05/きっかけは些細なこと














暗く噂は流れていた。
暗黙の内に、人々の口の下で、とウィルのこの前の行動について囁かれていた。
勿論、それを彼ら本人に訊こう話そうとする愚か者は存在しない。

しかし、この噂を不意の拍子に聞きつけたキングズリーは、どうしても口を開かずにはいられなかったのだ。


「フランク」


このことを実際に見ていたらしい人、フランク・ロングボトムだ。
彼は煙草をふかしている。
そのせいか、彼のデスクの壁には黄色いヤニがこびりついていた。


「何か? キング」

「……とウィルのことなんだが」

「それがどうかした?」


口から白い煙を吐き出しながら、フランクは手元の書類を目元に持ち上げている。
キングズリーは煙を手の平で扇ぐ。


「噂は本当か?」

「ああ。ちなみに、アラスターも俺の隣で見てたよ」

「……アラスターは何と?」

「何とも言ってなかったけど」


何とも言っていなくとも、その心中は穏やかでなかったはずだ。


「君の弟子は、今まで誰もしようとしなかったことを成し遂げたな」

「なかなか肝の据わった奴だろ?」

「そうだな」


フランクは羽ペンで、書類に文字を書き加える。
キングズリーは歯痒い。
目の前で、何事もなかったかのように振る舞う、このふてぶてしい男に軽く苛立ちを感じる。


「でも、振られたらしいよ、彼」

「それはそうだろう。がそういうことに応じるはずはない。心配なのは――」

「これからの展望が心配、ってわけ?」


フランクは煙草を口から外し、灰皿に押し付けた。


「――心配じゃないのか?」

「そんな、未知の生物に話しかけるような言動をやめてくれよ、キング。
 どうして俺がそんなことでの心配をしなきゃいけないんだ?」

「どうして、って……」


キングズリーは初めて表情を崩した。
眉間に皺が出来る。
いつも冷静で並みのことでは感情を崩さない後輩が動揺するのを見て、フランクは彼もアラスターと同類か、と思う。
なかなか愉快なことだ。


「どうして、の交友関係について俺が口出ししなくちゃいけないんだ?」

「あの男が相手だぞ。それに、この前だってセクハラ紛いのことを……」

「なかなかの好青年だと思うけどな」


椅子の上で足を組んで、キングズリーの正面へくるりと回る。


「同じ男のよしみとして。ま、キングはウィルとそりが合いそうにないが」

「分かっているじゃないか」

「そりが合いそうにない男がとコンタクトを取ろうとするのが、そんなに不安なのか?」


人を食ったような厚い笑みに、キングズリーは二の句を告げない。
うっと声を詰まらせているキングズリーへ、フランクは楽しそうに言う。


「俺個人としては、喜ばしいことじゃないかと思ってるよ。
 だって、このままじゃ、とアラスターの噂は広がるばかりだ。少しそういう意味で男にも慣れた方が良いんだよ、は」

「それはそう、だが……取り返しのつかないことをされたらどうする?」


フランクは吹き出した。
この生真面目な若者から、そんな言葉が出るとは思っていなかったからだ。

キングズリーはむっつりとした視線でそんなフランクを見る。
何か間違ったことを言ったか、とでも言いたげだ。


「いや、に限ってそれは有り得ない……」

「でも、この前の出来事があっただろう?」

は自ら拒否をして腕を振り解いてたよ。
 危機的状況に陥ってない限り、はきっとそういう目には合わないだろうから、それは安心した方が良いだろ」


腕を組み、まだ不承不承といった感じでその場に立っているキングズリー。
何かあったらどうする、そういうに対する心配が顔に表れていた。

彼はこんな性格だっただろうか?
フランクは自問する。
アラスター・ムーディの親馬鹿によく似ている。


「大丈夫だよ。も、俺たちにこうして心配されているのは心外だろう」

「キング、貴方ものことを心配している口なの?」


その場に女の声が混ざった。
キングズリーは声の発せられた方向へ顔を向ける。


「アリス。彼もアラスターの親馬鹿に感染したらしい」

「あらあら。には沢山の父親がいるのね」

「あなたも心配する気はないと?」


嫌疑の籠もった言葉に、アリスはくすりと微笑む。


「あなたの言いたいことは分かるわ。
 だって、あの子、本当に子供みたいなところがあるもの。その実力とは裏腹にね。
 だからこそ、今回のことは良いことだと思ってるわ。これで、ちょっとくらいが柔らかくなったら、と思ってるんだけど」

「でもその相手が……」

「キング、もしかして、のことに惚れて――いやいや、冗談だよ、キング。
 まあ、俺たちが関与すべきことじゃない、ってことだ」


キングズリーの刺すような視線に、フランクは言葉を改めた。
まだ眉間の皺が消えていないキングズリーは、そのまま身を翻してそこから出て行く。


「余程ウィルのことが気に入らないようね」

「ま、そりが合わないのは明白だ。仕方ないと思うが」

「今までのこと可愛がってきたものね。でもあんなキング、初めて見たわ」

「見てろ、あの男、きっとにアクセスを取ろうとするぞ」


ロングボトム夫妻の視線の下、キングズリーは歩いて行く。
辿り着いた先にはがいた。
二人で何か言葉を交わしている。


「ほら見ろ」


アリスは、また視線を動かす。
とキングズリーが話している様子を、また見ている男がそこにいた。


「これって三角関係って言うのかしら」


フランクは顎を撫でる。


「もし、キングがのことが好きならね。
 ここにアラスターまで入れば、面白いことになるぞ」

「相変わらず、厄介ごとが好きね、あなたは」


アリスは呆れてものを言う。
夫は鼻歌を歌いながら、また仕事に戻った。
無邪気に微笑んでいるの姿を見て、肩を落とす。

私が望むのは、が最終的に哀しい結果を身に受けることにならないことだけだ。
このように、沢山の者に愛され守られている限り、そんな結果は生じないだろうけれど。















マグルの店に入るだなんて、どれほど振りだろうか。
以前の記憶さえ全く記憶にない。

は物珍しげに辺りを見回し、メニューを見る。
うーん……金額の基準が分からない。

困っているに気付いたのか、キングズリーはに確認を取ってから、ウェイターへメニューを注文する。


「で、どうしたの?」


は湯気の出る紅茶に僅かに砂糖を入れながら、問う。


「何か話したいことがあるんでしょ?」

「そうだ」


ただ昼食を外でとろうと話しただけなのに、の洞察力は流石だった。
しかし、キングズリーはもうそのことを指摘することもない。
二人ともマグルの服装に着替えており、二人ともマグルのスーツのような服装をしている。


「ウィリアム・テイラーのことだ」

「……その人がどうかしたの?」

「ある噂が広まっている」


も察していたらしい。
特に驚く動作もなく、ティーカップをソーサーに置く。


「私があの人に迫られてた、とかいうやつよね」

「心配している」

「……え?」


はキングズリーの目を覗き込んだ。


「あの男、何をやらかすのか想像しがたい。何かまた変なことはされていないか?」


沈黙があった。
しかし、それはの笑い声によって破られる。
堪え切れない笑い声が、あまり人のいない喫茶店に響いた。


「貴方がそんなこと言うなんてっ……」

「冗談で言っているんじゃないんだぞ」

「そうね……そうよねっ。でもキング、心配は不要だわ。心配してくれるのは嬉しいんだけど」


肩を震わせながら、は己を落ち着かせようと胸を撫でている。


「この前の仕事で、あの人、雑魚の死喰い人相手に両手を上げて降参してたわ。
 そんな人にそういう「変なこと」をされるほど私は弱くはない、って、貴方知っているでしょ?」

「戦闘能力と魔力でのの強さはわきまえているつもりだ。しかし、今回は……」

「じゃあ、大丈夫よ、キング」


そう言って微笑むに、言葉を失くす。
彼女がこれ切りだと言うのならそれ以上言葉をかける必要はないのかもしれない。
しかし、こういうことにかけては――自分がこういうのもなんだが――彼女は無知だ。

しかし、目の前で、ポンドって魔法界の通貨に換算するとどれ位なの?、と邪気なく質問を始めるに対しまたこの話題を振ろうとすることは、キングズリーには出来なかった。















見慣れた天井がある。
ベッドに寝転がって、今日あったことを思い返す。

キングの行動がおかしかった。
あの人がああいうことに必死になるだなんて、とても面白おかしい。
それを思い返して愉快な気持ちになると、ふと、どうしてキングズリーはあそこまで必死になったんだろう、と考える。

ウィリアム・テイラー。
今まで見たことがないタイプの人だ。
ああいう風に、私に触れてこようだなんてする人は、今まで数人――数人の死喰い人だけだった。
からかわれているだけかもしれないが。

ふと、以前のルシウス・マルフォイとセブルス・スネイプとの出来事が思い出され、急いでそれを思考の端に追いやった。
あのことを思い出すと、今も冷や汗をかき、胸の奥が重くなり、不快になる。

あんなことは二度とごめんだ。
ウィリアム・テイラーとそのような仲になるなんてことは、有り得ないだろう。
これ以上、邪な手でこの身を触れられたくはない。
例え、この身がそうされるのに値しなくとも。


扉がノックされた。
は扉を開けようとベッドを降りたが。


「大したことではないから、扉を開けなくても良い」

「あ……ええ」


扉に触れようとしていた手を、引っ込ませる。
こんなことをこの師匠が言うなんて、珍しい。
今までは遠慮なくドアをばっさばっさ開いてきた人だ。


「ある噂を聞いた。わきまえているだろうな?」

「ええ」


小さな間があった。


「わしは、そのことに対し何も言う必要はないだろう?」


は扉を見つめた。
この一枚隔てた外へいるだろう人へ対し、はふと笑みを漏らす。


「当然よ」

「愚問だったな。忘れてくれ」


足音は離れて行く。
は、またベッドに向かい、その上に乗った。
スプリングで視界が揺れ、安定する。

の唇の笑みは少しずつ消えていった。

――あの師匠でさえ、このことを「特別なこと」だと思っている。

愚問だと元から分かっていたはずだ。
なのに、どうしてわざわざ師匠はここにやって来た?

今日の昼のキングズリーとの出来事、さっきの師匠の言動に、の頭は引っ掻き回される。
どうして?
こんなこと、日常の出来事に過ぎないのに。
あんな男くらい、私は自分であしらえるのに。

腰を掴まれたこと出来事が回想され、は目を瞑って頭を振る。
目をゆっくり開いて思う。

みんなが変な言動をするから、私までおかしくなっている。

しかし、同時に昔の死喰い人との出来事とそのことがシンクロされ、ものを吐く時のように胃が気持ち悪くなった。
嫌っている対象が被る、被る、被る……。
遠慮なく肌をまさぐられる対象が、被って、被って……。









*










次の日、本部へやって来てまず見せられたのは、報告書だった。


「……もう書けたの?」


ウィルは当然だと言いたげだった。
は目を見開いて、その内容を確認する。
何か一つでも間違いがあればネチネチと嫌味を言ってやろうと思っていたが、内容は完璧だった。


「……じゃ、これをルーファスの所へお願い」


嫌味を飲み込み、は声をかける。
ウィルは素直にそれに従い、歩いて行った。

拍子を抜かれた思いで、は顎に手を当てる。
彼はこんなに熱心で真面目だっただろうか?
否、彼が真面目だった所は今まで見たことも聞いたこともない。

ちらりと視線を彼の去って行った方向へ向けると、そこでも彼は熱心に仕事に励んでいるように見えた。

――気持ちが悪い。


それ以後、彼が不必要にこっちに絡んで来ることはなくなった。
最初は用心していたものの、途中から用心しているのも馬鹿みたいだと思い始め、他愛もない雑談をするほどにまでなった。

何故か彼は急激にやる気を見せ始め、書類仕事の早さで本部内で定評を得るほどにまでなった。
元々闇祓いになれたほどだからそれくらいの才覚はあるだろうことは分かってはいたが、急激な彼の変化には戸惑いを覚えた。
熱心な彼の姿に、彼を嫌う要素は皆無だ。

化けの皮がいつか剥がれるだろうと思っていたが、剥がれることはいつまで経ってもなかった。
基本的に真面目な人物に対して好意を持つは、心が揺らいだ。


そんな時、ムーディ、フランク、、ウィルで死喰い人の討伐の仕事が得られた。

精鋭が集められたその仕事は、闇祓いの仕事の中でも最も危険なものの一つだった。
特に、最後に杖を交えた時は、思いも寄らなかった死喰い人の増員が発生して危機的局面に陥る。
勿論、最終的には闇祓いの勝利で幕を閉めたが……。


「増援を頼んだのに、最後まで来なかったとか……!」


は怒り沸騰で、己の腕を止血した。
辺りには死喰い人が倒れて散らばっており、呪文の当たった形跡が辺り一面に見られる。
ざくざくと足を進める。

アラスター、フランクは向こうにいる。
まあ、あの人たちが簡単にやられるはずがない。
私が一番怪我をしたくらいだろう。
そして、は、ある人のことを思い出した。

あのひ弱だった男――。

は急いで辺りを見渡した。
やはりあの二人のことだ、彼のことなど見捨てているだろう。
最悪の結果が目の前を過ぎり、は声を上げる。


「ウィル!」

?」


案外簡単に返事が返って来た。
しかし、は焦って走り、その声の方向へと向かった。

足が地面に滑る。
辿り着いた先には、地面に座り込んでいるウィルの姿があった。


「大丈夫!? 何か、怪我してるんじゃ……」


ウィルのマントを勝手に脱がし、ウィルが指差した腹の辺りのローブを破る。
は今度は慌てることなく冷静にかかった呪詛を判断し、応急手当を始める。


「私のこういう呪文はあんまりうまくないんだけれど、心休めくらいにはなるはずよ」

「ありがとう、

「足は? 立てないの?」

「いや、これは……ちょっと、神経が衰弱してしまって……」


苦笑して言うウィル。

ははたと辺りを見渡してみた。
ちゃんと、そこには失神した死喰い人らが転がっていた。
は改めて目を見開ける。


「貴方がやったの……?」

「俺以外誰がやるっていうんだ? まあ、それでこんなに衰弱してるんじゃ、ざまあないけど」


この前の彼の様子からでは考えられない。
この前の戦いなどお遊びだった。
それに対し、今回は激戦と言っても差し支えのないものだったのに。

いや、今はそんなことに感嘆している時ではない。


「病院へ行かないと……」

「あんたこそ、そんな様子で大丈夫か?」


はむっとした。


「足腰立たない貴方に言われる筋合いはないわ」


ウィルは、不意にの頬に手を伸ばした。
そして指での頬をなぞった。
手を離すと、その指に赤い血がついている。


「服で隠れない所に傷を付けるのは、いけないんだろう?」

「……そんなこと、言った覚えはないんだけど」

「じゃ、俺が勝手にそう思ってる、ってことで。早く病院に行って来いよ」


ウィルは立ち上がる。
は眉を寄せながらも、無理に立ち上がろうとする彼へ肩を貸さずにはいられなかった。


「貴方が先に行って。私は大丈夫だから」

「大丈夫? どうして?」

「貴方よりもこういうことには慣れてるから」

「……そう言われたら、腰を抜かしていた俺に反論は出来ないな」


ウィルはの肩から離れ、微笑んで、ありがとうと呟いて姿を晦ませた。
素直だ。
以前の彼の頭のネジが緩んでいたのか、今の彼の頭のネジが緩んでいるのか――。




「彼は病院に行って良いわよね?」

「ああ」


はムーディと共に歩き出す。
はムーディの様子を探った。
大きな怪我はないらしい。


「良かった。無茶はしなかったのね」

「弟子が言う台詞か、それは」

「だって……アラスター、たまにすんごい無茶するんだもの……」


そう言いながらも、師弟の動作は無駄を知らない。
死喰い人を魔法で浮かせ、一つの場所に集めている。
ムーディはいつまで経っても来ない男へ大声を上げた。


「フランク! いつまでお遊びをしているつもりだ?」

「はいはい、今行きますよー」


死喰い人を大勢魔法で空へ浮かせながら、フランクが現れる。
地面へそれらを遠慮なく落としてから、目線をきょろきょろと動かす。


「あれ? ウィルは?」

が手当てをした。もう病院へ行ったぞ」

「ああ、良かった。彼、こういう所は初めてだったから。全治どれくらいかかりそうだった?」

「一日、ってとこ」


の言葉に、フランクは口笛を鳴らした。
その時、その場にどっと人の気配が増える。
やっと増援が来たらしい。

ムーディは小声で、遅い、などという罵詈を漏らし、フランクは、ああ良かった、と声を漏らす。


「じゃ、も病院に行って」

「え?」


フランクの言葉に、だけでなくムーディも訝しげな目をフランクへ向けた。
フランクは笑みを忘れることはない。


「嫌だなあ、二人とも。こんなに増援が来たんだから、も病院に行っても良いだろ?
 この中ではが一番怪我をしてるんだから」

「まあ……そうかも」

「アラスターも、良い?」

「……ああ」


は、フランクの言葉通りまあ良いんじゃないか、と思って、姿を晦ませた。














「何のつもりだ、フランク」

「何のつもりって?」


その場の片付けがされ、戦闘の前の元通りの風景が広がっていた。
その場では僅かな人員だけが働いていて、最後の始末にかかっている。


「ウィリアム・テイラーに助言をしたのはお前だろう?」

「ウィルがに好かれるように助言をしたのは、俺だって?」


ムーディの視線がフランクにチクチクと刺さる。
しかし、彼は軽く小首を傾げて応える。


「まあ、俺以外いないよな。ウィルに一番接してるのは俺だし」

「どういうつもりだ?」

「どういうつもりって、その答えは一つしかないだろう、アラスター」


腕を組んで低い声を漏らしているムーディは、軽く眉を顰めた。


「彼女の好みは粗方知ってる。若い人たちの手助けをするのも、そんなに若くない人の役割だ、アラスター」


強面で何かを吼えようとするムーディを抑え、フランクは対照的に楽しげに微笑んでいる。


「アラスターのこともモデルにしたんだよ。がここに来て最初に好意を持ったのは、君だから。
 基本、自分より強いものが好きなんだよな、って。
 そう言ったらさ、急に稽古をつけてくれだの言い始めて……そのお陰で今や彼もそこそこの実力があるし、俺としては好都合だ」

「それで?」

「真面目に仕事にも取り組むし、俺としても良いことばかりだ。誰も損はしていないはずなんだけど……」


しかし、目の前の彼女の師匠に噛み付かれそうだ。
ピリピリとした空気がその場に漂っている。
その九割九分は、ムーディが発しているものだ。


「あの若造とが? 不釣合いも甚だしい」

「君が、のことをとても大きく評価をしていて、さらにとても気に入ってたことを、忘れてはいないつもりだ。
 あの子はに釣り合わないことはないと思うけど」

「どこが? あの不真面目な男が」

「今の彼に「不真面目」だとは言わせないよ」


黙るムーディ。
ふう、とフランクは肩を落とす。


「いやあ、アラスターもキングも、どうしてもウィルのことが気に入らないみたいだ。
 それとも、単に、を取られるのが嫌なの――」


襟ぐりを掴み上げられ、フランクは言葉を止めた。
思わぬところで弊害がやって来る。
自分がこうされるのは、道理に合わないような気がする。


だって、いつまでもアラスターと妙な噂を立てられているわけにはいかないよ。もうちょっと信じてあげたらどうだ?」

「信じる? 何を?」

のこと。アラスターがこうして裏で俺を掴み上げなくったって、は自分で男を選ぶよ」


ムーディは少し考えたような素振りをして、フランクを下ろす。
フランクは喉をさすった。


「それが真っ当に出来るのならそれで良い。しかし――には様々な問題がある」

「ああ、君の存在とか?」

「黙れ。彼女の出自は知っているだろう?」

「いや、それと比べても君の存在の方が大きな障壁――」

「黙れ、フランク。それに、彼女自身がそういうことについて心を閉ざしている傾向がある。
 マルフォイ、スネイプとのやり取りは知っているだろう? それに……」

「アラスターが知らず知らずの内に、を妙に男らしく育てちゃったしなあ」

「……だからだ。何も知らない奴にずかずかと荒らされるわけにはいかん」


フランクのまじまじとした目に、ムーディは気分を害す。


「何か言いたそうだな」

が現れる前のアラスターなら、考えられない言葉だな、と思って。余程のことが大切なんだ」


ムーディは半眼でフランクを見た。


「分かるよ、その気持ち。ネビルが生まれてからとても分かるようになった」


屈託なく微笑んで、フランクは言う。
そのまま邪気のなさそうにするりと言葉を吐く。


「でも、は赤ん坊じゃない。
 に対する独占欲が全くない、って言ったら嘘になるだろう、アラスター・ムーディ?」


唇に笑みを描く。


「それも、「恋人」なんていう性を介する存在にその独占を奪われるなんて。
 そして、その男が気に食わない。心配に、過敏になるはずだ」

「――分かっているのなら、をあいつと同じ場所へ送るな」

「嫌だな、俺はウィルのことを応援しているんだ。アラスターを支援してはいないよ」


アラスターはを箱の中へ閉じ込めようとする。
それを開け放とうとする役割も、必要なはずだ。

戦争は終わった。
だって、違う世界を見れる、そして見る必要がある。















受付で手続きを踏み、連れて来られたのは代わり映えのない診察室だ。


も来たんだ」

「ええ、まあ……」


すれ違いにウィルに手を振られ、も曖昧に手を振り返す。
ウィルがそれほどひどい怪我をしていないことを改めて確認し、は心の中で少し安心した。


「あれ? それほどひどい怪我をしてない」

「ひどい言い草ですね、先生」


銀縁眼鏡の見慣れたヒーラーが座っていた。
は彼の言うようにマントを脱ぎ、隣にあるベッドに横になる。
テキパキとローブを捲り、処置をしていくヒーラー。


「君が来る時は、もう目に手も当てられないような有様になっているのが十割でしたから。
 失言、失礼しました」

「いえ。今回はちょっと余裕があったんです」

「君の前に来た彼も、それほどひどい怪我はありませんでしたよ。明日には全快するでしょう。
 彼の処置は、君がなさったんですか?」

「はい」


初めてヒーラーは表情を崩した。


「闇祓いはもうちょっと癒療の勉強をした方が良いですよ。そうすれば、君や君の師匠のような傷は避けられるのに……」


全身の傷を知られているので、反論は出来ない。
は曖昧な苦笑を漏らすだけだった。


「じゃあ先生、研修に来ていただけますか?」

「人を傷つける職業に就いている者に癒療を教授するなんて、不思議ですね。私はごめんです」

「……矛盾してますよ」


しかし、彼が言っていることは間違いではない。





やっぱり。
嫌な予感というか、まあ、それは的中した。
同じ病室に放り込まれたのだ。

四人入る病室に、とウィルの二人だけが寝かされている。
外がざわついている日の出ている間は良かったのだが、夕方くらいになるととてもこの場は静かになっていた。

いや、しかし、彼にもう別にそれほど嫌な感情を抱いているわけじゃないし……。
は思う。
それに、一つ、気になっていたことがあったのだ。


「ねえ」


お互いベッドに寝ているから、少し顔を横に動かせば、視線はバッチリと合った。
ウィルはベッドに寝かされて退屈しているように見えた。


「どうしてこの短い間に、あんなに腕が上がっていたの?」

「暗に褒めてくれてる?」

「……まあ、そう受け取ってくれても良いけど。ねえ、どうして? 何かしたの?」

「まさかに褒めてもらえるとは、予想だにしてなかっただけ、かなり嬉しいなあ」


この男、人の話を聞かないのは変わっていないらしい。
にやにやと微笑んでいるウィルに、それを問い詰める気がしぼんでいくのが感じられた。
この男、この質問に答えないつもりだろう。





は枕の上でまた顔の方向を変えた。


「遊びに行かない?」


……。


「は?」

「だから、遊びに行かない? 今度休みもらえただろ。
 でも、中途半端な時にもらったから、他に遊んでくれる奴がいないんだよ」

「……どういう風の吹き回し?」

「別に。何も変な風は吹いていないよ。
 それに、マグル界に遊びに行こうと思ってたから、変な配慮はいらないし。友達のよしみで、どう?」


友達。
……あれ?
彼と私は友達だったっけ?


「……私って、貴方の友達だった?」

「俺の中ではずっと前から友達だったけど」

「そう」


は暫し考え込む。


って休みの日は何をしてんの?」

「何を、って……読書とか……」

「違うものを見るのも経験だよ」


そう言われれば、そうかもしれない。
自分の無趣味さが明白になり、は少し気まずくなる。
休みといってもあんまり休みという休みはなかった気もするし、あっても、何か薬を煎じるとか読書とかしかしたことがないような。


「ちょっと、返事を保留にさせて」

「了解」


かと言って、簡単に了承するのもどうかと思ったので、一先ずこう返しておくことにした。










*










ウィルがいない時を見計らって、その隣のデスクに座っている闇祓いに話しかける。
彼はフランクと一緒にどこかへ行ったらしい。
丁度居合わせていたアリスに、フランクがどこへ行っているのか尋ねた。
アリスはくすくすと微笑みながら、部屋の番号を答えた。

は足を進めた。
その部屋は、闇祓いの研修など、実地の練習用に使われている部屋だ。

胸の奥ではそこで何が行われているのか、予想は出来ていた。

そっと扉へ耳を近づける。
いや、そうしなくとも、扉の奥で交わされている魔法は感じることが出来ていたが。


――やっぱり、そうか。


こうして、今まで地道に練習を重ねて来たのだろう。
しかし、そのことを私に気付かせないだなんて……。
は肩を下ろし、その扉へ背もたれた。

遊びに行っても、良いかもしれない。
そう彼に告げた時、彼はとても嬉しそうな顔で応えてくれた。















「フランクさん、ようやくマイナスイメージは払拭出来たみたいです」

「良かったじゃないか。君もよくやったよ」

「フランクさんの助言のお陰です」


ニコニコと嬉しそうなウィルに、フランクも笑みながら言葉を放つ。


「じゃ、俺の助言もここまでかな」

「……え?」


ウィルの表情が笑みのまま固まった。


「だって、俺、が好意を持つ対象のことは知っているけれど、惚れる対象なんて知らないし」

「……なるほど」

「ま、一つ言えることは、が一番そういうのに近い好意を持った相手がアラスターだった、ってことだけ」


じゃあね、と腕を振ったフランクは、そのまま立ち去る。
ウィルは腕を組んだ。
そう言えば、彼は、個性のきつい闇祓いの中でも、一、二を争う個性のきつさだった。
端的に言えば、食えないどぎつい性格をしている。

そして、彼がのことを大切にしていることは、分かっていた。


「なるほど。己で落としてみろ、と」


言いたいわけだ。
橋渡しはしたから、後は自分でどうにかしろ。

……闇祓い、って放任主義の人が多いよな。
フランク・ロングボトム、アラスター・ムーディ、そこにまで加わる。


「一番恐ろしいのは、ムーディだな」


あの人、別に何もしていないのに、明様な敵意を剥き出しているのは分かっていた。
余程弟子を手放したくないらしい。

しかし、だってあんな老いぼれよりこっちの方が良いのに決まっている。



























2009/1/10






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