九月二日、朝。
まだ慣れない城の中を早朝に回って把握しようとしていたら、気付くと時刻は朝食の時間を大きく過ぎていた。

不味い、食べ損ねる。













06/教師の務め














急いで時計をマントの中に仕舞って、恐らく大広間の方向だろう方へ急ぎ足で歩き出す。
流石にこんな学期の初めから、屋敷しもべ妖精に朝食をくれ、とも言い辛い。

その方角は間違っていなかった様で、何とか見慣れた所に出る事が出来て、は一安心する。





ハリーはいい加減うんざりして、ドラコが馬鹿な真似をしている様子を無視し、大広間を出た。
自分が機関車で倒れる様子を真似しているらしいが、ハーマイオニーの言う通り、相手にした方が負けだ。


「マルフォイの奴、自分だってびびってたのに……!」


ロンは憤怒の感情を持ち余しているらしく、ハーマイオニーがそれを宥めている。
そしてハリーがふと目線を上げると、其処にはまさに話題のその人が立っていた。
いつもの様に、隣に二人の子分を引き連れて。


「ポッター、昨日はよく眠れたか?
 あの、怖いディメンターが夢に出たんじゃないのかな?」


ロンは怒りの捌け口を見つけたかのようにそっちを睨み、ハーマイオニーも幾らか眉を顰めた。
ハリーはいつものように饒舌に、その嫌味に応酬し始めた。





は生徒のざわめく声を聞いた。
その中に、怒鳴るような、感情の詰まった声が聞こえる。

喧嘩でもしているのかしら?

その声から推察すると。
それなら、止めるべきだろうか。

は足を早めて、玄関ホールへ辿り着く。
視界がぐるりと大きく開けた。


ハリー・ポッターとドラコ・マルフォイが喧嘩しているようで、その周りに他の生徒の輪が出来ていた。
あまりよく見えない――

はその輪に近付き、背伸びをして、その中心を見た。
周りの生徒が驚いたようにを見たが、はそれに頓着しない。

栗色の髪の女の子がロンを引き止めている様で、ドラコとハリーが睨み合っている。
そしてドラコに従っている二人の子分のように見える子達も、彼に従ってハリーを睨み付けている。

しかしは、その二人の子分が密かに杖に手を掛けているのを見て、眉を寄せた。
不味いかもしれない。
そう思っている内に、ドラコまでもが杖を取り出し、ハリー・ポッターに掛かった。

一人相手に三人がかりとは。

ハーマイオニーがロンを引き止めていたから、結局はそのようになっていた。

ドラコが呪いの呪文を唱え、ハリーは思い掛けないその呪いに杖を構えるも、間に合わないのは明白だった。
ハリーは何とか抵抗しようとするが、その閃光は自分の間近に迫っている――


次の瞬間、ハリーは思っていた衝撃が来ない事に驚き、同時に自分の目の前に立ち塞がったものを目に入れた。


「一人相手に三人なんて、気に食わないわね」


が呆れ顔で言った。
その片腕は肩ほどに上げられていて、その中に魔法の閃光が燻っていた。

大理石の階段の前に、静けさが訪れた。

はぐっと手の平を握り締めると、その閃光は簡単に消え失せてしまった。


「落ち着いて魔法を放たないと。
 そうしないと、貴方にとってベストの魔法が放てないし、無駄な魔力を使うだけよ、Mr.マルフォイ」


手の平を開くと、其処には何もなかった。
その場にいた全員が、の妙な光を放っている瞳に、少しならず恐れを抱いた。

当の本人のドラコはその瞳に見据えられて、蛇に睨まれた様に動けなくなっていた。


「実際に教えてあげましょうか。
 今から一人相手に大人数でかかるなんて事、覚えるんじゃないわ」


すらりとの杖が抜かれた。
その奇妙な光を放ちつつも、落ち着いた眼差しに、ドラコは怯えた。

杖を握る指を揃え、それを動かそうとした時、脳内に昨日の夜の出来事が思い出された。

……

自重……?

いや、私は教師で……?


の顔が緩んで、何かを考える様子になった。
すると、次に苦笑の色が見え隠れする曖昧な表情に。
周りの者は訳が分からず、それを見送る。

――確か。


「確か、教師は生徒にこのように魔法を使う事は、禁じられて――」


遠くから記憶を呼び起こす。


「分かっておられるようですね」


は昨日に似た経験を持っていたから、教訓として、即座に杖を下ろした。
おずおずとその方へ顔を向ける……


「この頃、ご縁があるようで」

「この後、貴方の部屋にこのホグワーツでのルールブックを持って行きます」

「有難う御座います」


は恐れずにっこりと言いのけた。
ぎりぎりで自分が教師だ、というのに気付いて良かった。
この頃、自分の立場がころころと変わるものだから……


「確か、こういう時には寮監の先生にその旨を伝える、でしたね」

「ええ。この後、貴方のご自分の立場を弁えて下さらないと、魔法省へ送り返しますよ」

「早々にそれでは、私も格好がつきません。
 そうならないように出来る限り、努力しますから、どうかこの件は不問で――」


マクゴナガル先生はは前日にああ言っておいて、何時間も経っていないのに、また同じ事をしてしまって、責任を感じている相手に思わず苦笑してしまった。
彼女は一生懸命平謝りしている。

マクゴナガル先生は簡単なお説教で「魔法省に送り返す」と強く忠告し、生徒を散らし始めた。
はその対応に少し疑問を持った。
……それなりの信頼は貰っているのか?
それに副校長は、応えてくれないけれど。


は込み合って、興奮気味に話している生徒、そして自分を興味の目で見て来る生徒を掻き分けて、目当ての三人へ向かった。


「御免なさい、足止めさせちゃって……。
 いらない事をしてしまったかしら?」


謝罪するに、ハリーとロンとハーマイオニーはとんでもないとばかりに、声を張り上げた。
特にロンがそれが凄かった。

はさらりと三人と言葉を交わして、授業の教室へと促す。
そしては本当に話をしたかった方へ、足を向けた。


「御免!」


は手を合わせて真摯な目で言った。
未だ、ぼんやりとしたドラコは、壁に凭れている。


「御免なさい、本当に……許して貰えるかしら?」


ドラコは何とか、頭をこくりと下げた。
許せないと、誰が言えるだろうか。

はそれに安心して微笑んで、急に辺りを見計らう。
そしてはドラコの肩を押して、何故かドラコは何処かへ押されて行く。


「……!?」

「それと貴方に、今の内に言っておきたい事があるの。付き合って貰える?」


ドラコは為されるままに移動し、取り巻きの二人はそれをおたおたしながら、ただ見送った。
さっきのの声は低く、返答を待つ事はなかった。

階段の裏、暗い人気のない所まで来て、は足を止めた。

ドラコの心臓はバクバクと速く拍動していた。
はそれに気付いているのかいないのか、前と似た低い調子で言葉を放つ。


「貴方のお父さんに言っておいてくれない?
 貴方の息子から、目を離さない、って。
 私は貴方のお父さんと、長い付き合いがあるって事は、知ってるわよね」


にこりと微笑みながら言うにしては、その言葉は物騒だった。
ドラコはその言葉意味が一瞬何の事だか分からなかったが、はその意味を教えてくれなかった。


「それと、もう一つ。重要な事があるの」


はドラコを掴んでいた手を離した。
そしてマントの下で腕を組み、強い雰囲気を纏う。
逆らう事が出来ない。


「聞いたわね? シリウス・ブラックと、ハリー・ポッターの関係」


尋ねているが、口調は既に確信しているものだった。
あの父親からしたら、容易にそれは想像出来るのだ。
ルシウスとは、長年の付き合いだ。


「ハリーに言わないで」


ドラコは顔を上げた。
図星のようだった。


「お願い。魔法界の、準備が出来てないの。この一年間、そうして欲しいの」

「――はい」


出来ないと、言う事は出来なかった。
ドラコはその言葉の意味をゆっくり飲み込んだ。

は静かなその言葉に満足して微笑む。


「有難う。……で、さっきの事は、本当に御免なさい。だけど、もうあんな事はしないように」


ドラコは素直に頷いた。
彼女の表情豊かに発せられる言葉が、どれだけ心地が良い事か。

はそのままの表情でマントの下で腕を組み直して、言った。


「じゃ、授業に行ってらっしゃい」


この日の内に、また別の形で彼と会うなんて、思ってもみなかった。
そしてまた、この出来事は全校にあっという間に広まった。










*











「やっぱり、貴方から目を離すべきじゃなったわ」


は溜息混じりに言った。
不味い事になりそうだ。
今日は朝からこんな事ばっかりだ。

隣にはベッドで寝ている、ドラコ・マルフォイがいる。


「私がああやって説教たれた後だっていうのに――」


今更こう言ったって無駄か。
今は授業中なので此処には他に誰もいない。
職員室でこの事を小耳に挟み、此処にやって来たのだ。


「何か言ったらどうなの?」


無言のドラコには言う。


「大した傷じゃないけど、これを利用する他に道はないわね。
 これで既に裏では大人が動いてるし、後は自分が痛そうに演技をすれば、ホグワーツの森番の立場が悪い事になる」

「……どうして……」

「スリザリン的思考には、慣れてるの。それに子は親に似るものよ」


こんな傷、死ぬ訳じゃないけど、それでもたらされるだろう事には頭が痛くなる。
ルシウスは理事を辞めたとはいえ、魔法界での権力はそのまま変わりはない。

またあの人と会わなくてはいけないのか――?

益々頭が痛くなる。
ハグリッドの前途がとても危ぶまれる。


「――そんなに父と似ていますか?」


物思いに耽っていた頭を戻して、ドラコの思い掛けない問い掛けに、はすぐに答える事が出来なかった。
ゆっくりと口を開いた。


「見かけは、とても似ているわ。
 でも貴方は、あそこまで性悪ではないでしょ?」


ドラコは普段なら怒るだろう言葉だが、がそれを言うと、ドラコは少しだけ明るく苦笑した。
合わせても苦笑して、時計を見上げた。


「じゃあこれで。もうそろそろ授業が終わるから、すぐに友達もお見舞いに来てくれるわよ」


は立ち上がって、ドラコを見下ろした。
何処か、彼は挙動不審な様子をしていた。


「どうしたの?」

「いえ……」


ドラコの顔は赤かった。
はふうと息を吐いて、また言葉を言う。


「まあ、良いわ。元気そうで何よりよ。お大事に」


どうやらやはり、彼には少し気に入られているらしい。
元来スリザリン気質の男ばかり、気に入られるのは何故だろう。

は医務室を出て、また思いに耽った。


ルシウスの思惑のままに進むのは、嫌だ。

ルシウスの息子をこの父のようにしたくはない、と思って、自分がドラコにお節介を焼いているのは自覚している。
だから、この件は良い結果にしたい。
あの子が始めてしまった事だから。










*











これも教師の務めと言うべきなのだろうか。
いや、これは私の身の一身的事情から、生じた事なのだろう。

師匠の言葉が頭の中を反芻する。
私は、人に恨みをかう仕事を今までやって来たのだ。

目に涙を潤ませ、自分を憎む子供達に、ただ自分の杖を下ろす事しか出来なかった。
人を殺した事はない、と言えば嘘になるし、沢山の魔法使いをアズカバンに送った。
それも人並み以上に、だ。
師匠があそこまで悪い病気を抱えている理由が、身をもってはっきりと分かった。

そして何より、自分が社会から排除したであろう魔法使いに似た雰囲気を持っている子供達を、目の前にする事が何よりも辛かった。

これで少しは罪滅ぼし、と言うか、単に己の心をそこそこに納得させる事は出来た。
彼らがこれから、自分に先生としての対応をしてくれると、嬉しい。

今まであまり意識はして来なかったが、スリザリン寮は死喰い人を多く輩出した寮だった。


は杖を持って、自分の腕を治療する。
ほんの一瞬でそれは治り、裂けたマントもあっという間に直した。

これがアラスターほどに貫禄があるのならこういう事はなかったかもしれないが、私はまだまだ若輩だから……

は部屋を出る準備を整えると、唐突に声を放った。


「覗きがご趣味で? ルーピン先生」


はじっとりと扉の外を見つめた。


「流石ですね、先生。……どうして分かったんだろう?」


リーマス・ルーピンが柔和に微笑みながら現れた。


「貴方の気配は独特過ぎますからね」

「君にしたら、そうなんだろうなあ。でも、そんなに怖い顔でこっちを睨まないで欲しいんだけど」

「人に黙って全部覗かれていて、誰が楽しい顔をしますか」

「たまたま通りかかっただけだよ」


は諦めの溜息を吐いた。
リーマスは柔和な表情を変えない。
オレンジの光が、窓から教室を差していた。


「では、どうでした?」

「君も大変だな、って。集団リンチ?」

「ま、私がやって来た事から考えたら、当然ですよ。
 それにそう言うには、あまりに相手が幼過ぎますし、魔力的にも相手になりません。でも、私より貴方の方が色々大変でしょう?」

「いや、君の方が大変だ」


は少し眉を寄せて、リーマスの顔を伺い見た。
リーマスは黙っていた。
夕焼けの光が、彼の顔を斜めに照らしていた。
そして、自分の顔も。


「リーマス、って」


は訳が分からずに、不審気に益々眉を寄せる。
当の本人は、平気な顔をしていた。


「呼んでくれないかな、。これから色々関わるだろうし、お互い敬称付きでは大変じゃない?」


はじっと、腕を組み、黒い目は探るようにリーマスを捉えた。
彼はずっと微笑んでいる。
そしてそれ以上は何も喋らずに、ただを眺めていた。


「――リーマス。此処から出ましょ。こんな所で、じっと二人でいる意味が分からないわ」


黒いマントを翻し、言いながら通り過ぎたに、リーマスは朗らかに微笑んだ。
立ち止まっているリーマスに、は振り返る。


「行かないの?」

「ううん、行くよ」




























2007/12/31






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