彼女を生き返らせる事の出来る魔法だけ見つからない
そう呟いたダンブルドア。
アンジェラは、またこの天才と呼ばれる魔法使いの鬱が始まった、と内心で息を吐いた。
「君がそう言うと、納得がいくな。アルバス・ダンブルドア」
彼女を生き返らせる事の出来る魔法「だけ」が見つからない。
彼だから言える言葉だろう。
また、過去のことを思い返しているのだろうか、うじうじとダンブルドアはカップをいじっていた。
アンジェラは注がれた紅茶をすする。
相変わらず、彼は紅茶を淹れるのは下手だ。
良い葉を使っているのだろうが、ダンブルドアは変な所で奇妙な才能を発揮している。
「まあ、死人を生き返らせる魔法が発見されていたら、そんなもの横行されるのがオチさ」
「極握られた魔法使いしか実行出来ないものかもしれない」
「ああ。それこそが、君の最も嫌っている闇の魔術だ」
アンジェラは一本指を立てる。
「ブリントンの第一法則によると、魔法によって――」
「基本的に、有機体を発生または消失させるのは困難である。それが複雑になるほど、魔法の成功率も減少する傾向にある」
「カンプの基本的変身術の法則に代表されるようにね。ブリントンの法則を打ち破ろうとするものが、闇の魔術だ」
アンジェラは全ての紅茶を飲み干したが、次を注ごうとはしなかった。
ダンブルドアはカップを手にしたまま考え込んでいる。
「我々魔法使いは、自然の法則を少しずつ崩していっている、と言った方が正しいかな。
近代魔法によって、この世界のほとんどの現象が解明、そして応用されてきた。
勿論、古来から闇の魔術と呼ばれる分野は人の欲望がある限り栄えてきている。
だからこそ、昨今、我々が踏み込んではならない領域を明確に指摘することが必要になってきている、と私は思うね」
「「死の秘宝」は、古来からの闇の魔法の象徴であると?」
「グリンデンバルドを見てみろ。「死の秘宝」に執心した挙句のあの姿だ」
アンジェラは人差し指で、グリンデンバルドの印――死の秘宝の印を描いて見せた。
三角と丸と垂直の棒の組み合わせだ。
「ビードルは我々に示唆してくれていたのに。蘇りの石が呼び戻すものは虚構でしかない、と。
「死の征服者」……言葉の捉え方の違いというものは、本当に恐ろしい。永遠に死なない人間などいるものか。
もしいたとしても、その姿は二目と見られないものに違いない」
「君のその発言は、フラメル夫妻への挑戦状と受け取っても良いかな?」
「彼らは不死じゃない。賢者の石がその力を失う時に、命を落とす。賢者の石も永遠に存在するものではない」
ダンブルドアは冷えた紅茶をすすった。
砂糖を入れられていたその紅茶は、香りのないただの砂糖水になっているだろう。
「アルバス。今の君なら、蘇りの石に縋り付いてしまうだろうね」
「そうだろうな」
それを淡々と言ってしまう彼が、何とも痒い。
アンジェラは唇を噛んで、じっとダンブルドアの目を覗き込んだ。
「アリアナの死を悼んで闇の魔法へ堕ちる前に、弟との調和という選択肢はないのかな?」
「私はね、そういうことが出来るくらいに、まだ精神が熟成してないんだよ、アンジー」
何を言うのか、この先生様は。
アンジェラは薄目で目の前のホグワーツの変身術教授を眺めた。
外見はこれだけ立派に育っているのに。
ダンブルドアはこれ見よがしに溜息を吐いて、もう一度カップをすする。
アンジェラは低く呟く。
「……人の欲というものは恐ろしいと思わないか?」
「私は欲に弱い人間でね」
「私もそうだ」
「意外だな。君は、理性的だと思っていたのだけれど」
「いくら鍛錬を積んでもね、どうしてもこれから逃れることは出来ないんだよ」
鳶色の顎鬚を撫でるダンブルドア。
「欲というものは恐ろしい。今まで我慢して積み上げてきたものを、一気に崩してしまう」
「――アンジー」
「何かな?」
「君は、本当に話を運ぶのがうまいね」
アンジェラはふと微笑む。
彼女は、ただ茶会をしに来ていたわけではなかった。
「グリンデンバルドが名指しで君を呼んでいる。今回の呼び出しに応じなければ、本格的に英国へ足を踏み出すそうだ」
アンジェラが差し出した封筒をダンブルドアは受け取った。
ドイツからの文書だ。
「私の積年の労苦は報われるかどうかは、アルバス、君にかかっている」
「よくも、飽きずに何年も私を宥めに来たことだ」
「ヨーロッパの平穏がかかっているからね」
アンジェラはその言葉とは裏腹に、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
ダンブルドアはゆっくりと文書に目を通している。
「そうだ。グリンデンバルドがニワトコの杖を手にしたという噂、耳に及んでいるかな?」
「私もかつては「探求者」の一人だった。その伝で、噂には聞いている」
「それは失礼」
陶器のカップのすべすべとした取っ手に指を滑らす。
冷えた水のような紅茶を喉へ運んだ。
「マグル擁護者のアルバス・ダンブルドアとしては、もうこれ以上ここに留まっていられることは出来ないだろう? 私はそう信じたいがね」
海を隔てた大陸でのマグルの虐殺の様子は、イギリスでも多く報じられていた。
マグルの世界大戦を隠れ蓑にし、グリンデンバルドは傍若無人な振る舞いをしている。
「私としては、グリンデンバルドがドーバー海峡を渡ってくるのを阻止したいんだ」
「アンジー」
「何だ?」
「もし、私が彼を止めれなかったらどうする?」
「私が彼を止めるよ。これでも、魔法省でそのような役割を一任されていてね」
ダンブルドアの目が死んでいる、とアンジェラは思った。
しかし実際問題、このヨーロッパでグリンデンバルドに相対することが出来るような魔法使いは、目の前の彼しかいない。
その彼がこのような様子である。
「……アルバス」
言葉は同情の色を含んでいるようで、含んでいなかった。
「私がグリンデンバルドの前まで連れて行ってあげよう」
「……何と言った? アンジー」
「私が連れて行ってあげるよ。
そうしたら、好意を抱いていた相手であっても、殺しにかかってくる魔法使い相手に杖を抜かざる得ないだろう?」
アンジェラはダンブルドアの腕を引っ張った。
その力は本気そのもので、ダンブルドアは冷や汗が吹き出した。
彼女がそのような冗談を言う人ではないことは、知っている。
「殺せ、だなんて血生臭いことは言っていない。捕まえて欲しい、それだけなのに君は――」
「アンジー、手を放して……」
「それでウィゼンガモット主席魔法戦士か。欲に弱いにもほどがある」
「アンジー!」
ダンブルドアは初めて声を荒げた。
アンジェラは眉を寄せ、ダンブルドアを見る。
ダンブルドアは狼狽していた。
「分かってくれとは言わない。言わないが……」
やはり、話になりそうもないダンブルドア。
アンジェラはこめかみを軽く揉んで、目を伏せながら言葉を吐く。
「本当にグリンデンバルドのことを思っているのなら、彼を止めるものだろうが。
彼があれ以上無様な姿にならない前に、彼を一番思っている者の手で牢へ送ってやるのが、君の役割だ」
アンジェラはすとんと椅子に座り直した。
さっきいじっていたカップが、目の前にある。
底には微かな紅茶の葉がこびりついている。
「この機会――マグルの戦争が終わりの兆しが見え、グリンデンバルドが君を名指しをしてきたこの機会に、決着を着けよう、アルバス。
私は、あんな小さな国にえげつない爆弾を落としたマグルのような、後味の悪い終わり方は嫌だ」
数分の沈黙があった。
それから顔を上げたダンブルドアは、今すぐに教壇の上へ持って行ってもおかしくない風貌だった。
もしくは、今すぐにグリンデンバルドの前へ持って行ってもおかしくはない風貌だ。
ダンブルドアは羊皮紙に何かを書き付け、それを封筒に入れて、アンジェラに渡した。
アンジェラは大切にそれを受け取った。
ドイツ魔法省への手紙だ。
「ありがとう、アルバス。辛い役割を任せてすまないね」
「……さっきとは別人だな」
「飴と鞭だよ」
「――アラスターは君の元で苦労していそうだ」
アンジェラはウィンクした。
ダンブルドアは、それが肯定か否定なのか、判別しがたかった。
アンジェラは立ち上がる。
「それと、君の所のトム君。彼は結局どうしたんだ?」
「トムなら、ボージン・アンド・バークスで働いているよ」
「どうりで魔法省で見かけないと思った。今度尋ねてみるよ」
腰に手を当てたアンジェラは、ふいとまだ座っているダンブルドアを見下ろす。
「歴史は繰り返すと言うが」
「言いたいことがあるのなら、はっきりと言ったらどうかな?」
「私は、君にリトル・ハングルトンという小さな村での不可解な事件の話をしただろうか?」
ダンブルドアは頷く。
「たっぷりと聞かせてもらったよ」
「それなら、私は君に話すことはもうない」
アンジェラは黒いマントをなびかせ、歩き出した。
そして、扉の前でダンブルドアに向き直る。
「また君にここで会えるのを楽しみにしているよ、アルバス」
「私もだ、アンジー」
扉は閉められた。
2009/3/16
close