「いやあ、すみませんね、無賃乗車してしまって……」


は頭を掻き掻き、機関車の先頭の席に座って言った。
此処はこの機関車の関係者が乗る所で、はちゃっかり其処に便乗して座っていた。


「ダンブルドア校長からのお達しは届いていますよ。
 此処を警備して下さる様で、何も遠慮なさる事はないです。
 ……それにまさか、こんな所であの有名な闇祓いに会うなんて、思ってもみなくて……」


車内販売の中年の魔女が興味深げにを見ていた。
その目には、特有の喜びを含んだものがあった。

は笑ったままで、その視線に難なく応えていた。


「……そろそろ、そのカートを持って回らなくて、良いんですか?」


中年の魔女は気付いたように時計を見て、わたわたとカートの準備をして、に断ってから其処から出て行った。
その豊かな後姿をは微笑ましげに見つめてから、ふいに意識を遠くに飛ばした。

……?

遠くに何かの気配がするような……

は自分の役目を思い出して眉を寄せ、もう一度それを明確にしようと試みるが、それは中断された。

後頭部がチクチクする。
――後ろの子供達の気配だった。
若いと言うか、雑多としていると言うか、元気と言うか……こんなに多くの子供達を目の前にするのは、今までの仕事ではなかった事だ。

はネックレスを確かめて、苦笑し、こんなのでこれから大丈夫なのだろうかと思った。














04/赤い機関車に乗って 前














ふいと外を見てみると、いつの間にか天気が陰り、暗灰色の雲がどんよりと空を全面に覆っている。
は窓ガラスに手の平を当てて、顔を上げて空を見上げた。
太陽が完全に遮られて、暗い。

車内には灯りが付いているので明るいが、それと対照的な外の暗さには少し胸騒ぎを覚える。
……いや、これは、被害妄想過ぎるのか。

はまだ空を見上げて目を凝らす。


「雨、降ってる……」


雨の薄い線が雲に引かれる。
細かい雨が降り、窓ガラスにポツリ、ポツリとそれが付着し始めた。
そして機関車の速さに従うように、それは真横に伸びた。

ガラス越しに、氷のような冷たい感覚が手の平を刺激する。


「暗いわねえ。折角の始業式だっていうのに」


車内販売員の魔女が窓ガラスを見上げ、心底残念そうな口調で言った。


「そうですね……こんな様子じゃ、雷でも鳴るかもしれませんね」

「――ところで、
 少し具合悪そうに見えるけれど……大丈夫ですか?」

「そういう風に見えます?
 心配して頂いて嬉しいんですけれど、別に何処も悪い所は。とても元気ですよ?」

「それなら良いわ」


魔女は人の良さそうな笑みを見せた。

はその言葉を聞いて、自分の不調をこんなに容易く見破られたという事を苦く思い、この魔女の観察眼に敬服した。
私はこんな事があってはいけないのに……いや、しかし、この人が決して悪い訳ではない、寧ろ素晴らしい事だというのは当然の事だ。
……気が緩んでいるな。


このような暗い天気では、吸魂鬼も活発に動くだろう、とホグワーツの校門を思い出して思う。
別に私がこの機関車に乗っていても、ブラックの襲撃について心配は殆どと言って良い程、していない。

だって北の方での発見例が出たし、例え昔マグル十三人を殺していても、アズカバンでの牢獄生活でその魔法力が著しく低下しているのは明らかだ。
満足な杖だって持っていないだろう……というのは私的な予測だが。
まさかこんな速い機関車に乗り込む事は有り得ないだろうし、あったとしても、どうにでも出来る自信はあった。

しかし今も神経は後方を漂っている……チクチクとした頭痛を伴うが。


すると、は眉を寄せた。

不吉な気配。

魔女と言うものの立場上、こういう第六感はとても見逃せるものではなかった。
は窓を見るのでなく、後方を、沢山のコンパートメントのある方に反転し、それを見つめている。

また。

は腰の杖に手を遣った。

――間違いない。


販売員の魔女はそうしているを、まるで気でも狂った人かのように驚いて見つめていたが、彼女が杖を手に掛けた途端、その真意に少し気付く。


吸魂鬼はシリウス・ブラックの逃亡について今までになく怒り、どうしても捕まえたいと訴えていた。
「キス」を執行するのを、今か今かと待ち望んでいるらしい。

だから。

吸魂鬼の行動を全て抑え込められる魔法使いなんて、誰もいない。

ブラックはハリー・ポッターを狙っており、その狙われている彼は、此処にいる。
単純なロジックだった。

そして私の感覚が、それを確かに裏付けている。
彼ら特有の、生のなく、少しの光のない感覚が私の中を満たしている。


はいきなりマントを翻し、つかつかと車両から出て行く。
魔女はそれを見つめてその行き先を見守る。

鍵を外して外へ続く扉を開くと、唸る風が身体を打ち、少しの時間でまた激しくなった風雨が車両の中で暴れる。


「ちょっと、仕事しなくちゃいけないようです」


苦笑いだった。
しかし次の瞬間には、目はその姿を条件反射で探す。


「……降りるの?」

「そうする必要があれば、ですね」


そう言いながらも、身体は汽車の外に乗り出していた。
機関車の纏う風が、を振り落とそうとするばかりに激しい。
マントとローブが波打ち、髪が視界を遮る。


「正直に言うと、何て無謀な……」

「死にはしないし、大丈夫」


あっさりとそう言って、丸ごと落ちそうな身体相手に眉を寄せる。


「それで頼みがあるんですが、操縦席に行っていて貰えますか? その方が助かるので……」


は顔を機関車内に入れ直し、改めて魔女の顔を見て、微笑んだ。
その様子がどう彼女の目に映ったのかは分からないが、彼女は複雑な表情をして言った。


「……分かったわ」

「有難う御座います」


そう笑って魔女が背中を向け、操縦席へ向かうのを確認してから、はくるりと身体を回した。
正直言えば、暖かくこの中で過ごしていたかったが……
しかし今まで相当無茶な事はやって来たが、こんな、機関車から飛び降りるとような、まるでマグルの映画でよくあるようなパターンは初めてだ。

は自分の身の不幸さを笑い飛ばし、腹を決めた。





カートを転がしながら、彼女……闇祓いの彼女を見遣った。
実際に会っても特に特別な感じはしなかったが、この状況は、どうだろう。

ちらりと見えたの表情を見て、昔の新聞記事を思い出す。

やはりあれは虚実ではなかった。

今まで確実に続くものだったのだ……





目は頼りにならない。
真っ黒な視界で、神経を研ぎ澄ませる。

はまた不快を訴える頭を無視し、正面の標的を見つけようとする。


「……十余りか?」


同時に自分の後ろ側の気配も感じられた。
あちらも同様の数で、総勢二十。

汽車の側面で挟み撃ちをするらしい。

邪魔な髪の毛を振り払い、考えた。
全てを追い払うのは不可能に等しい。
幾らタフな魔法使いだって、守護霊の呪文をそんなに使う事は中々出来ない。

しかしまず第一に、子供たちへの影響を考えるべきだ。

分身が出来たらそれは大歓迎なのだが、身体は一つなので、どうしても片側ずつを始末するしかない。
……迷っている時間があるのなら、迅速に事を行うべきだ。

目を遠くの、いるだろう姿達へ見据えた。
視界がとても悪いが、それ以上に冷たい雨が身体を打ち、風に身体が飛ばされそうである。

は一つ気合を入れ直し、自分を繋ぎ止めていた手を放して、外へ飛び込んだ。


足の裏が空に浮いている間に姿を眩ます。















足が地面に着き、はきっと顔を上げた。


「貴方達ね、ブラック逮捕にいきがるのは素晴らしい事だけれど、子供達に貴方達が直々に手を出す必要はないわ」


強風に負けないように声を張る。
目の前ではユラユラと吸魂鬼達が列を成して、さも恐ろしく揺れていた。
見る人が見れば、悲鳴でも上げそうな光景だ。

しかし彼らも機関車の前で通せんぼをする相手、無理に進む事はしないようだった。


「子供達は私が調べるから。誰かブラックをマントの下に匿っていたら、私が捕まえるわ。
 だから貴方達は、戻って欲しいの」


その言葉にまだ吸魂鬼達の列は止まっていたが、しかし次にその影はまた動き出す。
の間をすり抜けて、機関車に近付く。

は歯を噛んだ。

そしてまた再び姿現しをして、彼らの前に立った。
左手を繰り出し、腰から掴んだ杖が風を切った。

吸魂鬼は動きを止めた。

目の前にはの差し出された杖がある。

実力行使は出来るなら、したくなかったが。
それに今はとても急いでいるのだ。
向こうも従順ではないらしい。

は勢い良く杖を振った。


「Expecto patronum!」


眩い銀の光が黒を切り裂き、自分自身の目も眩んだ。

守護霊の長い肢体が空に浮かび、それが吸魂鬼に牙を剥く。

の横で、その尾がゆらゆらと空に浮いている。

守護霊は勢いをつけて吸魂鬼の隊列の中に飛び込んで行った……が。
呆気なくその光も吸収されて、その姿は掻き消えてしまった。

……

元々こういう類の魔法は得意ではない。
しかし、これは、ない。


は落胆し切った自己を奮い立たせ、眉を寄せ足元のローブを捲り上げた。
その中に手を入れ、一本の杖を取り出す。

小振りで黒っぽい、年季の感じられる杖だった。

こっちが、本命の私の杖だ。

元の杖を腰に戻し、それを左手に構える。


「Expecto patronum!」


嵐の中響いた呪文は前より巨大な守護霊を呼び出し、即座にそれは数人の吸魂鬼を怯ませて、後ずさりさせた。
しかし大多数は普通に立っており、それが何とも自分を馬鹿にしているように見えた。

それに堪忍の尾が切れる。


「……もー無理。腹立つし、面倒だし、コントロールし辛いし……」


ぶつぶつと愚痴を呟きながら、は杖を右腕に持ち直した。
こっちが、本当の杖腕だ。

聖マンゴの癒師の言葉を忘れた訳ではない。
しかし、これは特別な場合に当て嵌るだろう。

はそれをぐっと握って、抑える所なく思い切り、パトローナムの呪文を発した。

すると周り数メートルに眩い光が一瞬立ち込んで、長い守護霊の肢体が全ての吸魂鬼の身体を包み込み、吸魂鬼は力を失った。

はそれを確認すると、機関車の方を見遣った。

……止まっているじゃないか。
それに、電気も消えている。

明らかに相手の思う壺だった。

は姿を眩ました。










今度は機関車の反対側だ。
嵐の中にまた立ち、自分の出来る限りの方法で被害を最小限に食い止められるよう、また杖を握った。

右腕が生暖かく、疼いていた。

巻き付けている包帯が恐らく、雨のせいだけでなく、湿っている。

柄にもない魔法を使ったからだろう……この頃症状が落ち着いてきていたと思っていたのに。

それを残念に思いながらも、はその腕の状況に反した行動を取る。
吸魂鬼を一人散らし、次に発見した一人、とは嵐の中を駆け回る。
姿現しの魔法は駆使しているが、彼らはどうやらばらけて車両を襲っているようで、一気に方を付ける事が出来ない。

その場所は感覚で分かるのだが、殆ど単体ずつで相対しなくてはならない事態に、時間を取られる。
そして腕の負担も大きい。


幾度か守護霊の呪文を唱えると、腕の筋が張り詰めた感じがして、次にそれを唱えると何かが切れたたような刺激が走った。
電撃のようなものが腕を駆け巡り、腕が震えるが、それを左手で押さえる。

そして気分も決して良くはなかった。
子供達の恐怖の感情が、否応になく刺激になる。

杖を握り締めると、血が滲んだ。
嫌な感覚。

一瞬にして次の標的の前に姿を現すと、また呪文を唱える。

微かに鉄の匂いが鼻腔を擽ったような気がした。

――まだ自分が全てを散らすには時間がかかる。
……後この機関車に乗っている魔法使いで、これに対応出来る者は――


はダンブルドアにこの機関車に乗ると前に教えられていた、魔法使いの存在を思い出した。

彼の素性は殆ど知らないも同然だが、少しは助けになるかもしれない。

確か、リーマス・J・ルーピン。

闇の魔法に対する防衛術の、今学期の教師だ。


はにやりと微笑んだ。
この緊急事態に、何かはやっていてくれるだろう……その教職に就く者なら、これは専門の筈だ。

自分を取り巻く霧の中、は微笑みながら、生徒に襲い掛かっている吸魂鬼に守護霊を放った。



























2007/12/14






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