暗く澱んだ未来を閉じ込めた
「見つかったかね?」
「見つかったような顔に見えるか?
今まで著名な魔法使いが幾度も探し続けたあの部屋を、私がそう簡単に見つけられるはずがない。
……サラザール・スリザリンは、「スリザリンの継承者」のみがこの部屋の封印を解けるようにしたのだろう?」
「伝説では、な。スリザリンは他の創設者と争い、ホグワーツを立ち去る前に、ホグワーツに秘密の部屋を作った。
その部屋の中には、継承者のみが操ることが出来る恐ろしい怪物が閉じ込められている、と伝えられている」
「――しかし、「伝説」は伝説ではなかったか」
今まで数人の犠牲者は出ていたが、今日、一人の女学生が殺された。
その犠牲者の全ては、マグル出身者だ。
これはサラザール・スリザリンの意思が現代に生き返ったとでもいうことなのだろうか。
死ぬまでに至らなかった犠牲者は全て、石像と化していた。
まるでメドゥーサの目に射止められたかのような状況は、とても特異なものだった――ただの石化呪文にかけられたような症状ではなかった。
マンドレイクから精製される薬で、彼らの症状は回復される見込みだ。
ディペット校長に連絡を終わらせたアンジェラは、足が進むままにダンブルドアの私室へと辿り着いていた。
「死んだ少女――マートルに話を聞いてきた。彼女は、ゴーストになることを選んだ」
「……彼女は、何と?」
「二つの大きな黄色い目玉がこちらを見つめ、金縛りにあったようになり、それから何だか分からないまま死んでしまった」
「まるでメドゥーサが現代に生きているかのようだ」
「秘密の部屋の怪物は、ギリシア神話の妖女ということか」
まだ、マートルの死んだ原因は大きく公表されてはいなかった。
校長の方針である。
校長は、自分が校長を務めた時期のホグワーツでこのような事件が起こったことで、とても頭を悩ませている。
「アルバス。……本当に秘密の部屋は実在しており、その怪物が今回の事件の犯人だと思っているのか?」
「私は、そう思っている」
「では、スリザリンの後継者が本当に存在していると?」
「君は信じないのかね?」
アンジェラは眉間に皺を寄せた。
「……信じられるような情報を私は持ってはいないが、今回の襲撃事件を説明することもできない。
参考程度に、君がどうしてこの神話のようなことを信じているのか、教えてくれるかな?」
「――バジリスクだ」
「バジリスク? イギリスでは四百年も発見されていない。
もっとも、バジリスクを制御できる者は、パーセルマウスしかいな……」
弛みのない反論をしていた口が、止まった。
アンジェラは口元に手を当て、目を細める。
手の下にある口が、ゆっくりと動く。
「スリザリンは、記録に残っている最初のパーセルマウスだったな。
バジリスクは大きな黄色い目のひと睨みで獲物を即死させる、らしいな。さらに、千年生きることも珍しくない」
「おお。君も、ニュート・スキャマンダーの幻の動物とその生息地を読んだのかね」
「一家に一冊必要だろう? 芝生のホークランプの取り除き方、バンディマンの撃退法……また、読み物としてもとても興味深い」
「私もそう思っていたところだ。やはり、君とはとても気が合う」
「確かに、バジリスクが秘密の部屋の怪物だとしたら、辻褄が合うことが多くある。
……個人的には、バジリスクがこの城で徘徊しているだなんて考えると、とても気分が悪くなるが。
しかし、その話の通りに考えるのならば――このホグワーツに、パーセルマウスが必要だ」
アンジェラは、じっとダンブルドアの目を見つめた。
その目は胡散臭そうに、ダンブルドアを見つめている。
ダンブルドアは眉を上げた。
「おや? 私は、君に、私が蛇語を話せるということを話していたかな?」
「マーミッシュ語も話せるんだろう?」
アンジェラは足を組んだ。
稀有な能力を持つ人が、目の前にいる。
ダンブルドアは唇をへの字にして、側にあったポットから紅茶を注いだ。
さっきから蒸らしてあったものだ。
「こんな非常に珍しい能力を持つ人が、ホグワーツに君以外にいるとは思えない」
「まあまあ、アンジー。お茶をどうぞ」
「ありがとう、アルバス。
バジリスクが怪物だとすれば筋が通ることもあるが、それは単なる机上の空論に過ぎない。
伝説の部屋が存在するという確証は全くない。私の目には、これが秘密の部屋の伝説をなぞらえた、ただのマグル出身者を狙った襲撃事件にも見える」
アンジェラは、目下の色の濃く出た紅茶を見下ろす。
きっと渋いだろうな。
ダンブルドアは、目の前で紅茶にポチャポチャと砂糖を入れていた。
「前々から感じていたが、魔女にしては君は現実主義的過ぎる。まるで頭の固いマグルのようだ」
「生憎、元々諜報を任務とする特殊部隊に在籍していたものでね。
それと、言い方で少し気になったのだが、感受性においてマグルと魔法使いの差など存在しない。
ただ一つ異なるのは、私たちが魔力を持つだけだ。魔法使いでも、頭が固い人は鋼鉄のように固いものだ。君も実感しているだろう?」
「私の頭が綿菓子のように柔らかいとでも言いたげだな」
「その通りだ」
アンジェラの舌が苦味を訴える。
論筋が脇道にそれていっている。
何人もが襲撃に会い、一人が死に、ホグワーツが閉鎖に追い込まれそうな状況であるのに、とても不謹慎だった。
「……アルバス。私に何か隠しているだろう」
「何故そんなことを?」
「君は、スリザリンの後継者は誰だと思っているんだ?」
「……」
「生徒か?」
秘密の部屋。
その存在を確信しているダンブルドア。
きっと、ダンブルドアは何らかの考えがあるのだろう。
ダンブルドアはしばし口を噤み、アンジェラはのんびりと最後の一滴まで紅茶を飲み干した。
アンジェラに話すべきこと、話すべきでないことを整えているのだろう。
それを隠そうとしないダンブルドアの姿がそこにある。
「君は、このホグワーツにパーセルタングを話せる魔法使いがもう一人いる、と聞いたら、信じるかね?」
「信じるよ」
「では、その魔法使いが――」
部屋にノックの音が響いた。
アンジェラは会釈をする。
ダンブルドアは、入っても良いとドア越しに返事をした。
「失礼します」
入って来たのは、黒髪の少年だった……一般にハンサムと呼ばれる類の顔をしている。
彼は課題のレポートをまとめて持ってきたらしい。
彼は文句を告げることの出来ないほど礼儀正しく、愛想良かった。
アンジェラはその異様な少年を、ちらりと視界に挟む。
「トム。彼女は、魔法省の闇祓いのアンジェラ・キャンベルさんだ」
「お噂は聞いています。闇祓い本部を作られて、初めて本部長となられた方ですね」
「そんなことまで知られているとは……君が生まれる前の話だよ。驚いたな」
アンジェラは、トムという少年の胸のエンブレムを確かめる。
蛇だ。
「スリザリン生か。私は、レイブンクロー出身でね。――君の名は?」
「トム・マールヴォロ・リドルです」
「トム。残念ながら、私では最近の襲撃事件の原因を解明出来そうもない。すまない」
何故か、ダンブルドアが間に口を挟んだ。
「彼は、とても優秀なんだ。魔術優等賞の候補にも挙がっている」
「つまり、現代版の君か?」
「そうだ」
「ダンブルドア先生。ご冗談は止めてください」
「冗談じゃないよ、トム」
アンジェラは感心したように顎に手を当てて、トムを見る。
その姿をじろじろと眺めた挙句、アンジェラは端を上げた唇で言う。
「君は、この一連の事件をどう考える? 意見を聞きたい」
「僕の意見など――」
「謙遜はいらないよ。それか、もしくは、最近何か気になっていることがあるのなら、言って欲しい」
一時場は沈黙する。
トムは、目の前で意見を言うことを促す壮年の魔女を見て、何か言わなければならないということを確信する。
「……誰が秘密の部屋を開けたのか、ではなく、どうやって秘密の部屋を開けたのか、をまず追求すべきだと思います」
「新しい意見だな。なるほど。
スリザリンは、継承者だけにしか開けることができないよう、秘密の部屋を作った。その細工を解明することが事件の終劇に繋がる」
アンジェラは少し考えるような格好をしてから、何気なしに口を開けた。
トムの目をアンジェラはじっと見つめた。
「パーセルタングを利用することはどうだろう?」
「――それも、一つの方法ですね」
トムは、初めの言葉を言うのに少しだけ言いよどんだ。
アンジェラはにこりと微笑んだ。
「すまない、トム。長居をさせて。君の貴重な意見は、私が引き受けたよ。アルバス、もう彼に用事はないか?」
「ないよ」
「また君に会える時を楽しみにしているよ、トム」
トム・リドルは、また丁寧な挨拶をして部屋から出て行った。
その足音が遠ざかるのを確かめて、アンジェラはちらりとトムが出て行った方向を見やり、呟いた。
「閉心術というのは、有名な術だったかな?」
「いいや。多くの者はその存在を知ることなく、生涯を終えるだろう」
「あの少年、私の開心術を跳ね返したよ」
ダンブルドアは、今の言葉が聞き間違えでないか、二度三度心の中で聞こえた言葉を反復した。
「あの歳で、普通そんな呪文を会得しているか?」
「……どうして、彼に開心術を?」
「ん? 別に何かを引き出そうとしたわけじゃないよ。ただ、ちょっと戯れでね。
普通の生徒なら、別に抵抗もしてこないだろうし……予想外な結果を得られたよ。不自然で奇妙な少年だったな」
「彼が、このホグワーツの二人目のパーセルタングの使い手だ」
「そんなことを、彼が君に知られるような明るみに出すとは思えないが」
「彼が幼い頃に口を滑らしたのを、耳にしたんだ」
アンジェラは唸った。
「スリザリンの才能をどれほど兼ね備えているんだ、彼は」
「パーセルタングと心を開ける能力か?」
「あの様子では、彼は――トムは、開心術までこなすと思う。
この尺度で計るのなら、君もスリザリンの才能をとても兼ね備えていることになるが」
今度は、ダンブルドアが唸った。
アンジェラは難しい顔で空を睨んでいる。
「トムを継承者だと思っているのか。確かに、あの少年を見てそう思うのはとても自然だ。
それに、例え、継承者じゃなくとも――あの少年の行く末はちゃんと見守っていなければならないな、アルバス」
「……何故だね?」
「ああして人に真意を見せない人間は、怖いぞ。それが秀でた能力を持っているのならば、なおさらだ。
私の弟子を見てみろ。あの単細胞さが、アラスターの取り柄だ」
目の前で、ダンブルドアも真剣な眼差しをしている。
「グリンデンバルドが大陸で脅威を成している今だから、この私の言葉は現実みをもって聞き遂げられるはずだ」
「アンジー。彼の向かおうとする先の邪悪さについては、彼がホグワーツに入学する前から、心得ている」
「……監視しているのか?」
「いかにも」
アンジェラは何かを言いたそうに口を開いたが、何も言わずに口を閉じた。
眉をはっきりとしかめて、目の前でゆったりと座っているダンブルドアに忠告する。
「そうだとしても、このホグワーツが閉鎖されたら、元も子もない。母校がなくなるのは私個人としても、嫌だ」
「私もそうだ」
二人は、唇を引き締めた顔をつき合わせた。
その次の日、アンジェラもダンブルドアも何も動かない間に、事件は解決した。
トム・リドルは、半巨人のルビウス・ハグリッドという生徒を秘密の部屋を開けた犯人だとして、校長を通して内密に魔法省に通告した。
それは、亡くなった女生徒の両親がホグワーツへ来る前だった。
ルビウス・ハグリッドは、アクロマンチュラを飼育していたことを認めた。
アクロマンチュラ――人の言語が話せる大蜘蛛だ。
鋭い鋏と焼け付くような毒を持ち、魔法使いが飼い慣らすことは不可能だとされている。
――鋏と毒?
これまでの犠牲者には、そのようなもので傷付けられたような跡は存在していなかった。
しかし、事実、ハグリッドがホグワーツから立ち去った途端に、ホグワーツでは何の襲撃事件も起こらなくなっていた。
ダンブルドアは、ハグリッドが退校後に森番として学校に置くように求めた。
そして、ハグリッドの強い訴えとアクロマンチュラそのものの種の貴重性から、アクロマンチュラは処分されずに禁じられた森へ放された。
事件はひっそりと、終結した。
亡くなった女の子は滅多にない事故で死んだという話が公表され、トム・リドルは特別功労賞を与えられた。
賞とトロフィーによって、これらの事件の顛末を決して語らないことを、彼は約束させられた。
――そんな馬鹿な――。
結局、秘密の部屋の場所は分からない。
そして、半分巨人の血を引く者がスリザリンの継承者だとは、考え難い。
スリザリンは、純血主義をあくまでも貫いた人物なのだ。
それとも、これは元々秘密の部屋とは何ら関わりのない事件だった、と考えるべきなのだろうか。
そう考えたら合点するところはある。
しかし、襲われた生徒の状況とその犯人の怪物は全く噛み合わない。
歯切れの良い終劇は目の前から立ち去り、魔法省によって惰性と譲歩の幕が、目の前に視界を覆うように下ろされた。
その幕をもう一度上げることは、アルバス・ダンブルドアといえども不可能だった。
「トムに感謝するべきなのだろうな」
いつものまずい紅茶のカップを持ち、アンジェラは言う。
「彼はホグワーツの閉鎖を救った。功労賞のトロフィーと引き換えに」
「ハグリッドの退校とも引き換えだった」
ダンブルドアは、その言葉を言う時少し言葉を濁した。
「トム。あの子は、人を惹きつけるのがとてもうまい子だな」
砂糖の正方形の塊を、アンジェラは口元で小さく呪文を唱えて引き寄せた。
親指と人差し指で掴んで、そっとそれをティーカップの中へ落とす。
塊はたちまち形を崩して、紅い海の底に透明な小さな粒となって溜まった。
「現に、あの子に会って以来、私もあの子のことが忘れられないよ」
「君もかね。私もそうなんだ」
「とても、魅惑的な少年だ」
アンジェラはダンブルドアの瞳を見つめ、目下の紅い海をまた見下ろす。
「でも、私は、これ以上彼と会いたくないな。そう思うだろう? アルバス」
ダンブルドアは黙って頷いた。
彼女から寄越された責任を確かに感じながら。
アンジェラはこの夏、また不思議な事件と対面することになる。
何も知らない人から見たら簡潔な事件に見えるが、少し深みを知れば、そこへはまらざるをえなくなる事件と。
それは、リトル・ハングルトンという小さな村で起こった。
2009/5/4
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