01/Hogwarts castle
私はかのホグワーツ城を目の前にしていた。
ヨーロッパの三大魔法学校の一つに数えられる、ホグワーツ魔法魔術学校。
目を瞑ってみると、雑多な魔法の気配が身に染みてきて、伝統はだてじゃなかったのだと実感する。
この気配に沢山の生徒が加わったらどうなるのだろうか…
目を見遣ると、硬く閉ざされた鋳鉄の門の両側で、黒い布が揺れていた。
「どう? 何か不都合は?」
吸魂鬼はその問いに頭を振って応えた。
は満足げに頷き、再度言う。
「それなら良いわ。
何かあったら、定期的に私が回って来るからその時に報告して頂戴。
絶対に敷地内に入っては駄目よ」
吸魂鬼はそれにはすぐに頭を縦に振らず、無言だった――否、彼らは「声」を元々発する事は出来ない。
は頭を掻いて困った顔になる。
「うーん…貴方達がもしこの敷地内に入ったら、恐らく猛烈な抗議が来るわ。
そうしたら此処にいる事さえ出来なくなってしまう…元々此処の校長は、貴方達の事について否定的なのよ。
だから滅多な事をしてはならないわ――納得して貰える?」
やっと吸魂鬼はゆっくりと肯定を示すように、縦に頭を振った。
は御免ねぇ、と魔法族の誰もが嫌悪する吸魂鬼に対して苦笑して見せ、もう片側にいる吸魂鬼にも視線を送る。
するとその吸魂鬼も、ゆっくりながら頷く。
彼らにとってこのホグワーツの中は、若い子供達が沢山いる格好の餌場だろうに。
は苦笑を止められず、目の前でガラガラと空気を吸い込む彼らを見ていた。
吸魂鬼が其処にじっと立っているのを確認してから、はその目の前にそびえ立つ壮大な古城を見上げた。
そして腰からするりと杖を取り出し、それを左手で目の前に構えて息を吸う。
流れる様な呪文の羅列が晩夏の空気に響き、杖は時に円を描くように、時に鋭く空に振られる。
呪文の詠唱に合わせて杖の先端からは火花が立ち、それが一つの光になって門の錠前にぶつかった。
が杖を下ろして門を見ると、固く閉ざされた門は緩く動き出していた。
「…良かったー…」
肩を下ろして安堵する。
元々の杖腕と違うのにこのような難解奇怪な呪文、きっちりこなせるかどうか不安だったが、これも一種の此処の校長が私を試す試練だったのかもしれない。
は彼女の象徴とも言える黒いマントを翻して、するりと校門を乗り越えた。
今まで自分がいた所に振り返ると、柵越しに吸魂鬼の姿が揺れている。
冷たい門を手の平で押すと、開錠の時とは正反対に呆気なくそれは閉まった。
そして改めて広大な敷地を目に収めるとは困ったような表情になる。
「…此処、本当に私だけで守れるの…?」
あまりに広いその敷地。
魔法省も無理難題を押し付けてくれた、と後はもう笑うしかない。
強固なホグワーツの城壁が侵入者から生徒を守ってくれるだろう事は知っているが、その侵入者が此処に入り込む可能性があるからこそ、私は此処に派遣されたのだ。
しかし新しい魔力の感じる空気に、は高揚感を覚えていた。
…面白い場所だ、此処。
城へと続く道を辿りながら、きょろきょろと辺りを見回す。
しかし城は近付くにつれてどんどん巨大になっていき、目下は困った。
ガーゴイルの像、ガーゴイルの像……蛙チョコ、蛙チョコ…
前者は校長室の入り口の場所、後者は合言葉。
もし今日中にガーゴイルの像を見つけられなかったら、行く場所ないなあ、とは冗談ながら少し途方に暮れた。
*
何とかは石のガーゴイルの像を見つけ出し、校長室の樫のピカピカとした扉の前へ辿り着く事が出来た。
扉を甲で二度叩いた。
「入りなさい」
はその言葉通り、扉を引いて、久々に出会う白髪の老人に笑みを零した。
老人は何年か前に会った時と全く変わってはいなかった。
独特な気配が老人から、そしてその部屋全体から発せられている。
目線を上に上げると、恐らく狸寝入りをしているだろう歴代の校長画があった。
貴重な道具が戸棚やテーブルに並べられ、それを見るだけでも時間を有意義に使えるだろう、と思う。
極めつけは今ほんの側にいる、不死鳥だ。
「お久し振りです、ダンブルドア校長」
「、君も随分立派になって…アラスターも喜んでおるじゃろう」
ダンブルドアは半月型の眼鏡を押し上げて、眩しいものを見るかのように柔和な笑みを見せている。
はその視線に気不味くなる。
フォークスは黒い目でじっと、を観察していて何の物音も発さなかった。
「いいえ、あの師匠は相変わらずですよ。私を褒める事なんて滅多にないですから」
「ふむ…手紙の内容と多少異なっておるの…」
「…何ですか?」
が不審げに問い正すが、ダンブルドアはそんな問いには答えなかった。
は躊躇なく不満を顔に顕わにする。
「そう怒らんでも良い。その話は後にしよう――今はまず事務処理じゃな」
ダンブルドアはそんなを見ながら楽しげに微笑んでいたが、はその言葉にはっと気付いて、手を空にかざす。
すると其処に書類袋が現れ、はそれをダンブルドアへ渡した。
「魔法省からの正式な文書です」
ダンブルドアは羊皮紙の書類を其処から出し、それを眺めて、最後の方にサインを手馴れた風にすらすらと書き付けた。
そしてその書類を袋に戻してから、に手渡す。
「これで君は今年一年、ホグワーツにいる事になる」
「有難う御座います」
はまたその書類袋を空に消えさせて、真っ直ぐにダンブルドアを見た。
「私の闇祓いとしての、この一年間の仕事は三つです。
一つは、シリウス・ブラックからこのホグワーツを守る事。
ハリー・ポッターの警護もそれに含まれます。
二つは、吸魂鬼の管理と統制。
三つは、今年この学校に来る人狼の教師について、不測の事態を起こさない事、そしてその場合にその処理をする事です」
「魔法省からの命令かね?」
「…そうですね」
は苦笑した。
ダンブルドアの全てを射抜いているような目が、何ともくすぐったい。
「…杖腕を負傷し、症状を悪化させるような魔法を使う事を禁じられた私が、それら全てを円滑に行えるとは、今の所思えません…怪我が完治したら別ですが。
完治するにも数ヶ月かかるだろうと、聖マンゴの癒師からも言われています。
――完治したらその命令を遣り遂げてみせる自信はあるのですが…数ヶ月はどうも…」
「無理をすると、完治するものも完治しなくなる」
「現場に出れない今現在、それを一番実感しています」
元々デスクワークは嫌いなのに、実戦で戦えないとなれば、の鬱憤は酷いものだった。
ダンブルドアはリードで繋がれた犬のような、今にも飛び出したいのに飛び出せない、そんな彼女を見て指先を組み直す。
「数ヶ月は養生する事じゃ」
「…それしか、ないですよね……直属の上司の一人にも、そう言われました…
そしてその場所には、このホグワーツは絶好の場所だと」
「それはそれは。そのご期待に添えんといかんのう」
「ブラックが此処に当分の間来ない、という不確かな仮定が整った上での話です」
ダンブルドアは嬉しそうに髭を撫でていたが、それを諫めるようにが言う。
「固くならんでも良い。君以外にも、この学校には優秀な教師が沢山おる。
一人で抱え込まんでも、そう易々と人の侵入を許すホグワーツではないぞ」
「…………そのお言葉に甘える事にします、今の所は」
「宜しい」
はダンブルドアの言葉を聞いて固い表情からくすりと笑い、それを皮切りに笑いが中々止まらなかった
ダンブルドアはの笑いが収まるまで待ってから、次の話題を切り出した。
「それで、魔力の雰囲気はどうじゃな?」
「大丈夫、だと思います。
ネックレスを取られてはちょっと厳しいかもしれませんが、あったら不都合はないと思います」
の胸には銀鎖のネックレスがかかっている。
そのペンダントには、魔力抑制鉱石が嵌め込んである。
彼女の動物的な魔力を感じる能力、完全に自由に扱えない大きな魔力を、それで押さえ込んでいるのだ。
ムーディがが余りにも環境に敏感なのに呆れ、そしてその大きな魔力で何か大事をしでかす前に、彼女に与えたものだ。
その能力のせいで、は人ごみがあまり得意ではなかった――人の様々な気配が、彼女を酔いに近い状態にしてしまうのだ。
ダンブルドアはその事情を知っている。
の答えに、満足げに頷いた。
「それでは、最初の話題に戻って――アラスターからの手紙についてじゃ。
について、腕を負傷していたとしても中々使える奴であると、明確に書いてあったのじゃが…」
「…え?」
「しかしそれにかこつけて、無理な労働をさせるな、と厳しい口調で書かれてあったのう」
「……」
は思わず吹き出し、口元に手を当てて笑った。
ダンブルドアもその心境は分かっているようだった。
「――ある意味、過保護な師匠で――不器用な人ですから。
私が此処に出かける時は、しっかり仕事を遣り遂げて来い、とだけ呟いただけだったのに…」
「そうじゃったのか? …手紙とは別人よのう…」
とダンブルドアは、二人して笑う。
「――それで、、君を十分に休ませて欲しいと書いてあった。
最近働き過ぎで、全く休んでないと。
わしも古い友人の希望には、出来るだけ応えるつもりじゃよ」
「…有難う御座います」
はこの人にそう言われては、そう答えるしかなかった。
そして肩を下ろして、過保護な師匠に今度会ったら何と言ってやろうか、と早くも考え始めた。
何ともある意味身勝手な師匠である。
それが全く嬉しくない、という訳ではないけれど。
「それで君の滞在に関し、何らかの名称を付けんといけないのじゃ。
わしとしては「助教授」辺りで良いと思うが…どうかね?」
「校長がそう仰るのなら。
仰々しいものは避けておきたいですし。
でも、それに似合う働きが出来るかどうか…」
「それで、じゃ。二つの最善と思える選択がある」
ダンブルドアは二本の指を立てている。
は先を促すように、頷いた。
「一つは、闇の魔術に対する防衛術じゃ。
知っての通り、やって来られる教師は人狼じゃ。だから、その何らかの助けをして欲しいと思う。
もう一つは、魔法薬学。
魔法薬学の先生には今年、脱狼薬を作るという大きな仕事を頼む事になる。
同じようにその助けをして欲しいのじゃが…」
「では、魔法薬学をお願いします」
は迷う事無く答えた。
ダンブルドアはそれに深く追求する事無く、机からそれにあたっての書類を探し始める。
はそんなダンブルドアを、有り難く思ったけれど、何となく突っ込まなくてはいられなかった。
「闇祓いである私が、防衛術を担当したくない理由…お聞きにならないのですか?」
「大体分かっておるよ。しかしそれもわしの見当違い、という事も有り得るが…」
「恐らく合ってらっしゃると思います」
この魔法使いに限って、それはないと思った。
は泣き笑いのような表情をして、目の前に繰り出される書類面を見る。
随分と強力な契約書だった。
こんなに魔力が強いものは、見た事がない…書いたら最後、契約を破ればどのような事になるか、想像に難い。
職業柄こういうものに関して警戒が高まるが、そう言ってもいられない。
緩んだ顔が、知らず知らずにきゅっと引き締まった。
羽ペンを握り、筆記体で氏名を其処に書き留める。
書き終わるとそれはくっきりと羊皮紙に焼き付けられた様に鮮やかに、映る。
これで契約は完了だった。
は肩を下ろして、一息吐く。
ダンブルドアが機嫌良さ気に微笑んでいたのに、は気が付かなかった。
その微笑には何らかの他意が含まれていた。
2007/4/6
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