決断をしたのは、七年生になろうとする夏だった。














04/目指すもの














ユリアはうんと背が伸び、以前よりは大人びた容姿になっていた。
顔立ちは整ってはいるが、まだその背は同級生の平均には足らず、幼く見える。
長い黒髪は相変わらずだった。

幽霊は、ユリアが見ているものを覗き込んだ。


「――闇祓いになるつもりなのか?」

「ええ」


闇祓いの資格のための要綱が、ユリアの手に握られていた。
答えるユリアの目は落ち着いていた。


「貴方に感化されたわけじゃないから、安心して」

「ヴォルデモートから逃れるためには、これが一番妥当だから、か」

「……それもあるけれど、それだけでもない」


考えた結果、それが一番自分に相応しいような気がしたからだ。
死喰い人との関連を切ろうとは、思わなかった。
それが自分のアイデンティティーに繋がっているからだ。
そこをなくしたら、自分が自分でなくなるような気がした。

そして、両親をそのような道へ誘ったヴォルデモート卿に、憎しみを覚えていた。
その憎しみが、死喰い人という組織へと広がって行き始めてもいたのだ。

だから、この選択が一番良いと思った。
能力から考えても不可能ではない。


「どうするつもりだ?」


ユリアはその質問を待っていたかのように、言葉を放つ。


「とりあえず、名前を変えるわ」

「下手な小細工が通じると思っているのか?」


闇祓いであった幽霊が言うのは、正論だった。
ユリアは押し黙る。


「……何もせずに闇の印をつけられて死喰い人に加わるより、何かをした方がましだと思う。
 少しでも時間稼ぎになるかもしれないし、もしかしたら幸運が訪れるかもしれない」

――随分憶測に富んだ計画だ」


幽霊は、要綱に走り書きされていた名前を読んだ。
ユリアは苦笑した。


「綿密な計画を練るには、私は若過ぎるとは思わない?」

「自分の運命を決めるのに、軽々し過ぎるんじゃないかと思っただけだ。気にしないで欲しい」

「運命がここで決まる、とはまだ言えないわ」


ユリアの囁くような一言に、幽霊は意表を突かれる。
しかし、次にユリアが言った言葉でその意表が崩される。


「それで、見た目も変えるの」

「……うまくいくか?」

「あら、呆れてるの?」


ユリアは見た目に明らかに呆れている幽霊を、細目で見送る。
そんなものでうまく欺けるはずがない、といった風情の幽霊。

ユリアは前髪を上げ、長い髪を後ろでくくるように手で持った。
長い髪が背に隠れる。


「案外、君は中性的な顔つきをしているんだな」

「そうなの。それで、長い髪をばっさり切ったら少しは誤魔化せるかもしれない」

「世間を甘く見すぎているね、お嬢様」

「ええ」


屈託なく言った時、ユリアは笑んでいた。

幽霊は舌を巻く。
なんともこの数年で性格が達者になったらしい。


「……本気なのか」

「うん」


ユリアは日刊預言者新聞を見下ろした。
幽霊と出会ったあの時から、毎日欠かさず読んできた。

そうしている間に、どうやら私は闇祓いというものに畏敬の念を持つようになっていた。
死喰い人に、軽蔑の念を抱くのと同時に。


「貴方が七年前に思い描いたように、私はなっているかしら?」

「思い描いていたより、随分と無茶なお嬢様になってしまったようだ」

「何もしないお嬢様よりましだわ」

「それで、決行日はいつかな?」

「来年の、卒業して帰ってきた日の夜。出来る手筈は整えておくつもりよ」

「闇祓いの試験に受からなかったらどうする?」


ユリアは吹き出した。
幽霊は心外そうな顔でいた。


「その時は……私が、今までつちかってきた闇の魔術に対する防衛術の力を発揮する時だわ。大丈夫。なんとか、しがみつくわ」

「自信過剰だ」

「貴方も私の力は分かっているはずでしょ?」

「場所が変われば、どうなるか分からないと思うが」

「どうして?」

「……まあいい。それは、浮き世を離れた私に言える言葉ではないかもしれない」


ユリアは、一年後の計画に胸を躍らせていた。
新しい形で両親と対面出来るかもしれない。
その時、両親は――もしかしたら私の行ったことに同意してくれ、死喰い人を止めてくれるかもしれない。

後から考えたら、とてもありえない甘い考えだった。
しかし、その時のユリアはこのことを真剣に考えていたのだ。

そして、憧れの対象だった闇祓いに加わることが出来るかもしれないという淡い期待が、ユリアの胸の中で燃え立っていた。
闇祓いが正義だと、信じて疑わなかった。
目の前にいる幽霊の彼女がそうであるように。

幽霊はふと笑んだ。


「では、もし、その時にアラスター・ムーディに会ったら、その時はよろしく伝えておいて欲しい」

「貴方の名前も分からないのに?」

「……そうだった。失言だ。忘れてくれ」


ユリアは訝しげに幽霊を見つめた。
しかし、幽霊はあやふやに微笑むだけだった。
先ほどの嬉しそうな様子は、もう見せない。

それ以上幽霊に追求することは出来なかった。















この年のユリアの家への帰還は、いつもと違うものとなった。
ユリアはどこへも就職をする気も見せておらず、両親は彼女がすぐに死喰い人になるものだと信じていた。



























2009/1/21






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