02/繰り返す日々














「ぎゃっ……!」


は奇声を上げて、目の前の何か大きく立ちはだかるものにぶち当たった。
鼻がっ……顔面が……っ。


「おっ……と?」


上から聞こえて来たのは、人間の男の声だ。
はその人物のマントに収まり、背中にはその人物が手を回して支えてくれていた。

はその声に難色を示す。
ここは闇祓い本部だ。
しかしこの声、聞いたことがない。

は顔を起こして身を離してから、その人物を目に映す。

その男は金髪碧眼で、背が高い。
そして見た目がとても若かった。
はフランクの言葉を思い出していた。


「貴方、もしかして――」

「あんた、もしかして……?」


目を見開かれて言われる。
そんなに驚かれるいわれはないのだけれど、まあ良いとしよう。


「そうだけど」

「……へぇー……」


全身を、青い目がくまなく無遠慮に観察している。
観察されているこっちは溜まったもんじゃなく、は顔を顰める。


「何?」

「いや、闇祓いのは若いがとても腕が立って、とても美人だって話で聞いて――」

「それで?」

「――いたんだけど、そうでもないなあって」

「それは残念ね」


彼の品定めをするような視線は分かっていたが、は腕を組んで不機嫌そうに答えた。
妙に身体のラインをなぞるのだ。
若い男はへらへらと戯言を言い続ける。


「あんた小さいなぁ。頭の上が見える。それに、こう――ちょっと引き締まり過ぎてて――」

「出てる所が出てなくって、悪かったわねっ」


この男の女の趣味なんて知るものか。
視線がさっきから、妙な所で止まるのだ。
自分でも貧相なのは分かっているので、その言葉が追い討ちをかけていた。

は、マントの下できつく腕を組んで不機嫌にその男を睨み上げる。


「それで、貴方は今回新しく入った闇祓いね?」

「そう。で、はアラスター・ムーディの弟子で、今も一緒に行動してるんだろ?」

「そうだけど……」


後輩らしいのだが、易々と愛称で呼ばれてしまった。
はそれをとやかく自分が言える立場じゃないとは分かっているのだが、初対面だという事実に眉を寄せた。
馴れ馴れし過ぎやしないか。
それにこっちの話を、ほぼ無視されている。

目の前の男は屈託なく、何が楽しいのか楽しそうだった。


「で、聞いた話、ムーディとできてるって本当?」

「できてる……?」

「鈍過ぎるって」


は自分の頭の中を整理してから、ゆっくり述べた。


「そんなこと、誰から聞いたの?」

「フランクさんから。二人があまりにも親し過ぎるからって」


あの男――!
いらない事ばかり教えて!

は思い切り顔を顰めて、何とか感情を押し殺して言葉を選ぶ。


「それは嘘よ。単に彼がそう言って、面白がってるだけ。まともに受け取らないほうが良いわ」

「でも俺、少しの間ながらあんた達の様子見てたけど、そう言われてもおかしくないような――」

「それ以上根も葉もないこと言ったら、呪いが飛ぶわよ」


ニッコリ笑ったに彼は殺気を感じて、言葉を止めた。
しかし、彼はやはり、の言葉を聞いても、それが根も葉もないようなことには思えなかった。
しかし、それを言うのは止めておいた。


「でさ、あんた、本当に身体が傷だらけなの?」

「え?」

「そう聞いてて」


はまだ機嫌の悪そうな顔をしていたが、無言で右腕を捲り上げた。
そこには古いものも新しいものも入り混じって、痛々しいほどに皮膚が傷付けられている。


「でも、服の下以外にはひどい傷ないよなあ」

「まあね」

「ムーディが庇ってくれてるってわけ?」

「ああ、呪いをかけて欲しいようね?」


が杖をひょいと取り出すのを、彼は何気なく微笑んで止める。


「それで、コントロール出来ない魔力をネックレスでおさえてる、っていうのは?」


は毒気を抜かれた。
何なんだ、この男は?
しつこ過ぎる。

は思考パターンをどうすれば良いのか悩んで、呟く。


「……そうだけど」

「史上最高点数で闇祓いの試験を突破したっていうのは?」

「……そうだけど」


男は、ははー、と感心したような声を吐く。
その顔には全くの陰りがない。


「その分じゃあ、ムーディとアズカバンの半分を埋めたのも本当らしいな」


彼は腕を組み、納得したように言う。
はポカンとして彼を見つめた。


「それで、ファーストキスの相手がルシウス・マルフォイだったっていうのは?」

「――どこからそんなことを聞きつけて――」

「それじゃあ、本当なんだ」


はただ呆れるしかなかった。
そういう噂の類が好きな人らしい。


「それで、「女を捨てた」って公言したって専らの噂なんだけど」

「まあ、そういうことは言ったけど」

「言ったの?」


彼は見慣れないものを見るような仕草で、の全身を眺めた。
はい辛いような痒いような感覚に襲われる。
異星人に身体を見られているようだ。

彼は、を不機嫌にさせるのがとてもうまかった。


「どうして?」

「周りから女扱いされてないし、女だからって特別扱いされたくないし……」

「でも、俺にはあんたが男には見えないけど」


は眉を寄せて、彼を見上げた。

初めて言われる言葉だった。
今まで、男に見えない、と言われるより、男に見える、と言われることの方が圧倒的に多かった。
彼はにっと微笑んでいる。


「体格も身長も男に達してないし。骨格も筋肉のつき方も、どうしても男には見えないね」

「……」


はそれが真実だと思ったが、それを口に出さなかった。
しかし、それのどこが悪い?
貴方には何の弊害も生み出していないだろう?


「男になろうたって無理だろう?」

「だから、比喩的な意味だととって」

「いやいや、でも、ある一部じゃ男に勝てないのは事実だよ。そう無理しないで、素直になったら?」

「分かったような口を訊かないで。貴方には何も弊害を生み出してはいないわ」


は彼を睨み付けた。
何もかも分かっているような口調、それが何も分かっていないだろう彼から発せられることに、苛立ちを感じた。
死喰い人さえたじろぐそれに、彼はやっと表情を曇らせた。


「貴方も忙しいんでしょ? 無駄話をしている暇はないわ」


はそう言い、彼に背を向けた。
本気で怒りかけているに対し、彼はの背後に何とものどかな声をかける。


「「貴方」じゃなくって、ウィリアム・テイラー。ウィルって呼んで、


は僅かに後ろへ振り向き、軽く会釈をした。
やっと本来曲がるべきだったブロックを曲がり、新しい景色が目に入る。

――何なんだ――あの男――。

噂好きはまだ良い。
しかし、あのずかずかと人の心に入る態度は、気に喰わない。
はイライラしながら、デスクに辿り着き、ストンと座った。

二度と会いたくない。



























2009/1/1






next

top