目の前にいるのは、赤い髪をして緑の目をした、奇妙な女だった。
此処はスピナーズ・エンド。
――目の前にいるのは、あのムーディの弟子だ。
02/Severus Snape
下手なことはできないが、有益な情報を聞き出すこと位は出来るはずだ。
その後は忘却呪文をかけ、その場に置いておけばそれでことは全て済むはずだ。
眼下の女は、じっとむっつりとした表情でこっちを見上げている。
だから、こっちを見ないで欲しい。
その目が違うものを思い出させる。
じっとりとした視線で、はたと思い出した。
らしくない。
セブルスは杖を構える。
磔の呪文を唱えた。
目の前の人は、服従の呪文で身体を曲げることも許されず、自由な息だけでそれを耐え忍ぶ。
流石に、目は地面を辿って、セブルスから外された。
暫し経ってからセブルスは呪文を解く。
「吐く気になったか?」
即座にの目が上がった。
「誰が?」
乱れた黒い髪――また元に戻っている――は、の顔にかかっていた。
しかし黒い眼光は、セブルスのものとは異なり、髪の奥から鋭く光っている。
黒い髪が汗で首に張り付いている。
セブルスはもう一度、杖を振る。
またの目がセブルスから離れようとしたが、今度はそれは途中でセブルスに戻ってきて、じっとセブルスの目を見つめた。
目には激しい嫌悪が湛えられている。
この女――。
セブルスはまた呪文を止めた。
「……吐く気には?」
「全然。――馬鹿な男」
「何?」
「貴方、ちぐはぐよ」
は、この男の行動と言葉に一致しないものを覚えていた。
そうしながらも心の中で解呪の呪文を唱える。
「やること為すこと、おかしいわ」
死喰い人のセブルス・スネイプ。
彼はこんな人物だったか?
話では、もっと頭の切れる人物だと聞いていた。
磔の呪文を効果的に使えない人物だなんて。
拷問する対象を、こんな場所に置いておく人物だなんて。
笑ってしまう。
は立ち上がった。
セブルスは思いも寄らなかった事態に驚く。
は自分の杖を呼び戻した。
二人の閃光がかち合う。
「私を甘く見たのがまずかったわね!」
「……確かに、甘く見過ぎたようだ」
知らぬ間に解呪されていた呪文。
ムーディの弟子の能力を思い知った。
手加減をしていたらこちらがやられるかもしれない。
それは簡単に享受出来ることではない。
しかし、ムーディの弟子を叩きのめしたら……後からあの人に何と言われるだろうか。
むしろ、叩きのめすことができるのだろうか?
あの人の存在が、彼にちぐはぐな行動をさせる。
この女に殺意は元々ないのだ。
後から忘却呪文を唱えたら良い、と思っていた……。
セブルスの新しい立場で、彼女をどう扱うか、彼は決めあぐねていた。
どうにでもなる奴だったらうまく丸め込めていたものの、彼女は強い。
そして――。
の意志の強い目がセブルスを見据えた。
は、カメレオンのように色を変化させている。
今は、また赤い髪に緑の目。
はセブルスを追い詰め、彼の心臓へ杖を差す。
「終わりよ」
セブルスは緑の目に吸い込まれるようだった。
彼女の独特の強い口調がまたそれを促す。
視界の端に、深い赤い色の髪の毛が見える。
狭い路地の奥で、折り重なるように二人はいた。
二人を隔てているのは、杖の距離だけだ。
柔らかそうな唇が、目の前で呪文の形をとって動き始めた。
その目は紛うことなく自身を見つめている。
今まで僅かずつ溜まってきていた衝動が、このシーンで暴発する。
彼女は――。
が呪文を唱える間に、セブルスはの杖の先を手で押さえ込んで地面に向けて、彼女の肩に触れる。
今までがプログラミングしてきた追い詰められた死喰い人が取る行動に、それは入ってなかった。
その一瞬の脳みその機能停止がまずかった。
だって、彼がこっちに被さってくるから。
それも、今まであまり体験したことがないような形で。
すぐにその情報の処理が出来なかったのだ。
瞬間にパチンと頭がはじけて、完全に脳の機能は停止した。
が呪文を唱えていたその唇に、セブルスは自分のものを押し当てていた。
は目を見開いたまま固まる。
身じろぎすらしない。
息さえ止まっていた。
自分が何も考えられないということさえ、考えられない。
真っ白だ。
沈黙の数秒が経ってから、は一つ瞬きをして、強く拘束されていなかった頭を少し動かす。
本能的なもので、それは全く意識を伴っていなかった。
見広げられた目はまだ何も見つめてはいない。
セブルスの目は現実を見つめた。
の見開かれた黒い目。
それで現実を思い知らされた。
愕然としてを離した。
彼女は、自分と同じ黒髪に黒目の姿に戻っていた。
今まで自分が夢を見ていたことを思い知る。
馬鹿な。
そんなことがあるわけない。
ありえない。
少しの間うろたえている間に、がはっと正気を取り戻すのが見えた。
は自分が杖を握っていることに気付き、何をされたのか認識し、セブルスに振り向いた。
「――!」
声にならない声を上げて酷い怒りの形相でこっちに向かうに、セブルスは何かを断ち切るかのように大きく杖を振る。
を中心に、円状に魔法は炸裂した。
レンガの壁がガラガラと音を立てて崩れ、の上に降りかかる。
は咄嗟に身体を庇ったものの、あまり効果はなかった。
強く身体を切り付けられて、マントが大きな衝撃でたなびく。
吹き飛ばされそうな衝撃に杖を振ることさえできない。
空気に血が舞う。
ちらりと目を開けて辺りを窺うと、辺りは白い砂煙に巻かれている。
彼は――いない。
身体に激情が迸る。
服が裂け皮膚が裂けて、身体が血に染まる。
足が地面に着いているのかさえ、もうよく分からない。
視界に赤いものが混じった。
最後に後頭部に重いものが圧し掛かり、は気を失った。
セブルスは、その足でスピナーズ・エンドを駆け抜けていた。
もう少しで姿晦ましの妨げの魔法の効果も切れるはず。
その時まで、どうにか現場から遠く離れなければならない。
人目の全くない所へ入り込み、セブルスは一旦止まって息を静めようとする。
自らの立てる音以外、何の音もしない。
セブルスは動揺していた。
あの闇祓いの女が彼女に似ているわけない。
そう思うこと、見間違えることなど、言語道断だ。
壁に拳を叩き付ける。
何度も何度も。
それが終わったら、今度は足で壁を蹴る。
座り込みそうになるまでそれを続けたセブルスは、手で顔を包み込んだ。
己が許せない。
許せない。
許せない。
が。
自分が、今度彼女に会った時、どういう行動を取るのか。
それが怖くて堪らない。
彼女はまたあの光る目で自分を見据え、強い口でものを言うのだろうか。
それを見た時、私は――私は――。
2008/8/20
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