世界が彼に味方する
「君」
まさか誰かに話しかけられると思っていなかったので、アンジェラは内心驚きながら顔を上げた。
そこには、顎鬚を生やしたバーテンがいた。
「何か?」
「君は、魔法省に務めている、アルバス・ダンブルドアの友人か?」
バーテンが持つ新聞には、アンジェラの写真が載っていた。
バーテンはそこを指し示し、アンジェラはその下にダンブルドアの友人であると明記されているのを見た。
預言者新聞は変な所で気がきいている。
「そうだよ。アバーフォース・ダンブルドア」
彼のファーストネームを呼ぶと、アバーフォースは明様に顔を顰めた。
「何だ? 兄の差し金か?」
「嫌だなあ。ホグワーツの時から度々ここには来ているのに」
「この店に来る度胸のある生徒は――」
いない、と言おうとした口が止まった。
そういえば、過去何年か前に、ホグワーツの制服の魔女がやって来ていたことがあった。
その魔女は、ホグズミード休暇の度にこの店にやって来ては、周りの様子など目もくれず、のんびりと我が物顔でバタービールを飲んでいた。
アバーフォースは、まじまじとアンジェラの顔を見つめた。
そういえば、こんな顔をした生徒だった気もしないことはない。
アンジェラは拗ねたような顔をしていた。
「常連のつもりだったのに、ひどいな」
「君も相当変わった趣味をしてるな」
「どうしてだ? 私は、この店の雰囲気が気に入っているんだよ」
と、埃を被った床と汚れた天井を指差す。
アバーフォースは、さすが兄の友人とあって、少し気が狂っていると思った。
この店で顔を隠すことなくのん気に酒を飲んでいるアンジェラは、少し浮いていた。
まだ二十代ほどだろうに、無防備な面持ちでカウンターに座っている。
肝っ玉が恐ろしく大きい。
「アルバスに、君の家族のことについて聞かされたよ」
そう言って、ぐいっとファイア・ウィスキーを喉に流した。
「ゲラートとかいう魔法使いのことも、君の妹のこともね」
酔いの回った赤い頬でアバーフォースを見上げると、彼は憤怒を顔にたぎらせていた。
その身体はピクピクと震えている。
アンジェラがその異変に気づくと同時、アバーフォースはアンジェラの腕を引っ張った。
それに抗議の声を上げるも、アンジェラは抵抗はしなかった。
酒が回っていたせいもある。
そのまま二階へ連れて上げられる。
小さな居間に、暖炉がはぜている。
その暖炉の上には、大きな油絵がかかっていた。
アンジェラはそこに描かれている少女の姿を見て、驚いた。
「アリアナ――?」
「随分とアルバスは、君に様々なことを話したようだな」
低い声を発したアバーフォースは、アンジェラをアルバス・ダンブルドアにそっくりな青い目を細めて見ていた。
アンジェラは困ったような面持ちになり、油絵を指差す。
「それだけじゃないよ。私の出身は、ゴドリックの谷だ。
君の母親の葬儀を遠目で見たこともあるし、この子――アリアナの葬儀も目にしたんだ。
当時幼かった私は参列者に紛れ込んで、運ばれる棺の中を覗いたんだ」
「アリアナの姿を見たんだな?」
「そうだ」
アバーフォースの顔には、以前にも増してひどい感情が巡っていた。
何と、彼を逆撫でしてしまったらしい。
アンジェラは唸った。
「子供の戯れだった。許して欲しい。
君は、アルバスが私にこのことを軽率に話してしまったことについて、怒っているんだろう?
確かに、私もアルバスの行動は軽率だと思う」
「君は、アルバスの単なる友人なのか?」
「単なる友人だよ。どうしてアルバスはこのことを私に話したのか、今でも疑問だ」
アバーフォースは、吐き捨てるように笑った。
そのまま側にあった椅子に座り込み、アンジェラを睨み上げる。
本当に良く似た目をして、容姿も似ていないことはないのに、どうしてこの兄弟のまとう空気はこんなに違うのだろう。
「私は多分、アルバスの話は事実だと思う。嘘は言っていない。アルバスは――」
「どうしてアルバスの話が事実だと? 兄は、君に何を言い含めた? アリアナが死んで、お荷物がなくなってせいせいしたって?」
「違う」
今度は、アンジェラが明様に不快な顔をした。
「アルバスは悔いていた。とても激しく。全ては自分のせいだと言っていた」
「君がどこまでの話を知っているのかは知らないが、これ以上、俺たちのことについて口を出すな」
「……そうだな。確かに私は部外者だ」
あっさりと引き下がろうとするアンジェラ。
それを認めて、ふうと大きな息を吐く。
アバーフォースは、やっと胸を撫で下ろそうとした。
「でも、私は君に一つ伝えておきたいことがある。アルバスは、君に許して欲しいと――」
「そんなことは本人から何度も聞いた! それこそ耳に蛸が出来るくらいだ! お前もダンブルドア信者なんだろう?
兄を妄信している――そんな奴らの言葉は聞き飽きた! アルバスを悲劇の主人公のように仕立て上げたお話を聞かされたんだろう?」
「アルバスは、間違いなく加害者だった」
冷静な言葉は、相手を哀れむような、そしてアルバス・ダンブルドアに対する侮辱に怒りをもったような面持ちで、発された。
アバーフォースは、一時黙った。
「アルバスの話によると、アルバスとグリンデンバルド、彼らは間違いなく加害者だったよ。
そして君は、間違いなくこの三人の中で、最も正しい者だった。アルバスの話は、君の経験とその点では合致していたようだな」
「だから何だ?」
アバーフォースは立ち上がり、アンジェラに掴みかかった。
「アリアナが戻って来ることは、永久にないんだぞ」
アンジェラは掴み上げられたまま、アバーフォースの沈痛な面持ちを見つめた。
その通りだと思った。
しかし、この兄弟はわずかに思い違いをしていると感じられた。
部外者なりにも、言っておきたいことがある。
「少なくとも、アルバスは、アリアナが死んで自由になったとは思わなかった」
「お前に何が分かる? 多くの人は、俺より俺の兄に味方することは分かっている」
「確かに、私はアルバスに味方せずにはいられないよ。だって、君のことは何も知らないから」
アバーフォースの顔に血が走った。
そのままアンジェラを捕まえていた手を離し、拳を握り締めた。
「出て行ってくれ!」
「分かった。出て行くよ。私は何もそのことを知らないのは事実だ。だから、今度はアルバスと会ってやって欲しい」
掴まれていたマントの皺を伸ばしながら、アンジェラは言った。
アバーフォースの顔はますますどす黒くなった。
「少なくとも彼の方は、君との関係の修復を望んでいる」
「出て行け!」
「二回言われなくても、分かっているよ」
アンジェラは唇を尖らせた。
そして、そのままトントンと無理やり上らされた階段を下る。
途中で酔いが回ってきて、アンジェラは手摺を握り締めた。
私も、アルバスとアバーフォースの関係の修復を望んでいる。
だからああ言ってやったのだが、酔いの回った頭ではうまく彼をいさめることが出来なかった。
こんなことになるのなら、酒なんて二杯で止めておいたのに。
いつものように飲んでしまったから……アンジェラは後悔する。
だって、三人でこの店で酒を飲みたいじゃないか。
2009/5/9
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