夜通し土を掘ったが、彼の遺体が見つかることはなかった。
夜が明けてやって来た捜索部隊と共に、クラウチJr.が語った遺骨を埋めた場所を、ひたすら探した。
やっと見つけた腕の骨から身体全体を掘り出すと、骨一つ余さずに、成人の男の姿が出来上がった。
もちろん、肉はついていない。

ブルーシートの上に出来た、人体模型のような綺麗な骸骨を見下ろす。
土を払えば、それは白い色を露出させた。
は側に腰を下ろし、目を伏せ、祈った。














20/老兵たちの歓談














側で、若い魔法使いが涙ぐんでいた。
バーティの部下なのだろうか、それとも親戚なのだろうか。
には判別する手段がなかった。

全員で黙祷を捧げてから、部隊の隊長がの元に歩み寄ってくる。


「Ms.ですね?」

「はい」

「大臣から通達です」


封筒を受け取る。
は、隊長に小さく頭を下げた。


「今まで渡すのを待っていてくださって、ありがとうございます。
 大臣は……すぐに私にこれを渡すよう、言っていたでしょう?」

「物事には順序というものがあります」


そう言ってはにかんだ彼を見て、やはり大臣から手が回っていたと確信した。
もう一度彼に感謝を述べて、は封筒を小さく開けた。

今すぐ日本魔法省へ行き、残っている仕事を全て終わらせて英国魔法省に戻って来ること。
戻って来た後は、事後処理のために学期が終わるまでホグワーツに滞在すること。

手紙を畳み、封筒へ入れた。
先ほど、クラウチJr.は特殊部隊の手によって、アズカバンへ移送された。
アズカバンには、死の接吻を施された者が死を待つための場所があると、噂に聞いたことがあった。

はもう一度クラウチの遺骨を目に入れ、目礼してからその場を去った。
私には、やらなくてはいけないことが沢山あるようだ。

だから……バーティ。










*










「本当に、申し訳ありませんでした」


は潔く頭を下げた。
目の前には、が英国へ持って行ってしまった拳銃を眺めている、壮年の男性がいる。


「もう良いよ。外人は謝る言葉をあんまり言わないと聞くが、あなたは日本人以上にペコペコ謝るな」

「……「外人」でも、結局はその人の性分だと思うのですが」


男性はじろじろと拳銃を眺めていた。
は内心、冷や汗タラタラだった。
発砲したのを悟られているのかもしれない。
流石に、どれだけの弾を打ったのか把握されていないだろう、と軽く考えていたのだが。


「こりゃ、使い物にならんわ」

「えっ!?」

「血のりがべったり。そういう時はね、分解して中から拭く必要があるんだよ」


発砲し、血を浴びたことを簡単に悟られてしまって、は血の気が引いた。
これ以上複雑な問題を起こしたくはなかった。


「人を撃った?」


ここで嘘を言っても、自分が後々後悔するだけだとは思った。
それに、嘘を吐いても、目の前の彼に簡単に見破られてしまいそうで恐ろしい。


「……はい」

「イギリスってそんな物騒な国だったかな」


黙るを、男性はゆっくりと眺めた。
彼女と初めて会ったのが、彼女が初めて狙撃訓練をした時だった。
あれから一週間も経ってはいない。
まさか、初めて渡した銃を持ち逃げされるとは思ってはいなかった。


「私は、元々非魔法族の警察に務めていてね。その伝で、ここに所属したんだよ。
 元々妙な力を持っているとは薄々感じていたが、まさか魔法使いなんかと関わることになるとは思ってなかった」


黒いマントを着た、「魔法使い」のイメージそのままのが目の前にいる。


「しかしまあ、魔法界は物騒なとこだ。君らのその杖が、拳銃より物騒な武器になるんだって?
 だから、これをあんまり過大視していないのだろうが……」

「違います。私にとっては、この武器の方が恐ろしいです」

「どうして?」

「この冷たい金属が、人を打ち抜くことが出来るなんて、恐ろしいです。
 少なくともこの杖は、私に殺意がない限り、人を殺すことが出来ません。それに、そんなに無機質で冷たいものではありません」


男性は、物珍しいものを見るような目で、の腰にささっている杖を見た。
十分それも冷たいものに見えるが……彼女たちにとっては、この杖は半身に似たものなのだろう。


「でも、今回はそれに助けてもらいました――」

「あなたはどういう状況に陥ったのか、個人的にはとても興味があるが……あんたにとってはいい迷惑か。
 それに、ややこしいことになってるんだって? Ms.


にやにやとした男性に、は意表を突かれる。


「私のところのボスがね、そんなことを言ってたよ。私も詳しいことは知らないが、大変だな」

「それは……」

「大丈夫だ。そんなに辺りに節操なく言い触らすようなボスじゃない。私もこれ以上のことは知らない。
 ボスが待ってるよ。ここでの仕事はもう終わらせたんだって?」

「はい」


男性は座っていた足を組み換えて、ちらりと眼下の使い物にならなくなった拳銃を見下ろした。
くるくると持ち手でそれを回す。


「餞別として、この件は揉み消しておくよ」

「本当にありが――」

「いや、冗談だ。本当は、英国魔法省からそうしろと弾圧が来てるだけだよ」


は、彼を目の前にしてから、初めて顔を引き締めた。
男性はの表情に少し驚いた。
そうか、彼女は本当はこんな顔をするのか。


「詳しくは、ボスと話して。魔法省相手に楯突く勇者を、私はささやかに見送るよ」

「……ご迷惑おかけします」

「イギリスに苛められるのはごめんだ」


男性はケラケラと笑って、を部屋から追い出した。


「またこの辺りに来たら、声をかけてよ」

「――いつになるか分かりませんが」


男性は、煙草に火をつけ、くわえた。
は渋い顔で部屋から出て行った。





全ての書類を提出し、彼はそれをぱらぱらと捲る。
英国で言うなら、彼は魔法法執行部の部長の役割を担っている。
先ほど会った男性のボスは、彼である。


「これで、君のここでの滞在中の仕事は終了です。ご苦労様でした」


書類をとんとんと整え、封筒に入れる。


「それにしても、急なこの事態に、よくこんなに早くまとめることが出来ましたね」

「用意周到に準備してきたので」

「この事態を予想していたのですか?」

「いいえ。全く」


彼は、の顔をじっと見つめてから、机の引き出しから日刊預言者新聞を取り出した。
何日か前のものらしい。
日本への配送へは、何日か時間がかかるのだ。
もっとも、最初は日本へ預言者新聞を配送することが可能な現実に、は驚いていた。


「三校対抗試合の結果は、ごく小さな記事で記されていました。優勝者だけを報じているだけです。
 明らかに政府の手が加わっています。今まで、大々的に試合の様子を報じてきましたからね。とても不自然です」


は勘の良い彼を呪った。
彼は、また机から何かの書類の束を取り出した。
それを、へ差し出す。


「そのすぐ後にこちらに送られてきた書状です。
 君についての、英国魔法省から日本魔法省への指示が書かれています。目を通しますか?」

「……私が目を通すべきものではないでしょう。それに、大概、予想はついています」


思い切った彼の発言に、は苦笑した。
裏事情をこちらに見せるんじゃない。
また、彼はそのようなの様子もまじまじと眺めている。


「このような高圧的な英国魔法省の対応は、初めてでした。
 君について、君が持っていた拳銃の件を揉み消し、先ほど君がいきなり英国へ帰ったのは、英国魔法省から召集されたからだということにしろ、とね。
 そして、君をすぐさま英国に帰せと言う」

「そんなに……端的な言い方をなさらなくても」

「人を撃ったそうですね」


彼がそのことを知っているのは、当然のことだった。
はゆっくりと頷く。


「はい」

「心配なさらずに。この件に関しては、必要最小限の人数で動いています。
 もっとも、それも英国からのご指令なのですが」


彼はまた口を開ける。
言わなければならないことを、今言い切ってしまおうという勢いだ。
確かに、この機会を除けば、彼とが言葉を交わす機会はもう存在しないかもしれない。


「それと、後私が知っていることは、君が姿を晦ました時、君は左腕の刺青を痛がっていたということです」


は初めて狼狽した様子を見せた。
身体を咄嗟に動かし、マントがゆらりと動いた。
彼は、目を細めた。


「大丈夫。英国からの指令です。君のあの時の行動は、なかったことにしろとね。他言したらどうなるか……。
 君も知っているように、我々は、英国に対抗する術をまだ持ち合わせてはいません」


その刺青の意味を知っていそうな彼を、は無意識に睨み付けるように見ていた。


「Ms.。大丈夫です。私は、英国に関与しようなどと思いません。
 どうやら、今この国は内部で混乱しているようですから。とばっちりは食いたくありません。
 もし関与する時があるのなら、日本がもっと国力を持った時です」

「どうして混乱していると思うのですか?」

「君の存在を揉み消そうとする英国の態度、血に濡れた拳銃、政府の手の加わった報道……材料は沢山あります。
 君に、それを一つ一つ説明する必要がないと思いますけれど」


つまり――。
彼は言葉を続けた。


「我々は、貴方が英国に帰った時から、一切英国には関与しません。あちらも、それをお望みです」

「……賢い選択です」

「欧州は恐ろしい所だ」


彼は、一年間仕事を共にしたを、もう一度眺める。


「何かやらかしてきたんでしょう? 君の性分から、薄々は予想出来ます。
 君の意思は固過ぎる。まあ、魔法省大臣を怒らせていなければ、どうにかなるでしょうが――ああ、怒らせたのか」


の表情で、彼は瞬時に察した。


「いえ、怒らせた……までは……」

「どうりで、英国からのあの指示だ。ようやく納得出来ましたよ。
 そうすると、英国の混乱はますます現実味を帯びたことになりますね。
 もう少しタイミングが良ければ、その隙に付け入ることも出来たかも……あ、今のは冗談ですよ」

「もう少し立場をわきまえてください」

「他国の人間にそんなことを言われるとは思わなかった」


彼はくすくすと笑った。
の書類を収めた封筒を、やっと引き出しの中に仕舞う。


「これ以上君を引き止めていたら、また英国からうるさいお達しが来るかもしれない。そろそろ出発していただけませんか?」

「引き止めていたのは誰ですか?」

「そう言わずに。君には一年間お世話になったのだから、礼を言うのが礼儀ってものでしょう」


いつ礼を言われていたのだろう?
彼はにこにこと微笑んでいた。


「また気が向いたら、職場に花を添えに来てもらえますか?」

「……私は何の花なのでしょうか?」

「そうですね。下手ですが、薔薇でしょうか。うかうかと近寄り過ぎたら、刺されてしまう」


は大きく息を吐いた。
やはり、私に棘は欠かせないものらしい。


「調子に乗りすぎて魔法省に消されないように、頑張ってください」

「物騒な励ましのお言葉、ありがとうございます」


ここは、日本は、こんなにのん気なものなのに。
英国に戻ったら、もうそこはすでに戦場だと思わなければならない。
戦争は暗く始まっている。

は、彼ののん気な笑みに、少しだけ励まされた。
どんな形であれ、少しでも私の無事を願ってくれる人がそこにいる。










*










に怒られたんじゃ。自分に謝られても仕方ない、とな。君本人に謝ってきて欲しいと」

「当然だ、アルバス。お前には失望した」

「だからすまなかったと何度も謝っておる」

「謝ったところで、何がどうなる?」


ダンブルドアは、完全にへそを曲げているムーディを目の前にしていた。
彼の義眼と義足は、側のテーブルに置かれている。
ダンブルドアは側の椅子に腰掛け、嘆息した。


「君の弟子との会話は、とても刺激的だった」

「やはりまた生意気なことを言ったのか? は」


ムーディは言葉に反し、とても楽しそうな笑みを浮かべた。
先ほどまでのへその曲がり具合はどこへ行ったのだろうか。
ダンブルドアの目論見通りだった。


「君の若い頃を通り過ぎて、何故か彼女がアンジーと被るのじゃ」


ムーディは、その名に少し表情を曇らせた。


「見た目も、声も、似ている所は見当たらないのに、ふとを見てアンジーを思い出しての」

「お前相手に生意気な口を叩く人間はそう多くはないぞ」

「そうじゃな。先ほどコーネリウスと口論はしたが、彼女たちとの会話はそれではない。
 君の一門がわしを見る目は、また別種のものじゃ。君の一門がわしを見る目はどれも似ておる」

「何だ? はお前のことを、鬼畜だと罵ったのか?」

「同等のことを言われた気がするよ」


ムーディは低く笑った。
ダンブルドアは、彼をしらりとした目で見下ろした。


「わしとコーネリウスの会話は聞いておったのか?」

「ああ」

「では、とコーネリウスとの会話も?」

とお前の会話も聞いた」

「それでは、もう分かっておるのじゃな」


ダンブルドアは、目下のベッドに寝ている患者に向かって、唇の端を上げた。


は君だけに従う」

「……騎士団に入ったのか」

は、君にどこまでもついて行くじゃろう」


ムーディは憂うように目を細め、大きく溜息を吐いた。
目玉のない眼窩に無意識に手を当てる。
元来の目で、ムーディはダンブルドアを強く見上げた。


「アルバス」

「何じゃ?」

を捨て駒にするな」

「捨て駒? わしはそのようなものを――」

「偽善は良い。わし相手にそんなものを振り翳すな。お前の性根は、大概分かっているつもりだ」


ダンブルドアは苦笑を漏らした。
随分、彼には辛い評価をもらっているようだったが――それがなまじ間違いと言えない自分がいる。
歳は彼よりも取っているはずなのに、成長のしない自分を思い知る。

先ほどのの言葉と、かつてのアンジェラの言葉、今のムーディの言葉が重なる。
他の者たちとは違い、彼らはいつまでも自分に警告を与え続けてくれた。


「彼女がそれに甘んじるとは思えん。は、君の言葉に忠実に振舞っていた。
 がホグワーツに来る前に、わしに注意しろと警告しておったようじゃな。わしが何と言っても、彼女は自分の意思で全てを判断するじゃろう」

「役に立たない駒か」

「彼女の能力は、役に立たないとは言えぬ。たとえ、それが使いづらい駒であってものう」

「闇の印を持ち、大きな魔力を持つ闇祓い。有用価値はある」


その闇祓いの師匠であるムーディを、ダンブルドアは見下ろした。
彼の性根も分かっているつもりだった。
しかし、が彼の元にいるようになってから、彼は少し変わったようだった。


「アラスター。彼女の魔力はいか程のものなのじゃ?」

「魔力の抑制を解くことは、彼女が闇祓いになってからほとんどない」

「わしに匹敵すると思うかね?」

「知らん。そういうことは、本人に訊け」


ムーディは何も言うつもりはないようだった。
まるで、そのことをダンブルドアに知らせまいとしているようだった。


「魔法省から、は学期末までここに滞在すると連絡が来た」

「わしの見張りか」

「魔法省は、これ以上君が何かをしでかすのを防ごうとしておるようじゃ」


ダンブルドアは混じり気のない笑みを見せる。


「嬉しいのう」

「……アルバス、それはどういう意味だ?」

「君は嬉しくないのかね?」


ムーディは黙った。
ダンブルドアは珍しいものを見たと思う。
今のムーディの表情は、彼が昔アンジェラ相手にしていた表情にそっくりだった。


「君ととの関係には妬けるのう。相思相愛の鏡じゃ」

「アルバス。その言い方は……」


何か下世話なものを含んでいるのではないかというダンブルドアの言葉。
ダンブルドアまでもが……。


「冗談じゃ。なに、君がまさかまるで保護者のような役割を担うことがくるとは、夢にも思ってはいなかったのでな。
 ……しかし、実際は……」

「わしのことを今、あんなに心配してくれたのはだけだ。お前さえ、冗談半分でわしの目の前にいる。これで説明は十分か?」


ムーディとアンジェラの関係について、ダンブルドアは博識だった。
そのことを前提にしてとの関係を考えてみれば、ダンブルドアはたちまち下世話な関係を思い描いてしまう。
この異常な師弟愛の本質は何なのだろうか。


「実際はどうなのじゃ?」


ダンブルドアまでもが――ムーディは、頭をかきむしりたい気持ちに襲われた。


「娘だ。それ以外の何者でもない。あんなに手のかかる奴は、他にいない。
 それに、お前なら知っているだろう? はスネイプと……」

「君たちの喧嘩の原因かね」


ムーディは忌々しいことを思い出す。
こんなことを自ら口に出したくはなかった。
見てすぐに分かるムーディの不機嫌さに、ダンブルドアは微笑んだ。


「そうだったのう。そのことをとんと忘れておった」


この糞爺。
ムーディは胸の中で呟いた。


「アラスター。君は変わったのう」


ムーディはぴくりと眉を上げた。
善人面をしたダンブルドアがそこにいる。


「アンジェラが死んでから、君は一匹狼で通していくだろうと思っておった。しかし、今はもう立派な師じゃ」

「ひどい言い草だな」

「まさか、君がアンジェラやマーガレット以外の他の誰かをここまで寄せ付けるとは、思ってなかったのじゃよ」


ダンブルドアには、下手に過去を知られている。
ムーディは嘆息した。
現時点でここまで自分のことを知っている人物は、ダンブルドアだけだ。


「もういいだろう。その話題は」

「そうじゃのう」


ダンブルドアは手を差し出した。


「では、アラスター。またわしに協力してくれるかね?」

「愚問だな、アルバス」


ムーディはベッドの中から腕を上げた。
ダンブルドアの手と握手をする。


が騎士団に入ったところで、わしが入らないという選択肢はない。お前の魔の手から守らねばならん」

「わしとの友情はどこにいったのじゃ?」

「友情? そんなものはどこに存在していた?」


君は――。
ダンブルドアは呟く。
君は、いつまで経っても変わらない。


「ありがとう」


ダンブルドアは身を翻した。
ベッドを囲っているカーテンに手をかける。
ダンブルドアはムーディへ振り返った。


「それで、君たちの喧嘩の原因の精算は終わったのかね?」

「……まだだ」


ダンブルドアは笑みを残して、ベッドから去って行った。
ムーディはとても居心地の悪そうな顔で、ベッドに横たわっていた。



























2009/3/22






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