07/尋問














エイモス・ディゴリーは木々の間に入って、失神呪文で倒れたかもしれない、闇の印を作り出した犯人を探していた。
すぐにディゴリーは倒れた屋敷しもべ妖精を発見し声を上げ、同時にその妖精が杖を持っているのを見て驚いた。
そしてそれが、クラウチ家の屋敷しもべ妖精だ、ということにも眉を顰める。

屋敷しもべ妖精をさっさと腕に抱き、歩き出そうとしたところで、そこにもう一つ暗闇に倒れているものを発見した。
屋敷しもべ妖精を片腕に抱え直しながらも杖を構えて、膝を曲げて目を細めて凝視してみると――。


「――だ! が倒れている!」


その声に、その辺りにいた魔法使いたちは、一斉にディゴリーのもとへ駆け寄った。
皆々その言葉に驚愕を隠せない。

ハリーたちとアーサーもその場に行き、が目を瞑って地面に横たわっているのを見た。
杖を緩く握っているが、四肢は力なく投げ出されている。
地面の上の黒いマントの上に、の身体がぐったりとのっていた。

その光景に、魔法省の魔法使いたちは、目を見開いて顔を見合わせた。
そして、上に瞬いている闇の印を見上げる。
一種の恐怖を感じることが出来た。

魔法省で一番の手練れである彼女がこのように倒れているのは、良い前兆ではない。
ハリーたちも去年のとの経験により、この珍しい光景に息を呑んだ。


「ヒーラーを、早く!」


ディゴリーの正気の言葉に皆我に帰り、一人がヒーラーを探しに行った。


「どうして彼女がここに……」


クラウチが一人小さく呟いた。
クラウチは既に自分の家の屋敷しもべ妖精を視界には入れていたが、目線はの方にある。
その表情に変化があったことには誰も気付かない。

クラウチの頬に汗がすうと伝ったが、彼は何事もないようにそれを拭いた。


「多分、は闇の印を作り出した人と向かい合って、やられたんだと思います――私たちを庇って」


ハーマイオニーがおずおずと言い出す。
クラウチの視線が鋭く三人を見渡す。


「それを見たのかね?」

「はい。会話は断片しか聞こえませんでしたけれど、間違いないと思います。
 最後には私たちの方を振り返ってました……」


周りがざわついた。
この子供たちの言う通りだとしたら、やはりは死喰い人にやられたのだ。


ざわつきの間を縫って、ヒーラーがその場に到着する。

ヒーラーはの隣に膝を着き、地面に寝ている彼女を抱え上げようとした。
その時、そのの指がぴくりと動いた。

指が、手の平が、握られて、ぎゅっと拳が出来上がる。

はその拳を地面に着いて、背中を持ち上げる。

一同がものも言わず驚いている最中、は地面にぺたりと座ったまま酷く眉を顰めた。
頭を手で庇いながら、辺りを訝しげに見回した。


「……ここは……? どうして私はここに……?」


目はいつものように油断なく周りを見渡しているが、その中に少し動揺が見られた。
周りにいる人の全てが意表を突かれてぽかんとしている中、はきゅっと眉を寄せた。


「……いっ……」


頭に強く手を当てて、目を瞑り、苦しげに身を縮ませる。
ヒーラーはを抱えて身体を倒すよう、誘う。


「いえ、大丈……っ……!」

「ほら、大丈夫じゃない」


ヒーラーはの身体を木の幹に立てかけてから、その身体に杖を当てて、額に手の平を当てる。
先ほどの彼女の言葉との症状から、ヒーラーには心当たりが出来ていた。


「あなたがさっきまでやって来たことを、順々に思い出してもらえませんか?」

「………死喰い人が暴動を起こして……行って……捕まえようとして……。
 そうしたら闇の印が上がって――そこに――行った――?」


そう言うとは唇を噛み締めて、今までになく頭を抱えた。
身体を丸めて身体を走る衝撃に耐える。
ヒーラーは、に杖で痛みを軽減するように治療しながらも、確信を持った。


「忘却呪文でしょう。それも、恐ろしく強い……私はここまで強いものは見たことがないです」


魔法省の役人達は厄介な事態に困惑する。
ウールのガウン姿の魔女が聞く。


「記憶が戻る保障はありますか?」

「今こうして彼女の意識が戻るなんて有り得ないことですよ。
 本来なら、一ヶ月位昏睡していてもおかしくはないでしょう。記憶が戻る保障はありません」

「――大丈夫です、大丈夫ですからちょっと話を――」

「全ての記憶を失っていないだけ、幸運です。彼女の高い能力がそうさせたのでしょうが……。絶対安静です」


ヒーラーは厳しい目つきでを見て、はうっと言葉に詰まった。
それと同時、またぐらりと視界が揺らいでは苦しげに唇を噛む。
無意識に自分の胸元を探ると、そこには確かにネックレスがあった……なのにどうして?

が握ったネックレスを見て、ヒーラーは尋ねる。


「何か?」

「私は元々この鉱石で魔力を、魔力を感じる能力を制限しているのですが、今はこれが役に立っていないみたいなんです。
 雑多な気配が入って来て気持ちが悪い……」

、今何か感じるか?」

「感じ過ぎて何が何だか」


クラウチの言葉に、は思っている通りの答えを言った。


「ということは、誰かがの記憶を奪い、更にの能力の制限を解いたっていうこと?」

「何の意図があってだ?」

「私がその犯人を断定するものを見たから、それと、恐らくこの辺りに私に感づかれてはまずい証拠が残っているから。
 そう考えるのが自然でしょう」

「では、このしもべはどう考える?」


クラウチの激情を抑えた冷たい声が人々の言葉を遮る。
その場にいた全ての魔法省員の視線が、ぐったりと失神させられている屋敷しもべ妖精へ向けられた。


「この屋敷しもべは杖を持っていた」


ディゴリーは杖を持ち上げて、その場にいる全員へ見えるようにする。


「これを手に持っていた。まずは、「杖の使用規則」第三条の違反だ。
 ヒトにあらざる生物は、杖を携帯し、またはこれを使用することを禁ず」


クラウチは蒼白な顔に目だけをギラギラ光らせて、ふらりとさっき屋敷しもべ妖精がいた辺りへ足を進める。
茂みの中を歩き回り、闇の印に関係づけることが出来る屋敷しもべ妖精以外の「何か」を探そうとしているようだ。
ディゴリーはクラウチの行動を見て、目下の屋敷しもべ妖精を見て、表情を強張らせる。


「なんと恥さらしな。バーティ・クラウチ氏の屋敷しもべとは……なんともはや」


その瞬間、バグマンが姿現しをして、ここがどこかも分からない様子でクルクル回り、空の闇の印を見上げた。


「闇の印! 一体誰の仕業なんだ? 捕まえたのか? ? ――一体これはどういうことなんだ?」


地面に座り込み、治療を受けさせられているに、バグマンは驚く。
は呆れた口調で述べる。


「今のところ、あそこにいる屋敷しもべ妖精が、第一容疑者らしいわ」

「そんな馬鹿な――ウィンキーが? 闇の印を作った? やり方も知らないだろうに! そもそも杖がいるだろうが!」

「ああ、まさに、持っていた。杖を持った姿で私が見つけたんだよ、ルード」


ヒーラーに、もうこれ以上喋るな、と言われるが、は苦笑いで切り抜ける。
気持ちは悪いし頭痛は酷いが、思考力はまだ残っているつもりだった。
しかし、そう言う傍らで、ヒーラーはしっかりとに治療をしてくれていた。

の目は騒ぎの中心に向けられている。

クラウチがその場に戻ってきたのを見て、ディゴリーは言う。


「クラウチさん、あなたにご異議がなければ、屋敷しもべ妖精自身の言い分を聞いてみたいんだが」


クラウチはその言葉が聞こえていないかのように無反応だったが、ディゴリーはその沈黙を肯定と受け取った。
杖をウィンキーへ向けて、蘇生呪文を唱える。

ウィンキーが微かに動き、大きな茶色い目が瞬きする。
ヨロヨロと身を起こした。
ウィンキーはおずおずとディゴリーの足を見て、目を上げてディゴリーの顔を見た。

それから、ゆっくりと空を見上げて闇の印を見ると、ウィンキーは息を呑んで狂ったように辺りを見回した。
大勢の魔法使いを見て、啜り泣き始める。


「しもべ!」


ディゴリーは厳しい口調で言った。


「私が誰だか知っているか? 魔法生物規制管理部のものだ!」


ウィンキーは座ったまま息を荒げ、身体を前後に揺すり始めた。


「見ての通り、しもべよ、今しがた闇の印が打ち上げられた。
 そして、お前はその直後に印の真下で発見されたのだ! 申し開きがあるか!」

「あ――あ――あたしはなさっていませんです! あたしはやり方をご存知ないでございます!」

「お前が見つかった時、杖を手に持っていた」

「あたしは……あたしは……ただそれをお拾いになっただけです!
 あたしは闇の印をお作りになっていません! やり方をご存知ありません!」

「エイモス、なら、私が「屋敷しもべ妖精」に記憶を消されたって?」


冷静なの声が会話を遮る。
その場の全ての目が、地面に座っているへ向かった。
はいつもと変わらない冷静さでいるように、他の目からは見えた。


「我ながら驕りであることは理解しているけれど、私は、私がこの屋敷しもべ妖精に記憶を消されるとは思わないわ」


それはそうだ、と納得の声が広がる。
闇祓いが屋敷しもべ妖精にやられるなど、あるはずがない。
ディゴリーはばつの悪そうな顔をする。


「屋敷しもべ妖精が持っていた杖に、直前呪文をお願い」


ディゴリーはの頼みのまま、直前呪文を唱えた。
すると、辺り一面に靄のようなものがかかる。
見たことがない呪文の効果に辺りがざわついた。


「もう一度、直前呪文を」


先ほどまでの靄は消え、蛇を舌のようにくねらせた巨大な髑髏が飛び出した。
ディゴリー氏が呪文を唱えると、髑髏はふっと消えた。


「最初のものが、きっと私へかけられた忘却術。そして、次が闇の印の出現魔法。
 屋敷しもべ妖精が、あのような複雑な呪文を唱えることが出来るかしら?
 最後に杖を持っていたのがウィンキーだから、ウィンキーが闇の印を出現させたのならば、私への攻撃も行わなければならないわ」

「あれっ――それ、僕の杖だ!」


ハリーが大きく声を上げた。


「何と言った?」


神経質になっているディゴリーが、自分の耳を疑うかのように言った。


「それ、僕の杖です! 落としたんです!」

「自白しているのか? 闇の印を作り出した後で投げ捨てたとでも?」

「エイモス、一体誰に向かってものを言っているんだ!
 いやしくも、ハリー・ポッターが、闇の印を作り出すことがありえるか?」


アーサーの語調の荒い言葉に、ディゴリーは正気に戻って口ごもった。


「あー――いや、その通り――すまなかった……どうかしてた……」

「その杖の持ち主や、杖を持っていた者へ疑いをかけることは、ナンセンスだわ」


そこまで言って、はヒーラーの鋭い目に射られそうになった。
話すな、動くな。
はそれでも変わらず治療をしてくれるヒーラーに感謝を抱きつつも、それには応えられなかった。


「貴方がウィンキーへ疑いをかけるということは、バーティへ嫌疑をかけることと一緒だということ、理解した方が良いわ」


つんとしたの言葉で、ディゴリーは蒼白になった。
冷たい怒りのこもった言葉がディゴリーに浴びせかけられた。


「その通りだ、エイモス。私が召使いたちに常日頃から、闇の印の作り方を教えていたとでも?」

「クラウチさん……そ……そんなつもりは全く……」


酷く気まずい空気が流れていた。
クラウチが噛み付くように言う。


「いまや君は、この空地の全員の中でも、最もあの印を作り出しそうにない二人に嫌疑をかけようとしている!
 ハリー・ポッター――それにこの私だ!」


クラウチとディゴリーが言い争っている中、は手でちょいちょいとウィンキーを呼ぶ。
ウィンキーはそれになかなか応えようとしなかったが、が両手でお願いのポーズを取ると、トコトコとやって来た。
ディゴリーとクラウチの争いに愛想が尽かしたようなアーサーも、のもとへ歩み寄る。


「ねえ、どこでそれを見つけたの?」

「そこ……その木立の中でございます……」

「見つけて立っていたら、失神呪文を浴びせられたのね?」

「そうでございます」

「――闇の印を作り出した人、見た?」


妙に鋭さのあるの目に、ウィンキーはたじろぐ。
しかし、ちらりと自分の主人の姿を見てから。


「いえ、いいえ! あたしは誰もご覧になっていません……」

「ありがとう」


はにっこり微笑んだ。
ウィンキーはそのような扱いにあまり慣れていないのか、おずおずとの元を立ち去る。
二人の話を聞いていたアーサーが、考え込むように顎を撫でた。

アーサーとは視線を交わす。


「闇の印を作り出したのが誰であれ、そのすぐ後に、ハリーの杖を残して姿晦まししたのだろう。
 後で足がつかないようにと、狡猾にも自分の杖を使わなかった。
 ウィンキーは運の悪いことに、その直後にたまたま杖を見つけて拾った」

「闇の印を作り出す前に、犯人はその姿を見た私に呪文をかけたんだわ」


まだ名誉やキャリアがなんだかんだと言い争っていた二人は、の咎める視線に射られる。
はふうと息を吐いた。

バーティもバーティで侮辱されるということについて神経質なところがあるし、エイモスもエイモスだ。
頭に血が上っているからって、これはない。
闇の印が十数年振りに現れた現場で、こんなこと。
は頭痛が酷く再発してきたかのような気分に襲われていた。

しかしにはこの争いを諌める動機もなく、はただ二人の様子を見送る。

その後、クラウチはその場で屋敷しもべ妖精を実質的に解雇した。
クラウチは、ウィンキーを自分で処理を行うことを権力にかまけて約束させた。
この人らしい行動だ。

病的な以前の戦争の時の彼の様子、そして彼の息子が逮捕された事件が起きてからの彼の様子を知っていたは、不思議がることはなかった。
彼は闇の魔術を侮蔑し、嫌悪してきた。
それに加担しているような仮説を立てられるのさえ、彼は嫌うだろう。

――良くも悪くも潔癖な人なのだ。
また、権力欲が全くないとも言えない……まあ、それは全ての人間に当てはまるだろうが。





その場はクラウチの屋敷しもべ妖精の解雇で終息し、は治療のためにヒーラーにどこかへ連れて行かれそうになる。
しかし、はそれをかいくぐって、先ほどクラウチが探っていた茂みの中へ入った。
軽い眩暈はするが、大丈夫。

恐らく、この辺りに「私に感づかれてはまずい証拠」が残っているはずだ。





は顔を上げる。


「バーティ。どうかしたの? ウィンキーを連れて行かなくて良いの?」

「君に心配してもらうようなことは全くない。それより――「証拠」を探しているのか?」

「ええ」


はクラウチを見上げる。
彼は、至って冷静だった。


「手伝おう」


はそのクラウチの行動に、全く疑問を感じなかった。

二人は、それぞればらけて茂みを歩き回った。
は痛みを訴える身体をおさえて、何かしらこの辺りに残っていないか、徹底的に探した。
しかし……。


「そちらはもう私が調べた」

「何もなかったのね」


が進めようとしていた足を止める。
ふうと息を吐いた。


「仕方ないか……大分時間が経ってしまったもの」

「残念だ。……、早くヒーラーの治療を受けなくてはいけないのでは?」

「――後からにしてもらうわ」


そう言って、は軽い歩調で茂みを乗り越え、向こうへ立ち去って行った。
まだ何かをするつもりなのだろう彼女の後姿を確かめ、クラウチは再度茂みの中へ入って行った。
もう、この場には彼以外の姿はない。



























2008/10/18






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