10/終わりのかたちは














ウィルはマントを羽織り始めていた。


「行くの?」

「早朝から、ちょっと仕事があって。死喰い人相手のね」


は、彼の姿をじっと見ている。
ウィルはその視線に気づいた。


「ん? 行って欲しくない?」

「さっさと行ってきたらどう?」

「とてもらしい言葉だ」


顔色を変えないの前に歩み、ウィルは目線を合わせるように身を屈める。

二人ともまだ資料室にいた。
はそこに都合良くあった椅子に座っている。
いつものローブを着ているが、マントは側の机に広げられている。

二人の視線が合って、はふと眉を寄せて、視線を逸らした。


「一瞬、昨日のことが夢だったんじゃないかと思ったんだけど、その様子じゃあ夢でもなかったみたい」

「貴方が一番夢じゃなかったことを知ってると思ってるんだけど」

「なるほど」


ウィルは、の首もとのキスマークを目にした。
そこに触れ、の頬に手を触れる。
それはもう既に知った感触だった。


「良かった。夢じゃなくて」

「……」


は少し頬を染めていた。
駄目だ、また簡単にぶり返してくる。

ウィルはの様子をにやにやとして眺めている。


「じゃ、行ってくる」


ウィルはそう言い、に背を向けた。


「あ……」


は思わず声を出した。
反射的なもので、それにはまだ行って欲しくないというような響きが含まれていた。
そう言った自分に少しだけ驚きを覚えた。

ウィルはへ振り返った。


「……何か物欲しそうな顔してるな」


はその言葉を否定しようとしたが、ウィルがの目の前にやって来る方が早かった。
目線が合って、は思考がとろりとし始めたのを感じた。
昨晩の記憶が頭の中で回っていた。

逃げようと決して思わなかった。
規則的な鼓動が胸に響いている。

しかし、唇は頬に当てられ、それは音を立てて離れた。

驚いた顔をしているをウィルはからかう。


「じゃ、続きは帰ってからで」


はくすくすと笑い出した。
そして、おずおずと彼の身体に触れ、頬に触れるだけのキスをした。















それから、彼は戻っては来なかった。

その日の死喰い人との戦闘で、呆気なく彼は死んでしまった。
それも、その死喰い人は闇の印も持っていない魔力の弱い魔法使いで、その日に別の闇祓いが捕まえていた。
の向かう感情の先はなかった。

この職業は、そういうものであると、分かっていたつもりだった。
生死と隣り合わせだということは、経験からも、分かっていたつもりだった。

しかし、今までそれほど親しい者が亡くなったことがなかった。
周りにいるのは、魔法の扱いに特別に秀でた者ばかりだったのだ。

そのことに、初めて気づいた。















彼の葬式の日。
ムーディは、本部内で変わらない表情で仕事に励んでいるを見た。
ウィリアム・テイラーが死んだと聞かされた時も、彼女は人にそれほど動揺したところを見せまいとしていた――が、その動揺は隠し切れるものではなかった。

それから、周りの者はへ腫れ物を扱うような態度を見せ始めた。
しかしそれに対し、は一晩も経つといつもと変わらない仕草と表情を見せていた。
ムーディ相手にすら、家では以前と変わらぬ表情を見せていたのだ。


「――


ムーディは、書類の整理をしているへ声をかけた。
は何気なさそうに顔を上げる。


「葬式に行かなくても良いのか?」


アラスター・ムーディ、彼にしてはとても優しい口調だった。
一般的に見ればそれほどでもないかもしれないが。

しかしそれに対し、は平常の態度を崩さなかった。
顔をまた書類に戻し、手元は書類を捲っている。


「どうして?」

「……恋人だったんだろう?」

「恋人じゃない!」


手元の書類に皺が寄った。
はそれを放ると、攻撃的にムーディを見上げた。

が他人に感情をこのように見せるのは、彼が死んでから初めてだった。
ムーディは何も言いはしなかった。
は顔をしかめ、吐き捨てるかのように言った。


「あんな人、恋人じゃない……!」


表面上怒り激情してはいるが、今にも泣きそうなを、ムーディは見つめる。
はそれ以上何も喋ろうとはせず、口を一文字に引き締めていた。
しかし、目は潤むことを知らないらしい。

ムーディは慣れない手つきでの背に手を回す。
を抱き込むかのような格好になった。

はそれに抵抗しない。
それどころか、はムーディの身体に手を回し、顔をムーディの身体に埋めた。

泣いているのかと思ったが、決してそのような素振りではなかった。
ムーディはゆっくりと、不器用にの背を撫でる。
華奢な身体だった。
その身体の強い心臓の鼓動が、こちらに伝わってきていた。

そのまましばらく経つと、はムーディに抱きつく手をゆるめ、顔を彼から離した。
ムーディは撫でる手を止めて下ろした。


「こんな思い、するのなら――」


低く呟くような声だった。
声には震えるような感情がこもっている。


「――恋愛なんか、二度としたくない――」


その言葉の中に、消えたウィルの存在があった。
溢れるような感情は、たったそれだけの言葉に凝縮されていた。

少し経って、はムーディから離れる。
ありがとう、と一言呟いた顔は泣いてもいないし、怒ってもいず、落ち着いていた。
難しい顔をしているムーディに少し困ったように微笑んで、その場を離れる。
少し困ったような顔は、泣く時の顔に少し似ていた。

ムーディは去るの背を見た。
感情を吐露されることを望んでいたのに、はそうはせず、全てを中へ閉じ込めた。
もしこの相手があのウィル・テイラーだったら、彼女は全てを吐露し――。

ムーディはそう考えることを止めた。
彼はもういない。

歩いて行くの背を見送った。




























2009/1/19






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