First contact with Draco Malfoy
ドラコ・マルフォイは、そっと棚の上にある「何か」に手を伸ばした。
若い瑞々しい指先は恐れを知らず、好奇心のみでそのものに近付く。
彼の父親は向こうで別件について話し込んでいて、それに気付くことはない。
周りには闇の物品が溢れていた。
ボージン・アンド・バークスは、ノクターン横丁ではそのような品物の老舗だ。
古参の客も多い――例えば、ドラコ・マルフォイの父親のような。
此処は純血の貴族筋のお抱えの店である。
ドラコはそっと、そっと、無防備な手で闇の品物へ手を伸ばす。
柔い白い手がそのものに犯されそうになった時、何かが彼の手を拒んだ。
彼の手には違う手がそえられ、若い肌が犯されるのを守るように、彼の手が品物へ触れるのを防いでいた。
ドラコはその手の持ち主へ顔を上げる。
「実態が分からないものに触れようとするのは、感心しないわ。貴方の父親からも注意があったはずよ?
……まあ、こんな所に貴方を連れて来る父親もどうかと思うけど」
その人は、息を吐きつつ、向こうの彼の父親を睨み付けるように見つつ、そう言った。
全身真っ黒な女性だ。
彼女の手はドラコの手を棚から下ろした。
黒い瞳はドラコの姿を探った。
「――ドラコ・マルフォイ? 貴方のお父さんにそっくりだわ。
貴方のことは貴方のお父さんから聞いていて……あ、初めまして、私は・です」
思い出したようには自己紹介をした。
そして手をドラコの方へ差し出す。
ドラコはそれが握手だということに中々気付かず、の示唆する視線でやっとそれに気付き、の手を握った。
それもおずおずとしたものだったが。
は少年相手に微笑ましい気持ちになった。
ドラコは見下ろしてくる黒い視線に、ドギマギした。
握られた白い指先の滑らかさに驚き、ドラコは握手した後の手をぎゅっと握り締めた。
・という名前は知っていた。
魔法省の闇祓いだ。
それも、なかなかの腕利きであると聞いている。
しかし、彼女の容姿については、今まで全く知らなかった。
凛とした声が耳に心地良い。
薄く化粧した顔の整った造作、そして自分のものとは異なる知性に光る黒い目に、ドラコは惹き付けられるようだった。
黒い容姿の、さらに上にまとう黒いマントが綺麗になびいている。
その組み合わせが醸し出す独特の雰囲気に、ドラコは飲み込まれそうだった。
そしてただ一つ、唇だけが赤い。
ドラコは下を向いて硬直した。
はその様子を伺い、小さく首を傾げる。
彼の顔が赤い……そういえば、私はスリザリンの男に気に入られやすかった。
しかし、まさか。
彼はまだ少年だろう。
そう思って、もう一度ドラコを覗き込んだら、今度は視線を避けるように顔を動かされた。
……ビンゴ?
「息子の世話をかけてすまない」
はねっとりとした低い声に顔を上げる。
ドラコを見るために今まで下を向いていたが、彼の父親はとても背が高いのだ。
「Mr.マルフォイ、私は、世話というほどのことはしていませんよ」
ルシウス・マルフォイは息子のドラコの立ち位置を奪い去り、の目の前に立った。
いつもと変わらない上質の生地のローブだ。
は上品な微笑を顔に張り付ける。
ルシウスはの微笑を見て、すっとの手の甲に口付けた。
この辺りの動作に淀みがない辺り、プロだ。
「久し振りだ、」
「ええ。貴方もお変わりがないようで」
その言葉は軽い皮肉でもあった。
彼はいつも蛇のように絡み付いてくる。
ルシウスは器用に片方の眉を上げる。
「そっけない態度だな。久し振りに会ったと思えば……長年の付き合いだろう?」
「貴方との付き合いは長いですけど、それほど親しく会話をしたことはないですよ?」
ルシウスはの言葉に小さく笑う。
「、お前も変わりがない」
「それはどうも有り難う御座います」
上品な笑みは途絶えない。
彼女らしくないそれに、ルシウスは珍しいものを見た気持ちになる。
しかし、いつものように彼女の仮面を剥がそうと思い、ルシウスはついと彼女の頬を引き寄せる。
緩やかなそれにが気付く前に、ルシウスは頬へ唇を押し当てた。
の顔が引き攣る。
このようなことに不慣れなは、いつもこうやって触れられる。
慣れているルシウスに好きなようにされているのだ。
温かい感触がすぐになくなり、が口を開こうとすると。
「いつまで経ってもお前はこういうことに不慣れだ」
「……放っておいて下さい」
喜色を含んだ声が耳元に聞こえ、は心底そう思って言う。
男女の駆け引きに慣れるだなんて、別に私にとって必要ない。
そう言うと、耳の上にまた背筋に冷たいものが走るような感覚が。
「調子に乗り過ぎです。ドラコが其処にいますよ?」
「ドラコ? いや……息子はこっちには目をくれてもいないようだ」
「え?」
がドラコを目で探すと、彼は熱心に窓の外を眺めていた。
彼の目の前には、蜘蛛の巣を被り丸い玉の繋がったネックレスをした黄ばんだ髑髏がある。
彼の顔がガラスに映っていた。
その顔は真っ赤だ。
「……教育上悪いですよ」
「なに、お前にドラコの教育を心配してもらう必要はない」
ルシウスが歩を進めてくるので、は後ろに下がる。
背の高さの違いで、本当には蛇に絡まれているような状態だった。
もう少しで触れそうな身体の関係のまま、は強情だ。
「節度をわきまえないほど、マルフォイ家の当主は愚かでしたか?」
「ボージン君も奥に下がっているし、人目はない」
「私の意見は聞き遂げられないのですか?」
「お前は強情で、さらに――」
の両肩にルシウスの手が来る。
カウンターがの背中に当たり、これ以上後ろへ下がることは出来ない。
のブーツが行き先を失って歩みを止めた。
その前にルシウスの磨き上げられた黒い靴が、威圧するかのように鎮座する。
は眉間に皺を作る。
「いつも仮面を被るだろう?」
「……」
鉄面皮のいつも上品な笑いを浮かべた男は、を喜色に溢れた顔で見下ろす。
の顔からはもう笑みは消えていた。
仄かな香水の香りが、ルシウスのマントから漂ってくる。
それは別に不快なものではないが。
カウンターに手をつき、背中をそれにもたれさせ、ふてぶてしい表情をしながらは口を開く。
「……ルシウス、貴方の言いたいことはよーく分かったわ。だから放して」
ルシウスはそれで笑みを作る。
はやっと開放されると思って身体を動かす。
しかし、身体はルシウスの身体とぶつかった。
それどころか、顎が持ち上げられて、灰色の冷たい瞳と視線がかち合う。
「……貴方ねえ、やっぱり調子に乗り過ぎよ」
カウンターに乗っている手首が、知らない間につかまれていた。
片方の手首しかつかまれていないけれど、はそれでますます其処に拘束される。
徐々に近付く端正な造りの顔には溜息を吐く。
「どうしたの? 酔ってる?」
「いや、酔ってはいない」
「じゃあどうしたのよ? 久々に会って、何か気に障った?」
そう言った唇の横にキスをされ、は息を詰まらせた。
ヒッと喉が音を立てる。
本当に唇にキスをされたかと思ったのだ。
しかし、は冷静を装い、うまくこの場を切り抜ける方法を頭の中で模索していた。
こうなれば実力行使しかない、じゃあ、うまくタイミングを探さないと……。
「マルフォイ様。
ご依頼を頂いた件、了承致しました。明日にでもお館へ取りに行かせていただきます。
それと、様。お取り寄せの品物が届きましたが……」
「そう? じゃあ今すぐいただけるかしら?」
はルシウスを難なく払いのけ、くるりとカウンターに振り返り、満面の笑みで答えた。
ルシウスはボージンを睨み付けた。
しかし、当の本人は気付いているのか気付いていないのか、カウンターの下で何やらガサゴソとしている。
はマントからガリオン金貨を一掴み取り出し、カウンターに置く。
「ノクターンで買い物をしていたのか?」
「知らなかった? 結構この界隈ではガリオンを振りまいているけど」
ボージンは念入りに金貨を数え始める。
「闇祓いが、か?」
「敵を知るのも策の内よ。まあ、ほとんど私の趣味的なものが多いんだけど……」
は苦笑する。
「様は上客ですよ。彼女がおっしゃっておられるように、この辺りではそれは有名です」
「……なんと……お前は此処を取り締まるべき役割ではないか」
「固いことを言わないの、ルシウス」
は屈託のない笑みを見せた。
正規のルートでは絶対に手に入らないものが手に入るノクターンは、にとっては有り難い存在だった。
高度な知識を持つ魔法使いならば、ノクターンの存在の有り難さに容易に気付く。
ルシウスは平気でノクターン横丁を歩くを見下ろした。
ボージンは、カウンターの下から二十センチほどの紙袋を取り出す。
「あなたには注意を促さなくても大丈夫だと思っておりますが……」
「ええ、心得ているわ。有り難う」
は紙袋を大切そうに抱えた。
するとボージンは、何やら二人に気をかけることなく、カウンターの横で作業を始める。
「で、貴方は何を売る気なの?」
「闇祓いにそんなことを聞かれ、すぐに話すと思うか?」
「明日、取りに来てもらうんだっけ。へー……」
その顔つきは闇祓い然としたもので、目は挑戦的なものだった。
ルシウスはそれをじっと見つめる。
「魔法省に通告するほど、お前は愚かではないはずだ」
「ええ。勿論、ノクターンでの忠義は果たすわよ。貴方を売るようなことはしないわ」
「……矛盾しているな。結局お前は何に仕えている?」
「勿論魔法省に忠誠なんか誓ってないわ。
あえて仕えているものを探すとしたら……マッド=アイ・ムーディに、かしら……」
「闇祓いに、か」
「そしてその闇祓いも、魔法省に盲目的に仕えてはいなかったでしょ?
だから私は宙ぶらりんなの。個人的には、闇の魔法も、このノクターンも、私は好きだわ」
ルシウスは笑った。
も合わせて笑う。
「ああ、でも、魔法省に属している時はちゃんと取り締まるから。
貴方の館に取り調べに入る時、私もきっとそれに同行すると思うから、その時はお手柔らかに頼むわね」
「その約束は出来んな。お前相手に手を抜くと、大変な目に会いそうだ」
「えー。そんな……。
あ、そうだ、アーサーも貴方の館に入りたくって、うずうずしてたわよ」
「アーサー・ウィーズリーか……」
ルシウスは露骨に表情を歪めた。
血の繋がりがある純血の家系同士だが、その思想の違いは火を見るより明らかだ。
また、アーサー・ウィーズリーとルシウス・マルフォイは学生時代からの因縁の仲でもある。
は闇祓いとして思いを馳せる。
どうせ彼が売ったものなんか、彼の財産のほんの少しだろう。
それに重要なものを売ってしまうはずはない――その館には大層な闇の品物が眠っているはずだ。
いつかそれを掘り起こしたいと思ってはいるが。
は目の前の男を見上げる。
未だ魔法界で尊敬の地位を勝ち得ているマルフォイ家へ抜き打ち調査だなんて、いつ行うことが出来るだろう?
「ドラコの学用品を買いに行かなくても良いの?」
「私を此処から追い出したいか?」
「だって、貴方はもうしたいことはやったじゃない。忙しいんでしょ?」
はけろりと首を傾げて言う。
「ドラコに競技用の箒を買ってあげないと」
「――お前、ずっと話を聞いていたのか?」
「ごめんなさい。立ち聞きする気はなかったの」
しかし、の顔は言葉にそぐわない。
妙に笑んだ顔でルシウスを見上げている。
「ほら、ギロルデイ・ロックハートのサイン会へ行かなくちゃ」
「あの軽薄な男に何の価値がある?」
「あら、珍しく意見が一致したわね。でも、ご婦人方にはとても人気よ? ねえ?」
は傍にやって来ていたドラコへ、同意を尋ねる。
ドラコはすぐに頷いた。
ルシウスはそこでやっとドラコの存在を思い出し、懐中時計を取り出す。
「賢者の石事件からご苦労様ね、ルシウス。
ホグワーツの理事にこんな所で道草を食っている暇はないはずだわ」
「そのようだ。しかし、闇祓い本部の本部長殿にも、このような所で時間を潰している暇はあるまい」
は苦笑する。
今年からそれに就任してしまっていたのだ。
「ルーファス・スクリムジョールの計らいでね……私はどうもあの人に気に入られているみたい。
彼は、私に後を継いで欲しいようよ」
「お前の忠誠はマッド=アイに向けられているというのに」
ルシウスはマントを払い、ドラコに合図をする。
「ドラコ、行くぞ」
ドラコは素直にルシウスの隣に立つ。
ドラコはちらりちらりとを窺い見ている。
はそれに気付いて、小さく手を振った。
「では、またな、」
「今度会う時は貴方の館ね」
「そうとも限らないと思うがね」
「私がそうなることを願っているだけよ」
はフフンと、マントの下で腕を組みながら強気に言う。
ルシウスはそんなの姿を最後に視界に留め、小さく溜息を吐いて、ボージン・アンド・バークスを立ち去った。
はその姿が遠くに行ったのを見ると、肩をストンと落とす。
そして、何気なく視線を展示してあるキャビネット棚へやり、何事もなかったかのように言う。
「長居してごめんなさい。それと、色々有り難う。明日、うまく事が運ぶように願っているわ」
「こちらこそ、様。ご贔屓有り難う御座います」
は微笑み、ボージン・アンド・バークスを出る。
細々と品物が陳列された狭い通路を慣れたように抜け、ショーケースの脇を抜ける。
外へ出ると、は周りを一望してから、物陰に姿を隠した。
2008/8/19
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