04/けれど変化などなく














ある日、は、屈託なく言った。


「じゃあ、一気に叩きましょう」


ウィルは一拍置いて、へ視線を動かした。
しかし、は何も反応はしない。
冗談だろう?


「……フランクにはそんなこと言われたことがない、って言いたそうな顔ね」


ウィルの心中を見透かしているは、彼のデスクの壁へもたれた。
ウィルは自分のデスクに座っている。


「詳細な死喰い人の情報はなし、詳細な現地の情報も、そこに施されているだろう魔法の詳細もなし。「叩く」計画もない、ではね」

「分かっているのに、どうして?」

「どうしてだと思う?」


そしてにやにや笑っているは、今までの彼に対する鬱憤を晴らしているように楽しそうだ。
自ら問うたにも関わらず、ウィルに考える隙を与えず、は口を開ける。


「フランクは今、主に例のあの人を追う役割を担っているわ。私はこうして死喰い人を叩き出す役割についてる。
 その時点で、既に戦略は異なってくるはずよ。
 貴方はずっとフランクについていたから――だから、ルーファスも貴方を私に同行させようとしたのでしょうけれど」

「今まで、俺は綿密な情報捜査が闇祓いの仕事だと思ってたけど」

「それも、あるわ。以前はみんなそうだった」


は腕を組んだまま、空を見上げた。


「闇の陣営、魔法省、闇祓い本部、それと、不死鳥の騎士団とかいうダンブルドアが作った地下組織の間で、情報捜査はとても重要だった。
 魔法省も魔法省で暗黙の内に死喰い人の手に落ちる可能性がある、不死鳥の騎士団っていうのも、よく得体が分からない。
 まあ、私がその情報捜査の中に加わったことはあまりなかったけれど、綿密な情報の捜査、操作、ことを起こす前の事前調査は事欠かなかったわ。
 情報こそが全てだった、と言っても言い過ぎじゃない」


過去の記憶を思い起こすは、思いに耽っているように唇を指でなぞった。
ちらりとウィルを見下ろしてから、また視線を空へやる。


「でも、今は、違う。前回の死喰い人との争いのことを見ても、これから私たち行く所にはそんなに大物はいないわ。
 死喰い人と言っても、純血の筋の闇の印を持った者は一握りよ。それ以外は、死喰い人と呼ぶ必要のないくらいの烏合の衆だわ。
 烏合の衆らしく、あの人がいなくなって逃げ消えたら良いものの……。
 それで、まあ、そのような純血の闇の印を持つ者の多くは、魔法界で権力を持っている。
 ……貴方、魔法省をのうのうと歩いている、ルシウス・マルフォイの姿を見た?」

「ああ、見た」

「中にはべラトリックス・レストランジのような強者もいるけれどね。
 そういう人は、大抵は身を暗い所に隠して、好機を窺っているわ。こんなところで見つかるような魔法使いじゃない。
 ――分かったかしら?」


は何故か腰から杖を引き抜き、息を吐き、擦り始めた。


「情報捜査は例のあの人や腕に闇の印を持つ者のみに行って、雑魚相手に行う必要はないって?」

「後は思い切り叩き潰すのみよ。それで怪我をしても、それはその本人の実力不足だわ。
 これから私たちが行く所に、純血の家系の魔力の強い魔法使いはいないわ」


は、ウィルの視線が気になった。
彼は、を見上げている。
は首を傾げる。


「何?」

「いや、も魔力は強いけれど――」

「私の血統が気になる? むしろ、混血の方が魔力の強い魔法使いを生むという報告もあるわよ」


は壁から背を離し、歩き始めた。
ウィルは慌てて立ち上がり、その背を追う。
闇祓い本部を出る。
すると、が目の前で手を差し出しているのが見えた。

その手に手を重ねても良いものかと迷っていると、早くしろ、とが視線で言う。
ウィルはその手に、手を重ねた。


「姿現しをするわ」

「え?」


間抜けな声を残し、二人は姿を消す。


次にウィルが目にしたのは、どこか田舎の風景だった。
人の気配はない。
地面には芝が生い茂り、青い空に淡く白い雲が描かれている。

はウィルのマントを掴み、ある太い木の後ろへ誘った。
は目線をキョロキョロと動かしたかと思うと、その幹からある一点を見つめた。
そして、指を差す。


「あそこを見て」


ウィルはの指先にあるものを見つめた。
その先には何もない。
いや、あるものを挙げるとすれば、芝と生い茂った木々がそこにある。


「よーく見て」


何も気付かないウィルに、は再度言う。
しかし、時間の無駄だと思ったようで、自ら言葉を放つ。


「風景が揺らいでいると思わない?」

「……そう言われれば、木に変な影が被さっているような……」

「目晦ましの呪文よ。杖を出して」


そう言って芝をさくさくと歩き、そこへ近付いて行く


「まさか、あそこが今回の現場だとか言わないよな?」

「それ以外の何が?」

「唐突過ぎるって!」

「あら。仕事は早く終わらすにこしたことはないわ。
 相手は十数人程度らしいけれど、魔法もろくに使えないのも多そうだから、大丈夫よね」


黒いマントが眩しかった、何故か。
自分も似たようなものを纏っているはずなのに、のそれは活き活きとしている。
いや、の表情が活き活きとしているのかもしれない。

……え?

ウィルはの横を歩きながら、の顔を覗き込んだ。
好戦的である。
唇の端が上がっているのは気のせいなのだろうか?

杖を持っている指が、何かを持て余し気味に杖を叩いている。
黒い目はじっと目の前にあるのだろう建物を見つめ、そんなウィルの姿を視界に留めてはいなかった。

――この人と、それほど年齢は変わらないはずだが。

小さな背中が、大きくは見えないけれども、貫禄のある背中に見える。
は立ち止まり、それに合わせてウィルも立ち止まった。
この人には建物の入り口が見えているらしい。


「あ、それと。私の指示には死ぬ気で従ってね。
 でも、それで自分の身が危なくなりそうだったら、適度に動いて」

「いや、その言葉には矛盾が大きく含まれて――」

「行くわよ」


は手を空へ伸ばす。
それは、何かを掴んだ。
そのまま手を引くと、目の前に現れた四角の穴の中に建物の中身が見えた。

途端、やってきた呪文をは軽く防御しながら、ウィルへ中へ入るよう促す。
ウィルは敷居を踏み越え、中に入った。

部屋の角に蜘蛛の巣が張っていて、そこに大きな蜘蛛がいた。
かび臭い臭いが鼻をつく。
ま昼間だというのに、窓は狭く、暗かった。

そこまでを一瞬で感じ取った後、ウィルは四方からやってくる呪文を相手にし、それ以上の観察が出来なくなる。
――さっき、まともに魔法を使える奴なんかいないだろう、って言っていたじゃないか!
の方を睨み付けると、で、適当に身を防御しながら視線を天井へ向けていた。


「ちょっと、この辺り頼むわ」


の姿が消えた。

……。

あの女!
ウィルは、今まで相手にしたことのない人数と杖を交えていた。
これで俺が死んだら、あの女のせいだ!

ほとばしる閃光で眩しい視界の中、ウィルは念仏のように胸の中でそう唱え続ける。





下の階で喧騒が聞こえる。
闇祓いに嗅ぎ付かれたか……。

眉を顰め、薄汚れた旅行用マントを背にまとった。
また別の潜伏場所を見つけねばならない。


「あら、仲間を放って逃げる気?」


次の瞬間、目の前に女の笑みが広がった。
この女には見覚えがある。
杖を振ろうとするが、それよりは早かった。

強烈な失神光線を浴びせ、ついでに倒れた者の腹へ膝を食い込ませる。
杖を奪い取り、縄をかけた。
はフードを脱がしその者の顔を見てから、その魔法使いの左腕の袖を捲り上げる。

まさかのビンゴだ。

しかし、この者の顔は全く見覚えがない。
闇の印を持つ者の末席の末席だったのか。

は視界の端に、この部屋に入ろうか入らまいか迷っている男の姿を見ていた。
よっぽどこの魔法使いは人望がなかったらしい。
普通なら、ボスを助けようと魔法を放って来るものだろう。

は立ち上がり、その男を見た。
瞬間に、男は魔法を放ってくる。
それを防ぎ、防ぎ、もう二人ほど加わってきた加勢をあしらい、慣れた手つきで最終的にまた縄をかける。

その場にいる者は殲滅したことを確認し、特に足を急がせるわけでもなく下の階へ降りる。

が下へ降りてみたものは、壁に追い詰められ、両手を上げているウィルの姿だった。


「……もうちょっと頑張れなかった?」

「これでも随分頑張ったんだって」


その通り、床には五人ほど失神している者がいた。
しかし、はこれ見よがしに溜息を吐き、杖を構える。

スイッチが入ったように、じっと目を目の前の魔法使いへ見据えた。
唇を引き締め、無意識に軽く唇の端を上げた。
魔法使いたちは一斉にへ攻撃を始める。

飛んでくる光線を弾き、かわして、は一人また一人と魔法使いを倒して行く。
は魔法の閃光に当たることを知らないようだ。
ウィルは目を見開いた。

鮮やかな立ち居振る舞いで、はあっという間にその場にいた者を片付ける。
最後にするりと杖を腰へしまった。


「じゃあ、後片付けは頼むわ」


ヒラヒラと手を振り、はウィルへ背を向ける。
……って。


「帰るの?」

「貴方の数倍は働いたのよ。後片付けの方法を知らない、とは言わせないわ」


そのまま、本当に立ち去っていく
彼女はそれほど息を荒げることもなく、綺麗にマントをなびかせ、まるで嵐のようにウィルの視界から消える。

ぽつんと残されたウィルの心には、ある思いが強く到来していた。


「……やばい」


傷一つなく、これだけの人数をさばき切った圧倒的な戦闘力。
いや、それよりも、何よりも、あの不敵な赤い唇、燃えるような目。
傍若無人で、人を食ったような華麗な立ち振る舞い。

今までも様々な人の戦闘の様子は見て来ていたはずなのに、今、目の前で起こった出来事は、それと別種のものであると感じられた。
あの小さな華奢な身体のどこから、あんなエネルギーが出てくるのだろうか?

マントを翻し、気ままな笑みを浮かべて魔法使いを地面に落としていく彼女の姿に美しさを感じるのは、歪んでいるのかもしれない。
歪んでいるのに決まっている。
そして、その姿に格好良さと凛々しさを感じるのは……歪んではいないか。


「あの女、凄ぇよ」


あの人が、男であることを望む気持ちが分かった気がした。
しかし、彼女は、彼女だ。
もし男だったなら、このような危うい色香をまとうことはなかったかもしれない。

あの人がもしこっちを振り向くことがあったら。
あの目で、こっちを見ることがあるとしたら。

あの人にもし触れることが出来るなら。
あの杖を持つ腕に、触れることが出来るなら。


「……まずい」


こんな思いを抱く症状は、あの人に惚れた、と言っても良いのだろうか。










*










「で、報告書も俺が全部書くの?」

「手伝ってあげてるじゃない」

「いやいや、あなたはペンを持っていないじゃないですか」

「ペンを持って文字を書くことだけが、報告書を手伝うってことなの?」

「その通りですよ」


の顔は、自分がこうしてあげているだけ感謝しろ、とでも言いたげだった。
また、はウィルのデスクの壁にもたれている。
恐らく、というか、容易に想像出来るのだが、あの現場での指令の出し方といい今のこのの行動といい、ムーディが今までに対して行ってきたことをは模倣しているのかもしれない。

多分、ムーディはこうして報告書を書く際に弟子に指示をすることもなかったのだろう。
だから、その分感謝しろ、と言いたいのか。


「追い詰められていた貴方も助けてあげたのに、こうして責められるなんて心外だわ」

「ムーディならどうしてたと思う?」

「しらっと見過ごしてたわね」


その言葉をしらっと言う
この前も、は最大限親切心を働かせてくれていたのだろうか。
そうだとすれば、ありがとう、といいたいような気もするが――誰が言うか。

浮かない顔ではいた。
そういえば、自分はに嫌われていたということを、やっとウィルは思い出す。
彼女の最愛の人はそのムーディなのだから、お笑い種だ。


「恋人はいるの?」

「口を動かすよりも手を動かしなさい」

「動かしてるって、ほら」


は肩を落とす。
皮肉っぽい口調で言う。


「いるように見える?」

「あまり見えない」

「じゃあ、私に聞く必要はなかったわね」

「今までいたことはあるの?」


ほら、がこの仕事に就く前とかは、もっと女らしかったかもしれないし、男になりたいだなんて幻想を持つこともなかっただろうし。
はウィルを見下ろし、さばさばした声色で言う。


「ないわね」

「興味はないの?」

「今は、あまり」


ふうん、とウィルは相槌をつく。
だから早く手を動かせ、とは言いたかった。
しかし、次の瞬間、妙な違和感が腰に感じられた。

下を見下ろす。


「何? 仕事場で堂々とセクハラ?」

がセクハラ、って言うの、違和感があるなぁ」


の腰にはウィルの腕が絡みついていた。
ウィルはそのまま手を下げる。
すると、の身体も一緒に僅かに下がって、隣のデスクから見えなくなる。


「何のつもり?」


このような科白をこの男に言うのは何度目だろう、と思う。


の腰細っ。マントに隠れて今まで分からなかったけど……」

「質問に答えなさい」

「案外、良い身体してる」


ぎゅっと腰を握り、太さを確かめるように動く腕は、不快だった。
腰につけているベルトが音を立て、杖が揺れている。
ウィルの目は、また品定めをするかのようにの身体と顔へ向けられ、同時に腕も控えめに動く。


「黙ってれば綺麗な顔もしてるし」

「……貴方の視線と言葉と動きが不快だわ。私はどうしたら良いと思う?」

「ねえ、本当に、興味ないの?」

「――少なくとも、今は、ないわ」


は、ウィルの腕に手を重ねた。


「頭の中のほとんどは闇の勢力の盛衰について。死喰い人を多く叩き出す方法についてよ」

「どうしてそこまで仕事にこだわるんだ?」

「私のアイデンティティーに関わることだから」


そう言った後、は一瞬だけはっとした表情を見せた。
まるで、思わぬ失言をしてしまったような。
しかし、それはウィルには重大なことではなかった。


「見た目をどうこう言われるのは、全く興味がないの。貴方に何を言われたって構いやしないわ。
 ただ、一つだけ言えるのは、少なくとも貴方にはそういう興味を持つことはない、ってこと」


はウィルの腕をはがした。
案外、の手は力強かった。

は背を伸ばして立つ。


「覚えておいて」


はウィルに背を向けた。
頭の端で、自ら立ち去っていくの背中を見たのは何度目だろうか、と思った。















との初仕事、どうだった?」


フランクがウィルに最初にかけた言葉は、これだった。
ウィルは気難しげな顔をしていた。


「フランクさん、ちょっとやばい」

「え? に殺されそうになったって?」

「いや、そういう意味のあるけれど……違う意味で、やばいんです」


フランクは腕を組み、ふっふっふ、と低く笑った。
彼の目は据わっていた。
何事か、とウィルが思った時。


「さっき、君がに絡んでたのを見たよ」

「……見ましたか」

「惚れた?」

「不覚にも」

「不覚にも、だなんて、アラスターが聞いたら泣くな」


アラスター。
その名前に、ウィルはびくりと反応した。
そして、ますます気難しげな顔をする。

しかし、フランクはそれを故意に見過ごす。


「で、どうだって?」

「ものの見事に振られました」

「あらら」


と言いながら、全く残念そうな素振りも見せないフランクに、ウィルは目で抗議する。
フランクはその視線にクスクスと笑い始める。


「大丈夫大丈夫。、きっと、そんなに深く何も考えてないから。
 目の前にあるのは仕事だけだから、興味がない、みたいなこと言ったんだろ?」

「エスパーですか、あなたは」

「残念ながら、魔法使いです」


憮然としたウィルに、フランクは助言する。


「まずは異性として自覚させるところから始めないと……」

「……なるほど」


自分の性を否定しがちなが、そういうことに応えるはずがなかった。
ウィルの沈んだ思考は一気に浮上した。
フランクは、そんなの感情の浮き沈みが手に取るように見えて、楽しくなる。

しかし、さっきのとウィルの様子をアラスター・ムーディが見ていたことは、彼に告げない方が良いな、と思った。
フランクの隣にムーディがいたのだ。
その時のムーディの表情は筆舌し難い。

色々面白くなりそうだ。
フランクはのん気に思った。


「で、どうしてに興味を持ったんだ?」

「戦闘中の彼女の動作がこう、格好良過ぎて、綺麗過ぎて」


……。


「そんな君が、俺のことを悪趣味呼ばわりするのは、心外だ」

「……自覚はあります」



























2009/1/10






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