絵に描いたような道徳?」

「彼が心からそれを信じていると思うか? それは、彼の心の奥から沸いてきているものだと思うか? あのアルバスが?
 外から焼き付けられた道徳を振り翳す彼は、哀れだとしか思えない」

「哀れなのは君だよ、グリンデンバルド」


目下の老人は、確かな生気を持っていた。
力強い目は光を失っていなし、確かに、アンジェラはこれまで話す内に彼にアルバス・ダンブルドアと似た輝きを感じ取っていた。
ダンブルドアが彼を好きになったのも、納得できる。
だが、決定的に彼はダンブルドアと違うところがある。


「その道徳は、確かに彼の心から生まれたものだ。彼の妹の死によって。
 それに比べ、ゲラート、君はなんて人間的に成熟していないんだろう。
 ――まあ、私もそんなことが言えるほど成熟し切った大人でもないんだが」

「アリアナの死が? だが、そうだとしても、アルバスの性分は一番私が分かっている。
 彼は、決してそのような道徳に染まる人間じゃない」

「私もそう思う。だから、彼は常に良い人であろうと努力している。そういう人間が、一番善に近いと私は信じている」

「そうだ、善だ」


アンジェラは、この要塞の正面に刻まれていた言葉を思い出した。


「FOR THE GREATER GOOD」


耳障りの良い言葉だ。


「善に、より大きいも、より素晴らしいも、あるものか」


コンコン、と軽い音が響いた。
どうやら、看守が扉を外から叩いているらしい。
もうそろそろ出て来いということだろう。


「アルバスは、君が改心することを望んでいたよ。それ以外の感情は、私には見せなかった」

「期待するだけ無駄だ、と言っておいてくれないか。それと。君とも話が合いそうにないから、早く出て行って欲しい」

「分かったよ」


固い石に靴の底が音を立てる。
規則的な音が独房に響く。
空気が揺れる。


「最後に。君の名だけ聞いておこうか」


とても怪訝な顔をしていたに違いない。
グリンデンバルドは、吹き出すように小さく笑みを漏らした。


「私はここで死ぬだろう。名前を知ったところで、別にどうにもならない」

「……」

「嫌か?」

「……」


顔だけで振り返る。


「アンジェラだ」

「アンジー、では、また地獄で」

「――私は地獄送りになんかならない」

「私には、君が今まで一般的に平穏無事に生きてきたようには見えないんだけれどね」


アンジェラは思い当たる節があったのか、少しグリンデンバルドを睨みつけてから、また正面を向いて扉へと向かう。


「さようなら、ゲラート」


後ろにグリンデンバルドの笑い声を聞きながら、アンジェラは独房の外へと出た。
看守たちの言葉を適当に聞き流し、滲んでいる汗を拭う。

確かに、彼はダンブルドアと同類だ。
背後にこの何年間もヨーロッパを脅かせた張本人を感じながら、アンジェラはヌルメンガードの出口へと向かう。
正面に刻みつけられた文字――より大きな善のために――そして、その要塞の最上階へ視線を上げる。

アルバスの思いがちゃんと伝わっていることを願う。
少しでも彼の心を揺さぶることが出来ているのならば、私がここに来たことに少しは意味があっただろう。



























2009/9/29






close