外の方からガヤガヤと多くの人々の声が聞こえる。
その声の中には、窺い知れない言語が沢山含まれている。
この国内にいる限り、このような国際的な状況にいるのは珍しいことだ。
ここに滞在中、ずっとその騒ぎを見てきたが、今日は特に外の熱気が熱い。
05/クィディッチ・ワールドカップ
長かったクィディッチ・ワールドカップに終止符がつこうとしていた。
今夜でようやく決勝戦だ。
クィディッチにそれほど興味はなく、バグマンのようにこの行事を素直に楽しめないは、大抵は本部のテントの中にいた。
実を言えば外に出ている方が性に合うのだが、立場上あまり外に出ることも出来ない。
警備の責任者という役割にあてられているは、ずっとこのテントに入り浸っているせいで、いささか鬱憤が溜まっていた……が、これも仕事だ。
警備のタイムスケジュールを見ながら、は深く椅子に腰掛けた。
ああ、外に出たい。
外の魔法使いたちの魔法的行動をやめさせたいのなら、きっと私ならばすぐに対処出来るのに。
あのブルガリアチームのマスコットも、ブルガリアの役員たちは制御するのが大変そうだった。
私なら、何とか――。
――自信過剰過ぎるな。
自分の思考に嫌気が差し、は少しの間口を閉じてから、溜息を吐いた。
そうだ、今だって出ようと思えば出れないことも……。
は辺りを見回した。
周りに人気は少ない。
そして、日雇いの事務員たちのみが忙しそうに立ち回っていた。
これじゃあ、出れないじゃないか。
は胸元のネックレスを見下ろした。
ネクタイを緩めて、白いカッターシャツの襟元から外へ出す。
新しく輝いている銀の鎖に繋がれた青い鉱石は、変わらずに青かった。
はまた大きく溜息を吐き、ネックレスを戻して、首もとのネクタイを締め直した。
は黒のパンツスーツを着て、ヒールの低いパンプスを履き、胸に魔法省の小さなバッジをつけていた。
そして、背にはいつものマントを羽織っている。
マントを手繰り寄せると、腰にぶら下がっている二本の杖が音を立てた。
するとふいにテントの入り口で何かの気配がして、はそちらへ目を向ける。
覚えのある気配だったのだ。
事務員たちがその姿に目を見開くと同時、はマントを脱いで、すっと立ち上がった。
顔に笑みを作り、歩み寄る。
「Mr.マルフォイ。申し訳ありませんが、大臣は別の場所におられます」
「そのようだな」
ルシウスは堂々と入り口から入って来て、と対面した所で止まる。
は、彼が聖マンゴへの寄付から、大臣にワールドカップに招待してもらっていたことを知っている。
「今、大臣は――」
が傍にあった書類を捲りその答えを探そうとすると、ルシウスがその手を止めた。
「いないのならば、今度で良い。急いでいる用事ではないからな」
「そうですか? 大臣のいらっしゃる場所までご案内しますが」
ルシウスはその言葉で、一時黙った。
しかし……。
ルシウスはの姿を舐めるように見た。
「大臣の不在の間、話し相手になってもらえるかね?」
「確かに、大臣は此処に戻ってらっしゃいますが、随分後の話ですよ。それなら……」
「この前、私はお前に情報提供をしたな。見返りはないのか?」
「見返り――」
シリウス・ブラックについての情報だった。
は、目をルシウスの冷たい灰色の目へ向け、暫し考える。
「――分かりました。話し相手になりましょう。私も退屈していたところです」
「ほう。この頃、魔法省に行っても、全くに会うことはなかった。
随分と忙しいのだろうと思っていたのだが」
「それは事実ですけれど、祭りが始まったらそうでもないですよ」
が一瞥すると、椅子が二人のもとへ二つやって来る。
二人はそこへ腰掛けた。
ルシウスは、どこにでもありそうな椅子に、やたら優雅に腰掛ける。
「それで、セブルスとは?」
最初の言葉に、はじっとルシウスを睨み付けた。
控えめに唇を開く。
「他の人に聞かれる可能性のある状況で、そういう話はしたくないのですが」
「何故?」
「この関係を明るみに出すメリットがありません」
「打算的な女だ」
「褒め言葉として、受け取っておきます」
は澄ました顔でいる。
「変わった格好をしているじゃないか」
「ここでは、皆マグルの格好をするルールです。……どうですか? 似合います?」
「……決して可愛らしいとは言えない格好だが、似合っていないこともない」
「それは有り難う御座います」
澄ました顔をやめないに対し、ルシウスはついに微笑を漏らす。
それでもは、表情を変えない。
「お前は、自分から聞きたいことがない限り、私に対して敬語を貫くのだな」
「大臣を訪ねにいらした方に対して敬語を使うのは、当然でしょう?」
「それもそうだが、あまりにも素っ気ない」
「……」
は腕を組んだ。
ちらりとルシウスを見て、何かを自分の中で考えているようだった。
そして小さく溜息を吐きながら、答える。
「……そうね、そうかもしれないわ。貴方と私は、言葉で定義するのが難しい関係だったはずよ」
「おや? 己から言葉を崩すなど、珍しい」
「ちょっと気が滅入っててね」
そう言い、躊躇いなく足を組む。
ルシウスはそんなの様子を見て、彼女がここまで泣き言を漏らすのは珍しいと思った。
どれほど過酷な条件で労働させられたのだろう。
「――バーサ・ジョーキンズの失踪について、どう思う?」
「悪い男にでもたぶらかされたのではないか」
「そんな……」
は、何気なく己の左腕を握った。
ルシウスはそれをちらりと見る。
「私が被害妄想的なのは、師匠からの影響で許して。
でも、魔法省員の失踪は少し気にかかるの。彼女は多くの情報を持っていたはずだから」
「考え過ぎだな。それほどお前は闇の勢力の復興を願っているのか?」
「違うわ。でも――」
の頭の中で、この前の禁じられた森での出来事が蘇っていた。
・、そして、ピーター・ペティグリュー――。
今は完治している腕の傷が、疼いたようだった。
「この前も、戦争の始まりの前兆はこのような失踪事件だったわ。闇の印も僅かに濃くなってる」
「大変な仕事だな。全ての失踪事件をそのような目で見つめなければならないとは」
「じゃあ、貴方は私の言葉を真に受けないのね?」
「当然だ」
変に楽観的な目の前の男に、溜息を吐く。
闇の帝王が復活したら困るのは貴方だろうに。
闇の女帝が目の前に現れた、という事実をここで漏らせば、その反応も変わるかもしれないが……。
まさか、彼にそれを言うなんて、ありえない。
「ねえ、家族で招待をうけていたのよね?」
「そうだが」
「じゃあ、奥さんもドラコも貴方のことを待っているんでしょ? こんな無駄話する時間はないわよ」
ははたとこの事実を思い出した。
対してルシウスは飄々としている。
「大丈夫だ。お前に心配してもらうことではない」
「奥さんがやきもちを妬くわよ?」
「彼女は決してそんなことはしない」
じゃあ、旦那の浮気にも寛容だと?
は不可解だと思う。
私には理解出来ない世界だ――やっぱり金持ちは考えていることが違うのか。
そしてそう言っているルシウスも、いつもの鉄面皮のままで、本心を言っていることに間違いはなかった。
もし本当にそうだとしたら、なんて素晴らしい奥方だ。
はふとテントの入り口を見た。
そこには、魔法省大臣その人と、ブルガリアの魔法大臣がいた。
言葉が通じない相手に、我が国の大臣は一日中パントマイムをさせられていた。
思っていたより帰ってくるのが早いと思いつつ、はルシウスに口を開く。
「帰ってらっしゃいましたね。あちらです」
立ち上がって敬語で話すに、ルシウスも立ち上がる。
「話し相手になってくれて有り難う、ルシウス」
「ああ。じゃあ、、また」
「また?」
きっぱりとした口調には引っかかり、考える。
さっきも忠告はしていたのに……。
は肩を下ろして、呆れて言った。
「面倒起こさないでよ」
ルシウスはその言葉には答えず、不敵に微笑んでマントを翻した。
は、ルシウスの微笑みとさっき軽く当てずっぽうに言った言葉とを思って、じっとルシウスの後姿を見つめた。
けれど、其処にはいつもの紳士然とした後姿しかなくって。
はじっと目を見据えた。
*
昼食時、ウィーズリー一家とハリーとハーマイオニーは、バグマンと話し込んでいた。
バグマンはフレッドとジョージと試合の賭けをしていた。
そして、その記録をノートに書き綴った時。
「ルード!」
パン、という姿現しの音と共に、女性の声が響いた。
その声にひどく聞き覚えのあったハリーたちは、反射的にそっちへ目をやった。
「ブルガリアから、貴賓席をあと十二席設けろって。
貴方に散々そう言ったのに、理解されないままどこかに行かれた、って怒ってらっしゃったわ」
「ああ、そういうことを言っていたのか。
私はまた、あいつが毛抜きを貸してくれと頼んでいるのかと思った。訛りがきつくって」
「そんな馬鹿な――。そのせいで、私に怒りの矛先が向かって、大した迷惑だったんだけど?」
「すまないな、」
バグマンが、遠慮なくの肩をトントンと叩くのに、は渋い顔をした。
「先生!」
は声をかけられた方向に顔を向ける。
そこには、驚いた顔をしたハリーとロンとハーマイオニーがいた。
はニッコリ微笑んで、子供達にヒラヒラと手を振る。
フレッドとジョージは、それに応えて喜び勇んでヒラヒラと手を振り返した。
「「先生」だって。偉くなったもんだなあ」
「まあね」
からかうバグマンに、は不敵な微笑で応える。
「のそんな格好、初めて見たよ」
フレッドが言う。
は改めて自分の格好を見下ろし、答えようとしたが、バグマンがそれを遮った。
「だろう? 普段ローブばっかり着ているからあんまり分からなかったけれど、案外スタイルが良いんだな、これが」
「それでも私に言い寄ってくる男は皆無だけどね」
「裏では皆言ってるよ。目の保養にはなるって。が口を開かない限り、だけど」
「あら、からかっているつもり?」
は無意識に、スーツを着ている腰に手を当てた。
そこには二本の杖がこれ見よがしにぶら下がっている。
バグマンはそれを見て、やんわりと微笑んだ。
「は口を開いた方が良いと思うよ」
「そうそう。その男前な性格に俺たちは惚れ込んだんだから」
とバグマンの殺伐としているとも思える会話に飛び込んだのは、フレッドとジョージだ。
「男前」という単語の時に、バグマンがちらりとこっちを見たのをは感じる。
しかし、は微笑んで双子の頭をよしよしと撫でた。
二人ともニコニコとそれを受け入れる。
「あ、それと、「先生」はもうやめて。もう私は貴方達の先生じゃないもの」
その言葉に、かつての彼女の生徒達は嬉しそうに微笑んだ。
まあ、きっと生徒の間では、先生の名前なんか呼び捨てで呼ばれているのだろうことは簡単に予想出来るけれど。
アーサーが朗らかにに挨拶をする。
「やあ、」
「アーサー、非番らしいわね。羨ましいわ」
「皆からそう言われているよ」
すると、はアーサーの背後にいる若い青年と目線が合った。
「チャーリーじゃない! 久し振りね」
「チャーリー、知り合いなのか?」
「仕事でちょっとね」
筋骨隆々としたチャーリーは父親にそう告げ、に微笑む。
アーサーが不思議そうな顔をしているので、は助言する。
「人手不足の時、借り出されたのよ。私の専門じゃないのに、魔力をかわれて」
「なるほど」
「それじゃあ、彼がビルね?」
これで、ウィーズリー家の全員と顔を合わせたことになる。
ビルは、赤い髪をポニーテールにしたハンサムな青年だった。
お互いに会釈をする。
バグマンは躊躇いなく他の皆と一緒に草むらに座り込んだ。
はそれを眉を顰めて見た。
すると、パーシーにお茶を差し出され、恭しく労いの言葉をかけられるのを、軽く流す。
目の前でバグマンがここに座れ、と草むらを叩いている。
早くブルガリア側へ向かわなければならないのに……はますます眉を寄せる。
――するとまた、パン、と音が立った。
そこに、きっちりとスーツとネクタイを身に着けた初老の魔法使いが現れる。
背筋をピンと伸ばした見慣れた姿に、は身体が固まった。
バグマンはそれに気付いて、気楽に話しかける。
「ちょっと座れよ、バーティ」
「いや、ルード、遠慮する」
その場にいる三人の魔法省の魔法使いの組み合わせは、奇妙だった。
一人は、スズメバチ模様のユニフォームを着て、また一人はスーツをマグルのように完全に着こなしている。
そして最後の一人は、女であるのにネクタイをきっちりと締めて、まるでどこかのSPのようだった。
「ブルガリアからの要求は、私がもう伝えたわ、バーティ」
は腹を決めて、彼に話しかけた。
クラウチの視線が冷たくに突き刺さる。
「クラウチさん! よろしければ、お茶でもいかがですか?」
「ああ、いただこう――ありがとう、ウェーザビー君」
は彼の名前の認識の間違いは知っていたので、お茶を吹くことはなかった。
クラウチはさり気なくの側に寄った。
はその視線を避けようとおろおろしていると、彼は饒舌に話し始めた。
「さて、まず君の部下についてだが、物まねをするのならば、職業に似合うほどのものを見せてくれ、と忠告しておいてくれないかね」
「……どういう意味?」
「七変化にその役割を頼むのはもっともだが、彼女はふざけ過ぎだ」
「――トンクスね」
は溜息を吐いた。
確かに、トンクスに私の代わりにあそこにいておいてくれ、と頼んでいた。
「君の顔に化けて男を誘っていたぞ」
「あの馬鹿――」
は、さっきより大きく溜息を吐いた。
クラウチはパーシーからカップを受け取りながら、冷たい声で言う。
「君のいるべき場所はどこかな?」
「――本部のテントです」
妙に、しつこいのだ。
そして神経質なのだ。
特にこの数日間、それは病的に思えるほどなのだ。
どうして、そこまで私をあそこへ缶詰にさせようとしているのだろう?
……と聞いたら、確実に怒られるだろうから、聞きはしないけれど。
にとって、ムーディに怒られるより、クラウチに怒られる方が数倍恐ろしかった。
論理的に逃げ場がなくなるのだ。
「分かっているのなら、すぐに戻りたまえ」
「……はい」
ワールドカップも今日で終わり、今日で終わり。
そう自分の中で唱えながら、は最後のお茶を飲み干し、カップをいつの間にか現れたパーシーへ渡す。
「よし、戻るぞ」
クラウチは飲んでもいないカップをパーシーに押し付け、の腕をさっさと捕まえる。
は気まずそうな顔をしたが、バグマンはその光景に笑う。
「バーティを怒らせたら怖いね」
「ルード、君もだ」
ルードはしょぼんとした。
は、はたと言っておかなければならないことを思い出し、流石と言うべきか容易くクラウチの腕を解く。
軽く走ってハリーとロンとハーマイオニーのもとへ行き、耳元で囁いた。
「シリウスは無事よ。保護する体制は整ってるから、安心して。
何か聞きたいことがあったら、いつでも手紙を出して。出来る限りで返信するわ」
「!」
「分かってる!」
はクラウチのもとへ、さくさくと草を踏んで戻った。
クラウチが軽く頭を下げ姿晦ましをし、もそれに続こうとする。
「じゃ、またね。私の師匠をよろしく」
最後にその言葉を残し、は姿を晦ました。
残された人々、魔法省に務めている者たち以外は、訳が分からないようだった。
「じゃ、後で! 皆貴賓席で私と一緒になるよ――私が解説するんだ!」
バグマンもそう言って、手を振って姿をかき消した。
彼らが帰った後、ビルがふいに呟く。
「あまり僕が見たことのないタイプの女性だったな」
「ビル、残念ながら、はいくら君でも落とせないよ」
「どうして?」
ジョージの言葉に、ビルが反論する。
するとチャーリーが笑いながら言った。
「ビル、はドラゴンさえ手駒に取ったよ」
やっとビルは眉を寄せた。
ブルガリア側に要求を伝えた後、はクラウチと二人きりになった。
このような状況になるのは久し振りで、は今まで考えていたことを口に出す。
「バーサ・ジョーキンズ、ルードはまだ捜索人を出していないそうね。消息は全くないの?」
「そうだ」
は眉を顰める。
「何だか良い予感がしないのよね」
「――同感だ。そちらの本部でも、動ける者はいないのか?」
「ええ。何となく悪い予感を感じている闇祓いはごく少数いると思うけれど、大臣がそうとは思っていないから。
アメリアも――ワールドカップと対抗試合で忙しくって」
「どこの部でも同じだな。それこそ、奴らの思惑通りなのかもしれん」
「「奴ら」……」
初めて、それを指す単語が口に出され、はクラウチを見上げる。
クラウチも真っ直ぐにを見下ろした。
「まあ、確かに私たちも被害妄想が過ぎるのかもしれないけれど――」
「――以前は、私はこうして悪巧みを暴くことが仕事だった」
「そして、私は、今もその仕事に就いてる」
とクラウチは立ち止まった。
人気のない、本部のテントの影だ。
「前の戦争のことは、アラスターから聞かされてるわ。何でもなさそうな失踪や殺人が、それの前兆だった」
「それは頼もしいな」
はクラウチの目を見つめる。
話が合いすぎる彼には、いささかの不信感があったのだ。
「ねぇ、バーティ。もしかしたら、と思うんだけど……貴方は闇の帝王の復活の何らかの徴を見たの?」
「どうしてそんなことを言う?」
「だって、他の人にはあまり相手にされない話題なのに。アラスターですら、それを多少軽視気味に見ていたわ」
「では、君は何らかの徴を見たことがある、とでも言うのか?」
「――ええ」
クラウチは真っ直ぐなの視線に、眉を寄せる。
しかし、幾ら待ってもがそれの詳細を詳しく述べないので、クラウチは肩を落とした。
「――君のご想像にお任せしよう」
「それって……」
が何かを言う前に、クラウチはその場を立ち去った。
2008/9/27
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