愛しい我が君よ、どうか














ベラトリックス嬢の闇の帝王への執心は、有名だった。

家の都合だけで結婚させられた夫など、美しく賢い彼女の視界へ入ってはいなかった。
彼女の目に適う男は、ただ、あの人だけ――闇の帝王と呼ばれる魔法使いだけだった。
初めて彼女が一目惚れした男だ。

それ以来、彼女は一心にあの方へ仕え始めた。
盲目的と思えるほどに、彼女はあの方へ情熱的な愛情を抱き、どうにか彼に認めてもらおうと必死だった。
己よりその人に近付く者を、闇の帝王の側にいるのに相応しくないと彼女が判断すると、あらゆる手を使ってその者をそこから引きずり下ろした。

そして、闇の帝王は何もそれについて彼女に言うことはなかった。
――私は闇の帝王に認めてもらったのだ――!
私は、彼の側に寄る者を査定する役割を、あの方から頂いたのだ!
愚鈍な奴らは、あの方に相応しくない。















「セブルス」


報告を終えてヴォルデモートに背を向けた彼に、声がかけられた。
セブルスは振り返る。
闇の帝王が座っている横に、麗しい姿形をした魔女がいる。

彼女は、セブルスの姿を捉えて、ふと苦笑を漏らした。


「お前の周りを、ベラが嗅ぎまわっている」


セブルスはその意味をすぐに理解はできなかった。
はそんな彼の姿に、笑みを漏らす。


「隙さえあれば、お前を奇襲せんとしているぞ」

「……何故ですか?」

「彼女は、彼女以上に俺様の周りに近付こうとする奴らに嫉妬する」


セブルスは意味が飲み込めなかった。
訝しげに言う。


「――嫉妬から、同じ死喰い人を奇襲しようと?」

「彼女は、そういう女だ。私も、彼女にあんまり良い目で見られていないようでね」


低い笑い声が聞こえた。
セブルスは背筋を凍らせる。
ヴォルデモートがこのように笑っているところを、初めて見たのだ。
新参であるセブルスは、些細なことで敏感になっていた。


「つまりは、番犬だ。餌の必要のない番犬は、得難い」


セブルスは眉をひそめた。
そして、の方にちらりと視線を上げる。


「そうだ。忠告する分だけ、私はお前を気に入っている……うまくあしらうんだな」

「彼女がこんなことを言うのは珍しいことだ」


セブルスは恐れ多く跪いた。
そして感謝の言葉を述べてから、そそくさと部屋を出て行く。

部屋から出て、まず一息を吐いた。
あのツーショットは心臓に悪い――まさか、までいるとは思っていなかったのだ。
この英国で三本の指に入る魔法使いの二人が、目の前にいたのだ。

自分が、ヴォルデモートに気に入られていることは薄々気づいていたが、まさか彼女までに気に入られるとは思ってはいなかった。
元々、あまり彼女のことについて情報は持っておらず、どのような人かはあまり知らなかった。
セブルスはちらりと出てきた扉へ振り向く。

どうして――。

どうして、汚れた血の混じっている自分を。


ヴォルデモートは、の白い頬に手を寄せた。


「ベラに苛められたか?」

「ああ、とても」

「何故だ?」


揺れる豊かな金髪をすく。
は小さく微笑んだ。


「卿、お前がこういうことをするからだ」


はヴォルデモートの手を取り、その甲に口付けた。
その下には血管が目まぐるしく通っているだろう。
死喰い人の中で、このことは禁句だった。

ヴォルデモート卿が、マグルとの混血であることは。

ヴォルデモートは彼女の貝殻のような爪をなぞり、その手を掴む。
の赤色の唇に、口付けを施した。

はちらりと、扉を見る。
セブルス・スネイプ――彼も混血だ。
そのことをネタにベラトリックスに苛められるのは、目に見えている。

無意識に、闇の帝王は同じ混血である彼を気に入っていた。















内輪で噂の的である彼女を発見し、は声をかける。


「ベラ。ご機嫌はいかが?」


ベラトリックスはの姿を認め、一瞬顔を強張らせた。
どうして彼女がここにいるのだと言いたげだった。
確かに、は人前に出てくる機会は少なかった。


「御機嫌よう、

「昨今は、セブルスと親しくしていると聞いたが?」


闇の帝王の寵愛を一身に受けている魔女は、のうのうとそう言った。


「ええ。新しく入った者に手解きをするのが、先輩の務めでしょう」

「良い心持ちだ」


笑顔を漏らすは、ベラトリックスとは別種の美しさを持っていた。
それは、ベラトリックスの目の前で輝いていた。


「ベラ。かねがね、私はお前に訊きたいことがあってね」

「何でしょうか」


内心の刺々しさを隠す、滑らかな言葉遣いに良家の出身を感じる。


「闇の帝王が、どうして私のことを気に入っていると思う?」


ベラトリックスは唐突な質問に驚くことなく、口は朗々と調子を放つ。


「とてもその姿が麗しく、かつ――」

「端的に言ってみろ、ベラ」


ベラトリックスは口をつぐんだ。
そして少し考えてから口を開こうとするが。


「思うままに言ってみろ」


にまた止められる。
は、意地悪く微笑んでいた。
何も言おうとしないベラトリックスに対して、はふうと息を吐く。
埒が明かない。


「お前の心を代弁してあげよう。それは、ただ単に「私の魔力が大きいから」だ」

「そんなこと――!」

「正解だ」


ベラトリックスは雷に打たれたように固まった。
やはり、はにやにやとベラトリックスを見ている。


「卿は、私の魔力と、この不老の身体に好意を抱いている。後はまあ――幼い頃からの腐れ縁か」


訝しげな表情をしているベラトリックスに、は一つ会釈をした。
途端に、ベラトリックスは口調を変えた。


「お前自身は、闇の帝王を愛しているのか?」

「ああ」


ベラトリックスは、表情さえ変化させた。
顔は明様な敵意と真実への欲求を表している。
見事な口調の変化に、素晴らしい二枚舌だとは思う。


「おそらく、ベラ、お前とは違う意味でだと思うが」


ベラトリックスは黒い目をギラギラと輝かせていた。
黒い目と黒い髪、紛れもなくブラックの血だ。
そして、その熱い情熱もブラックの血がもたらすものに間違いはない。


「私には、お前のような魔力を抱くこともそのような身体を持つことも不可能だ」

「そうだな」

「しかし、臆病で人前に出ないお前と違って、私はあの方のためならば何でもやってみせる」


はその言葉を待っていた。
黒水晶のような美しさを持っている彼女の頬にそっと触れる。


「期待しているよ」


それだけ言って、は廊下の先の闇の向こうへ消えて行った。
ベラトリックスはその先を睨みつけている。


彼女はこの私に喧嘩を吹っかけてきた。
あの、余裕綽々の笑顔を剥がしたいと思う。

ベラトリックスはの向かった方向に背を向けた。

あの方の一番は私のもの。
私以外のものに、握らせやしない。




























2009/3/16






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