時は、ヴォルデモート卿が「生き残った男の子」によって世から消え失せてから、おおよそ一年も経とうとした頃である。
場所は英国魔法省の闇祓い本部。
そこに、若くしてこの戦争によって名を知らしめた、若い魔女がいた。














01/はじまりの始まり













は戦々恐々で目の前の未完成の報告書の山を見ていた。
こんな時に限って――いや、あの人がいたってあまり状況は変わらないか――どっちにしても、あの師匠はまたどこかへフラフラと行ってしまっていて、当てにならない。

ある意味、ヴォルデモートが台頭していた時より、生命力の強いゴキブリを殲滅するようなこの作業は大変だった。
あちこちの死喰い人のアジトを片っ端から当たっていくのだ。
彼らももうこうなれば捨て身で、我武者羅で、無我夢中でこっちに襲い掛かってくるので、かえって身が危険なのだ。

昨日新たに作った右腕の傷をさすりながら、はデスクに向かっていた。
すると、その庇っていた所に外部からの鋭い刺激が。


「いっ……!?」

「あーあぁ、また怪我して。いつかアラスターみたいになるぞ?」

「じゃあ良くなるように労わってよ」


はズキズキと痛む腕をさすり、フランク・ロングボトムを睨み上げた。
彼ははつらつと笑っていて、は益々気分を害す。


「労わらなくたって、なら早く治すさ。それよりさっき聞いた話、闇祓いの試験に受かった奴がいるって」

「――本当?」


の驚いた表情に、フランクはにんまりと微笑んだ。


「あんな厳しい試験に受かるようなのは、自分しかいないって? 

「違うわ。ちょっと嬉しいだけよ」

「うん?」

「ここで最年少が自分じゃなくなる、ってことが」


は本当に嬉しそうにしていた。

そんなに新参者で肩身が狭かったのだろうか?、とフランクは思案したが、実力社会であるこの本部でがそのような思いをするはずはない。
それに彼女のことだから、きっとそれはそんな理由ではない。
多分、子供扱いされているのが嫌なのだ。


以来の難関の試験の合格者だな。彼も研修は免除されるらしいぞ。が前例だ」

「ああ、ヴォルデモート卿が現れてから、研修生の世話なんかみてられる暇ないし作られたっていうやつよね」


今になってそれがよく分かる。

後進の教育も必要なのは当然だが、あのような時勢の中で未熟な闇祓いを多く囲うのは、情報面からも人命という観念からも危ない。
下手に捕らえられて情報を吐露など冗談では済まなくなる。
それにそれは、きっと死喰い人の杖の格好の的となっただろう。

フランクがの真っ直ぐな目を見て、困った様に頭をかいた。


「いや、あれは、ほとんど誰も試験を通り抜けられないように難しくしてたらしいんだが……」

「え?」

「君が定めていた合格点を越した。それも満点近い点数で。取らないわけにはいかないだろう?」

「ん?」


は後進の教育とか、自分が深く考えていた事をないがしろにされた気がした。
何だ、単に、未熟な邪魔者はいらないだけじゃないか、この本部は。


「で、まさかと思って君の扱いを困ってたところ、クラウチが君をかって前例のない研修免除にしてから、このルールが暗黙の了解で作られたという……」

「……馬鹿みたい」

「俺もそう思う」


二人して大声で笑った。
その騒ぎに、本部中の闇祓いが何事かと見遣ったが、この二人が騒いでいると分かったら彼らは元の位置に視線を戻した。


「で、今回もそれに該当する奴が現れたってことだ。を前例に、同様に扱うらしい。だから、彼は俺につくって」

「師匠と弟子制度?」

「君が発案者のやつだ」


はからりと笑った。


「あれはそうならざるを得ない状況で――まあ、良いわ。でも、重大任務じゃない、フランク」

「野郎が来るのは気に喰わないがな」

「「彼」は男なのね」

「男ばかりの職場だって言うのに、またむさ苦しく……」

「学校卒業したばっかりで、若いなら、そんなむさ苦しくはないでしょ。それに貴方にはアリスがいるじゃない」

「それにが」


がはたと視線を上げると、まるで子供の様に頭を撫でられる。
確かに、は見かけが年相応には見えないので、あまりおかしい状況には見えない。
しかし、本人にとっては嬉しいことではないようだった。


「やーめーて!」

「はいはい。可愛いなあは」

「そんなことを言ってる間に、ネビルを迎えに行ったら!?」

「――忘れてた……!」


フランクは表情を豹変させた。
そしてはたと時計を取り出し、顔を青くする。

ネビルというのは、彼ら夫妻の息子だ。
会ったことはないが、写真を見せてもらったところ、どちらかと言うとアリスに似た可愛い赤ん坊だった。

しかしまあ、よくこんなご時世に、それも闇祓いの夫婦が子供を生んだことだ……。
とにかく、彼は一児の父なのである。


「あーあ。お母さんに怒られる。アリスにも」

「うるさい!」


は背もたれにもたれて、焦りに焦る彼を楽しげに見ていた。
今は残業時間にあたっていて、彼はただだらだらとここに居続けただけだったのだ。

フランクはあたふたと準備を整え、マントを払って、アトリウムの暖炉でも目指すのだろうか足早に本部を去った。

はにやにやとそれを見送ってから、自分の現実のデスクを見た。
もう嫌になる。
アラスター、戻って来い。
少しでも助けになってくれるのなら、藁でも縋ろう。

しかしまあ――。

は羽ペンを手に取った。
新人が一人入ってくるといって、変わることは、何もないんだろうなあ。

現実は羊皮紙の山だ。



























2008/12/31






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