03/ふと気づけば
「彼女は男になりたいんですか?」
フランクにウィルは問うた。
フランクは頭をかく。
「そうとも言えるかもなあ……」
「女なのに馬鹿みたい」
割り切って言うウィルを、フランクは諌めにかかる。
「まあ、まあ、にも色々あったんだ。それに、ムーディの教育方針のせいでもあるかもしれないし……」
「はあ? ムーディがを男にしようって?」
「そういう端的な表現をしない」
フランクは羽ペンをクルクルと回した。
若いウィルは、のことを認められないらしい。
こういう女性は今まで周りにいなかったのだろう。
「色々、あったんだよ。君が想像出来ないことが、たくさん。ああ見えても、は幾度となく混戦を潜り抜けてきた強者だ」
「だからって、どうしてあんなことを考えるのか……」
「だから、死喰い人との戦いの中で、性的に虐待を受けたとか、差別されたとか、そういうこと」
ウィルは目をまん丸にしてフランクを見つめた。
フランクはその視線を受けて、両手を上げる。
「まあ、実際にそういうことを彼ら師弟から聞いたことはないな。
でも、少なからずそういうことはあっただろう、と勝手に俺が推測しているだけだ。
そういうことがありえる時勢だった、っていうことかな」
ウィルは黙った。
そのような状況で、ルシウス・マルフォイにファーストキスを奪われた、ということは理解していたつもりだったが。
しかしウィルは何もかもフランクの意見を認めたくないらしく、呟く。
「でも絶対、ムーディと何かはあったのは間違いないと思ってるんですが」
「それは俺も思うよ」
うん、と頷くフランクに、ウィルは畳み掛ける。
「そうですよね? 絶対、あの男、実際何やってるのか分からないし。絶対手を出されてるはずですよね?」
「アラスターがあれほどまで一人の人に執着するのは、俺も初めて見たからなあ。それで、同じ家に住んでたら、間違いないでしょ」
少しの間沈黙があった。
その後、ウィルは、はたとあることが思い浮かぶ。
フランクに言わずにいられなかった。
の強気で傲慢な態度、人を見下すような視線が、頭に思い浮かんでいる。
あの女の人の存在は異質であり、否定せずには己のアイデンティティが犯されるような気がしたからだ。
「同じ女でもアリスさんはそんなこと言わないのに、どうしてあの人はあんな無茶なことを言うのか……」
「それがの個性なんだよな。それに……は、アラスターとずっと一緒にいたからなあ……」
ウィルは腕を組んで、思いを馳せる。
アラスター・ムーディ。
その人の性格はさて置き、現在、魔法省で一番の闇祓いだ。
視界にの姿が見えた。
彼女は、明らかに自分を避けているようだった。
は己の持てる全ての狡猾さを使い、何気なくを装って、ウィルをずっと避けている。
ウィルはフランクの言葉を反芻し、何となくの方へ近付いて行った。
未知のものへの探究心があったのかもしれない。
絡まずにはいられなかった。
はその気配を察知したようで、綺麗に足をウィルと反対の方へ動かす。
ウィルは足を速め、のマントを掴んだ。
足は止まらずにはいられなかった。
「やあ、」
「何か用かしら?」
は無味な言葉で言う。
振り返ることすらしない。
ウィルは、の目前に身を翻した。
が着ている黒いマントと似た黒マントを着て、彼女の前に立ちはだかる。
若い笑顔を見せる。
「何か用がなかったら話しかけたら駄目かな?」
「忙しいの。後からにしてもらえるかしら?」
歳は近いはずなのに、はウィルよりずっと世慣れた軽い笑みを見せた。
淡々と言って身を返すを、側にあった机に手をつき、止める。
は怪訝そうな顔でウィルを見上げた。
「だって、こうしないと、ずっと俺のことを避けてるじゃん」
「……で、どうしたいの? 私のことをからかって、楽しむつもり?」
は大きく溜息を吐く。
こめかみを揉み、以前の記憶を思い出す。
この男はふざけた真似しかしない。
「からかうだなんて、心外だなあ」
そう言って、ウィルはもう片方の手での身体の周りを包囲する。
ウィルの机についた両手の間に、は閉じ込められる。
ウィルは、自分の腕の中にすっぽりと収まる身体を確認する。
ふわりと漂うシャンプーの香り、薄い紅に長い睫を感じる。
は一瞬眉間に皺を寄せた。
自分より、頭一つ分も高い所にある顔を見上げる。
ウィルはの情緒の一つもないさっぱりとしたそんな行動に、また心の中で軽い苛立ちが生まれるのを感じた。
「先輩に教えを請いたいだけなのに」
そんなことを言いながらも、その「先輩」にかける言葉は、そのような意図を含んではいない。
は淡白で大人びた言葉を吐く。
「何を教えて欲しいの?」
「以前、例のあの人が凋落する前のことについて」
「何?」
「性的なことで拷問を受けたりした?」
の顔が固まった。
一瞬、それで大人びた仮面が脱げると思いきや、はそれを脱ぐことはなかった。
固まった思考が解けるには、少し時間がかかった。
は至極冷静な表情で、冷静な言葉で言った。
「ほとんどなかったわね」
「ほとんどってことは……」
「貴方が知っている、ルシウス・マルフォイの件だけだ、と考えてもらって結構よ。話はそれだけかしら?」
「それで、意気地を張ってるの?」
話を聞け、そう言いたかった。
しかし、は、ウィルの言いたいことがやっと分かった。
「――どうしても、貴方は、私に女だということを強く自覚させたいようね。
でも生憎だけれど、それで生じるメリットがない限り、私はそうはしないわ」
「この仕事をやってる以上はそうだろうけど……」
「でしょう?」
ウィルは何か言いたげな顔をしていた。
腕の中のを見下ろし、複雑な表情だ。
じっと考え、そして、ポツリと漏らす。
「可愛くないな」
「それはどうも」
にこりと微笑んで言ったの姿に、これはムーディの教育の成果だ、という思いが渦巻いた。
しかし微笑んだ顔は女のそのもので。
ウィルの頭で何かがぐるぐると渦巻く。
目の前の男らしい淡白な姿と、ふと漏らす女の匂いをまとう笑顔のギャップに、眩暈がしそうだ。
そこに、今度は男らしい強い一言がやって来る。
「用が済んだのなら退いてもらえない?」
の刺すような眼差しで、ウィルはやっと周りの状況を確認出来た。
周りの闇祓いたちがこっちを見て、何かをコソコソと囁き合っている。
はマントの中で腕を組み、もう一度口を開く。
呆れたような半眼でウィルを見上げる。
怒りが示唆されている。
「もう一度言うわ。退いて」
ウィルは素直にその場を退き、立ち去るの後姿を見送った。
その場に立っていたウィルに、フランクが歩き寄ってくる。
「何? 何してんの? もしかして、に絡んでた?」
「どういう意味での「絡み」を所望ですか?」
「そりゃ、異性間の絡みだろ。みんなさっきの様子を見てそう思ってたよ。でもその様子じゃあ、振られたみたいだな」
「はっは、別に俺は彼女を誘ってなんかいませんよ」
フランクはウィルの肩に手をかける。
ウィルは、闊達に笑いながらも、どこか目はそうではない。
「そう言わず、仲良くしてやってくれよ。一番歳が近いんだから。ムーディとばっかじゃ、あの子はどんどん老け込んでいく」
「向こうに仲良くする気はないみたいです」
「そう言わず〜」
フランクは小首を傾げる。
あんな面倒な女はごめんだ、と思って、ウィルは内心毒づく。
扱いにくいことこの上ない。
「綺麗な子だろ? 何しろ、あのルシウス・マルフォイが目をつけた」
ウィルは思っても見なかった言葉がかけられて、瞬きをする。
フランクがをそのような目で見ていたとは、思っていなかったからだ。
というか、自分以外の闇祓い本部の男たちが、のことをそういう目で見ているとは思ってはいなかった。
綺麗?
綺麗かと言われたら……。
見た目だけは良い方の部類に入るだろうが。
「幾ら綺麗でも、中身が意気地を張っていたらちょっと……」
「そこが可愛いんだよ」
ウィルは、直属の先輩の言葉に目を見開いた。
ああ、彼はそういう趣味の持ち主だったのか――。
フランクはウィルの視線に勝手に答え、パチリとウィンクした。
「……まあ、話している分には面白い人ですよね。からかい甲斐がある」
「そんなことを言うのは君だけだ、ウィル」
フランクは飄々と去っていく。
あの男は何をしたかったのだ、とウィルは一人思った。
とりあえず、彼女は、意気地の張ったからかい甲斐のある人だ。
遊ぶだけなら問題はない。
いつか、あのつまらない意気地を払い除ける男がいたら、その人は勇者だな。
*
の顔が曇った。
目の前には、ルーファス・スクリムジョールがいる。
の隣には、ウィリアム・テイラーがすらりと立っていた。
「……フランクはどうしたんですか?」
「彼は別件で外に出ている。、君にも後輩を指導する時が来た。それに最適だと思う案件を受け渡したつもりだが?」
は、死喰い人のアジトと人数について書かれた羊皮紙を見やった。
それほど強力な魔力を持つ者はいないことは予想されている。
それならば、きっと足手まといを一つ抱えていてもどうにかなると思うが……。
不満げなに、スクリムジョールは淡々と言い放つ。
「まあ、君にそれを拒否する権限はないが」
「……そうですね、本部長」
「彼のためにも、様々な者の戦い方を見せておいた方が良い。分かっているだろう?」
「はい」
スクリムジョールは、今度はウィルへと言葉を放つ。
「君も、の戦い方をよく見ておくように。そして、己の身は己で守ること。
幾ら危険度が高くない捕獲でも、油断は大敵だ――フランクがもう君に言ったか?」
「はい。最善を尽くします」
はちらりと澄ましてそう言うウィルの方を向いて、スクリムジョールへ向き直した。
書類を抱え、二人はスクリムジョールの前を離れる。
お互いに声をかけることはなかった。
しかし、が不意に足を止めたので、ウィルもそれにならって足を止める。
「また後日打ち合わせをしましょう。それで、その前に言っておくけれど、私は貴方を守る気は全くないわ」
「了解です」
ウィルは朗らかに答えた。
その時、ウィルは、の「全く」の程度を知ってはいなかった。
は、かつて自分がムーディにされたこと、そのままのことをウィルに施そうとしていた。
そこに個人への好き嫌いは全く関係がなかった。
2009/1/4
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