パチン
黒いマントが翻った。
03/Ministry of Magic
金色の記号が天井に光る、黒い木の床がピカピカに磨かれた豪華なアトリウム。
その両端には金色の暖炉がいくつも並び、魔法使いや魔女達が列を成している。
アトリウムの真ん中には噴水が見える。
誰もがするように姿現しの音が立ち、が其処に現れた。
黒いマントが翻った。
近くにいた魔女が振り返って、を見た。
それを先駆けに、其処にいた人々が次々とへ振り返っていく。
物珍しげに眺める人もいれば、わざわざ背伸びまでしてを目に留めようとしていたり、反応は様々だ。
雑然とし始めたアトリウムに、は眉を軽く寄せる。
シリウス・ブラックを逃した英雄扱いでもされているのだろうか?
しかし、が目的地へ向かって歩く間に、その場にいる大半はから興味を失う。
どうやら、それほど私の悪名が広がっているわけでもないらしい。
まあ、預言者新聞での書き方でそれは感じ取ってはいたが。
たまに久々に会う知り合いに声をかけられ、人が吸い込まれていっている黄金のゲートを越し、沢山あるエレベーターの前に立つ。
一つのエレベーターが開き、はそれに乗り込んだ。
数名と一緒に乗り込んだ後、はエレベーターの中を見てある人物に目を留め、今までになく声を上げた。
「ルードじゃない!」
「!」
そう言うの後ろで格子が閉まる。
チェーンのやかましい音を立てながらエレベーターは上がり始める。
バグマンとは目を合わせるとハイタッチをし、パチン、と二人の手の平が音を立てた。
一緒に乗り込んだ役人がそれを物珍しげに、または少し驚いたように見ていた。
「やだ、またちょっと太ったんじゃない?」
「いやいや、それほどでもないさ」
「ウイムボーン・ワスプスの名ビーターが形無しね」
「そう言わないでくれよ、」
そう言って、二人でテンションを急上昇させて笑い合う。
二人は妙に気が合っていて、昔から顔を合わすとこんな感じだった。
「お腹以外はあんまり変わってないわね、ルード」
「いやあ、は急に一年で綺麗になったよ。どうしたんだい? 今までも綺麗は綺麗だったがね……こう、色気が……」
「おじさんみたいな事言わないでよ!」
バシッとがでっぷりとしたお腹を叩いた。
と先ほどエレベーターに一緒に乗り込んだ役人が、お互い目を合わせた。
「ホグワーツでの一年はどうだったんだい?」
「とても快適だったわ。お陰様で、気が緩んでブラックは逃がしたけれども……」
「一人で捕まえさせよう、っていうのに無理があるんだよ。
まあ、それ以前に、はそれに相当する働きはしたことはあったけれど……まあ逃がしたものは仕方ない。
ワールドカップの警備も厳重だそうだし、当面の間は大丈夫だよ」
「そう言えばそうなるかもね」
が苦笑すると、バグマンが丸いブルー目をじーっと、に向けた。
はそれで眉を軽く寄せた。
「それで、。
ワールドカップの試合会場のマグル避け呪文について、君の手を借りたいことがあるのだけれど……」
「それは、魔法法執行部を通してから――」
「それじゃあ時間がかかり過ぎるんだよ」
「えぇ?」
エレベーターのアナウンスが、此処は地下七階の魔法ゲーム・スポーツ部だと告げる。
そしてドアが開き、雑然とした廊下と、壁に貼ってあるクィディッチチームのポスターが見えた。
は出口に背中を押されて、抵抗する。
「ちょっと……待った! 私はまず執行部に報告をしなきゃならないんだから!」
くるりとバグマンに振り返ると、今度は腕を握られて引っ張られる。
「それじゃ、いつになるのか分からないんだよ。周りの皆が、急げ急げって言うんだ」
「そういうことは今、出来ないって!」
「――ルード、の言う通りだ。潔く諦めたらどうだ?」
廊下の方から落ち着いた声が聞こえて来た。
押し問答をしていた二人が、そっちに顔を向けた。
見慣れた、不自然なほどに整然とした容貌の魔法使いが其処に立っていた。
「バーティ!」
「、今日戻ってきたのか」
クラウチがエレベーターに乗り込んできて、バグマンは渋々を捕まえていた手を離した。
彼の薔薇色の頬も手伝って、子供のような膨れっ面を見せる。
「バーティ、私のことにそんなに口を出さなくても……」
「ルード、見苦しいぞ」
バグマンはそのクラウチの言葉に膨れっ面を酷くさせる。
しかしそんなことを構わずに、クラウチは変わらずに話しかけた。
「ブラックを逃がしたそうだな」
「……ええ。不甲斐ないわ」
またアナウンスと共にエレベーターが開き、今度は幾つかの紙飛行機が中に飛び込んできた。
クラウチは厳格な顔付きを変えず、を見下ろす。
「奴の様子はどうだった?」
「……私は初めて会ったけど、果てしなく無鉄砲な奴だったわね」
が眉を寄せて言う。
「どうして逃がした?」
「力及ばず、よ。ブラックを拘束する手段が甘かったわ」
「しかし――」
「バーティ」
間髪を入れず質問をしてくるクラウチに、は息を吐いた。
そしてマントの下で腕を組んでじっと彼を見上げる。
少しだけ眉を下げて言った。
「貴方はもう魔法法執行部の部長じゃないのよ?」
が断言したその言葉に、エレベーターの中の空気が一気に冷たくなった。
バグマンは冷や汗を流しておたおたと二人を見る。
中にいた魔法使い達の額に汗が垂れた。
「だから、話は――」
「部外者にこれ以上出来ない、と。正しい判断だ」
クラウチ自身は何も表情を変えず、そう言った。
それで少しはエレベーター内の空気は良くなったけれど、未だ心地悪さは消えない。
だけは何も臆することなく、クラウチを見上げていた。
「それでだ、」
アナウンスが、地下五階国際魔法協力部だと告げた。
「ワールドカップの警備体制について話したいことがあるのだが」
え?
は拍子抜けした。
バグマンは堪らず声を上げた。
「バーティ、ずるい! 君だって私と同じことをしているじゃないか!」
「お前のお陰で、どれだけ我が部につけが回って来ていると思う、ルード?」
は内心クラウチの言うことには同感したが。
「待って! だから、私はまず魔法法執行部に――!」
「そちらを通せばどれほど時間がかかるのかは、経験上知っている」
「だーかーら、ちょっと二人ともいい加減に……」
各部の部長が二人乗り合わせ、エレベーターは地下二階へ着いた。
もうこうなると、其処には三人の他に誰も乗り合わせてはいなかった。
ドアが開かれるのをは脇目で見た。
其処へ一気に逃げ込んでやる、と思っていたが……。
その場に立っていた人物により、ばらばらだった三人の視線は、一瞬で其処に完全に向けられた。
「バーティ、ルード。に何か用事でも?」
が彼女を見上げて言った。
「アメリア……」
アメリア・ボーンズ。
魔法法執行部の現部長である。
*
「こちらが、報告書です」
が杖を一振りすると、大量の羊皮紙の束が木の机の上に積み上がった。
落ち着いた雰囲気の部屋で、アメリアは椅子に座ってそれを片眼鏡の下の目を細めて見る。
「珍しく、多い」
「時間がたっぷりあったもので。全て目を通して下さい」
アメリアは大量の羊皮紙の束をずいっと見上げ、それを脇に退けるとに話しかけた。
「それで、ブラックを逃がした件についての弁明は?」
「ありません」
はっきりとした返事に、アメリアはを見上げる。
「私が、逃がしました。何も言いわけはしません」
「そうか。それでは、一年間ホグワーツでどうだった?」
「一年前の傷は完全に癒えましたし……息抜きとしても、良かったと思います。
この数年、まともな休みがありませんでしたから。しかし、また少し傷を……」
「変異種のルーンスプールの傷を?」
アメリアの見上げてくる目に、は少したじろいだ。
キングズリーに似た、何もかも見通してくるような目だ。
報告書には、真実をうまく欺いた書き方をしておいたが……。
まだ包帯が薄く巻きついている腕を見透かされているような思いで、は口を開く。
「……はい」
「ホグワーツといえども、そんなものが其処に住み着いているとは考え難い」
彼女が言う事は真実で、それを自身誤魔化せるとは思えなかったので、黙った。
「。報告書は後でじっくり読ませてもらう。しかし、隠し事をしたいのならうまく隠すことだ」
「私が何か隠してますか?」
はアメリアの目を見て言った。
アメリアは片眼鏡を上げる。
「死喰い人であるブラックを逃がしたのだろう?
そうであるのに、悔しさというものが全く今のからは見えない。
今までなら、死喰い人を逃がしたとしたら、呆れる程に目を殺気立ててまた捕まえに行こうとしていたのに」
はアメリアの観察眼に納得して、そして眉を寄せた。
確かに今の私は、「私らしくない」。
「君が何を隠して、企んでいるのかは知らないし、現時点では探ろうとは思わない。
しかし、君自身がそうしたいのなら、うまく隠せ。マッド=アイが泣くぞ」
「ご忠告有り難う御座います」
は肩を落として言った。
アメリアはそんなを見て、ふうと溜息を吐く。
「私程度ならまだ良い。
しかし、特にルーファス・スクリムジョールには気を付けることだな。理由は分かるだろう」
「はい」
とても分かる。
彼に感付かれたら不味いことになるのは、目に見えてくるようだ。
さっき、アラスターにもそう忠告されて来たばかりだ。
アメリアは机の中から書類を取り出した。
「それで、次の仕事についてだ。
クィディッチ・ワールドカップでは、警備の責任者になってもらう。そして、三校対抗試合について――」
「ちょ……ちょっと、待って下さい」
アメリアは分厚い書類の中身を確認していた目を、に上げた。
「何だ?」
「私が責任者ですか?」
「そうだ。闇祓いからも少しは警備に回ってもらう」
「だって、つい前までホグワーツにいたのに――」
「適任者が丁度なんだ。ホグワーツに行っていたから今抱えている事件もない。
それに、何かしら前歴の優れている人が責任者をしたほうが、海外受けは良い」
ああ、そういう意味で。
は分厚い書類を受け取って、その中をちらりと見て顔を顰めた。
デスクワークは嫌いだ。
「ワールドカップの全容を頭に叩き込んで、会場の地図も完全に覚える。
後は三部署を回って、うまくやれるだろう」
「アバウトですね」
「それだけでがうまくやれるから良い」
アメリアはの言葉を軽く受け答えした。
「――それで、だ。、君に日本魔法省へ出向の話が来ている」
「そうなんですか?」
「外交上で色々あったらしいが……まあ、まだ先の話だから気にしなくて良い。
とにかく、今現在はワールドカップのことだけに気を注いで欲しい」
「分かりました」
「それで、後私に話しておきたいことは?」
アメリアが物事をテキパキ進めるのは変わらないようだ。
はずっと頭にあった用件を、最後に言う。
「シリウス・ブラックの件についてです。
先程までの話の通り、ワールドカップの責任者を任されるのなら、私はブラックについて深く関われる状況じゃありません。
ブラックについての責任を誰かに渡したいのですが」
「誰が適任だと思う?」
「……キングズリー・シャックルボルトはどうですか?」
「分かった、そうしよう」
アメリアがふいに羊皮紙を机から取り出して、それにサラサラと文字を書き付けるのを見終える。
するとふいに、目線が合った。
は低めの声で呟く。
「アメリア、やっぱ私によく働かせますね」
「働ける者が働く、道理に合ってるじゃないか」
は苦笑気味に微笑んで、くだけて手を上げて退出した。
アメリアはに合わせて手を上げることはなかったが、少し微笑んだ。
闇祓い本部のプレートをくぐる。
中では各々が仕事をしていて、変わらない様子だった。
親しい者達と通りすがりに一言ずつ挨拶をしながら、小部屋の自身のデスクに辿り着く。
デスクの上には、の持ち物の入ったダンボール箱やら書類やらが乱雑に置かれていて、は溜息を吐いた。
整理をしようかと杖を取り出した。
するとその時、懐かしい人がの視界に現れた。
「ルーファス、本当に久し振りね」
「ああ、」
は微笑んで、話をするよう通路に出る。
スクリムジョールもそれを拒否することなく、の前に立つ。
むしろに会えたのが嬉しそうな雰囲気だ。
「帰って来たのね、お疲れ様」
「もさっきまでホグワーツだったんだろう」
「じゃあお互い、お疲れ様でした」
闇祓い本部の通路で、二人は顔を合わせていた。
闇祓い達は帰って来た二人を見たけれど、そんなに珍しいものではないので、二人の会話に邪魔をしないように脇を通っていく。
「で、海外で良い経験を積めたの?」
「こっちの心配をするより、こそ、ホグワーツでは――」
「ええそうね。ブラックを逃がしたのは私の責任よ」
はアメリアとムーディの助言通り、それを言いながら顔を顰めた。
スクリムジョールはに対して怪しむような表情はしない。
むしろ、納得しているようだ。
「分かっているじゃないか」
「自覚はしているわよ、当然」
「それについては、これから埋め合わせてもらうつもりだ。ところで、二年間の部長職はどうだったかな?」
はスクリムジョールのあっさりとしたブラックについての追及に、拍子を抜かれた。
すとんと肩を落として答えた。
「貴方のいない間の代理、お遊びでも私なんか選ばないでよ……」
「どうして?」
本当に不可解そうにスクリムジョールが答えるので、は少しだけ苛立った。
少し口調がきつくなる。
「私はまだまだ若い方じゃない。昇進は望んでないわ。それに、私が政治が得意なわけがないわ」
「にならば可能だと思ったのだが」
「それは買い被り過ぎよ。私は、死喰い人を実地で追いかけ回すしか能がない」
「だからこそだ。若い内にこのような仕事を経験しておいた方が良い」
は何も納得していない顔をしている。
「には実力がある。
三年の研修なく、学校の卒業後すぐにこの仕事に就いただろう。
その分経験では他に引けを取らないし、何よりあのムーディと一緒にいた。
自身、実力で年上の闇祓いにそれほど劣ると思っていないだろう?」
「だから?」
「上に立つものは勿論、現場での経験が不可欠だ。
それを満たしたら、後必要なものは、そうだ、いわゆる「政治的手腕」というものだ」
は、この人に気に入られていることを自覚していた。
贔屓を感じることも度々あった。
しかし、それが表に表れてきたのは、ムーディが引退してからだ。
「それに、仕事は問題なくこなしていたらしいじゃないか」
「勿論、やれって言われたことは、責任上やってみせるわ。
でも一年ホグワーツに行っていた間は、私は何も本部に関与してなかったわ。
だから、実質上務めたのは一年間だったわね。それに一年間でも、私は色々な人の手を借りていたし……」
「何が嫌なんだ?」
の気持ちを前から察知していたようで、やっとスクリムジョールは黄色味がかった鋭い目でを見下ろした。
声は尖っている。
は、待っていた言葉に、目線を上げてその視線を認めて言う。
「性に合わないのよ。書類仕事ばかりで。
そういうのを読んでいると、私は自身で現場へ飛び出して行きたくなるの。
根っからの実戦派ね。だから、私は昇進するより、ずっと平の闇祓いで良いわ」
臆する事無く凛と言った言葉に、スクリムジョールは初めてふと表情を崩した。
苦笑だ。
「悪い予感で、そうではないかと思っていたが――本当に、良くも悪くも、ムーディにそっくりだ」
「ずっと師事していましたから」
「この頃を見ていたら、若い頃のあいつを思い出すようで頭が痛い……」
「光栄だわ」
は不敵に微笑んで、自分でその言葉に満足しているようだった。
スクリムジョールはを見て瞳に何かを宿し、深く溜息を吐いた。
「あ、そうだ。
ブラックについては、さっきアメリアにキングズリーに責任者を変えるように言って来たんだけど。
私、これからずっと忙しいから……」
スクリムジョールのその瞳に気付かず、が言う。
スクリムジョールは細縁の眼鏡を押し上げて、肯定の言葉を出す。
そして――。
「、まずはクィディッチ・ワールドカップだ」
「働かさせてもらうわ、存分にね」
2008/9/16
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