02/運命の示唆














コンコン


ふいにノックの音がして、はそっちへ目を遣りながら、次へ来る人の為に校長の前から下がる。
今まで城内で校長以外の人を見た事がなかったので、何気なしに気配を窺ってみた。

…ん?

何かが引っ掛かった時には、もう扉は開いていた。


真っ黒な蝙蝠のようなシルエットで、陰鬱な雰囲気を身に纏っている魔法使いだった。
黒は黒でも、のものと質が異なる。
そして肩まで届く黒の髪をの目が見届けるのと同時に、無意識に彼女の脳は違う事を考えていた。

がその魔法使いの顔に目を遣ると、その暗い目との視線が噛み合った。

彼にしてみたら、校長室に先にいた人を単に目に留めただけだった。


彼の姿を見たほんの瞬間だった。

は目を見開き、反射的にその魔法使いにびしりと指を指した。
驚きを含んだ嫌悪感を顕わにして言った。


「――セブルス……スネイプ…っ!!」


十数年前の、悪夢の再来だった。


は昔の忌まわしい記憶が付き添う青年の姿を、目にも鮮やかに思い出した。
死喰い人のリストの中の一枚の顔写真を思い出し、思い描く。

昔の青年の姿と照らし合わせると、その魔法使いはそれに似過ぎた。
そして何といってもこの気配、見紛う事はないし、こんな人が他にいる筈がない。

声には思いの他、そういう感情が篭っていた。

目はじっと強く彼を睨み続ける。



セブルスはいきなり校長室に先にいた魔女に指を指され、不快感より驚きが勝った。
何をいきなり言うのか、とその魔女を見る。

全身を黒で纏い、すらりと伸びた背にまず目が行った。
顔を見ると整った顔立ちに、黒い目が光っている――この目――


「…、か…?」


顔を見ながら、途切れ途切れに言う。

昔の記憶が呼び起こされ、忘れていた細かな彼女の容貌まで思い出す。
その顔を見れば見るほど、そしてその姿を目に留めれば留めるほど、その疑問は確信に変わる。

間違いない、あの女だ。

セブルスは彼女を見て昔の事を思い出し、妙な胸騒ぎがしたが、それを顔に出す事は決してしなかった。

二人共の顔が驚愕していた。


「紹介しよう、セブルス。
 こちらは魔法省からいらっしゃった、闇祓いのさんじゃ」


ダンブルドアは今度はに向き直る。


「紹介しよう、
 こちらは本校の魔法薬学の教科を担当している、セブルス・スネイプ教授じゃ」


……


奇妙な沈黙があった。
ダンブルドアだけは朗らかであったが、他の二人、特にはさっきまでとは打って変わって険悪な表情を抑えようともしない。

はやっとの事でマントの下でゆっくりと腕を組んで、セブルスにまたゆっくりと向き直って言った。
目は相手を貶すかのように、じっとりと細められている。


「…そうでした、貴方はダンブルドアの計らいで、此処の教師になったんでした…
 ホグワーツの教授陣を確認して来なかった、私に負い目があると思いますが――校長、さっきの契約書下さい」

「何をする気じゃね?」


ダンブルドアは嬉々としていた。
その答えは分かっているだろうに…


「何とかして、破ります」

「「破る」というのは、魔法を?」

「勿論」


セブルスは訳が分からない様子で、二人の応答を見ていた。
しかしダンブルドアが、面白がってこの魔女を弄んでいる事は分かる。


「下さい、そうしたら何とか…」

「症状を悪化させる魔法は使えない、とさっき言っておったじゃろう?」

「緊急事態は別です」


落ち着いた言葉に内なる闘志を燃やし、はダンブルドアに食って掛かっていた。
そして眉を寄せながらそれを何をするでもなく見ているセブルスに、は苛々して畳み掛けた。


「貴方も何とかしてよ!
 どうにかしなきゃ、私は貴方の教科の助教授になる!!」

「…我輩はそんな事を了承しておりませんが、校長?」

「わしの判断じゃよ、セブルス。
 今年は脱狼薬の事もあり、大変じゃろう?」

「その位我輩一人で大丈夫です――勝手にそんな事をされても困るだけなのですが」

「利害が一致したようです。だから下さい、校長!」


セブルスは冷静な口調に校長に対して少し嫌味を込めて、怪訝そうにしている。

ダンブルドアは熱を持った、そしてそんなセブルスに対し、飄然と言う。


「ホグワーツの魔法が解けるかね?」


は唇を噛んだ。
何しろそれには長い歴史がある、それにこの校長の口振りからしてそれは不可能な事なのだろう。
でもはどうしても言いたい事があった。



「――私は、この人がアズカバンを逃れた事について、正当な判断だったと思っていません――!」


セブルスはそれにびくりと反応し、眉間に皺を寄せてを見た。
低い声で言われたその言葉は、何とも此処の空気に広く響いた。

はその低い声の通り、目を怒らせ、眉を逆立てている。
殺気すらも感じるようで、闇祓いの片鱗が此処で伺えられた。

セブルスはその姿に見覚えがある、そして彼女の言葉に身に覚えがあった。

彼はの姿を見るだけで終わって、口を開く事はない。


「…アズカバンに入るべきじゃったと?」

「死喰い人であれば、無条件にそうなるべきです」


ダンブルドアは小さく息を吐いた。
の姿に、彼女の師匠の頑固さが思い出されて、困る。
言う事成す事、彼女の師匠とと大差がないのだ。

それならば下手に説得しようとしたって、無駄だろうという事は容易に分かる。


「昔の判断を今嘆いても、仕方がない。昔の事じゃと水に流す事は…」

「無理です」

「その様子からでは、そうであろうな…
 しかしこう言えば分かって貰えるじゃろうか」


はダンブルドアを半ば睨み付けるように見た。
セブルスは校長が何を言うのだろうかと、興味を持って視線を遣った。


「過去の事は過去の事じゃ。改めて違う道を選ぼうとしている者を拒むのは、可哀想じゃろう?」


はその言葉を真顔で聞き、はたと下を向く。
そしてゆっくりと左の拳をぎゅっと握り、苦笑気味に笑った。
そのままの顔で、ダンブルドアに向き直った。


「…少しは理解出来ました。
 でも私は、この男を認めようとは思いません」

「宜しい」


良いのか?、とセブルスは反射的に思う。
セブルスはこの二人の遣り取りがあまり理解出来なかったので、そう思うのは仕方がなかった。


「セブルスはどうじゃ?」

「…我輩が拒んだとて、どうなる事でもないでしょう」

「うむ。それなら一件落着じゃな」


強引な纏め方だったが、それに突っ込む魔法使いはこの場にいなかった。
その二人…特には不承不承にもなっていずに、まだ嫌な顔をしていたが、セブルスはもう諦めたような雰囲気だった。


「それでの部屋についてじゃが、セブルスの私室の隣に空室があったの?」

「…そうではありますが、校長、まさか――」

「セブルス、案内して貰えるかの?」


セブルスはその言葉を聞き、隣の魔女に目線を遣った。
何とも嫌そうである。
寧ろ、目が合った途端に、食い殺されるかと思う程の殺気を孕んだ目を寄越された。


「…彼女は嫌そうですが」

「其処が一番都合が良いじゃろうし、もう準備は出来ておるのでな」


準備をしていた気配なんて全く分からなかったセブルスは、目の前の大魔法使いに向かって額に手を遣る。
セブルスは頭が痛そうにしながら、また隣の魔女を見てみると、やはり食い殺されそうだった。


「我輩も此処まで嫌われている相手が隣にいられると、些か気分が悪いのですがね」

「…貴方は私の事を嫌ってないの?」

「嫌う理由があると思うか?」

「沢山あると思うわ。
 私は貴方を追っ掛け回したし、死喰い人連中の大半に恨みを買ってる」

「――確かにそうだ」


セブルスはこの部屋に来て初めて、皮肉ったような笑いを見せた。
はその真意が読み取れず、それもまた彼女を苛立たせる原因になる。

この男は何が言いたいんだ。


「…この…死喰い人が……分かりました校長、其処でお願いします」


最初の罵詈雑言を小声で言いながら、校長に向かってそれに対して正反対の事を言う。
しかと最初の小言を聞いたセブルスは、訳が分からない。


「お前、良いのか?」

「折角準備して下さったのなら、それに準ずるわ。
 まさか貴方が隣で、妙な事をしている訳ではないでしょうしね」

「お前は昔死喰い人だった者に対し、全員にそういう風に接しているのか、聞かせて貰えるかね?」


教師口調のセブルスに、はきっと目を吊り上げて彼を凝視する。


「此処まで嫌味にしないわ。これは貴方だから、よ。
 私に恨まれるような事、やってないつもりなのかしら?
 貴方がそれに身に覚えがあるのなら、どうであっても私は貴方を嫌う権利はある筈よ」


セブルスはどうも身に覚えがあるようで、反論は何もしなかった。
はフフン、と勝ち誇ったかのように腕を組み直した。

私はこの男が嫌いだった。

それにはかなり私情が混じっている事は分かっていたが、所詮人の感情なんてそんなものだ。
十数年前も昔の話になるが、私はその出来事を決して忘れなかった。


セブルスは思い出したかのように、元々の用事を校長の前で果たし始めた。
は白々とした目でそれを見ていた。


「それではセブルス、教授を部屋に案内して貰いたいのじゃが――思い出話はまた其処でお願いする」


思い出話、って…!
それで一括りにされたこの男との因縁、は校長の顔を窺ったが、あくまで校長はにっこりしていた。
この校長――


セブルスも機嫌が決して良くは見えない動作で頭を下げ、校長室から出て行こうとする。
は単にその背を追えば良い、と思って身を翻そうとするが…

肩に急にほんわりとした重みが掛かった。
そうだ、忘れていた。


「校長、このニーズルを連れたいのですが…」

「良かろう。…それにしても、綺麗なニーズルじゃのう」


純白の毛のニーズルは、それに対し小さく鳴いて答えた。
















ひたすらに無言で黒い背中を追い、城の奥深くまで入って行く。
それでも特に気不味い雰囲気が流れる訳でもなく、黙々と二人の魔法使いは歩いた。

時々ニーズルが面白がるように、鳴いた。

セブルスは無言でその部屋の扉を開けると、はその視線に応えずにその部屋に入る。
扉が閉まる時に、壁の隙間から外を窺うと、本当にその男と部屋が隣り合わせだった。


は肩の荷が下りたかのように深く溜息を吐き、備え付けてあったソファーに座り込んだ。

それに合わせてニーズルが肩から飛び降り、の足元から歩き出そうとする。
しかしはそのニーズルを拾い上げて、黒い潤んだ大きな眼と視線を合わせる。


「予想外だわ」

(十二年目の悪夢、か…)

「貴方面白がってない?」

(…いいや)


絶対面白がっているだろうニーズルに対し、はまた大きく溜息を吐いた。


「アラスターに何て言うべきか…」

(…それは、大層面白い事になるだろうな)


そうニーズルは言うと、の手からするりと抜け出す。
言う事がちぐはぐな名目上ペットに対し、は足を組んで頭を抱え真剣に悩み出す。


「…もう…これからどうしよう…」

(やるべき事をやるだけだろう?)


はその言葉に思わず核心を衝かれ、一言ぽつりと呟いた。


「…そーよね…」



























2007/4/8






next

top