いつもと変わらない光景。
ムーディがホグワーツへ向かう日が、近付いていた。

定期的に、はムーディの家へ行き、一緒に夕食をとる。
お互いにずっと一人なのは寂しいからかもしれない。

早く仕事が終わった日、はムーディの家へ向かった。
一人分より二人分の食事の方が作りやすいらしく、ムーディはおそらく快くの訪問を了承しただろうと思っている。
はパンの塊を口に押し込み、頭の中で構想を練っていた。














12/養父と娘














「ダンブルドアに生意気な口を叩いたらしいな」


はパンを持っていた手を止めて、意地悪く笑っているムーディへ目を向ける。
なるほど、ダンブルドアと手紙を交わしているらしい。


「そう書いてあったの?」

「ああ。お前に厳しく己の考えと立場を主張された、とな」

「貴方の影響かしら……」

「わしはそんなことはせん」


嘘を吐け。
目の前の、かつて魔法省の反逆児と呼ばれた男を見つめる。
彼は、飄々と食事を続けている。


「ダンブルドアに失礼なことをしたかしら。怒ってた?」

「むしろ、面白がっている様子だったな」


喉で笑うムーディ。
あまり空気を読むことが上手くないアラスター・ムーディを許容しているダンブルドアが、私を許容出来ないはずがない。

はテーブルの下で手を握った。
彼がホグワーツへ行く前に、心に決めたことを行わなければならない。
行く道々、ずっとそのことが重く胸に圧し掛かっていた。
今日こそは――。


「ねえ、アラスター。私がホグワーツへ行っている間の手紙のこと、覚えてる?」

「そんなこと、もう忘れてしまったが」


珍しく、動揺で心臓の鼓動が早く鳴り始めた。
ようやく、きっかけを言うことが出来た。
は自分の胸を抑えて、何とかいつも通りの声を出そうと努力する。


「私――ごめんなさい。嘘を吐いていたことがあるの」


ムーディは変わらず食事を続けている。


「今までそれを誤魔化していたの。だから、貴方がホグワーツへ行く前に、言っておこうと思って……」

「ごちゃごちゃ言わずに、言いたいのならさっさと言え」


それもそうだ。
そう思う内心とは別に、は胸が熱く重かった。
ずっと隠し通してきた罪悪感なのか、それを言うことについての恐怖なのか、分からない。

いや――きっと、私が彼の最も嫌がるだろう行為をしている、という罪悪感が胸に満ちているのだ。

カチャカチャとスプーンと皿が立てる音が、規則的に響いている。


「――恋人が出来たの」


食器の立てる音は、変わらなかった。
ムーディは別段驚いた態度は見せず、スープを口に運んでいる。


「セブルス・スネイプのこと……覚えてる?」

「忘れるわけがなかろう」


皿の上に、スプーンが乱暴に置かれた。
魔法の目が、を見据えた。
場が沈黙する。

重苦しい雰囲気が流れているが、は背を起こし背筋を伸ばして、口を開いた。
その声は、いつもより凛とした強い響きを持っていた。
そうでもしないと、この師匠相手に負けてしまいそうだからだ。


「彼と付き合ってるの」

「――どうしてあの男なんだ?」


低い唸るような声だった。
ムーディの顔は、苦々しいを通り越して、まるでを尋問しているかのような形相だった。
額には青筋が迸っているようだ。

しかし、は全く動じない。


「私も、そう思ってたわ。胡散臭い男だもの。それに――」

「奴は間違いなく死喰い人だ」

「ええ」


屈託なく肯定したへ、ムーディは口調激しく迫る。


「ならば、どうしてお前はあの男と親密になろうとする? お前自身、あの男を激しく嫌っていただろう?」

「嫌っていたわ。それに、今は彼は死喰い人じゃないとか、甘い考えを言いたいわけでもないの」

「何故、死喰い人と関係を持とうとするんだ?」


ムーディの言葉の言外の意味が、を激しく責めている。
ムーディの言う通りだった。
かつて、私もあの人を激しく嫌っていたから、その気持ちが痛いほど分かる。


「闇祓いという立場上、まずいってことは分かってる。でも、私は――」

「すぐに別れろ。何か起きてからでは、後始末が付かん」

「私は、彼となら一緒にいても良いと思ったの」


お互い頑固な師弟は、お互い目を見つめ合った。


「何か起きたらどうする? 情報が漏洩されたらどうする?
 それに、あいつは閉心術師だ――閉心術師と親密になろうとするなど、狂気の沙汰としか思えん。
 騙されている可能性もなきにしもあらずだ」

「確かに、彼の心ははっきりとは分からないわ。でも、そうなら、世の中の閉心術師とは誰も付き合ったらいけないというの?」

「それが、「セブルス・スネイプ」だから、全くもってまずい」


ムーディは、見せつけるように大きく溜息を吐く。
の中に小さな苛立ちが芽生えた。


「危険性は心得ているつもりよ。それに、今まで、彼が私の心を覗こうとしたことはなかった」

「後付けの理由か。苦し紛れだな」


鼻で笑うムーディ。
は、テーブルの下で、痛いくらいに拳を握った。
ここまで、師匠を憎らしく思ったことは――いや、あったな。

は思考を元へ戻し、何とか納得させようと脳を絞る。
しかし、元々「どうして好きになったんだろう」というところから始まった関係を、論理的に解説することは出来ない。

セブルスとの関係は感情的なものだと、自分の中で再認識する。
危険性が高いことは、自分自身分かっているつもりだ。
でも――私はそれに賭けることを決心していた。


「彼は私のことを認めてくれるの。それに……」

「それこそ、騙されているのに違いない。よくそんなに簡単に、人を信じることが出来るな」

「信じる、じゃなくって、信じたいと思ったから。アラスター、貴方だってそう思ったことがあるでしょ?」

「――ないな」


しばし考えた後、ムーディは飄々と答えた。
ガクリとの首はうな垂れた。


。お前のために言っている。
 一時の感情に流されて後で辛い思いをするなんて、もう懲り懲りだと言っていただろう? どこで食い違った?」

「一時の感情に流されない人生なんて、つまらないものだわ」

「ほう。よく、スネイプはお前を言いくるめたようだ」

「違うわ。間違いなく、それには私の意志が伴ってる」

「ならば、それは「洗脳」と呼んだ方が良いか」


は唇を噛んだ。
アラスターが、私のことを思っていてくれるのは分かっている。
以前の私が考えていただろうことを、ありのままに言ってくれるからだ。

私は恋に、愛に、浮かされている。
でも私だって、何の考えもなく浮かされたわけじゃない。


「アラスター、私は、決めたの。貴方ほどのものを見極める力はないかもしれないわ。
 でも、私は彼と一緒にいたいって思ってる。それで痛い目にあっても、それは――」

「だから言っているだろう。それが元で、情報が漏れたらどうする?
 お前一人で手に負えるのか? それなら、わしは何も言わんが」

「――アラスター!」


嘆願するような声が出た。

胸が痛かった。
闇祓いとしての正論が怖い。

でも、認めてもらいたいという浅ましい欲望が、胸の中で沸いている。
一度知った快楽は逃がせない。
しかし、そういう理論を師匠は認めてくれないだろう。

そう思う一方で、の中では理性とは別の部分で確かな苛立ちが積み上がっていっていた。
師匠へ向けられた、怒りに染められた真っ黒な苛立ちが。


「別れるんだ。あんな小僧、お前が取るに足らん。リスクが大き過ぎるし、あいつ自身何を考えているのか分からん。
 ダンブルドアも、どうしてあんな奴を雇っているのか……」

「貴方は、セブルスの何かを知っているの?」

「知るも知らないも、あの悪党がまともな奴とは思えん」


ムーディは汚いものを吐き出すかのように言った。

一瞬、心臓がぎゅっと縮まったようだった。
そして、の頭と胸の中で、何かがパチンと弾けた。


「――知らないのに、彼を貶めるようなことを軽々しく言わないで」


声は、通常のものよりいくらか低かった。

ムーディは、が静かに立ち上がるのを見た。
表情は冷静そのものだったが、目はそうではない。
目は、静かな怒りを湛えて、ムーディを見つめていた。

弾けた膜の中から、痛いほどの感情が四肢へと伝わって、流れていく。


「知らないのに、彼の全てを否定しないで。私の前で、そんなことを言わないでよ」


最後の声は微かに震えていた。
テーブルの上で、拳がピクピクと動いていた。

は、それを隠すように、マントの中へ拳を収めた。
目線を家の天井へと移す。


「私だって、一人で判断出来るわ。何もかも全否定しないでよ。どうして……」


どうして、分かってくれないの?

は酷く顔を曇らせた。
マントの中で、痛い位に拳を握っている。
声は、喉から絞り出したかのように、小さく震えている。

は小さく笑った。
それは嘲笑に似ていた。
目は、決してムーディを見ようとはしない。


「――そうね、私が馬鹿だったわ。別に、貴方にそんなことを認めてもらう必要はないもの。
 時間の無駄だったわ……貴方とは何の関係もないのに。貴方に許可を請うだなんて、馬鹿みたい」


は黒いマントを払った。
苦々しく、決別するかのように、言葉を捨てた。


「貴方と私には、何の繋がりもないのに」


ムーディへ背を向ける。
そしてそのまま、は何も言わず真っ直ぐに家から出て行った。

ムーディは何の声をかけるわけでもなく、の背を睨み付けるかのように見送る。
同じ目でのいなくなった椅子を見つめ、食べさしの食事へ目を向けた。
ちらりとのいるだろう外へ、窓を見たが、すぐに視線を元へ戻す。

ドンとテーブルに肘をつき、頬を支えた。





家の外へ出たは、もう振り返るのも嫌なように、無表情で真っ直ぐに道を歩いて行く。
胸の中では、ぐるぐると苛立ちと憎悪が手を取り合って踊っている。
血の上った頭が痛い。

猛スピードで数分歩いた後、やっとは立ち止まった。
そして表情を崩す。
眉がぎゅっと寄って、眉間に深い皺が出来た。

額を揉む。
そしてその後、ちらりと背後を睨み付けるかのように見てから、姿を晦ませた。










*










「ちょっと……、どうしたの?」


トンクスが、ひそひそとキングズリーに話しかけた。


「……さあ……」

「さあ、って! キング、と長い付き合いなんでしょ!」

「長いが、今までこんな彼女の状況を見たことはない」


はデスクに座っている。
それに関しては特に変わったことではないのだが、彼女の仕事のはかどり方が半端ないのだ。
飄々とした表情で、彼女が嫌いなはずのデスクワークを黙々とこなしている。

羽ペンは絶えず動き続け、書類は高速で始末されていく。
からは何か近寄りがたい、独特のオーラが発散されているようで、周りの部員は彼女を避けていた。
何か、鬼気に迫るものがあるというか。


「キング、に何かあったか聞いて来てよ」

「どうして私が?」

「長い付き合いなんでしょ? それに、周りの闇祓いたちも不気味がってるし、このままじゃ業務に支障をきたすかも」

「――今の彼女に喋りかけろ、と言うのか」

「うん!」


邪気があるのか無邪気なのかは分からないが、にっこり微笑むトンクスに、キングズリーは心を決めた。
キングズリーはまるで獣に近寄るかのように、そろそろとへと近寄って行く。


「やあ、


の目が、キングズリーへ向けられた。
仕事の実地にいるわけでもないのに、目には迸る殺気があった。
キングズリーは内心汗を流した。


「随分仕事がはかどっているみたいだな」

「ええ」

「何かあったのか?」

「どうして?」


射止められるようなの視線に、キングズリーは彼女の師匠を思い出していた。
彼はよくこのような目をしている。


「いつも、書類仕事は嫌いだと言っていただろう」

「……そうね」


は、目線を書類へ落とした。
声は鋭く尖っているが、どこか元気がないのをキングズリーは感じ取った。
と思った瞬間、ギラギラとした獣のような目を向けられ、キングズリーは前言を撤廃しようと思う。


「アラスターと喧嘩してね」

「アラスターと、けん……喧嘩!?」


らしくなく驚愕の様子を見せるキングズリーへ、は小さく頷いた。
キングズリーは奇妙な叫び声を上げ、一瞬だけ部内の人々の視線が二人に集まった。


「そうなの。だから、ちょっと機嫌が悪いというか……殺気立ってるというか……腹の虫の居所が悪いというか……苛立ってるというか……」

「――本当に喧嘩をしたのか?」

「ええ」


キングズリーは驚愕を隠せない。
あの仲睦まじい師弟が、どうして?
過去、勿論いさかいをすることはあったが、どのような場合でもこのような次の日にまで長引くことにはならなかった。

しかし、その理由を今のに聞くことは出来なかった。
は妙に落ち着いているものの、目には隠せない感情が見え隠れしている。
昔から、彼女は激しい感情をあまり人に見せようとしなかった……。

キングズリーはをどう扱って良いのか分からず、とりあえず少し慰めの言葉をかけて、トンクスのもとへと戻る。
聞き耳を立てていたトンクスは、愕然としているキングズリーへ尋ねる。


「そんなに喧嘩をすることって珍しいの?」

「あの師弟は、前日どれだけ争っていても、一晩経てば、仲良く一緒に通勤してくる仲だぞ」

「二人とも単純なんだ」


トンクスは合点がいく。
と、同時に疑問が沸いてくる。


「じゃあ、並みのことじゃあこんな喧嘩にはならないよね。昨日、何があったんだろう……」

「聞くのか?」

「うん」


トコトコとへ歩を進めるトンクスに、キングズリーはまた驚愕して尋ねた。
明らかに壮絶な負のオーラが出ているへ、好んで近寄ろうとする人はいない。
トンクスの背中を見て、キングズリーは流石だと思った。


「他言して欲しくないらしいんだけど、恋人のことについて、言い争ったらしいよ」

「――なるほどな――」


キングズリーは、昨日の師弟の争いが目に現れるようだった。
喧嘩の原因は、「セブルス・スネイプ」だったのか。

修羅の場にいるかのようなの様子を見て、キングズリーは少しへ同情し、また少しムーディへ同情した。
二人ともの気持ちが分かるのだ。



























2009/1/24






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