05/例のあの人














家に帰って来たユリアは、すぐに準備をし始めた。
マントとブーツ、ローブを準備し、それを身に付け始める。
黒く長い髪はそのままだったが、それはすぐに切られる運命にある。

幽霊は何も言いはしなかった。
ただ、外をちらちらと気にしていた。


「――ユリア」

「何?」

「両親は今日について何か言っていたか?」

「いいえ?」


幽霊は顔を引き締めていた。
ユリアは今まで見たことのない彼女の表情に、少し背に寒気が走った。

その時。
ユリアの感覚が、何かを掴んだ。
その途端に。


「ユリア。そこを動いたら怒るよ」

「な――!?」


幽霊は初めてこの部屋から外へ出ようとした。
ユリアは慌ててそれについて行く。
そんなことをしたら、この部屋にかけていた幽霊の気配を消す魔法が効力をなくしてしまう。


「すぐに行け!」


叫び声に身を跳ねさせた。
その時、ユリアの感覚が禍々しいものを掴んだ。
それも加わって、ユリアはその場に立ち尽くしてしまう。

何とか杖を手に持った。
こんな感覚は初めてだった。
とても気持ちが悪い。
こんな魔力を持つ魔法使いを、私は始めて知覚する――。

これは、きっと、あの人に間違いがない。


「早く行くんだ!」


幽霊の言葉も耳には入らなかった。
自分の帯びる魔力に少し似ているが全く違う、その魔法使い。
私のものよりももっと黒く、深く沈み、強大だ。

その者が帯びる気配にあてられたように、ユリアは立ち尽くしている。
その姿が目に見えた時、はっと正気に戻った。
真っ黒なローブに身を包んだ、禍々しく輝く赤い目をした、長身の男性。

その人物は、二人の魔法使いを伴って、その一瞬でユリアの前に現れた。
姿現しを使ったのだと分かってはいたが、ユリアは足がすくんだ。
冷や汗が背を流れた。

ヴォルデモートはユリアを見る前に、ユリアの前に立ちはだかっている幽霊へ目を向けた。


「懐かしい姿だ。まさか、貴様にここで会えるとは思ってはいなかった」

「私もだ。ヴォルデモート卿」


ヴォルデモートは、まるで懐かしい友人と出会ったかのように幽霊へ挨拶をした。
ユリアはそれに仰天する。
幽霊の言葉は先ほどまでの態度とは裏腹に、穏やかなものだった。


「何かユリアの周りにかすかにいるとは思っていたけれど、貴方だったのね、アンジェラ」


母は腕を組んで言った。
その腕には杖を持ち、死喰い人の黒いローブをすっぽりと被っていた。
母はヴォルデモートの隣に立っている。


「気づいていたのなら、どうして対処しなかったのだ?」

「……家を空けている時が多かったんです」

「そうだった。俺様がお前をよく英国へ呼んでいたのだったな」


ヴォルデモートのもう片側にいる父は、何も言わなかった。
ヴォルデモートは嘲笑を見せた。


「まさか、あの闇祓いが死に損なっているとは思いもしなかった。それで、この娘を手懐けたわけか?」

「手懐けてなどいない。ただ、道を示しただけだ」

「死喰い人にとって大きな力となるだろう存在を、死喰い人に加わらせまいとしていたわけか。
 死んでからも、なんと愁傷なことだ……余程、闇祓いという職業に心頭しているらしい」


ヴォルデモートは杖を振った。
ユリアは、その魔法に大きく反応した。
それは、磔の呪文だった。
ヴォルデモートの両脇にいた両親が、同時に床へ屈み込む。


「やめて!」


ユリアは無意識に杖を振るっていた。
ヴォルデモートは、それを軽く受け止める。
両親の苦痛にうごめく影が止まった。


「――なるほど。鍛えれば、使えそうな娘だ。お前がこの娘を是非に、と言ったわけが分かった」

「それは……光栄です」


息も絶え絶えの母が、呟くように言う。
まだ両親は地面に膝を着いていた。

ユリアは、目の前の光景に胸が刺されそうだった。
そして、無意識にヴォルデモートを敵意を持った視線で見上げた。


「威勢の良い子だ。さっきまでは、その場に立ち尽くしていたというのに」


ヴォルデモートは赤い目で、ユリアを余す所なく見据えた。
ユリアはそれに膝が震えそうになるが、その目に視線を合わせようとして――気づいて目を逸らした。
ヴォルデモートは、開心術の素晴らしい使い手だと聞く。


「少し頭の回転は遅いようだが、馬鹿ではないらしい」


そう言ってから、目を幽霊へと向けた。


「貴様は、この子を俺様からあくまでも守るつもりか?」

「そうだ」

「ゴーストの存在で、このヴォルデモート卿にたてつくとはな」


次の瞬間、幽霊はユリアの方に振り返った。
幽霊の表情は、今までになく必死で焦りをもったものだった。


「早く逃げろ!」

「その通りだ。彼女が、俺様にたてついている間にな」


ヴォルデモートは杖を振った。
ユリアが逃げようとした瞬間、部屋に目も眩むような緑の閃光が満ちた。
その一瞬立ち尽くし、閃光が消えた時に目を開けると、目の前にはヴォルデモートその人の赤い目があった。


「なるほど。魔法省に逃げ込むつもりか?」


考えを読まれた。
ヴォルデモートにきつく手首を握り締められる。


「それも、闇祓いになるつもりなのか」


手首の血が止まるかと思うほどに、強く力を入れられる。
母が意味の成さない声を上げて、信じられないといった目線でユリアを見た。

ユリアは目を伏せる。
目の前から赤い目が消えたが、変わらずに側にいる黒い魔力は恐ろしく強い。
そして、この場から幽霊が消えたことを確かに感じ取った。

自分に言い聞かせる。
落ち着け。
そうしないと、彼女も報われない……これ以上情けないことばかりはしていられない。
何か方法があるはずだ。


「あの女の言ったことを忘れ、改心するのならば、仲間に入れてやらぬこともない。貴様には見込みがある」


ヴォルデモートは、眼下にいる、自分の魔力に似たものを持った小娘を見る。
この魔力は殺すには惜しい。

ユリアは心を読まれるのを阻止するように、目をずっとつぶっていた。
そんなことをしても無駄であるのに。
もっとも、心からの忠誠を得られなくとも、研究材料になるだろうこの小娘を連れて帰る気は満々だった。

研究――不老不死の研究だ。

しかし、その前にこの小娘が何を言うかが気になっていた。
それによって扱いが多少変わってくる。
ヴォルデモートは彼女の心を読むことをしなかった。
そうするに取らない存在だからだ。

ユリアは目を伏せたまま、床に膝を着いた。
ヴォルデモートの足元に跪く格好をとる。
長い髪の毛が地面に着いた。


「……忠誠を誓います。
 今まで私が行ってきたこと、全てをお許しいただけるのならば、是非とも貴方の手駒としてお使い下さい」


少女の若い声が響いた。

ヴォルデモートは笑んだ。
良い実験材料が手に入ったのだ。
その忠誠心を開心術で確かめることなく、ヴォルデモートはユリアの左腕を捲り上げた。

ユリアは冷たいものが腕に触れたのを感じた。
ヴォルデモートの指だ。
そして次に、何か固いものが触れる。
これは、恐らくは杖だ。

ユリアは手の平を握り締めた。
腕に熱が走り始めたのだ。
焼かれるような痛みが腕に走り、脂汗が額を伝う。

目をぎゅっと閉じてそれに耐える。
しかし、内心で、ユリアは数を数えていた。
絶好のチャンスを見つけるのだ。

一瞬、その腕を走る痛みがなくなった。

その途端、ユリアは目を開け、立ち上がる。

そのまま自らの杖を振って、姿を晦ませた。
その時一緒に放ったユリアの魔法の効果によって、その一帯に眩むような閃光が満ちた。















建物が壊れる音がとどろき、辺りが煙で満たされる。
しかし、次の瞬間、その煙は消え失せた。
ユリアの母が杖を振った。

三人の人影がそこにあった。


「あの子は――!」


母が苦虫を噛み潰すように言った。

三人とも無傷だった。
父は、何も言わずに家を修復し始める。


「……なんと。小娘にしてやられたか」

「我が君、今すぐユリアを追います!」

「待て」


ヴォルデモートの声で、母は足を止めた。
意外そうにヴォルデモートへ目を向ける。


「加わりたくないと言う者を、わざわざ追う必要はない。放っておけ」

「しかし――!」

「あの娘の行く先は分かっている。また会うこともあるだろう。それとも、ただ単に娘の行く先が心配なのか?」

「……そうです」


母は懇願するような顔をしていた。
ヴォルデモートは、隣にいる父へ目を向けた。


「申し訳ありません。娘の不始末は私が身に受けます」

「貴方だけにそんなこと……! 私がそれを――」

「二人とも、よい」


母は露骨に意外そうな顔をヴォルデモートへ向けた。
対して、父は表情を変えない。


「今回は許そう。なんとも、面白い娘を育ててくれた……今すぐに急ぐことはない」

「ありがとうございます!」


ローブを翻すヴォルデモートに、母はついて行く。
しかし、父はユリアの消えた場所をじっと見つめ、それからヴォルデモートの後を追い、姿を晦ませた。

父は、じっとヴォルデモートのマントの影を見つめていた。



























2009/1/21






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