ある秋の真夜中

















長い巻かれた茶色と金色の混じった髪なのに、今はその色は月に照らされてチラリチラリとしか見えない。
後ろ姿は黒、もしくは濃紺のローブらしい。
肌寒い真夜中、その女の華奢な影が暗い道で一つ動いている。

コツコツ…

ブーツの立てる音が、鮮明に響く。


ローブからスカートの影がチラリチラリと覗く。
レースの入った白いスカート。
白く細い足が窺い見れた。


後ろからその影を認めた。

手馴れた動作で音を立てないで、素早くその影に近付いて行く。
案の定女は気付かない。

口元から薄い白い息が上がる――しかし女はその荒い息にも気付かない。

腰のベルトから杖を持つ。

女の白い息が目の前に見える。



見極めを付けておいた路地をチラリと確認して、その女の細い腰を掴んだ。
女は驚いたように振り向く――が、そんな事関係なくその路地へ連れ込む。

しかしその女の感覚、腰を掴んだ感覚、その身体の感触に奇妙な感覚を味わう。

大体、女はふっくらとした脂肪で柔らかい身体をしている筈だ。

しかしこの女――柔らかい、とは言えない。
寧ろ硬く筋肉質のような…いや、それは気のせいか…その前にローブに何枚もの包まれた身体、どうしてその感触が分かる?


しかしまた奇妙な事に、女は多少呻き声は上げていたが妙に冷静なように感じられた。
手足の反抗が少ない。
そして、何処か大人しく引き摺られていっているような…感じを覚える。
叫び声を上げても良い筈なのに。

単なる女じゃないのかもしれない。

身体を鍛えている…?


杖を持ちながら、その身体を地面に落とす。

その時も軽く声を上げた位で、恐怖の目――そう、これが最もそそられるものなのに――は全くない。
目はじっと目の前を見つめている。
目ん玉をじっと見つめられている。

…おかしい…、…もしかしたら……

と思った瞬間。

女は目を潤ませ、そして手をぎゅっと握って何とか後退りするように、身体を動かし始める。
何だ、単に余りものの恐怖で凍り付いていただけか。


「夜中に一人歩きは物騒だろ?」

「――貴方…あの……よ…四人殺したっていう――っ…」

「四人じゃない!五人だっ!!」


男は憤怒する。
手をダン、っと拳にして石畳に叩き付ける。
女の首のすぐ傍だ。
女はそれで一瞬後、身体をビクリとさせ、目を見開く。


「魔法省のウスノロどもがまだ死体に気付かないだけだっ!あれは俺がやった…っ!!」

「し……死体……」

「そうだ…ホグズミードの外れの――そう、三本の箒をずっと行った所の森に置いた。
 ――だからお前を今度、その少し手前に置く。
 そうすれば気付く。俺の仕業だと分かる」


男の目は狂喜に光っていた。
狂ってる。

男は杖を取り出し、小柄な女の上にどっしりと構えた。

細い足の上に乗る。

女は未だ男の目をじっと見ていた。


「…命乞いをしているつもりか?」


ハハンと嘲笑する。
男の黒い長い髪がその時肩から滑り落ちて、女の上に掛かる。

よく見ると女の顔立ちは整っていて、結構な美人だった。
男はこれからの感喜に喉を鳴らし、まだ二十代後半とも思えるその多少瑞々しく骨ばった手を女に差し向けた。

長く伸び、所々欠けた茶色い爪で酷く白い喉を掻き、其処から溢れ出た赤い血を舌で舐める。

そして杖を指し、女に向ける――歓喜の表情で「磔の呪文」を唱えた。



女の袖から杖が飛び出した。


素早い、到底真似出来ない動きで至近距離からの呪文を、掴み切れていない杖で弾き飛ばした。

杖はバチッと音を立て、スルリと不自然に掴まれていた杖が綺麗に女の手に収まる。
半分身体を浮かしたままで、だ。

女は身体を起こし、「磔の呪文」を破った杖を男に向けながら斜めから足を振り上げる。
その足は見事に男の杖に当たり、杖は武装解除の呪文と同様に女の手に飛んで収まった。

男は反抗が出来なかった。


女は先程の涙を溜めた目をしながらも、眉は吊り上ってその目は怯えてもいない。
多少潤んでいる目が場違いのようだ。
その目はどんどんと乾いているのだろう。

口元は微笑んでいる。


手馴れた様子で男に縄を掻ける。
そしてすっとその腕をローブの下で組んでから。


「女を痛みで喚かす事に快感を覚えるって、やっぱ悪趣味よ」


じっと、整った眉を寄せて男の目を見据えながら言った。

すると同時に女の容貌が変わっていく。
男は何も言えずそれを見つめた。

光を放っていた金髪は光を失い、真っ黒に色を持たなくなり。
ブルーの目はブラックに。
白いワンピース、濃紺のローブは全て真っ黒になった。

目の周りの青いアイシャドウは薄くなり、赤い唇の紅が映える。


そんな女の魔法使いには見覚えがあった。




「Hi!、御苦労様」


いきなりその場に似合わない明るい声が響く。
は暗闇の曲がり角から現れたその姿を認めた。
後ろに、沢山の魔法使いをシルエットに従えている。


「アリア…」

「流石!闇祓いに任せると、私達がさんざ苦労してきたのもすぐに終わって助かるわ!」


は男に落とされて打ち付けた頭を摩りながら、顔を顰めて言う。
黒いマントが波打っている。


「嫌味なの、どうなの…」

「だってが私がしてあげた変装、すぐに解いちゃうんだもの」


ドサリ、と急にアリアの腕の上にちゃんと畳まれて綺麗な白いワンピースと濃紺のローブが重ねられる。


「綺麗にしといたわ。有難う」

「…やっぱり素っ気無いわ、…」

「わざわざ来て、事件解決してあげたのにその言い草…じゃー貴方が囮すれば良いのに」

「えー?だって私既婚者だし、暴行魔相手の囮なんて――」


キラリと左手薬指の結婚指輪を見せ、ニッコリ媚びるように笑う。
後ろで彼女の部下が、暗い路地で現場を調査し始めている。
それに関わらずはキュッと眉を上げる。


「――未婚者は襲われても良いって?
 貴方の方が年下で、なのに結婚してるからって…」

「冗談よ、
 でもあんたもそろそろ三十になる前に考えた方が良いんじゃない?」


そう言いながら、二人して歩き出す。

アリアのラフに止められた金色の鎖の止め具で止めたコートと、のマントが靡く。
男は他の魔法使いによってすぐ傍で検分がなされている。

すると男はこっちに近付いて来るの方を見て、思い出したようにはたと「闇祓い…」と指差して言った。
そしてそれをすぐ傍の魔法使いが諫める前に、男は縮み上がっていた。


「折角、綺麗にしてあげたのにすぐに解いちゃって。
 今年の流行のレース、どうだった?」

「とっても動き難かったわ」

「…どうしてあんたはそう…」


アリアは溜息を吐く。

肩まで伸ばされたショートの金髪と、青い目が特徴的な彼女。
目鼻立ちはすっきりとしていて癖がない。
彼女の職業と照らし合わせても、化粧も感じが良く仕上がっている。

彼女の職業は、と同類であるとも言える。
より一つ二つ下の歳で、魔法警察部隊副隊長までのし上がった。

は徐々に眉を寄せていっていた。


「…貴方がどうこう言っても、結婚なんか別にする気ないわよ。本当」

「――仕事したいって?」

「まあね」

「あんたの師匠が喜ぶわ」

「ええ」


それで納得して笑ったに、アリアは額に手を当てる。
そしてチラリとを覗き見て、深く手を当て直して言う。


「首筋…少し気にしたらどうなのよ?」


はやっとそれに気付いたように、自分の首筋に手を当てる。
手には赤い血が付く。
はそれを見て普通の顔で、杖を其処に当てて軽く治療をする――すると、傷はみるみるうちに塞がった。

溜息を吐き過ぎたのでアリアは話題を変えようとする。


「でも――巧くやったわね。
 磔の呪文かます相手に、よくあそこまであっさりと出来たものだわ。
 それにちゃんと前の被害者の遺体の場所まで聞き出したし…」

「今まで数度、無理やりこういう囮やらされた事もあったからね。
 やっぱ至近距離からの磔の呪文、アリアきつい?」

「きついって言うか…恐ろしいわ。
 あんたみたいに魔力の平均ゲージ高くないし――って…あれ?泣いてる?」


気付いては未だ頬を伝っている雫を拭く。

アリアは滅多にない位驚いたように、を覗き込んだ。
月の光の角度で、今そう見えたのだ。


「あー…いや、あの男が「もしかしたら省の役人かも」なんて思ってたものだから、泣いてみただけよ」

「…涙さえ自由…?」

「そうすれば疑わないでしょ」


微笑むにアリアは、もーらしいと自棄になって思う。


「――開心術ね」

「ええ。アリア程巧くはないけど」


じっと男の目を見つめていたのは、それのせいだ。
目を見つめていないと開心術は出来ない…しかしあの男の心は無防備だったから、いとも簡単に見抜けたが。 
こういう類の犯罪者の心は本当に無防備なものだ。


アリアは程魔法に秀でている訳じゃない。

出来ない訳ではないが…やはり、そういう組織の中では攻撃魔法的能力はそんなに高くはない方だ。
しかし彼女は、開心術、閉心術のプロフェッショナルであり、その他の補助的能力に秀でている。
お陰で今の地位を彼女は手に入れたのだ。

は自分の敵わない点をアリアが沢山持ち合わせているのを知っているので、そう言った。


今度はアリアがフフと微笑む。


「やっぱ性格悪くないし、器量も良いし、人付き合いも良いわ。
 性格美人と言うか」

「へ?」

「魔力だって驚異的だし。
 容姿だって、人並みに気を付けていれば、突出するだろう美人だし」

「は?」

「普通にしてたらもてるわよね、恐ろしく」


が眉を寄せる、するとアリアが益々笑う。


の場合、マッド-アイとか闇祓いとか、そういうのがあるから男が寄って来ないのよ」

「…だから何よ?」

「いやー、もしそういうのがなくってが恐ろしくもててたら。
 私完全にあんたに嫉妬してたわ」

「はあ?」

「魔法使い、女としても、完璧オールマイティー過ぎて。憎たらしい。
 私なんか絶対敵わない、嫌いなタイプの女ね。
 もしそうなら嫉妬する女も多いと思うけど?」


は今度は目を広げ、そして眉を益々寄せる。

アリアは一人でそうだそうだと頷いている。


「うんうん、絶対嫉妬してたわ」

「な……」


自己満足するように何回も頷く。

は困ったように頬を掻く。



するとふと二人は立ち止まって、石壁が背に来る。

するとそのまま、アリアがに声を隠す訳でもなく言った。
は腕を組んでいる。
アリアが前から言いたかった事だ。


「それとも、さっさと昇進したらどう?」

「何よ?今ポストに空きはないわよ。
 あったとしても、キングが先に上るでしょ」

実力じゃ、キングズリー・シャックボルトに負けないと思うわよ。
 それに今の本部長、の事気に入ってるじゃない。
 闇祓いは実力主義だって言うし」

「私はまだ若いから…やっぱキング、手練だって知られてるし…ちょっと難しいわよ」

「今だって、キングズリーに無理やりこの囮やらされたんでしょ?
 …もしが上がって、私も昇進したら、魔法法執行部のトップは女ばっかりになるじゃない」


現執行部長はアメリア・ボーンズ。
珍しく女だ。

は目を細める。


「…それが狙い?」

「面白くない?」

「確かに――面白い」


とアリアは同時に微笑んだ。

が腕を組み直すと同時、気が付いたように言う。


「あ、そうだ。今のあの男ちゃんと闇祓いに引き渡してよ」

「明日そうするわ」


一時沈黙する。
サワサワという風の音だけが聞こえる。
辺りは真っ暗。

何となく会話が出てくる。


「三十になる前に結婚したら?」

「またそれを…そんなに結婚生活楽しいの?でも私ももう近々三十よ」


呆れたようにが言う。
二十代後半なんてあっという間だ。
それにしても、アリア、結婚してから妙にそれを奨めるようになった…そんなに結婚って良いものなのか。

しかし本当もし結婚したとしても、この仕事している限りまともな夫婦生活は出来ないと思う――警察部隊ならまだしも、闇祓いなら。


「じゃあ一人寂しく老後を過ごす訳だ」

「少なくとも、今現在私に近付こうとする男はいないわよ。怖がって」

「…それもそうか…」

「って納得してるし!」

「アリア、!姿眩ましするよ!!」


いつまで経っても喋っていた女達に、お呼びが掛かる。
男は身体を縄に括られたまま、手を縛られていた。


「分かったわ」


はその男の方に歩いて行くと、男は萎縮した。
怖がっている。
はふとその男を見て、困った子に言い聞かせるように言った。


「若いんだから、下手に闇魔法に手出しするんじゃないわよ。
 貴方の悪い所どんどん引き出してくるわよ?これは。
 もし罪が軽くてアズカバン出られたら、もう金輪際止める事ね。
 ――その前に――ちょっと貴方の闇の繋がり、聞かせて貰うけど――」


男は震え上がった。

アリアは、だからは怖いんだと思った。
どうしてあんなに威圧感たっぷりの雰囲気、表情を身に付けられたのだろう?
――ああそうか…これ、マッド-アイに妙に似ている…

アリアは妙な納得感をやっと得る事が出来た。


そしてふいにがマントを翻して合図して、其処にいた魔法使いの集団は消え去った。









































またオリキャラ本格登場、ヒロインより若くして既婚者のアリア嬢。
そして結構立場は高いと言う…色んな意味で女は怖い。




2005/11/14






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