02/三人の闇祓いたち
ロンドンの中心であるにも関わらず、魔法省への外来者通路である電話ボックスの周辺は、何とも寂れている。
はその辺りの通路にはもう慣れていたので、すいすいとゴミの溢れた大型ゴミ運搬容器の横を通り過ぎ、パブへ入って行く。
は黒っぽいジーンズに、カッターシャツ、その上に適当な黒い上着を羽織っていた。
見た目は寂れた店だったが、中はそこそこ活気があった。
古い木のテーブルと椅子に、まばらにいる客。
こじんまりとしているが、オレンジ色の光が温かみを感じさせる。
夜になればもう少し客は集まるだろう。
磨き上げられたカウンターから店員が声をかけてくる――省の近くのこの店には、私は随分前から訪れていた。
マグルの格好もおおよそは此処で覚えた。
他にも此処に来る魔法省の役人はいるだろうが、皆その正体を見破られないよううまくやっているらしい。
カウンター席の向こう、窓からの光が当たる一番端のテーブル席に、妙に目立つ二人組がいた。
「ー! こっち!」
「トンクス?」
トンクスが蛍光ピンク色の髪で、こっちに手を振っている。
服装もと対照的にド派手だ。
その向かい側には、が元々呼んでいた人、黒人のキングズリーがまた対照的にスキンヘッドでむっつり座っていた。
は微笑んで、窓際のキングズリーの横に腰掛けた。
そして、軽く髪を耳に掛けて口を開ける。
「キング、来てくれてありがとう」
「、私は無視?」
「トンクス……貴方、ちゃんと試験に受かれた……のね? 私の印象だと、貴方は隠密追跡術が――」
「一言おめでとう、って言ってよ」
腕を組んで過去をさかのぼり始めたに、トンクスが眉を寄せて言う。
それで、は表情を思い切り崩して、火が点いたようにクスクス笑い始める。
「おめでとう。じゃ、キングもお守り大変だった――」
「酷いっ!」
「ああ、ある意味では昔のよりかは大変だったぞ」
「キング、昔のってどんなんだったの?」
「総合的に見たら、トンクスより波乱万丈だったな。まあ、時代も時代だったから……」
「へー。話、聞きたいな。気になるわ……」
「っていうか、何でトンクス此処にいるの?」
とトンクスの黒い目がかち合った。
二人の会話に遠慮なく入り込んだだったが、口先が先に緩んだのはトンクスだった。
「だって、キングが怪しい動きするんだもん。
がキングを呼び寄せたって? それに付いて行かないわけないよ」
「すまない、振り切れなかった……」
軽く鬱陶しげにトンクスを見るキングズリーと対照的に、トンクスはあくまでニコニコしている。
は奇妙なこのコンビを腕を組んで見て、予定外のことに一つ息を吐く。
テーブルの脇には、既に氷の入ったアイスコーヒーのグラスがあった。
はそれを見て、仮にも勤務中に秘密に呼び出しておいて、このように話し込んでいては駄目だろうと思う。
しかし……。
「トンクス、これから私が話そうとしていたことは、貴方だから言うけど、省内で表沙汰に出来ないことなの。
これを、やっと魔法省で働き始めた貴方に聞いて欲しいとは思わないわ」
困った声でが言った。
キングズリーは、これからが自分に話すだろうことの片鱗を聞いても、何も表情を変えなかった。
ただ彼も、一緒にトンクスの方を見るだけだ。
とキングズリーは十数年の間に渡る付き合いで気心は知れている。
トンクスはの顔を見て、まるで当然のように言う。
「どうしてがそんなことに関わろうとしているのかが、気になるな。やっぱり、ダンブルドアの影響?」
「トンクス」
「私も、別にそんなに魔法省に忠誠を誓ってるわけでもないよ。
むしろ、魔法省よりやキングの方を信じてる。正直、魔法省も胡散臭いんだよね」
「それを否定はしないけど……」
思わずからも苦笑が溢れ出し、キングズリーの顔にも苦い微笑みが浮かぶ。
若いトンクスの口調は変わらない。
「新米だからって、変な風に気を使ってくれなくても良いよ。
私は、がマッド=アイのことを信じてるみたいに、私ものことを信じてる。
今日、が私にそれを言ってくれなくっても、とキングが二人で密談していたら、私は絶対割り込むから」
この場でそのことを話さなかったら、トンクスがうるさくやキングズリーに付き纏うのは目に見えている。
とキングズリーはちらりと視線を交わし、頑固な表情をしているトンクスを見た。
彼女が信頼出来ない、というわけでは決してなかった。
は溜息を吐こうと思ったけれど、それは軽い肩の力を抜く吐息で終わった。
「ムーディ一門は強情だな。まるで、昔のを見ているようだ」
「え? 私、こんなに面倒だったの?」
「ああ」
「面倒って何よ!」
トンクスが抗議の声を上げる。
はトンクスの方を見る。
「ムーディ一門」という呼称は間違っていないと思う――ムーディは、よくトンクスに目をかけていた――。
「キング、私は貴方のことを勝手に信用してるわ。
じゃあトンクスのことも、私は信用するわよ。良いわね?
アルバス・ダンブルドアと、本当に信用している数名のみに話すって約束してきたんだから」
キングズリーは軽い会釈をしてを促し、トンクスは本当に嬉しそうな顔で頷いた。
は周りをぐいっと見渡す。
目玉が余す所なくパブ中を捉える。
周りの人達が全員マグルだということ、そして何も魔法的干渉がこの場に生じていないことを確認する。
「大丈夫だ、。もう確認済みだ」
「流石キング、気が利く」
は用心深く見渡すのを止めて微笑み、口を開き始めた。
すう、と一つ息を吸って、一息で言い尽くす。
「シリウス・ブラックは無実だわ。
真犯人は、死亡した思われていたピーター・ピティグリューよ。
私は、アルバス・ダンブルドアに従って、ブラックを逃がして来たわ」
二人の闇祓いの反応は、直後もその後も薄いものだった。
トンクスは目を広げて数度瞬きをして、それから、ふうん、とでも言いたげに頬杖をついた。
シリウス・ブラックとは血縁関係があるのだろうに。
キングズリーに至っては、少し眉を動かしたのみで他のアクションを起こさない。
はそんな二人を見て言葉を続ける。
「信じてくれる?」
二人の目を見ていく。
「の言うことは、大抵は間違ってはいないからな」
「間違っているのかどうかは、ダンブルドアに手紙を送ったらすぐに分かるし」
キッパリとした物言いのその言葉に、は含み笑いをする。
「事の経緯を詳しく話したら長くなるわ。
十年以上遡らなきゃ……詳しくはまた後々話すわ。
とにかく言えるのは、ぺティグリューがマグルの記憶を操作して、ブラックが犯人だという記憶を植え付けていたんだ、ってこと。
ぺティグリューは自分の指を切り取って死んだように見せて、逃げたのよ」
キングズリーとトンクスはその説明で納得し切ったとはいえないが、トンクスがアイスコーヒーを口に含んだ。
グラスの水滴がポトリとテーブルに落ち、中身は空になった。
黒い液体の絡みついた氷が音を立てる。
キングズリーは至って平静だ。
「……が唱えていた、ブラックは無実説、当たっていて良かったじゃないか」
キングズリーが面白がるようにに言った。
はその視線を受け止め、唇の両端を上げた。
「ほら、周りが何て言おうが、当たってたでしょ?」
「十二年前のの感覚は間違ってはいなかったんだな」
「皆には相手にされてなかったけどね!」
「うむ」
が嬉しそうに話して、キングズリーがそれを受け止める。
トンクスは唇を尖らせている。
「それで、キング、頼みたいことがあるの。
私はきっとこれからとても忙しいと思うのよ。ルーファスの手前もあるし……。
だから、貴方にシリウス・ブラックのこと、頼んでも良いかしら?
裏から手を引いて、彼が捕まらないようにして欲しいの。
彼の所在地については、ダンブルドアを通じて私の方に来るわ――引き受けてくれるかしら?」
これが、彼を此処に呼び出した理由だった。
キングズリーは変わらず深い声色で言う。
「分かった。引き受けよう」
「ありがとう! じゃあ、アメリアにそう話しておくわ」
はキングズリーに向かって微笑んだ。
「、私は?」
「トンクスは……このことを他の人に言わないで」
「要するに、私は特にすることはないんだ」
「そうね。それに、元々呼ばれてもいないのに此処に来た人でしょ、貴方」
招かれざる客、そう言いたげなに、トンクスはハハハと笑った。
それに、闇祓い一年目のトンクスに仕事以上の何かを求めることを、はしないだろう。
トンクスは笑いながら、の目をじっと見る。
そして何気なく口を開いた。
「で、。恋人誰?」
「……は?」
は一瞬にして眉を寄せ、かろうじで間抜けな声を喉から出した。
ニヤニヤしたトンクスが見える。
はその間抜けな顔のまま、声も出さずに顔を横のキングズリーに向けた。
助けを求める。
「の性格からして、生徒は有り得ないな。
そうするとホグワーツの教員……それも年齢もとつり合うくらいの――」
淡々とした口調でキングズリーが言う。
トンクスがキングズリーの前で、うんうんと頷いた。
の表情は無視だ。
「そうなると、限られてくるよね。
ホグズミードの人とかも候補には上がるけど、はほとんど校内にいたみたいだし、絶対先生だよね。
それで三十代から……四十代位までかな? そんなくらいの先生は――」
「人狼の教師はそれくらいだろうが、あまりに障壁が高過ぎるし、有り得ないだろう。
にとっては彼は保護すべき対象だったはずだ。そして、ホグワーツには若い教師は少ない」
目の前で交わされる言葉に、は固まって無言でいた。
まさか、トンクスはまだしもキングズリーまでこんな話題に乗るとは。
「若い先生で、男……うーん……」
「魔法薬学のセブルス・スネイプ教授位がそれに当てはまるか。他に誰かいたか――」
「げっ。スネイプ!?」
トンクスはホグワーツ出身者だった。
スリザリン生以外の彼の授業を受けた誰もがする表情を、トンクスはしていた。
「そっれはないって! あの陰険教師!」
「そうだな。確かに元死喰い人にが好意を寄せるとは。……でも……」
トンクスが少しだけ眉を寄せて、呟く。
「……有り得なくはないかなぁ」
「他に若いそれくらいの先生いたか?」
「ううん、あんまりぱっとしたのは――それに確かにスネイプと、合わないことはないかも。ある意味マニアックで」
「セブルス・スネイプか……予想だにしていなかった所へいったな」
「でも、え〜、スネイプ? うーん、どこが良いんだろう。あいつのどこが好きになるの?」
「――まず、私に恋人が出来たことを前提にしている理由を、教えていただけるかしら?」
目を物騒に細くして腕を組みながらが言った。
しかし、トンクスが淡々と答えた。
「、綺麗になったよね」
「……はぁ?」
「一年経って、凄い綺麗になったよ。
前まで、外見もそこそこ美人だったけど、今は外見も中身も綺麗になって洗練された感じ」
は今までになくきゅっと眉を寄せた。
隣からキングズリーが話しかけて来る。
「トンクスの言う通り、見るからに綺麗になったぞ。やっと少女から大人になったような感じだ」
「……待って、三十歳を越して、私は一年前まで少女だったの?」
「ある意味そうだな」
顔を顰めているに、キングズリーは笑って言う。
「大丈夫だ。今はほどほどの色気も出ている。これで、ようやく本部内でも女扱いされるんじゃないか?」
「そうそう、、何かこう色っぽさが出てるよね。前まで何も色気なかったのにさ」
闇祓いであり、観察眼が鋭いこの二人がこう言うのなら、それは確かかもしれない。
恋人の存在は、色々な意味で私を変化させていたようだ。
は、今まで本当にそんなことを考えてなかったし、実感してもいなかった。
「だから、をこんな短期間で変えるのって、恋人の存在しかないんだよね。も女として目覚めたっていうか――」
「違うわよ。これは、単に若い生徒の目とかを気にしただけで……」
「色気まで出す必要はないんじゃないか?」
問い詰める問答が、場所をわきまえていて、鋭い。
これは彼らの職業柄か?
ならば、私も職業柄、こんなことを簡単に白状するわけにはいかない。
今まで散々これを隠そうとしていたのだ。
は自然を装ってむっつり不機嫌そうに言う。
「私だって、そんな自覚ないわよ。恋人なんかいないって。私相手にそんな物好きがいるわけないじゃない」
「今のなら物好きじゃなくてもいけるよ」
トンクスのさっぱりとした言い方。
キングズリーの目が、無言でを圧迫する。
だから――!
「いないって! 本当、私に恋人がいるわけないわよっ」
「恋人のいないなら、こんな風に声を荒げることはないだろう。
むしろ馬鹿らしくて、まともに相手にしなかっただろうな」
は頭の中で、キングズリーが言っていることが正論であると瞬時に分かった。
そして、以前にルシウス相手に同じ過ちを犯していたのを思い出した。
全く進歩が見られない。
トンクスがニコニコした目を向けて来る。
は、子供のように不機嫌そうな顔をした。
「らしくなく下手な嘘を吐いていないで、白状するかね?」
「――ええ、恋人出来たわよ――」
キングズリーの目は何もかも見通しているようだった。
は肩を下ろして、吐き捨てるように言って、意気消沈する。
キングズリーはその答えに大した反応はしなかったが、トンクスは微笑んでをじっと見た。
「ねえねえ、スネイプのどこが良かったの?」
「だ、か、ら、そこもどうして彼限定なの?」
「それに当てはまる人が少ないんだもん、消去法だよ」
「だからって、どうして私があの陰険な人と――」
「そう言うのなら、誰なんだ?」
「そんなこと、他人に言わないわよ」
「ねぇねぇ、白状しちゃいなよ。私も二人の話聞きたいな」
……。
言葉に出来ない闇祓い二人の圧迫感、尋問の時と似ている雰囲気。
じっとに注目が集まり、は肩の力をようやく完全に抜いた。
――隠し事は辛い。
「そーよ、その通り。全部貴方達の言っている通り」
「じゃあ、本当にスネイプなんだ……。あの人がと……」
「絶対誰にも言わないでよ。特に、アラスターには」
「分かっている。それにしても、にまともにこういう存在が出来たことは喜ばしい」
トンクスが何を空想をしているのか「えぇ〜」とか、「げぇ」とか奇怪な言葉を呟いている。
すると、トンクスが気を取り直したように、改めて尋ねて来た。
「ねぇねぇ、スネイプのどこが良かったの?」
トンクスが聞いて来る。
は声を変えず答えた。
「それがはっきり分かったら、苦労はしないわ」
グラスの中で、アイスコーヒーと一緒に入っていた氷が溶けていた。
透明のガラスが、曲がった木目、そして世界を写している――。
問答が終わり、キングズリーが何気なく深い声で言う。
お互い目を合わせはしなかった。
「そうだ、、スクリムジョールが戻って来たぞ」
「そう。じゃあ闇祓いのトップの座を譲らないと」
がまた何気なく答え、時計を見上げた。
時間を食い過ぎたな。
トンクスはまだ何か思案に耽っているけれど。
「じゃあ、感付かれない様に、今から二人とも魔法省に戻って。
手順は前に私が書いた手紙に書いてある通りよ。頼むわ。……それと、本当に、恋人とか、そういうことは、秘密だからね!」
キングズリーとトンクスが立ち上がる。
キングズリーは黙ったままだったが、トンクスがに、分かってるよ、と答える。
そして手を振り、またね、と言う。
も肩を落として微笑んで、軽く手を上げた。
2008/9/13
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