11/バーテミウス・クラウチ
ホグワーツの校長室にて。
「貴方の課題には応えたつもりです、校長」
ダンブルドアの眼鏡の奥の瞳が、キラリと光った。
デスクの上には、日刊預言者新聞、そしてトンクスが何らかの方法で入手した、フランク・ブライスの供述についての書類がのっている。
「昔と現在、二つの事件について、こう結論を出してくれるとは思っていなかったのう」
――・、名誉挽回か。
預言者新聞の見出しにはこう書かれている。
「リドルの館から得られた瓶から、蛇のエキスが得られました。
データベースから照合したところ、その蛇はヴォルデモートのペットの蛇と同じ種類だと判明しました」
はまた、羊皮紙をダンブルドアへ差し出す。
そこには、細々と蛇のエキスの成分と、それの照合についての情報が書かれている。
ダンブルドアはゆったりとした造作でそれを目の高さへ上げ、目を通し始める。
「まあ、預言者新聞には、ヴォルデモートの復活については、軽いノリでしか書かれていませんでしたが」
「ファッジが手を回したのじゃろう。
ワールドカップでの闇の印の騒動もあり、これ以上人々を不安にさせる必要はないとな」
魔法大臣を脳裏に思い描く。
彼のしそうなことである。
は、課題についての考察を述べる作業を思い出した。
「トム・マールヴォロ・リドルがかつてリドル一家を殺し、ヴォルデモート卿が――おそらく、フランク・ブライスとバーサ・ジョーキンズを殺害した。
貴方はこの考えをどう思われますか?」
「わしもそうだと考えておる」
「リドル一家の殺害について、貴方は何か確証を持てるものをお持ちなのですか?」
ダンブルドアは、じっとの目を見つめる。
しばし何も言わないダンブルドアを見て、は頬を緩ませる。
「私に見せることが出来ないものなら、いいです。それより大切なことがありますから。
私の考えを聞いていただけますか?」
「――よかろう」
は頷き、脳を回転し始めた。
この頃ずっと考えていたことだった。
「蛇のエキスの証拠により、ヴォルデモートがリドルの館に潜伏していた可能性は高まりました。
よって、そこに住んでいたフランク・ブライスは、ヴォルデモートの手にかかった可能性がまた高まります。
バーサ・ジョーキンズについて……ワールドカップの時、私の身に起きたことをご存知ですか?」
「聞いておるよ」
「では、闇の印を上げた者は誰だとお考えですか?」
「難しい質問じゃな……」
ダンブルドアは顎鬚を撫でる。
「端的に考えるならば、・じゃ。彼女しか、を容易にいなすことはできないじゃろう。
しかし、彼女が闇の印を上げることによって得られるものは何もない」
「私も、確かに私に魔法をかけたのは・だと思っています。
そして、闇の印を打ち上げたのは彼女以外の人物だ、という考えを、ルーファス・スクリムジョールと話し合ったのですが……答えを出すことは出来ませんね」
「我々の情報網でそれを探ることは不可能じゃろう」
「ええ。しかし、問題なのは、がワールドカップ会場にいたという事実です。
アルバニアで世間から身を隠していただろう彼女らが、ワールドカップの開催を知るためには――」
「バーサ・ジョーキンズじゃろうな」
「はい。そして、イギリスの地を離れていた彼女らが、またイギリスに戻ってきたということは、何かの意味を持つと思うんです。
だから――校長も、アラスターをここへ呼んだんですよね?」
ダンブルドアは、目の前でつらつらと己の考えを語るを見て、ふと微笑んだ。
は少し首を傾げる。
「アラスターと、そう話していました。三校対抗試合だなんて、いくら警備を強めても大きな隙を生むに決まっています。
私が死喰い人なら、その隙に是非ともつけこみたいと思いますね」
「見事な推理じゃ」
「いえ、机上の空論でしかありません。何も証拠はないのですから」
しかし、この綺麗な流れを生む仮説は、参考に値するものだと思う。
あくまで、参考に、ということを忘れてはならないが。
「だから、大臣にそうと促すことも出来ません。今回の私の調査結果を彼はどう捉えているのか……」
「取るに足らない偶然の出来事だと考えておろう」
「でも私は――今回の結果は、ヴォルデモートの復興を真剣に捉えている者たちの注意を促すことに、成功したと思っています。
その数はごく僅かでしょうが……」
ダンブルドアは、その数の中に、自分が含まれているということをに示唆される。
じっとの姿を見つめた。
は、毅然として、強い意志でこの場にいる。
「――君にお願いしたいことがある」
「何ですか?」
は今まで、ダンブルドアの前でずっと立ち続けていた。
ダンブルドアは椅子を魔法で出し、そこへが座るように促す。
は素直にそこに座り、ダンブルドアへ向き直った。
「記憶の提供をお願いしたい」
「記憶……?」
ダンブルドアは立ち上がり、部屋に備えてある棚を指差し、近寄り、その中から何か一つを手にとっての元へ戻った。
「これは、わしが以前から集めている、ヴォルデモート卿に関する様々な人々の記憶じゃ」
小さな瓶には、銀色の糸状の記憶が入っていた。
は瓶を受け取り眺める。
それには、ダンブルドア本人の名前と、細かい年号が書かれている小さな紙が張られている。
「これは、わし自身のトム・リドルに関する記憶じゃ」
「貴方は、こうして情報を集めていらっしゃるんですね」
これをペンシーブへ流し込むと、その時の情景がもう一度再現される。
今世紀の賢者と闇の魔法使いとの戦いについて、新たな一面を知ることとなった。
彼はこうして、過去から過去から情報を組み立ててきたのだ。
「君の、リドルの館の調査の記憶を提供していただきたい」
「それが貴方の助けとなるなら、喜んで差し出したいと思いますが……」
は瓶を見て、言葉を言いよどんだ。
言葉は少し固い。
「一つ、確認しておきたいことが」
「何じゃね?」
「貴方はこの記憶が欲しかったから、私にこの仕事の依頼をした、と受け取っても構いませんか?」
短絡的な言い方に、ダンブルドアはすこし間を取ってからすんなり肯定する。
「君なら、やってくれると思ってな」
「魔法省の方針に反旗を翻すような仕事を、私に?」
その口調は、言葉の内容と反して、きつくはなかった。
まるで世間話をするような口調だった。
ダンブルドアは意表を突かれる。
「君が――魔法省にそこまで忠誠を誓っていたとは、思わなんだ」
「誓ってなどいません。私は……」
は目の前の賢者を見つめた。
ただただ青い目。
その目が捉えているものは、計り知れない――それは恐ろしいほどに。
「私は、そういう意味ではアラスター・ムーディと同じです。
でも、私が貴方に確かめておいて欲しいことは、私は貴方に忠誠を誓っていない、ということです」
ダンブルドアは言葉を聞き、小さく声を上げて笑った。
しかし、その笑いもすぐに終わる。
「……申し訳なかった。わしが、君を都合よく利用した、と言いたいんじゃな」
「いえ。今回の仕事は、私がそれをするのに値すると思って行動したまでです。
貴方に謝ってもらう道理はありません。
――去年ホグワーツに行く前に、アラスターから、貴方について、気を付けておけと言われていました」
「ほう」
「その意味が、何となく分かったような気がします。貴方の求心力は強いから……簡単に取り込まれてしまうのですね」
表情にはどこか諦めがあるようだった。
は、目をダンブルドアの目に見据えた。
「私は、貴方の側にはついていません。今の私は、貴方の傀儡になるつもりはありません」
「了解した。では、君は――協力者として、わしに記憶を譲渡してくれるかね?」
はにこりと微笑んだ。
この部屋に入ってから、初めて見せた純粋な笑顔だった。
「喜んで」
「セブルスとは連絡を取ってるかね」
は記憶を譲渡したすぐ後のダンブルドアの質問に、複雑な顔を見せた。
半笑いの表情で、何故今それをここで聞くのか、と声を大にして言いたそうだった。
「少しだけです。私自身も忙しくて」
「そうかの……残念じゃが、今セブルスもこの城にはいなくてのう」
「ご配慮は不必要です、校長」
は懐中時計を取り出した。
頭の中で、今日のスケジュールを描く。
「もうそろそろ行かなくては」
「忙しい時に、すまんかったのう」
「本当に忙しいのは国際魔法協力部ですよ。……では校長、アラスターをよろしくお願いします」
頭を下げる。
ダンブルドアは、弟子のそのような言葉に、彼女の師匠の姿を思い描いて笑いたくなる。
被保護者と保護者の関係が一転しているようだった。
は、黒いマントを翻し、ホグワーツの校長室から出て行った。
「それで、どうなった?」
「それで、って……」
立腹な様子のスクリムジョールが、の目の先にいた。
わざわざのデスクまでやって来て、何を言うのかと思えば……。
「ダンブルドアの犬になったのか?」
立腹の理由が分かった。
ダンブルドアの所から帰ってきたところだったは、合点がいった。
「安心して。それについて、ダンブルドアと話してきたところよ。私は彼の側にはついていないわ」
「その割には、簡単にダンブルドアからの依頼に応えたそうだな」
「だって、私もその依頼には価値があると、私の意志で判断したから」
は預言者新聞の一面を手に取って、スクリムジョールへ見せる。
「そして、結果も出したわ」
スクリムジョールは苦々しい目でその一面を見た。
「大臣は、何て言っていたの?」
「単なる偶然だと声高らかに言っていた」
「そう……」
は嘆息したが、スクリムジョールはそれに関しては今はあまり興味がなさそうだった。
変わらず椅子に座り続けているを見つめる。
「ダンブルドアに何と言われたのだ」
「何を、って……特に何も。むしろ、この頃の事件について、建設的な会話を交わしてきたわ」
はスクリムジョールの心境がありありと分かった。
苦虫を噛み潰したような表情。
彼も決して現在の魔法省に忠誠を誓ってはいないが、ムーディとは違う道を選んでいる。
「――アラスターに言われていたわ。
去年ホグワーツへ行く前に、アルバス・ダンブルドアはとんでもない食わせ者だ、って。簡単に彼に求心されるな、って」
「ムーディが?」
「ええ。ルーファス、アラスターがダンブルドアについているからって、私までそうだと思わないで。
私は一年間で洗脳されてはいないわ」
スクリムジョールは、急にに背中を向ける。
は全くわけが分からない。
ただ、スクリムジョールは足音高く歩いて行った。
歩行用の杖を握り締め、心の中の思いを抑える。
ずっと昔から抱いていた、ある人に対する疑念が昇華されたのだ。
急に頭に血が上り、脳がけたたましい勢いで感情を吐露していく。
――ならば、ムーディは自らの意思で、その「食わせ者」と一緒に歩もうとしたのか――。
ムーディは、ダンブルドアを聖人だと思っていたのではなかった。
ダンブルドアのそのような面を考慮した末、ダンブルドアの犬と化したのだ。
腹立たしい。
どうして、あの男が。
どうにもならない苛々した熱い思いを持て余しつつ、スクリムジョールは頭の端でのことを思った。
彼女なら、分かってくれるはずだ。
ムーディの弟子だが、だからこそ、彼女はダンブルドアには飲み込まれない。
……そうであって欲しいと願う。
*
国際魔法協力部。
三校対抗試合の開催において、業務が最も忙しい部である。
「あら、パーシー。バー――」
「こんばんは、さん」
弾かれたように立ち上がり、頭を下げるパーシーに、は苦笑いを見せる。
遮られた言葉を再度述べる。
「夜遅くまでお疲れ様。バーティはいるかしら?」
「はい。一番奥にいらっしゃいます。ご案内いたしましょうか?」
「大丈夫よ。ありがとう」
は多少見知っている部の内部を、するすると歩いて行く。
闇祓い本部とは異なり、ここには、明らかに怪しい機器も、危険物も置かれてはいない。
そして歩く通路が保障されている。
雑然とした闇祓い本部とは正反対に、書類の積み重なったデスクが整然と並んでいる。
業務終了時間は既に過ぎていて、そこに人は少なかった。
一番奥の部長室の扉をノックし、返答が得られたので、開ける。
「バーティ、ワールドカップの警備についての最終確認書類を持ってきたんだけど」
「そこに置いておいてくれ」
クラウチの言葉通りに、は彼のデスクのわきにそれを置く。
彼の性格をよく表している、綺麗な部屋だった。
忙しそうに書き仕事をしているクラウチをはちらりと見て、邪魔をしたら悪いと、そそくさと部屋から出て行こうとする。
唐突に言葉がかけられた。
「待ってくれ」
は足を止めた。
そのクラウチの声は籠もっていて、普段の彼の声とは微妙に異なっていた。
次の瞬間、クラウチの咳払いする音が聞こえた。
「どうしたの?」
「……蛇のエキスの件は、どうなった?」
「依然変わらずよ。それ以上の情報が掴めなくって」
途端、黙りこくるクラウチには疑問を抱く。
彼はどうかしたのだろうか?
「――」
クラウチは、疲労のせいか顔色が悪かった。
ワールドカップが終われば吼えメールの嵐に会い、次には三校対抗試合……そうなるのも当然だと思える。
吼えメールの原因を作ったのはだということも出来るので、はとても申し訳ない気持ちを抱いていた。
「君は、私をどのような人間だと思っている?」
「え? ……真面目で潔癖な人だと思ってるけど」
拍子抜けした質問だが、は律儀に答えた。
やはり、クラウチの様子はどこかおかしい。
羽ペンは羊皮紙の上を彷徨い、目線は食い入るように彼の目の前の書類の束に向けられている。
クラウチの声は低く、微かに震えているかのように思えた。
「君は――きっと、私に失望する。。……私は間違いを犯してしまった」
よろよろと立ち上がるクラウチ。
は急いでそこへ駆け寄り、肩を支える。
その肩も震えていた。
は、条件反射で何らかの呪詛が彼にかけられているのではないか、と職業柄判断し、彼を見つめるが、そのような様子はない。
尋常な様子ではないクラウチの体重を、は支えた。
過労だ。
精神的にも参っているのかもしれない。
「医務室へ行きましょう。今まで何もかも抱え込み過ぎだったのよ、貴方」
「聞いてくれ!」
悲痛な叫びに、の身体が跳ねた。
「聞いてくれ! 助けてくれ、君なら――――私は――」
クラウチの膝が折れた。
は咄嗟にクラウチの身体を支える。
しかし、背の高い大の大人一人を支えるのは、流石に苦しかった。
クラウチの身体を支えきれなくなる前に呪文を唱え、はクラウチを医務室へ運んだ。
医務室の医務員が言う。
「極度の疲労ですね」
は肩を下ろした。
後ろで、パーシーがはっと息を呑む。
目を瞑ったクラウチの顔は、蝋人形のように白かった。
「長期の休みが必要でしょうが……」
医務員は言いよどんだ。
今、クラウチが、そのような休みを取れるはずがない。
は自らが犯したミスについて、再度心の中で葛藤した。
ワールドカップで私があのようなことをしなければ、こんなことにはならなかっただろう。
こんなに彼を憔悴させることはなかっただろう。
また、の頭の中で、さっきクラウチが発した言葉がぐるぐると回っていた。
何のことを言っていたのだろう?
単なる戯言と取って良いのだろうか?
「クラウチさん!」
パーシーが言う。
は、クラウチへ目を向けた。
彼の目が薄っすらと開いている。
「大丈夫? 貴方が突然倒れてしまったから、医務室へ運んだんだけれど……」
「……ありがとう、、ウェーザビー君」
身を起こそうとするクラウチを、は止めた。
「今日くらい休んだら? ねえ、パーシー」
「はい。休まれている間の業務くらい、僕が処理します!」
今日だけと言わず、明日まで休めと言いたかった。
クラウチは、の退かない手を見て、再度背をベッドに預けた。
目が、まじまじとの顔を見ている。
「バーティ。さっき、私に言っていたこと、覚えてる?」
「――ああ」
「もし、私に聞いて欲しいのなら、この場で聞くわ」
はクラウチの視線を受け止めて、言った。
しかし、クラウチは視線をから逃がした。
天井を見つめる。
冷静な抑揚のない声で言った。
「大丈夫だ。取り乱して、意味のないことを口走ってしまったようだ……すまなかった。忘れてくれ」
「それなら……良いんだけれど……」
彼がこう言うのなら、大丈夫なのだろう。
そう信じているは、多少の違和感を覚えつつも、頷いた。
また胸がチクリと痛んだ。
ここまで彼を錯乱させた原因が、私にある。
しかし、人は取り乱した時に「意味のないこと」を喋ることは、あまりない。
「私で助けになるのなら、いつでも言って。バーティ」
「ああ」
実を言えば、あの尋常ではない彼の姿を見て、もっとよく彼を診なくてはいけないと思っていた。
並みの精神状態ではあのような様子にはならない。
しかし、勝手に開心術をかけるなど、道理に反しているし……もっとも、私の乏しい術では跳ね返されるだけかもしれないが。
彼が話したくないというのなら、それ以上に言及しないことが、彼のためになると信じている。
既に、は「クラウチの間違い」の一つについて深く関わっていた。
だから――だけれども――それが差し迫ったものでないのならば、私が必要以上に関わる必要はないのだ。
2008/12/14
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