背中合わせのまま平行線
トム・リドルは、ホグワーツへの行き方をダンブルドアから聞き、ホグワーツ特急への切符と教材リストの入った封筒をもらった。
ダンブルドアが握手をするように差し伸べた手を、トムは握った。
「僕は蛇と話ができる。遠足で田舎に行った時に分かったんだ――向こうから僕を見つけて、僕に囁きかけたんだ。
魔法使いにとって当たり前なの?」
「稀ではある。しかし、例がないわけではない」
トムは自慢げに、ダンブルドアを圧倒させてやろうという思惑を丸見えで言った。
蛇と話ができるという少年を相手にし、ダンブルドアは一瞬だけ躊躇していた。
すると、トムははたと気づいたかのように、握手を解いた。
「僕と同じ能力を持つ子が、この孤児院に他にいる。……彼女はその学校に呼ばれないんですか?」
「呼ばれているよ。君の次に、その子に話をする予定だった」
「!」
トムは扉の向こうへ大声を上げた。
顔には喜びが浮かんでいる。
途端、その部屋の扉が控えめに開いた。
扉から半分ほど顔をのぞかせている少女がいた。
「だね? こっちにいらっしゃい」
は、ゆっくりと扉の後ろから動いた。
他の子供たちと同じ灰色のチェニックを着て、汚れた運動靴を履いている。
服装とは対照的に、美しい金髪の少女だった。
トムと並べば、何とも似合いの二人となるだろう。
青い目はじっと、ダンブルドアのマグルらしくない格好を見つめている。
それはトムがダンブルドアに見せた目に似ていたが、彼女のものはそれよりずっと落ち着いていた。
ダンブルドアと目をじっと合わせながら、は言う。
「先ほど、その杖で洋箪笥を燃やされていたのを見ました」
「それなら、話が早い」
トムが衝動で話すのと対照的に、は理性で話していた。
年齢の割りに早熟な話し方と態度だった。
「私はアルバス・ダンブルドア。ホグワーツ魔法魔術学校の教師をしている。
君はその学校への入学を許可されている――もし、君がこの学校へ入りたいと望むのなら、これを君に渡そう」
ダンブルドアは懐から封筒を取り出し、それをへと差し出す。
は受け取るような気配を見せず、問うた。
「ホグワーツという学校は、存在しているのですか?」
「いかにも。魔法使い以外がそれを発見できないよう、魔法でその存在を隠している。
イギリスの魔力を持つ子供の多くが、この学校に通っているよ」
はちらりと封筒を見てから、またダンブルドアへ視線を上げる。
「どうして私がそこに入学されるのを許可されているのですか? 私は、生まれてからずっとこの孤児院にいました」
「魔力を持つ子供が生まれたら、その名前を記すシステムがホグワーツにはある」
「それも魔法の力ですか?」
「その通りだ」
頑なに、は封筒を受け取ろうとしなかった。
ダンブルドアの後ろにいるトムをちらりと見て、彼が既に封筒を受け取っているのを目に留める。
ダンブルドアの目には、彼女はトムを守ろうとしているように見えた。
他の人とは違う力を持つトムが、騙されて精神病院に入れられるのではないか。
そして、また同様の自分も騙されているのではないか、見極めているように見えた。
「汽車の切符……そこへは、私たちは自分で行くんですか?」
「そうだよ。もし、君が学校に着いてどうしても行きたくないと言うのなら、帰ることも出来る」
今から連れて行かれるわけでないことを、は確認した。
そして、やっとは封筒へ手を伸ばす。
受け取ったは、慎重にそれを眺めていた。
「二人で教材を買って、ホグワーツに来れるかね? それらについては、もうトムに全て話したが……」
「大丈夫です、先生」
トムは喜色を浮かべての横へやって来て、言った。
二人で学校へ行けることがとても嬉しいらしい。
「も、大丈夫かね?」
はまっすぐにダンブルドアを見上げ、初めて唇に僅かな笑みを見せた。
「はい」
その後、はダンブルドアが部屋から出て行くまで、その後ろ姿をじっと見続けた。
ダンブルドアが部屋から出て行って、初めてトム相手に歳相応の笑みを見せた。
*
「」
スリザリンの談話室に戻って来たトムは、暖炉側で読書をしていたの元へ歩いて行く。
はトムが隣に座っても顔を上げず、まだ字を目で追っていた。
周りに人は少なかった。
「どうした?」
「開心術をかけられた」
はゆっくりと本を下ろし、僅かに首を傾げた。
「ダンブルドア先生に? トム。君は一体何をした?」
「違うよ。アンジェラ・キャンベルという闇祓いにだ」
「とうとう闇祓いのお世話になったか。残念だ、トム」
「……」
トムは、の読んでいる本を取り上げた。
は肩を落とし、顎に指を当てる。
「僕は、何も失態を犯してはいなかった。いつも通りに振舞っていた。
なのに、初対面の生徒に、どうしてあの魔女は開心術をかける?」
「お前の邪な企みが、歴戦の闇祓いの勘に引っかかったのでは?」
「ふざけるのは止めてくれ」
「ふざけてなんかいないよ、トム。
ダンブルドア先生と同様、お前の嘘で塗り固められた表側を、その魔女は見破ったんじゃないか?」
手を伸ばし、マグカップに入っていたココアへ手を伸ばす。
少し冷めてしまったそれに口をつけながら、またトムへ訊く。
「で、閉心術を咄嗟にしてしまった、と」
「その後、あの魔女はこの事件についての意見まで僕に聞いてきたんだ」
「ああ、もう駄目だな。ジ・エンドだ」
「その後、あの魔女は何と言ったと思う?
パーセルタングをスリザリンの継承者が使っているのではないか、と言った」
は驚いた風に目を開き、カップをテーブルの上に置いて、足を組んだ。
トムから離された視線は、空を彷徨っている。
――ということは、バジリスクが今回の事件の犯人だと気づいているということか?
ダンブルドアの部屋にいたその闇祓いは、ダンブルドアの友人だと聞いたことがある。
ダンブルドアとその闇祓いの間に挟まれたトムは、何とも哀れだっただろう。
「是非ともその魔女に会ってみたいものだ」
「僕を見捨てる気か? 」
「まさか」
歳不相応の男を虜にする艶やかな笑みを見せて、は微笑んだ。
豊かな金髪を撫で、何とも優雅にソファーに座っている。
トムもそのの笑みに対して、唇の端を上げた。
「……早く、部屋を閉じた方が良い」
「君と僕が五年もかかって見つけた部屋だ。君もそう言ってくれるのなら、早く対処をしよう」
「多少勿体無いような気がするが」
は、こっちへ向かっている下級生の姿を目に挟んだ。
その下級生の目をじっと見つめる。
下級生はその視線に気付いたようで、はっと足を向ける先を変えた。
「ルビウス・ハグリッドがアクロマンチュラを飼育している場所は変わっていない」
「そうか。……今回くらい、君が前に出たらどうだ?」
「ごめんだ。私はお前のように目立ちたがりではない」
トムは苦笑した。
彼女は、決して自ら前へ出ようとはしない。
万年次席である彼女は、その立場が気に入っているようにも見えた。
脚光を浴びるのは好まない――孤児院にいた時から、その性質は変わらない。
「」
「何だ?」
は、さっさとトムの手から本を取り返していた。
パラパラとしおりがある所まで本を捲っている。
「今年の夏、旅に出ようと思っている。僕の父方の故郷だ」
「確か……母方の家もその辺りにあるのではなかったか?」
「一緒に行こう」
「私が行くことに何かメリットがあるのか?」
「手伝って欲しいことがある」
は、じっとトムの姿を見つめた。
トムは何とも言えぬ秀麗な動作でへ向けて手を伸ばす。
は、伸ばされた手の上に、また優雅な動作で手をのせた。
「良いだろう」
彼の企てに参加するのは、全く珍しいことではない。
*
燦燦とした日光が窓から入ってくる。
気持ちの良い昼下がり、とトムは図書館にいた。
図書館にいることは彼らの日課だった。
様々な調べもののためにも、魔法の秘術の知識を得るためにも、このホグワーツの図書館以上に適した場所はない。
秘密の部屋について調べるために、彼らはかつてこの図書館を隅々まで利用した。
しかし、トムは、今はまた違う事柄に夢中になっていた。
トムに付き合い、調べものをしていたは息を吐いた。
息が詰まりそうだった。
調べるよう積み上げられているのは、古代の気味の悪い闇魔法についての本ばかりだった。
側には、それを食い入るように眺めているトムがいる。
「トム」
「どうした?」
何か記述を発見したか、とトムはの本を覗き込もうとした。
しかし、その本は閉じられていた。
トムが眉を寄せると同時。
「最近、女の子たちの陰口がひどい」
「……」
「私に女友達が少ないのは、トム、お前が一番知っているだろう?」
トム・リドル。
見た目もハンサムで、能力は学校という枠を飛び越えており、文句の付け所のない生徒だった。
学年が上がる度に、彼の才能は開花していくようだった。
もちろん、女生徒からの人気も果てしないものがあった。
「でも、君なら――」
「傷付けられることも、明様に苛められるようなこともないが、気分は良くはないな。少し、困ってしまう」
トムは本にしおりを挟んだ。
「そうだな。すまない」
素直に謝るトムなんて生まれてこの方ほとんど見たことがなかったので、はとても驚いた。
トムは椅子から立ち上がった。
まさか、本がまだこんなに高く積み上がっているのに、トムがこうやって席を外すなんて。
はさらに驚く。
「はっきりさせておいた方が良い」
トムは、の腕を持つ。
促されるままに立ち上がったの背には、本棚があった。
窓から入る光がトムの黒髪に当たり、の金髪に当たってきらめく。
の目の前にトムがいた。
「……どうした?」
「君が促したんだろう、。それとも、単に君は、君の側から僕が離れて欲しかったのか?」
「――トム」
その言葉は、肯定も否定もしていなかった。
ただ、は目の前のトムの目を見つめていた。
お互いに開心術も閉心術も身に付けていたが、お互いにそれをしようとはしない。
「もう、君に嫌な思いはさせない。僕が言い聞かしておく」
の頬を、トムは撫でる。
今まで十年以上ずっと側にいたが、このような触り方をされたのは初めてだった。
は目を細め、トムから目を逸らさない。
「。ずっと僕の側にいてくれないか」
「……私は、ずっとお前の側にいた。それはこれからも変わらない」
トムはどんな女性をも魅了できるだろう笑みを浮かべて、の唇へキスを落とす。
は微動だにせず、受け止め、終わるまで唇を動かさなかった。
は目を閉じず、そうするトムをじっと見ていた。
「好きだ。」
は何かを言いたげに唇を動かしたが、何も言葉を発さない。
また動きを止める真っ赤な唇に、トムはまた唇を下ろす。
トムの片手は、の腰まで届く髪を撫で、片手は細い首をしめるシャツのボタンを開けていた。
白い首が開放されると、トムはそこへ唇を落とす。
はわずかに柳眉を寄せた。
「……トム」
トムは、首から顔を離す。
「それは、本心から言っているのか?」
「当然だよ」
「――証拠を見せて」
の手が動いて、トムの頬を捉えた。
その瞳は真摯なものであったが、僅かな哀しみを含んだ翳りを見せていた。
しかし、トムはそれに気づくことはない。
もう一度、二人は唇を重ねる。
今度は、は目を瞑っていた。
トムはの豊かな身体つきをなぞり、ローブの中に手を滑らせる。
背中が本棚に当たり、痛みを訴えていた。
ローブを脱いだ肌は、寒さを訴える。
あれから歳を経ることを知らなくなった身体でも、これだけのことは感じてくれる。
――身体は傷付けられると、常人より早く回復した。
あれから病気にはかかったことがないし、身体が不調を訴えることはない。
しかし、魔法作用にかからないことはなかった――トムの呪文は容易く私を苦しませた。
生殖機能はなくなった。
はトムの背に腕を回す。
トム。
お前は、この身体が欲しいだけなんだろう?
長い付き合いである彼のことは、手に取るように分かった。
彼は友愛を感じることは出来ない。
それが例え、生まれた時からの付き合いであっても、独占欲を感じてもらうのがやっとだ。
だから、私は……。
はトムの身体を抱き締めた。
2009/11/22
close