01/故郷へ















マグルの町の郊外、閑散としたその道をテクテクと歩いて行く。
タイヤの跡も消え失せた茶色い道のわきの薄っすらとした草を、ブーツで踏みしめる。

そしてその足跡の上を黒いマントが通っていく。

後ろを振り返れば、人が住んでいるのか分からない荒廃したアパートがある。
その女はのん気に小さな上り坂を上がって行く。
黒いブーツ、黒いマント、それらは魔女の象徴だ。

もし、この様子を誰かが見たら「魔女だ!」と声を上げるだろうが、生憎そのような人影は一切ない。

薄曇った空に、小さな家が見えてきた。

魔女はこの家から三十分ほど歩いた所に、マグルのスーパーマーケットがあることも知っているけれど、此処は彼女の家じゃない。
魔女は人目もはばからずマントを翻して歩きながら、少しだけ小さな家を見て微笑んだ。





その家の扉の前に着くと、魔女の手は腰の魔法の杖の上を通って、ポケットから鍵を取り出した。
ふいとその家を見上げてから、それを古ぼけた金属製の鍵穴に入れて――カチャン、と音がした。

魔女はその扉を開けて、家に足を踏み入れる。

中は少し暗いが、手入れは最低限行き届いているようで、誰かが住んでいる気配がある。
壁は何も飾るものはなく、質素な靴箱が客人を出迎える。
床も決してピカピカに磨かれているわけではない。

魔女が入った傍の床には、よく分からないものがゴロゴロと転がっていたけれど、魔女は一切気にはしなかった。

リビングへ通じる廊下をゆっくり一歩前進し、声を上げようと口を開いた時……。


は目を変え、腰の杖を即座に引き抜いて、向かって来た光の閃光の魔法を撥ね退けた。
口元で呪文を小さく唱えて、綺麗に己の杖で防衛する。


パチン、バシッ!


家の奥からやって来た呪いや攻撃呪文に、慣れた手付きで応戦する。
七つか八つほどのそれは、一つたりともの後ろの壁に当たることはなかった。

周りは呪文による煙で薄く煙った。
閃光の光が消えて、一瞬蝋燭が消えたような状況になる。
靴箱が薄い煙で覆われていた。

の黒いマントの周りに薄く煙が巻き付いている。
しかしは、玄関に突っ立ったまま、杖を握り締めたまま大声を上げた。


「何のつもり? アラスター!」

「一年もあんな所にいて、腕が鈍っとらんかと思ってな」


は不愉快そうに眉を寄せた。


「そこそこは維持してるわ!」

「まあ、そこそこ、はな」


聞き慣れた声だった。

はリビングの入り口に現れた、彼女の師匠を見やった。
彼女の師匠は、一般的に見れば不気味な容貌をしている。
それに彼女が踏み入れた家だって、奥を見ると奇妙なものが点々と置かれていた。
しかし、がその老人に対する態度は、彼女の恋人に接する態度とあまり変わらなかった。

遠慮なくズカズカと踏み入って、ムーディ相手に遠慮なく捲くし立てる。


「いきなり攻撃魔法と呪いはないんじゃない?」

「お前が黙って入って来るからだろう?」

「じゃあ、この家の玄関くらい魔法を解いて――」

「断る」

「じゃあ、外からこの中の人間にアクセスが取れないじゃない」

「そうだ」

「――で、私の試験はどうだったのよ?」

「「T」はつかまい」

「「T」って……トロール……」


が黙るとムーディは部屋に引っ込み、こっちに来いというように手招きした。
はそれに従って広くはないリビングに入り、木の椅子を一つ引いて腰掛ける。
座るとガタンと椅子が傾いたので、杖で椅子の足を叩き、杖を腰に片付ける。

目の前の椅子に、ムーディが自分のなくなった片足を腕で庇いながら腰掛けるのを見る。

その間何となしに自分の背を椅子に少し預けると、もう椅子が傾くことはなかった。
そのままは、隣近所に世間話をし始めるように語り出した。


「とりあえず、一年間するべきことはし切ったんだけど、新聞での報道は――」

「状況はダンブルドアに全て聞いた。その説明はいらないぞ」


校長、気が利いている。

それに思わず感心し、一から話さなくちゃいけない、という当初の思いが消えて、はふうと身体の力を抜いた。
今度こそ本当に椅子に背を預ける――直しておいて良かった。
ホグワーツの中で此処までリラックスしたことはない。

一年ぶりに会った師匠は全く変わりはなかった。
「仕事をするのなら徹底的にする」という理念に基づき、一年間ホグワーツから離れなかったのだ。

はテーブルに肘を着いてまた話し出す。


「そう……じゃあ、ブラックについてもね?」

「ああ」

「彼を逃がして、彼をうまく逃がし続けるための連絡手段も作って来たわ。
 ねえ、十二年前のこと覚えてる? ほら、私の言った通りだったでしょ!」

「十二年も前のことが何だ。結局、シリウス・ブラックは脱獄囚のままではないか」


それはその通りだ。
は出鼻を挫かれたような気持ちになって、口を閉じた。
私は彼の無実の証明は出来なかったのだ――。

ムーディは顔を歪めるを見つめた。
は何かを言おうと口を開いたが、言葉があまり見つからなかったようで、また口を閉じる。
そして、はたとマントから懐中時計を取り出して、時間を見た。


「魔法省か?」

「まあね……」


ムーディは眉を寄せ、は苦笑いで答える。
来たところだというのに、予定がつまっていて時間がギリギリなのだ。

勿論、魔法省も流石にそこまで綿密なスケジュールを彼女に課しているわけではない。
それには、彼女の個人的な要因が混じっていた。


「それで、何も変わったことはなかったか?」

「……そうねぇ……」


ない、とはっきり言わないを、ムーディは魔法の目で怪しむように見た。
しかし、は慣れた調子で、ムーディ相手に堂々と腕を組んでいた。

「変わったこと」というフレーズ……ホグワーツにいた時に定期的に交わしていた手紙に存在していた。
その言葉が暗に示していた内容は、変な男に捕まるな、ということだとは読み取っていた。
それならば、私は変わったことがあった、ということになるけれど。


「私、手紙にも書いてたじゃない。特に何もないって。
 変わったことは、あそこでの仕事くらいで……。それ以外では別に普通よ」

「本当か?」

「信じてくれないの?」


は首を傾げる。


、たまに都合の良いように嘘を吐くだろう」

「――どうしてそんなに疑うのよ?」


そしてまた時計を見る、ああ、時間がやばい。
今此処でこうやって話し込んでいる時間はない。

は立ち上がり、マントを翻す。
ムーディの特異な怪しむ目線に、は気付かなかった。


「とりあえず、行かなきゃ。続きはまたね」


ムーディも渋々とそれを受け入れたようだった。
は、今すぐ緊急に言いたかったことが他になかっただろうか、と思い起こす。


「ああ、そうだ。
 私の家、凄い厳重に魔法をかけてきたから、簡単に入れる状態にないのよ。
 どうせ今日も遅くまで働かせられるだろうし、かといって魔法省に泊まるのも――」

「分かった分かった。……此処に来い」

「ありがとう!」


満面の笑みで答えたがパチンと指を弾くと、トランクが数個ゴロゴロと宙から現れて床に落ちた。


「じゃあ荷物もお願い」

「……否定しても受け入れられんだろう」

「そうね」


ムーディは元々予想していたことだったのか、溜息を吐きながらも仕方がなさそうに杖を振って、散らばっていたトランクを床に綺麗に並べた。


「それで、ダンブルドアから頼まれていることがあるし、私自身とても忙しくなりそうなのよ」

「どうせ、ブラックの保護だとか、そういうのを引き受けているんだろう。大抵予想は出来ている……お人好しが過ぎるぞ」

「まあね」

「省内で裏から手を引くのなら、スクリムジョールに気を付けろ」

「ええ」


は暖炉の側の埃を被ったフルーパウダーに手を伸ばそうとしたけれど、ふいとそれを止めた。
そうだった、姿現しで行かなくちゃならない。

はムーディに振り返る。


「休ませてもらってありがとう。また戻って来るから話はまた、その時に……」

「ああ」


――話、か。

さっき嘘を吐いてしまった。
セブルスのことが頭に浮かぶ。
師匠に対して、自責の念がないわけではない。

でもそのことをこの師匠に打ち明けるのは……。

……怖過ぎる。

しかし、それを打ち明けないでいるのもますます恐ろしく感じる。
これは元々予想はしていたことだけど――。

はムーディの目の前で、パチンと姿を晦ました。
ムーディはそれを見届け、残っている地面に並べたトランクを見下ろして、仕方なさそうにまた杖を振る。

ムーディは最後にが見せた表情を見てはいなかった。



























2008/9/13






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