いつの間にか降り出した夜の雨は、地面を強く叩いている。
暗い陰鬱な天気だった。
雨水は地面の上で小さな流れになって、排水溝へ流れて行く。
建物の上を見ると、それはまた窓を濡らし、点々とした雨水がまた窓を伝って、幾つもの線になる。
カツン、カツンとブーツの音が磨き上げられた廊下に響いていた。
雨水がしとしとと足元を濡らしている。
オレンジの灯りの下、黒いマントが上下し、揺れている。
魔法省大臣のいる部屋にノックが響いた。
序章/漏れ鍋にて
大臣はあっさりとそれに了承の返答をした。
すると扉は開き、人影がそこに現れる。
ゆったりとした黒いマントを被り、性別の区別がつかない。
黒しかその身に纏っていなかった。
するとその中で妙に白く見える手が伸びて来て、深く被っている重い水の滴るフードを取り上げた。
その瞬間、マント全身の雨水、そして今まで地面に落としてきた全ての水が消え去った。
強い意志の感じさせる、黒い目が印象的だ。
肌は白く、顔の作りは端正である。
通った鼻筋に、適度の脂肪の乗った頬、赤い唇がバランス良く並んでいる、女性だった。
肩にかかる髪まで、真っ黒だ。
目が醸し出すものからそんなに若くない筈なのだが、化粧っ気は薄い。
しかしその容姿は、美人と形容されるには十分だった。
そうである筈なのに、その表情はそういう形容からは懸け離れたものだった。
「些か無用心ではないでしょうか、大臣。
ろくに相手を確かめもせず、生返事で相手を通す事を許すなんて…」
彼女の唇からは凛とした声が出たが、表情は目を細めて呆れていて、溜息でも吐きたそうな雰囲気だった。
肩を落として説教を言い出す彼女に、大臣は苦い笑いを浮かべる。
「がこの時刻に来るという事は、知っていたからね。
…まあ、まあ、今は昔のように物騒な世の中では…」
「それの前兆が表れましたから、私は今此処にいるんです」
「」と呼ばれた女性はそれでも、目で大臣に訴えるような視線を送っていた。
大臣はそれに堪らず両手を上げる。
「――すまない、すまない、だからこれからはちゃんと気を付ける事にするよ――」
「心得ておいて下さい…それでは、本件をお話します」
彼女は大臣の元へ歩み寄って、直立した。
「漏れ鍋の店主、店員、ダイアゴン横丁の住民に、明様にならない程に事情を話してきました。
皆さんにこちらに力を貸してくれる事について、了承を得る事が出来ました。
そして明日に同僚にもこの警戒態勢について、度々協力を仰げるよう手配します」
「ご苦労」
大臣は満足そうに頷く。
そして座っていた椅子に深く腰掛け直して、彼女を見上げた。
彼女は小柄な体格で背は低い方だが、全くか弱さは感じなかった。
寧ろ――
「…、…いつもに増して目が怖い」
大臣は緩く苦笑して単純な感想を述べた。
言われた本人は数度瞬いて、少し間を置いて答えた。
「十二年ぶりに闇の勢力が大きな動きを見せました。
これで気分が高揚しない闇祓いはいないでしょう。
それに…シリウス・ブラックについては私も私的な感情がありますし…」
「個人的感情に振り回されないで欲しいものだが…」
大臣は何かを思い出したかのようにその言葉を言った。
しかし彼女はその言葉を聞いて、少し含みのある微笑を顔に浮かべた。
「大丈夫ですよ、そういう感情があろうとなかろうと、私がする事は一つです。
闇の勢力の拡大を止める事――それがどういう方法であっても」
大臣は、とても苦い笑いを顔に浮かべて彼女を見た。
彼女は茶目っ気たっぷりに再度微笑んで見せて、貴方もそれは前から知っているだろうと、示唆させる。
大臣は頭を抱えて溜息を吐いた。
「…とにかく、だ、えー…君が此処に来た理由は…そうだ、ハリー・ポッターに会うかね?」
「ああ、結構です」
「え?」
彼女はマントを翻し、帰る格好をする。
やはり長く此処に居られる時間はなかった。
大臣は慌てて、扉へ向かう彼女を引き止めようとする。
「ハリーに会う事も君の目的じゃなかったか?」
「そうですけれど――大体彼の気配掴みましたし、十分ですよ。
私がとても忙しいのはご存じでしょう?」
「しかし…」
彼女は唇を吊り上げて言った。
「またすぐに会えますから、いいです」
大臣はその返答に納得して微笑を見せる。
すると・魔法法執行部闇祓い本部長は頭を下げて、大臣のいる部屋から出て行った。
2007/4/2
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