18/ウィンキーの嘆き















ダンブルドアは、ビル、マクゴナガル先生、そしてマダム・ポンフリーに素早く指示を出した。
ビルは、アーサーと接触するために出発するらしい。
まさか、彼までがあの「不死鳥の騎士団」に所属していたとは知らず、は少し驚いた。

ダンブルドアは三人ともがここから出て行き、ドアが閉まっていることを確認した。


「さて、そこでじゃ。ここにいる者の中で二名の者が、お互いに真の姿で認め合うべき時が来た。
 シリウス……普通の姿に戻ってくれぬか」


またこの男か。
は、またもこの季節にこの男と顔を合わすことに、少しうんざりした。

ブラックは、ダンブルドアの指示で黒い犬から本来の姿に変化した。
隣の人がその瞬間にびくりと動いた。
何事かと彼を見上げれば、セブルスはこれ以上ない嫌悪の表情を見せていた。

……この黒犬がブラックだと認識していなかったのか。


「やつがどうしてここにいるのだ?」

「わしが招待したのじゃ」


セブルスは唸り、ダンブルドアは和やかに答えた。
それにしてもセブルス、貴方がここまでブラックのことが嫌いだとは、知らなかった。


「セブルス、君もわしの招待じゃ。わしは二人とも信頼しておる。
 そろそろ二人とも、昔のいざこざは水に流し、お互いに信頼し合うべき時じゃ」


昔のいざこざの詳細を、是非ともは聞きたかった。
ブラックも、セブルスに負けず劣らずの嫌悪の表情を見せていたのだ。

二人ともまんじりとせず睨み合っている。
その視線の間に、火花が見えたような気がした。
ダンブルドアは、珍しく苛立っている様子だった。


「妥協するとしよう。あからさまな敵意をしばらく棚上げにするということでも良い。
 握手するのじゃ。君たちは同じ陣営なのじゃから。時間がない。
 真実を知る数少ない我々が、結束して事に当たらねば、望みはないのじゃ」


同じ陣営――真実を知る数少ない我々――。
その言葉は、の胸に跳ね返った。

ブラックとセブルスは、ギラギラと睨み合い歩み寄って、一瞬だけ握手をした。
お互いの不幸を願っているかのような二人の握手に、は場所と時間をわきまえずに笑いそうになった。
二人ともが、相手に触れた手をすぐにゴシゴシと自分のローブで拭いていた。


ダンブルドアはブラックに指示を出した。
昔の仲間――リーマスなどに、に警戒態勢を取るように出発して欲しいと。

リーマスまでも騎士団に入っていたのか。
は、軽い眩暈に襲われそうになる。
ダンブルドア、そしてハリーの交友関係にある多くの人間が、不死鳥の騎士団に属していたのだ。

セブルスなど、死喰い人であった者の前歴は知っていたが、彼らのような何も犯罪を犯していない者たちの過去は、の知る所になかった。
なるほど、ハリーの親の友人たちは、皆揃って不死鳥の騎士団に属したということか。
第一次ヴォルデモート恐慌時、ムーディに言われるがままに動いていたは、あまりそういう知識に富んではいなかった。


「セブルス」


ダンブルドアはセブルスの方を向いた。


「君に何を頼まねばならぬのか、もう分かっておろう。もし、準備ができているのなら……もし、やってくれるなら……」

「大丈夫です」


何とも不思議な会話だった。
は、セブルスの目を見る。
彼は、こちらを見ることはなかった。

ただ、その目はダンブルドアの淡い目を見ている。
顔は、少し蒼褪めているように見えた。


「それでは、幸運を祈る」


セブルスはに目を向けることなく、そこから出て行った。
ダンブルドアは、心配げな顔でそれを見送った。

は、気のせいか左腕が疼くのが感じた。
――彼は、恐らく――。





その声で現実に引き戻され、は自分に声をかけた男に顔を向けた。
一年前に見たきりだった男の姿だ。
一年前より、彼は豊かな頬をしていた。


「ブラック……あれ? 貴方、もう出て行ってなかったっけ?」

「あんた、俺のことは眼中にないのか?」

「そうかも」


ブラックは頭をかいた。
そして、腕を差し出す。
は、彼が差し出したものを見た。


「やっと会えたな。ほら、やっと杖を返すことができる」


はまじまじと杖を眺め、ずっと逃亡生活を送ってきたらしい男の得意そうな顔を眺めた。


「で、貴方は他に持つべき杖を持っているの?」

「あ……」


顔を強張らすブラックを見て、はもう一つ非情な言葉を放つ。


「それとも、杖なんか必要がないほど、貴方は魔法に熟達しているの?」


この馬鹿。
目の前で、まるで尻尾を振っている犬がしゅんと尾を垂らす様に変わるのを見て、は肩を落とす。
よくこれで今まで逃亡し続けてきたものだ。
キングズリーが、彼を大きく手助けしていたのだろう。


「良いわ。あげる。返却は不可よ。もうとうに代わりは持ってるわ」

「ありがとう。
 この杖、最初にもらった時は相性が合うか不安だったんだが、いざ使ってみたら結構使い易くってさ。
 あんたがずっと使って学習してきた杖だから心配だったんだが……俺たちの相性は悪くはないらしい」

「それは良かったわね。じゃあ、それを持ってさっさとダンブルドアの指示に従って、リーマスの所へいってらっしゃい」


ひらひらと手を振るに多少物足りないものを感じたブラックは、満面の笑顔を曇らせた。


「あんたも、入るのか?」

「何に?」

「騎士団に」


はマントの下で腕を組んだ。
じっとブラックの顔を探るように見据えた。


「……それよりも、私は、リーマスや貴方やアーサーまでがそれに所属していたことに、驚きだわ」

「知らなかったのか? とうにそんなことは知ってると思ってた」

「死喰い人の事情には詳しいけど、それは存在くらいしか知らなかったわ」

「へえ。意外だな。それで――」

「貴方、ダンブルドアの指示に従う気があるの?」


呆れた顔をするに、ブラックははっと現在のこの身の状況を思い出した。
慌てて犬に変化したブラックは、ペロリとの頬を舐めて、医務室から出て行った。
それを見送ったは、手の甲で頬を擦った。


「シリウスといつの間に親しくなっておったんじゃ?」

「去年、色々ありまして」


が見上げたダンブルドアの顔は、苦笑していた。
ブラックとのやり取りを見られていたらしい。


「では、君はアラスターに従うと言うのじゃな」


確信を得た言葉に驚く。
ダンブルドアは飄々と、先ほどの大臣のへの質問の答えを持っていた。
ダンブルドアの眼鏡の奥の目がキラリと光る。


「その件については、後から話そうかのう。しかし、君の立場でコーネリウスに反発するとは、勇気のあることじゃ」

「……校長は、私に魔法省で、スパイのようなことをして欲しいんですよね?」

「君はわしに従わないのでは?」

「私のことを、面倒くさい駒だと思っていらっしゃるでしょう?」


は笑みを見せた。


「その件は、後で話し合いましょう。少なくとも、大臣は私を解雇することはありません」

「何故じゃ?」

「あの人は、私のことをボディーガードとしてとても信頼しています。
 貴方があんなことを大臣に言った後です。彼は、私を離すことはできません」

「相当な自信じゃのう」


ダンブルドアはクスクスと笑みを見せていた。
もにやりと微笑む。


「私は、あの人の弟子ですよ?」

「もっともじゃ」


ダンブルドアはマントを翻した。
に背を向ける。


「わしは、君の言葉を信じておるよ」


ダンブルドアは医務室から立ち去った。
は自分の左腕をちらりと見て、自分の杖を見つめた。
そして、周りにいた者たちへ振り返った。

ハリー、ロン、ハーマイオニー、モリー・ウィーズリー。
は頭を下げ、医務室から出て行った。















足は、無意識にそこへ向かっていた。
さめざめと泣き続ける屋敷しもべ妖精。
魂の抜けた青年。

そして、そこにはもう一つ生き物の姿があった。


「ニーズルが、主人に忠実な動物だったこと、忘れていたわ」


屋敷しもべ妖精から離れた所に、白い毛に包まれた生き物が座っていた。
黒い目は目の前の主人へ視線を注いでいる。
その顔は、には無表情にしか見えなかった。


「クラウチJr.が主人だったのね。……私が彼を捕まえた本人だと知って、私に飼われたの?」

(いや、偶然だ)


そう言いながらも、ニーズルの目はに向けられることはなかった。


「それを知って、復讐をしてやろうと思ったの?」

(――にコンタクトを取った。お前以外の魔法使いとは、意思の疎通はし辛い)


は、ずっとその部屋の敷居に立っていた。
その部屋に入ろうとはしない。
ただ、かつて自分のペットだと信じていたニーズルを、見つめている。


「……私が憎い?」


ニーズルは答えない。


「憎い相手にずっと飼われていた心地はどうだったの?」


ニーズルは答えない。
微動だにしないその小動物の身体。
ずっと、こちらに背を向けている。

私のことなど、眼中にないらしい。


「そう。どこへでも、好きな所へ行きなさい。貴方なら、どこへ行ったって大丈夫だわ」


初めて、ニーズルはへ振り向いた。
の感情を押し殺したような表情を眺め、ちらりとクラウチJr.の姿を眺め、その側ですすり泣いている屋敷しもべ妖精を見た。
真っ黒な目には感情は表れない。

ニーズルはくるりと方向を変え、の横を通って部屋から出て行った。
はそれを見下ろすことはなかった。

ニーズルが部屋から消えると、はクラウチJr.の元へ歩いた。
目下に見える、かつて最も憎かった男。
は膝を折って、クラウチJr.の前に座り込んだ。
そして、彼と目を合わせようとする。


「――どうして」


どうして、こんなことが許されようか。
そばかすの浮いた色白の青年は、二度とこちらを見つめることはない。
真実を喋ることはない。


「許せない」


逝ってしまうだなんて。
肉体だけを残し、向こうの世界へ逝ってしまうだなんて。

もう一度、こっちを睨み付けてみろ。
嘲笑してみろ。
その、憎らしい口でこっちに皮肉を言ってみろ。

罪を償うこともせずに、先に逝ってしまうだなんて、許せない。
後に残された人間に全てを押し付けるだなんて。

責任を取れ。
真実を話せ。
罪を償え。


「……罪を抱えたまま、逝くんじゃない……!」


座り込んだまま、感情のままに床を叩いた。
胸から込み上げる感情のままに、もう一度床を叩く。

目の前の男を睨み付ける。
こっちを見るんだ。
狂気に満ちたあの目で、こっちを見るんだ。

お前はとんでもないことをしてきたんだ。
何もしていない、まるで赤子のような顔をするな。
あれをなかったことにするな。

胸の中には、ロングボトム夫妻の現在の様子と、師匠の様子があった。
そして、彼がバーティを殺したという事実が胸を蝕む。


「……あなたは、坊ちゃまのことを嘆いてくださるのですか?」


目の前に、薄茶色の大きな目が見えた。
その目は溢れんばかりに涙を溜め、その頬には涙が今も流れていた。


「そうしてくださるのは、あなただけです」


わっと泣き出した屋敷しもべ妖精は、の胸に倒れ込んだ。
はそれを抱きとめ、戸惑って屋敷しもべ妖精とクラウチJr.を見た。

彼女の涙に、までもが動揺された。
じっと屋敷しもべ妖精を見て、その身体をそっと抱き締めた。
この屋敷しもべ妖精に、これ以外にかける言葉はなかった。


「――ええ。その通りよ」


屋敷しもべ妖精は、また大声を上げて泣き出した。
の胸は不思議に軋んだ。
自身、それに戸惑った。



























2009/3/20






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