06/変わってゆく何か














いざ了承の返事はしたものの。
マグル界に遊びに行くだなんて、初めてのことだ。
マグルの世界で着る服なんて、仕事用のスーツしかない。

そうウィルへ言ったら、適当に店に入って見繕ってきたらどうだと言われ、はそれを実行した。















手の平を握られた。
本来ならばそれは振り払っていただろうが、は苦い笑みでそれを迎えた。


「それで、どうして貴方は会った早々笑ってるの?」

「だって、いつもの服装とほとんど色が変わらないんだもん」


は自分の服装を見下ろした。
ちゃんとマグルの店員に見てもらったから、そんなに変な格好はしていないはずだ。
しかし、確かに、その服装には色彩というものがなかった。


「折角新しい服を買うなら、もっと鮮やかな色の服を買ってきたら良いのに……」

「……私、変な格好してるの?」

「それは大丈夫。ちゃんとマグルに見えるよ」


は改めて自分の服を見下ろした。
スニーカーとジーンズ。
上着も地味な色のものだったが、いつもは隠れている青い石のネックレスが今日は外に見えている。

彼もジーンズを履いていて、ここにいるマグルに紛れてしまいそうだった。


「それで、どうしてわざわざロンドン駅に来なくちゃいけないの?」


人の流れがひどく、もウィルの手を放そうとしなかった。
放したら二度と会えないような気がする。
ウィルはの手を引き、歩き始めた。


「それも旅の醍醐味だよ、。姿現しだけじゃあ何の風情もない」

「この人ごみにまかれているのが、風情?」

「だから魔法族って駄目なんだよな〜」


自分も魔法使いだろうが。
ウィルはを引き連れ、券売機へ向かった。
は物珍しそうな目でその機械を見つめ、上にある路線図を見上げた……眩暈がしそうだ。

はそれを見るのを止め、人が向かっている先にあるものを見つめる。
人が一列になって切符を機械に通している。
なるほど、魔法省のゲートのようなものか。

切符を手渡され、二人でそこへ向かう。


「……もしあそこで詰まったらどうするの?」

「そうしたら駅員が駆けつけてくれるさ。なに、、不安になってる?」

「そんなわけないじゃない」


と言いつつも、は改札機を凝視しながらそこを通り抜けた。
ホームに出ても、はじっと電車を見つめ、また改札機を見て、これって全部電気っていうので動いているのよね、的なことをウィルに繰り返し話しかけた。
そして詳細を求めるに、ウィルはの好奇心を刺激してしまったらしいことに気付く。

しかし、そんな詳細をウィルが語れるはずはなく、そんな感じのまま目当ての駅に着いた。

ウィルに引き連れられ、はある場所に辿り着く。
それを見た時、は僅かに眉を寄せた。


「Recreation ground?」

「そう、遊園地」


目の前の色彩豊かなゲートに、は物怖じしているようだった。
ウィルはそんなに配慮せず、歩みの弱まったの手を掴んで歩いて行く。


「……つまり、何をする所?」

「単語から推測して」


対照的にニコニコしているウィルは、そそくさとチケットを買い、そのままゲートを越えた。
引きずられ遊園地の中へ入ったは、まるで異界に紛れ込んだかのように辺りを見回した。
そして、その目は一つのものに惹きつけられる。


「……何か異物を被った人がいるんですが」

「着ぐるみを被った人だよ。あ、手を振ってくれた、ほらほらー」


の手をウィルは振る。

やって来た着ぐるみを、は凝視している。
そんな奇妙な行動をしているに抱き付いてやってくれ、とウィルは着ぐるみへ動作で指示する。
抱きつかれたは暫し表情を硬直させた。
手を振って着ぐるみは去って行く。


「……って!?」


はやっと我に変える。
ウィルは笑いを堪えるのを放棄し、大笑いしていた。

はむっとしてウィルの腕を掴み、すたすたと歩き出す。
向かう当てはないが。
すると、目の前に巨大なティーカップが見えた。

その中に子供が座っており、激しく回っている。


「やろっか」

「え?」


辺りを見回すと、そこには親子か友達同士、またはカップルくらいの姿しかない。
私たちは友達同士に当てはまるのかもしれないが、何か、こう、無邪気にああして遊ぶのはどうなのだろう。
その前に、大きなカップを激しく回すことが楽しいのか?

そう考えつつ、カップの中に座らされた。
なるほど、中に椅子があったのか。
そして目の前にはカップの中心から伸びた円形の板がある。

急にその場が動き出した。
戸惑うに、ウィルは言う。


「そこを回してみたら」


は手を伸ばし、回してみた。
同時にカップがくるりと回る。

はその仕組みがどうなっているのか暫し考えてから、とりあえず思い切りそれを回し始めた。
ウィルは遠心力で仰け反るほどに。


「ちょ、まっ…………!?」


カップが回っている間の愉快な音楽が鳴り止むまで、はぐるんぐるんそこを回し続けた。
微かに楽しげな表情を浮かべながら。


「なるほど。こうして子供たちが遊ぶわけか」


腕を組んでどこか満足げにアトラクションを降りるの肩に、ウィルが手をかける。
そこには、青白い顔をしたウィルが息も絶え絶えにしていた。





「ちょっと飲み物買ってくるから」

「飲み物買える?」

「この服を買ったのは誰だと思ってるの?」


はウィルをベンチに預け、背を向けて歩いて行く。
こっちとしては、自販機の使い方が分かっているのかと確かめたかったのだが……。
まあ、良いか。

ウィルは胸をさすった。
の三半規管は鋼鉄で出来ているのか。
あんなにコーヒーカップをぶん回している人は、初めて見た。
面白がってくれたのは嬉しいことだが。

遠目に、が手にカップを持って帰って来るのが見えた。


「ちゃんと買えたんだ」

「買えるわよ」


十分ほど帰ってくるのに時間がかかったのは、この際スルーすることにしよう。
その頃にはウィルの体調も良くなっていて、カップの半分ほど飲み干した後、へ渡す。


「どうぞ」

「あ、どうも」


は受け取ってから、少し考えた後、飲み物を飲み干した。
空のカップを持ったままウィルの隣に座る。
ウィルはそんなの横顔を見た。


「……なんか、やっぱり、がここにいるのには違和感があるなあ」

「連れて来たのは誰よ」

「俺」


はカップを潰し、足を組みかえる。


「……魔法界にはこういう所はないのかしら」


の視線は、目の前で楽しそうに両親の手を引っ張っている子供にあった。
ウィルは思いがけない質問を受ける。


「魔法界の子供、ってとても娯楽が少ないような気がする。
 マグル界まで来たらこういう所があるけど、生粋の魔法族はこんな所知らないでしょ。
 それに、魔法使いならこういうのよりももっとクオリティの高いものが作れるはずだわ」

「おっしゃるとおりで」

「誰か企業を起こしたら良いものの……でも、土地がないか」

「人目を避けるように生きている魔法使いがそういうことをするのは、難しいと思うな」


二人の背後で悲鳴が聞こえた。
咄嗟には振り返る。
マグルは空を浮いていた。
物凄い速さで。


「乗る?」


ウィルは素敵な笑みでに言う。
……もう、折角来たのなら。


「乗る」


ジェットコースターに乗ったは、グリンゴッツのトロッコを嫌う人が多くいる中で、マグルがこういうことを喜ぶのは不思議だとのたまった。
グリンゴッツのトロッコでさえ、空中で一回転はしない、と。
また、お化け屋敷の中で本当の幽霊がいないか、真面目に探し始めた。
その様子に化かす方のスタッフが軽く怖気づいていた。

そのような感じで、とウィルは二人して、ほとんどのアトラクションを真面目に制覇した。
は時々奇抜なそれに絶句しつつも、乗り終わった後は飄々と感想を述べた。





は目の前にぶら下げられたぬいぐるみを、ガラス越しに凝視している。
手元のボタンを押した。
ぬいぐるみは機械音を立てて動いていくが……。


「あ、落ちた」


クレーンにゆるく引っかかっていたそれは、ふとした拍子に落ちる。
の眉間に皺が寄り、財布をまた開ける。

とことん突き詰める人だ、とウィルは思いながらの行動を見守っていた。
まさかクレーンゲームにはまるとは。

クレーンはぬいぐるみを掴み、また動き始めた……が、またぬいぐるみはするりとクレーンを滑った。
しかし、次の瞬間にはぬいぐるみはクレーンに今までになくしっかりと掴まれていた。

妙な沈黙があった。


、ゲームに魔法を使っちゃいけないと思うけど」

「……だって、これ一個もらえるくらいにはお金払ったもの」


取り出し口からぬいぐるみを取り出す


「そんなに欲しかったんだ」

「いや、それほどまでは……」


指でぬいぐるみの毛並みを撫でてから、入れる袋をもらってくると歩き出す。
ぬいぐるみを入れた袋を背負って帰って来たが見たのは、射的に興じているウィルの姿だった。
覗き込むと、なかなか良いところまでいっているらしい。

ほとんど満点でゲームを終えたウィルの周りには、軽い人だかりが出来ていた。
も財布から小銭を取り出し、ウィルの次に銃を手に持つ。
気になったらせずにはいられないのだ。

その結果。


って、何でも出来るんだ」

「ま、運が良かっただけかもしれないけど」


ウィル以上のハイスコアを出したは、淡々とその場を立ち去ろうとした。
その時になって、二人の周りに前以上の人だかりが出来ているのに、は気付いた。















閉園時間に近付く。
太陽が沈んで少し経った頃、二人は観覧車に乗っていた。
はじっと窓の外を見つめている。
マグルの町の夜景が一面に広がっていた。

何か変わったことがあるのか、とウィルが聞く。
すると、今までこれを見れる条件にいたことはあったけれど、こうしてまじまじと見ることがなかったから、と返答が得られた。
箒に乗りでもすれば、このような夜景はいくらでも見れるのだ。

これじゃあ、子供を引き連れた親だな、とウィルはロンドン駅でに会ってからずっと思っていた。
ここは恋人たちがキスをする定番の場所だ、とに言ったら、彼女はどう反応するだろう?
外を見つめるを見て、思う。

――まあ、今そんなことを言いはしないけれど。


観覧車を出て、二人は出口へと向かった。
しかし、光のない中で一際きらめいているものがの目を奪った。
メルヘンチックな音楽がその場に満ちている。


「あれ、乗ってないよな」

「乗ってないけど」

「じゃ、行こうか」

「もう出なくちゃいけいないんでしょ?」

「大丈夫だよ、これくらい。それに、全部制覇してやるって言ったのはだ」

「でもこれって、本当に子供向け……」


と言った途端、の目に、それに乗りながら見つめ合っている恋人たちの姿が飛び込んできた。
の足が止まるが、ウィルは動じない。


「もう本当に良いって!」

「まあまあ」


何がまあまあ、だ。
ウィルはをほとんど押し込むかのようにして、入場口に並ばせた。
むっとしたの目を、先ほどの恋人たちがキスをしている光景が通り過ぎて行く。
は目を見開いた。

そうしているとあっという間に次の順番が回ってきて、はウィルに背中を押されるようにしてそこへ入る。
「メリーゴーランド」そのものを理解していないは、立ち往生する。
すると、隣の人が不穏な動きをしたような気がした。


「う……!?」


身体が浮き、近くにあった白馬のはりぼてに横座りされる。
隣にウィルが座った。


「……何を?」

「何って?」


ウィルはメリーゴーランドが動き出す前に、の前にある棒に捕まる。
ウィルの両腕の間にの身体があった。


「……何?」

「いや、捕まらないと、俺、落ちるし」


その通りだった。
動き出したメリーゴーランドは、円周に回りながら上下に動くという奇怪な動きをする。
しかし、腑に落ちない。


「ちょっと恥ずかしいんですが」

「え? どうして?」

「こういうことは恋人同士がするものじゃないの?」


少し沈黙があってから。


「まあ、そうかな」

「分かってるのにどうして?」

「ノリで」

「ノリって……」

「でも今更もう降りれないし、ちょっと我慢してくれない?」

「まあ……そうするしかないけど……」


目線をやった所に、またカップルがいた。
またいちゃついている。
何だ、このアトラクションはこういうものなのか。
が頭の中で悩んでいると。

急に白馬が揺れた。
何も捕まっていなかったは体が揺らぎ、一瞬冷や汗が出る。
しかし、その身体はウィルに抱き留められた。


「!」


は心中何ともいえない複雑な気持ちを抱いたが、平静を装う。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


屈託のない笑みが、複雑な心中によく分からない衝動を引き起こす。
すぐにそれはなくなったので、はそのことを忘れた。

しかし、メリーゴーランドが止まって、降りる時もウィルに抱きかかえられて降りたので、この男は私のことをなめ過ぎだろうと思う。
しかしよく見たら、足をかける所と馬の上までは結構な高さの差があり、自分だけで乗れる気はあまりしなかった。
――感謝すべきなのだろう。

そのことを言ったら、ウィルはまた意にも介していないようにに対応した。















閉園した遊園地は真っ暗だった。
その前に二人立ち、は今日の感謝を述べるべきなのだと思う。


「今日はありがとう。色々興味深くって、面白かったわ」

「楽しめてもらって良かったよ」


本当に、良かった。
正直、が本当に遊園地で楽しめるかどうか不安だったのだが、の人一倍の好奇心がそれを助けたようだ。
まあ、完全に親と子供の図だったが。

はにこりと微笑んだ。


「じゃあ、また明日」

「ああ」


ウィルはの身体に近付き、その額にキスを残した。
が少し驚いている内に、ウィルは姿を晦ませる。

一人残されたは、ふとある格言を思い出す。
額の上なら友情のキスらしい。
誰の言葉だったかは、忘れたが。


「……まー、良いのか」


これくらい日常の範囲だ。
むしろ、ここまで敏感になっている自分がおかしいと思う。
それに、彼には本当に感謝しているし、友達だというのを否定しようとはもう思わない。















「ただいま!」


元気良く帰って来たにムーディは驚いた。
外はもうとっくに暗いのに、それにそぐわずとてもウキウキしているように見える
とても珍しい。


「どこに行って来た?」

「遊園地、とかいう所」

「遊園地?」


聞き返すムーディに、は立ち止まる。
そして少し考えてから。


「多分、アラスターは行くことがないと思うわ」


眩しいほどの笑みを残して、は自室へ向かった。
こんな様子のを、初めて見た、と言っても過言ではない。

今までに見たことがないくらい若々しい。

そう思っていると、またドタドタと足音が近付いてくる。
まだマグルの格好のままのが戻って来た。


「お土産、どうぞ」


それだけ言い残して、また自室へ戻って行く。
ムーディは渡された缶を見た。
キャラクターが印刷されている。

缶の周りのビニールを破り、蓋を開けると、中から何とも陽気な印刷がされたクッキーが現れた。


は袋からぬいぐるみを取り出し、ベッドに寝転んでそれを眺めた。
よく見ると間抜けな顔をしている。
が、愛嬌があるような気もする。

手触りの良いそれを、枕の隣に置いた。
装飾のない部屋にそれだけが異質だったが、は意に介さない。

家に帰っても胸が浮き立っている自分が不思議だった。
でも、その理由を突き止めようとは思わない。
今日は楽しかった。










*










は、昨日散々一緒に遊んだ相手を見つけて、にっこり笑みを浮かべてそこに近付いて行った。


「おはよう」

「あ、おはよう」


そして、二人で雑談を交わし始める二人を見て。


「何か急に親しくなってない?」

「遊園地、とやらに行って来たらしいぞ」


訝しげなフランクは、ムーディの言葉だけでは納得し切れなかった。
彼は生粋の魔法族である。
それはどういう所だ、と思いつつも、そこはきっと何か楽しい場所なのだろうと思う。

とウィルの二人は明らかに先日より親しげだった。
特に、がとても彼と話しながら楽しそうにしている。

そう思っていると、がフランクの方へやって来た。


「あ、フランク、お土産」

「どうも」


からもらった缶を、フランクは淀みなく開けた。
可愛らしい缶の中には可愛らしいクッキーが入っていた。
その包装も開け、クッキーを手に掴み、口へと入れる。


「ん、おいしい」


もう一個をつまみ、ムーディへ差し出す。


「どう?」

「わしはそれを、お前より先にもらっている」


その後、とウィルが親しくなっていることに気づかない闇祓いはいなかった。
見る目に明らかに、が彼に接触している時間が長いのだ。
それでがウィルのことが好きになったのか、と考える人もいたが、に最も親しい人はそうは考えなかった。

今までムーディと共にいた時間をウィルと一緒にいることに費やせば、必然的にムーディと会う時間がなくなる。
ムーディが日増しにピリピリとした雰囲気をさせ始めたことに気を揉んだアリスは、に問うた。


「アラスターとも一緒にいてあげたら、


は至極真面目な顔で、こう言った。


「ウィルと一緒にいたら楽しいの。アラスターとは、別に毎日家で会うし……」


その言葉に立ち尽くしたアリス。
フランクが側にやって来て、感心したかのように言った。


「小学生の恋愛まで発展させたか……ウィルもやるな」

「小学生……ね」


アリスは、楽しげに話すとウィル、そしてムーディと、何故か不穏な目つきで二人の様子を見ているキングズリーに視線をやった。



























2009/1/11






next

top