06/祝後祭














試合中、競技場からの騒がしい歓声を聞きながら、人のいなくなったテントを見回った。
競技場から離れるこの仕事を志願する者は少なかった。

ネックレスで魔力を調整してはいるが、やはり大勢の魔法使いが神経を昂ぶらせている場所は辛い。
は会場から離れて怪しい者はいないか見回るものの、テント設営地に人の気配はほとんどない。

暇を持て余し、マグルのテント場管理者に話しかけに行ったり、そこにいる忘却術師たちと話したりしながら、久々にぶらぶらと夜の空気を楽しんだ。
そうしていると、案外早く試合は終わったようだ――一週間ほど続くことも予想していたのに。





が本部のテントに姿現しをすると、そこにいた英国魔法大臣とブルガリア魔法大臣と不意に目線が合った。
の足は会場の地図を眺める一団へ向かおうとしていたが、は顔に仕事用の笑みを作った。
ファッジがやけにゆっくりと話す。


「彼女が、この大会の警備責任者のです」


ファッジがブルガリア魔法大臣に説明する。
とブルガリア魔法大臣は握手した。


「この大会中、ご苦労だった」

「英語を話されるんですか?」

「簡単な会話くらいなら、話すことヴぁ出来る」


も、口調をゆっくりにする。
控え目に呆れた顔をしながら口を開ける。


「それなら、私の国の大臣をあまり困らせないで下さい」

「いやいや、なかなか面白かったよ」


すると、ファッジがのことを熱心に語り出す。
のことが有能だと、今まで素晴らしい功績を挙げてきたと、パントマイムを交えて語る。
は苦笑するしかない。

ブルガリア魔法大臣はそれを真に受けたようで、のことをまじまじと見つめ直した。


「ヴぁかいのに責任者を任されるとは素ヴぁらしいと思っていたのに、それ以上に有能だとは……」

「話にすると、何でも大層に聞こえるものです」


は困った顔をしてそう言う。
しかし、次の瞬間、は何かに反応したかのように不意にある一点を見つめた。
表情はひどく険しい。


? 何か……」


はファッジの言葉を手で諌めて、首を横に向けたままぴくりとも動かない。
二人の大臣は、の不可解な行動の訳が分からない。

目は壁を越えた遠くをじっと見ているようだった。
は軽く目を伏せ、神経を集中させ、拳を握った。


「何か、まずいことが起きているようです。行って来ます」


低く呟き、は姿を消した。
二人の大臣が呆気にとられていると、テントの中に一人の魔法使いが飛び込んで来る。


「暴動だ! 死喰い人の仮面をつけた者たちによる暴動だ!」










*










「状況を教えて」


悲鳴や大声でやじる声に負けない凛とした声が耳元に聞こえ、アーサーは驚いてそっちを見た。
そこには闇祓いの顔をしているが、黒いパンツスーツのままマントを靡かせ、魔法使いたちの上にいるマグル四人を冷静な顔で見上げていた。

アーサーがの登場に驚いていると、行列の歩調に合わせて歩きながら、が再度尋ねる。


「アーサー、教えて」

「マグルたちが宙に浮かされていて、下手に魔法が放てないんだ。
 マグルたちをどうにかするしかないのだが――下手な事をしても無駄で、渋っている」


アーサーはこの状況を端的に述べ、またの様子を窺う。

はこの状況を確認し、顔を下げ、ざくざくと歩きながら足元を眺める。
腰から二本の内で短い方の杖を取り出し、右手で握る。

突然ある小石をじっと見つめ、再度杖を握り締めて立ち止まった。


――眉を寄せる――視線を上げて、腕をマグルたちに向けて振るった。


杖の先から目が眩むような強烈な閃光が出た。
その場にいた全ての魔法使いは、条件反射にそれに注目した。

次の瞬間、魔法使いたちの頭上には四つの小石が浮かんでいた。

それが合図になり、魔法省の魔法使いたちは暴動徒に魔法を放ち始める。
どうやって、と聞きたそうなアーサーに、は口を開ける。


「取替え呪文よ。簡単な呪文だから、威力を増すことは容易いわ」


は目の前にいるマグルたちの前に膝を着いた。
アーサーはの答えに納得し、急いで戦闘へ加わる。

呆然としているマグルたちへ、どうしようもなく優しく見えるよう微笑む。
目の前にこのような人たちがいるのに戦闘に加わることは、流石にには出来なかった。


「本当に申し訳ありません。私たちの過失です。
 貴方がたに被害を及ばせてしまったことについて、心から謝罪いたします」


は座っている不恰好な格好のまま、頭を下げた。
しかし、マグルたちは呆然としたままだった。
それも当然だ。

は不意に羽織っていたマントを引っ張られた。
目線を下げると、そこには小さな子供がいた。


「……魔女?」


は目を見開く。
子供の純真な目が、一心にを、そしての杖を見ていた。


「そう、魔女なの」


そう言って微笑むと、子供は目を真ん丸にさせてを更に見つめた。
戦闘が激しくなってくるのを確認し、マグルたちをその場から動かそうと声をかけるが、子供以外はそこから立ち上がろうとしてくれない。

その場にいた一番小さな子供は、ずっとのマントを掴んでいた。
仕方なく、は無言呪文で彼ら一家をゆっくりと動かす。
夫人と夫はそれにひどく怯えたが、反面子供たちは怯えることはしなかった。

トコトコともう一人の子供がのもとへ歩み寄り、興味津々の目でを見つめる。
は二人の子供にそっと触れた――どうやら、親たちの方が重症らしい。
子供の方がとても柔軟だ。


!」


その場に、一人の魔法使いが駆け寄ってくる。


、こっちは僕が診るから、は早くあっちに行って!」

「アーニー」


馴染みの忘却術士が、駆け寄ってきたせいなのか、息を荒げながらも膝を着いてマグルたちを診始める。
あっちに行って、とは言葉が悪い。

その時、はこともなげに杖を振って、その場に飛んで来た魔法を防いだ。
マグルは悲鳴を上げた。


「早く! に治療なんか出来るわけないだろ! あっちに行ってこそ――」

「――本領発揮ね」


はマントを脱いで、それを子供たちに渡した。
子供たちは喜んでそれを受け取り、被り合って戯れる。

はそれを見下ろし、笑んでから、杖を握り直した。
息を一つ大きく吸う。


「行くわ」















魔法省の魔法使いたちは、死喰い人の行進を完全に止めることは出来ていなかった。
むしろ、その一団の中心にいた者たちほど、未だ行進を続けている。

その行進の前に、姿現し特有のパンという音が立った。
そこに現れた者は一見マグルだったが、その手にはしっかりと杖が握られている。
最初にその者の顔を見た死喰い人はぴたりと行進を止め、続いて後ろの死喰い人も立ち止まることになる。

止まるな、という罵詈が後方から浴びせかけられるが、前方の死喰い人は動かなかった。
黒いパンツスーツを身につけているは、場違いにニコリと微笑んだ。


「酔ってお祭り騒ぎだなんて、死喰い人も堕ちたものね」


その声を聞いて、彼女が確実に「彼女」だと確信する。
の名前が、木霊のように死喰い人の間に囁かれた。

はじっと目の前の死喰い人を認める。
それぞれ名前が分かる。
昔とそれほど変わらない。

身体の中心が熱い。
熱い血と外界の冷たい空気との間の皮膚が、ピリピリと心地良い感覚を覚える。

戦闘に興奮するだなんて、趣味が悪い。
死喰い人と同じだと思うけれど、血が疼く感覚は誤魔化しようがない。
いつかのオリバンダーの言葉を思い出す。


「こんなことがばれたら、「ご主人様」に怒られるわよ? まあ、私には関係ないけど」


の目の色が完全に変わっていた。
完全な戦闘態勢に入った目が、興奮で熱くなりながらも、冷たく光っている。

杖が熱い。


「まとめてかかって来なさい。相手をしてあげる」


瞬間には防御の呪文を唱えた。
そこに幾つもの呪いが当たる。
すると、横から失神光線が浴びせられ、またそれを避ける。

ちらりと視線をやれば、思っていたより沢山いたらしい死喰い人が、を中心に円陣を作っていた。
その間にまた呪文を感じたけれど、身体がその感覚についていけずに、頬に傷が付く。

四方八方からの呪文に防戦するしかなく、は極限の神経で身を翻して魔法を唱える。

つい頭に血が上ってまとめてかかって来いと言ったが、これは……。
過去、ここまで大勢の死喰い人とやりあったことはなかった。

そして、その合間合間に勘の鈍りを感じ、は苛立つ。
鈍った勘の代わりに、は神経を余す所なく張り巡らせることしか出来なかった。

大体は私が惹きつけておくから、後の人が細かく捕獲をしてくれることを望む。





時が経つにつれ、の身体は勘を取り戻し軽くなって、神経に余裕が生まれてくる。

取り囲まれている死喰い人の数も、心なしか少なくなってきているように感じられた。
四方八方からの魔法の応戦は変わらないが、に余裕のある表情が戻って来る。
しかし、死喰い人を倒しても、仲間の蘇生呪文で立ち上がるのが問題だ。

戦っている周りの魔法省の役人を見てみると、一人二人相手に苦戦しているようで、埒が明かない。
本職の部隊の到着はまだか?

は力を込めて死喰い人に石化呪文をかけると、また振り向き際に相手の杖を奪う。
そいつの仮面を奪おうと杖を向けるも、また背後からの呪文に応戦しざるを得なくて、眉間に皺を作る。

今やってきたトンクスは、の姿を見て声を上げた。


!」

「トンクス! 私が惹きつけてるから、片っ端から仮面を剥がして!」


トンクスはの助けに入ろうとしていたが、その言葉に有無を言わずに頷いた。
杖を持ち、死喰い人と向き合う。

は、倒しても倒しても自分を取り囲む輪が消えない状態に、流石に息が上がり始める。
死喰い人たちもそれが分かっているようだった。


背後から腕が二人によって捕らえられ、後ろ手に拘束される。
しかしすぐに足で急所を蹴り上げ、その拘束を解く。

だがそうしている間に、武装解除呪文がに向かって放たれていた。
それに対応し切れず、杖が手の平を滑り放物線を描いて飛んで行くのを、またも違う人物によって後ろ手に拘束されながらは見る。

杖を死喰い人がキャッチする。
また二人がかりで、喉元に二本の杖が向けられた。
の動きがピタリと止まる。

今、自分の腕を縛り上げている人物は――。


「――ルシウス、また会ったわね」

「私の予想通りだろう」


顔は仮面に隠れている。
しかしこの気配、間違うことはないし、声もさっき聞いた彼のものだ。
は顔に微笑をたたえ、目で冷静に辺りを判断しながら、背後の相手に話す。


「面倒起こさないで、って言ったでしょ」

「私はそれを決して承諾していなかった、と思うが」


喉に向けられている片方の杖が、に魔法をかける。
は自分の身体がいうことをきかなくなったのを感じた。
服従の呪文の系統の軽い魔法だ――足で後ろの人を蹴ってやろうと思っても、動かない。

に呪文をかけた杖の持ち主は歩き、から距離を取って杖を彼女に向けた。

周りから、囃し立てる声や嘲笑がに浴びせかけられる。
口を開こうとすれば開いたので、ゆっくりとルシウス相手にまた話しかける。


「何て馬鹿なことを……貴方らしくもないわよ」

「そうか?」


ルシウスはそれに手短に答える。
まだ残っているの触覚が、ルシウスが片方の腕をの拘束から外したことを伝える。
その手元が皮膚を沿って怪しく身体を触り始めたのに、鳥肌が立つ。


「……何のつもりかしら?」

「嫌なら抵抗すれば良い」


だから出来ないんだって!
ルシウスが仮面の下でほくそえんでいる様子が、まざまざと想像出来る。

物理的な拘束が緩くなった腕も、魔法的な拘束によってちょっとやそっとでは動こうとしない。
かといって呪文を解こうと変な動きをすれば、目の前の奴にやられる。
そう考えている間にも、ルシウスの手によって背筋に悪寒が走った。

は彼をかなり睨み付けたかったが、首が動かない。
はじっと耐えて、冷静に辺りを眺め、目の前の杖を見て、自分を囃し立てている辺りの様子を窺った。


「天下の闇祓いも、ここまでのようだな」

「私は天下を取ったなんて思ったことはないけど」

「謙虚なものだ」


上でルシウスが合図をしたのを感じた。
は、じっと目の前の杖を見据えた。

その杖が自分に向かって魔法を放った時、は動かない手の平に炎の塊を無言呪文で発生させた。
それは瞬間ルシウスに燃え移る。


「……!?」


ルシウスの拘束を解かれたは、自由の利かない身体のまま人形のようにドスンと落ちて、地面に転がった。

上の方で魔法が人間に命中する音がした。
しかしルシウスを見ることはなく、渾身の力で地面に寝転びながら右手の腕を、指を、自分から自由を奪った死喰い人に伸ばした。
死喰い人は仮面の奥で、目を真ん丸にした。


「STUPEFY!」


指先から失神光線が発せられ、死喰い人が気を失い倒れて、の身体にかかっていた呪文が解ける。
が右手を上げると彼女の杖が戻って来て、すぐさまやってきた死喰い人を二人まとめて地面に倒す。
そして次にやって来た一人の腹を蹴り上げる。

はルシウス相手に歩を進めた。

あのルシウス・マルフォイが、に当たるべきだった魔法をくらったことに対し、辺りは騒然としていた。
ルシウスの顔は仮面に隠されているのでどんな表情をしているのかは分からないが、彼は地面に転がっている。

はルシウスに向かい、無抵抗の彼に、無表情で上から杖を向ける。

そして呪文を唱えようと口を開く――。


――がその時、感覚が、昔よく感じていたものを捉えたような気がした。


は条件反射で空を見上げた。
黒い目が、鬱蒼とした森の上の黒々とした空を捉えて、少し見開く。

そのテンポから一拍遅れ、周りから悲鳴が上がった。
の周りにいた死喰い人たちは、それを見て恐れ慄く。

闇の印が、ギラギラと空高くに舞い上がっていた。

一人の死喰い人が視線を地上に戻し、の姿を認めようとしたが、もう既にその姿は消えていた。















ハリーはハーマイオニーに逃げようと背を引っ張られながらも、姿現しのような音がした方向に思わず目をやった。
その方向は、さっき何者かが闇の印を上げた方向だったからだ。

暗い木々のせいで視界は悪い。
さっきの何者かの姿は全く分からなかったが、新しく姿現しの音を立てて現れた影は認めることが出来た。
木の間から見える薄っすらとした姿に、ハリーは目を凝らした。


だ……」


ハリーの呟きに、ロンとハーマイオニーは振り返った。
その姿は、さっき対面した彼女に間違いなかった。

















が見たのは、当分会いたくないと思っていた人物だった。


「……、こんなに早く貴方に会うとは思っていなかったわ」

「そんなに嫌がらなくても良いじゃないか」


この前会ったばかりの彼女に対しては嫌な顔をし、杖を握り締めて構えた。

はあいも変わらず、豊かなブロンドを黒い外套に下ろして、森の中に立っていた。
暗い森の中でそこだけがぱっと明るい。

は辺りを窺って、つい前に勝負に負けた彼女相手、杖を握り締める。


「また何か企んでいるのね」

「愚問だな」


イギリスが三校対抗試合で浮き立つ今年。
警備は強化されるが、その分、普段現れない隙も出来るだろう。
それを利用し、彼らは何か事を起こすつもりなのだ。

はちらりとの側にいる人影を見て、酷く眉を寄せる。


「彼も手伝うのね。――それにしても――彼は――」

「ああ、がこいつを捕まえたのだったな」


が何となしに答え、視線を男へ送る。
その男は杖を持ち、衝動的に相手に飛びかかろうとする……。


「止めろ。お前はこの女に勝てない。大事の前に馬鹿なことはするな」


男は衝動を収められずにを睨みつけたが、彼女の実力は心得ていたので、それに反抗しなかった。
は後ろに下がった男を眺め、目の前にいるを見る。

は杖を構えたままだったが、頭の中でこの状況を踏まえ、様々な思考を巡らせているのだろう。

は後ろにいる男性から杖を受け取った。


「残念だが、――お前は知り過ぎた」


杖を構えるに、は警戒する。
はそんなにふっと微笑みかけ、唇の端を吊り上げた。


「大丈夫だ。この前、私に全く及ばなかったお前が、今更私と渡り合えるとは思っていない」

「……」


は顔を歪めた。

すると、が呪文を低く唱え始める。
は神経を集中させその呪文を解読し、長いそれの正体を突き止めようとする。

――最上級の忘却呪文だ――。

は、瞬間的に後ろにいるハリーたち三人に振り返った。
彼らの存在については、ここに姿現しした時から気付いていたのだ。

距離的に、十分この呪文の有効範囲だろう。


「――あの子達の全ての記憶をなくすつもり――!?」


が感情を抑えて言った言葉に、はにやりと表情で応えた。

彼女の思惑の予想はついた。
汚い思惑だが、汚いも糞もないというのは分かっている。

は彼女の思惑に従うのは癪だったが、彼女の思惑に従う以外、出来ることはなかった。

も呪文を唱え始め、二つの呪文の詠唱が木々の間を満たす。
の呪文の効力が現れ始め、を中心とした半球形の薄く白いドームのようなものが現れる。
防御呪文の一番高度な形のものだ。

――私は、彼女のこの呪文を、全てかき消すことは出来ない。
でもその範囲を制限することは出来る……私一人だけに魔法を集中させれば良い。


の思惑通りだと言うことは十も承知だ。
の術が完成する。
同時にの意地の悪い微笑が見えて、とても大きな魔力が身体を包み込むのが分かった。

すると身体に強い衝撃が走って、は気を失って倒れた。



























2008/9/29






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