07/小さな英雄達と














ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、昨日の雨の名残で湿った芝生を踏みしめて、黄昏の中を歩いていた。
さらさらと夕方の涼しい風が頬を撫でている。

三人は禁じられた森の傍らにある、ハグリッドの小屋へ向かっていた。


「だからね、教師の雇用の権利を持つのは校長だから。
 確かにドラコの用件は理事に届いてはいるけれど、今すぐに、っていう事はないわよ。
 ……アルバス・ダンブルドアがそんなに信じられない?」


扉を叩こうと思ったら、ハグリッドとは異なっていて、ファング――は喋る訳がない――しかし聞き覚えのある声が流れ出て来た。
その声でハグリッドが大きく嗚咽を上げて、鼻を啜る音が聞こえた。
ロンが窓から、中を窺い見ると――其処には昼間の、あの新任教師がいた!

彼女は腕を組んで、黒い目に困った様子を浮かべながらハグリッドを見ている。
はふいに声を上げた。


「彼らが入って来ても――良いわよね、ハグリッド?
 三人のグリフィンドール生が、扉の外にいるわ」


彼女は自分達を見ていない筈なのに。
ハリーら三人はそれに驚きながらも、朝の事件からしてそれも不可能ではないか、と結論を出してからゆっくりと扉を開けた。

其処にいたのは、あの黒マントの魔女に、酒のジョッキを持って泣き崩れているハグリッドだった。
彼女は苦笑して、現れた生徒達に手をヒラヒラと振った。

ハグリッドの目が、三人を認識してぽつりぽつりと語り出す。


「先生の言ってる事は、合ってると思う。でもその言葉には含みがある。
 「今すぐに」は大丈夫だとしても、未来にどうなるか分からん、という事だな」


は的を得られたが、表情を変えなかった。
すっくと立ち上がって空いた席へ三人を誘って、本人は壁の方に立ち尽くした。
三人はそれに従って座り、ハグリッドへ語り掛ける。


「ならハグリッド。クビになってはいないのね?」

「まーだだ。でも、時間の問題だわ」

「マルフォイはどんな具合?」

「マダム・ポンフリーが出来るだけの手当てをした。
 だけんど、マルフォイは疼く、と言っとる。包帯ぐるぐる巻きで呻いとる……」

「振りしているだけだ。
 マダム・ポンフリーなら何でも治せる。……マルフォイは汚い手で、怪我を最大限に利用しようとしてるんだ」


ハリー・ポッター。
正解だ。
は壁に凭れながら苦笑した。

ハリー・ポッターを含めて、この目の前の三人は、確か賢者の石事件での功労者で、去年の秘密の部屋事件でも活躍した……
と、前に師匠から聞いていたのを思い返す。
勿論、魔法省でもこの事実は聞いているが、詳細はダンブルドア経由での師匠の話が詳しい。

この三人が話の中の彼らだ。
それを意に持って、改めて彼らを観察する。
ゆっくりと口を開く。


「恐らく、訴訟を起こされるでしょうね」


が頃合を見計らって言った言葉に、四人が彼女を見た。


「校長が、出来る限りの尽力で貴方を守ってくれると思うけれど。
 ヒッポグリフの事まで、校長が面倒をみてくれるとは、考えない方が良いと思うわ。
 それにルシウス・マルフォイはそっち方面には……特にコネがあるもの」


生徒達三人が先を促すように、こっちを見てくる。
応えて言葉を続ける。


「ヒッポグリフに関して、訴訟を起こされると思うわ」


ルシウスのやりそうな事は目に見えている。
ハグリッドは校長が守るだろうが、流石にヒッポグリフまでは手は届くまい。
危険生物処理委員会は、彼の手先だ。

はマントの中で腕を組み替えた。
その場にいる皆は、不安そうな顔をしている。


「――だから、それに勝てば良いのよ」


はにっこり微笑んだ。
場違いなそれに、一瞬しんと静まるが、次第に彼らの表情も解けて来た。


「ハグリッド、貴方次第で、貴方のやり方次第で、バックビークの運命は変わるわ」


は相変わらず窓際に背凭れをしながら、目線を、彼の大きな手で持たれている、大きなジョッキに向けた。

ハグリッドは目をぱちくりさせてから、少し恥ずかしそうにしてそれを持って庭へ出て行った。
すると、大きな水音が聞こえてくる。
頭を冷やしてでもいるのか。

小屋の中にはと、ハリーとロンとハーマイオニーの三人が残った。


「ハグリッドの事が、心配だったのね」


は子供達へ話し掛ける。
何て優しい子達だろうか。
ドラコとは似ても似つかぬ――いやいや、彼には彼の良い所がある。


「先生、有難う御座いました。ハグリッドを慰めてくれて」


ハーマイオニーが言って、はまたにこりと微笑んだ。


ハグリッドが髪と髭をびしょ濡れにして、小屋の中へ戻って来る。
犬の様に身を震わせて水を飛ばしたので、水がびしゃりとマントにかかった。


「さっぱりした。なあ、会いに来てくれて有難うよ、三人も、先生も。ほんとに俺――」


ハグリッドが今初めてハリーを見た様に、固まった。
数拍の後、ハグリッドが大声を上げた。


「お前たち、一体何しちょる! えっ!?」


は思わず目を見開いて、小屋を震わす怒号に耳がキンと鳴った。


「ハリー、遅くなってからうろうろしちゃいかん!
 お前さん達! 二人とも! ハリーを出しちゃいかん!」


ハグリッドは物凄い力でハリーの腕を掴んで、入り口まで引き摺っていった。
ハーマイオニーとロンは、その大声に相変わらず飛び上がっている。


「来るんだ! もう二度と暗くなってから俺に会いに来たりするんじゃねえ。俺にはそんな価値はねえ」

「――ハグリッド」


凛とした声が、ハグリッドの声を遮った。


「私が送って行くわ。私も、城に戻るんだもの」










*











暗い空に、足元がよく見えない。
いつの間にか日は沈んでいて、は杖に明かりを灯した。
後の三人もそれに従って、ルーモスを唱える。

しかしは明かりを灯す時、何の呪文を発していなかった。

のブーツの底ににさくりと芝生の感触がした。


「さっきは有難う。ハグリッドを慰めに来てくれて。
 私だけではどうにもならなかったから、助かったわ。それと――貴方達と、まともに話すのはこれが最初ね」


杖の明かりがの顔をオレンジに照らしている。

歩き出そうとした所、やはり足元がいまいち巧く見えなくて、は杖を軽く振った。
すると明かりが強くなって、ハリーやハーマイオニーの杖が不要だと思える位、其処は眩しくなった。
ロンなんて杖を下ろしてしまった。

ハーマイオニーは所々に見える、彼女の魔力の強さの片鱗に、感心していた。


「久し振りね、ハリー」


ハリーはに軽く赤面した。
ロンとハーマイオニーは、本当にハリーが彼女と知り合いだった事に驚いた。


「初めまして、ロン。
 アーサーから話は聞いているわ、私と貴方のお父さんは親しいの」


はロンのウィーズリー的外見的特長を探るように見て、また微笑む。
ロンはハリー以上に赤面した。
ハーマイオニーはそれを気に入らなさそうに、不満そうに見ていた。


「ハーマイオニー・グレンジャーね?
 貴方の事は色々な先生方から、優秀な生徒だって聞いたわ」


ハーマイオニーまでもが、それに嬉しそうに赤面した。

の黒いマントが翻っていて、その後に三人は続く。
は途切れずに言葉を続ける。


「私、闇祓いやっててね。闇祓い、って知ってる?」

「あ、はい」

「じゃあ話が早い。
 それで、その伝で、貴方達の一昨年と去年の活躍は、耳に入っているの。――貴方達に会えて嬉しいわ」


三人が少しだけ自慢げに、微笑んだ。
はそれを見て楽しそうに歩く。

山の水平線まで黒く染まっていっていて、濃紺の空は果てしなく続いている。
黄色く光る星がぽつぽつと、空に浮かび出す。
目の前にはそれをバックにした、壮大な古城があった。


「……先生。一つ聞きたい事があるんです」

「何?」


「先生」呼ばわれされたのに少し違和感を覚えたが、これもいつかは慣れるだろうか。
は緊張の糸を持ったハリーの言葉に、気楽に答えた。


「どうして、此処へ来たんですか?」

「シリウス・ブラックの事もあるし、ディメンターが此処にいるわ。
 生徒達を守るのは、省の人間として、重要な事よ」

「何で此処にいるんですか?
 先生はとても強い、闇祓いの筈です。
 ブラックを捕まえる為には、此処にずっと滞在しているなんて不効率な筈です。
 ――まるで、此処でブラックを待ち構えているようにしているなんて――それにさっきのハグリッドの言動も、どこかおかしかった気が――」

「――ディメンターの警備があるのよ。
 いや……でもこれは、並み以上の魔法使いなら結構誰でも出来るか……
 えーと、今私怪我をしていて、実戦には出れないから、せめてこうしている、っていう返答じゃ納得出来ない?」


は真剣みを帯びたハリーの真っ向な目と、その言葉で、既にある核心を掴んでいた。
開心術の効用も少し混じってはいるが、相手がこれを私に悟らせたい、という意思があって勝手にこっちへ流れ込んで来たものだ。
こんなに強い意志の単純な言葉だから。

ロンとハーマイオニーは、ハリーが核心へ迫る質問をしているのが分かっていた。
でもそれを、決して止める事はしなかった。


「出来ません」

「そうよね」


は、はあ、と一つ息を吐いた。
まさかと思ったけれど。
するすると彼の意思が、自分に流れ込んで来る。


「――アーサーね」


三人は軽く目を見開いて、顔を上げた。
驚きを隠せない。


「あの人は、コーネリウスの説に反対していたからね。
 ブラックがハリー・ポッターを狙っている事を、本人に話すべきだ、って。
 でもまさか、既に本人に話してるとは……」


ハリーはの鋭い洞察力に、ぐうの音も出なかった。
言って欲しかった答えが、その言葉の中に軽々と含まれているのだ。

手が早過ぎる。
しかし過ぎてしまったものは、どうしようもない。


「そうね、私はハリー・ポッターを守る為に、此処に来たの」


はやっと歩きを止めた。
四人共が夜の中、立ち止まる。

そしてハリーの緑色の綺麗な目を見据えた。
ハリーはの黒い目に、少しだけ、たじろいたが、ハリーもの目を見据える。

良い根性だ。


「貴方が狙われている、という結論を省が出したから、私は此処に来たわ。
 そして世間は貴方にそれを知らせまいとして、動いているの。
 コーネリウスだって貴方の事を思ってこの決断をしたのだし、アーサーにも悪気はないわ。
 まあ今となっては無駄な事になるんだけど……
 つまり結局、何がどうなったとしても変わらないのは――皆は貴方を守りたいだけなの」


目線をさほど高さの変わらないハリーに向けながら、腕を組む。
夜の闇がルーモスの魔法の及ばない辺り一面に満ちていた。


「そして私も、守りたい」


はくすりと笑った。
目の前の三人の、子供達の様子が楽しいのだ。
ぽかんとしていると言うか、何と言うか。

しかし次第にその微笑みも消えて、の目には光が宿る。


「貴方は私が守る」


夜の空気にその言葉は溶けて、跡形がなくなる。
しかしその強さは、其処に残った。

風が駆け抜ける。

その一瞬だけ、はその場で一人で立ち尽くして、鋭い眼光を冴え渡らせていた。


は親しげな表情にいつの間にか戻っていて、歩き出した。
三人とも、それに続いた。


正直に言えば、偉そうな事を言ったけれど、そこまでの自身はない。
杖腕は呪いに未だ犯されていて、まともに魔法が使えない。

でも言わずにはいられなかったのだ。

ブラックを確かに捕まえたいのだ。
幼いハリー・ポッターを傷付けさせたくもない。
そして、十二年前の出来事をありありと今も、目に浮かばせる事が出来る。

私はこの男を、この腕で、捕まえたいのだ。

これは単なるエゴだ。





無言で四人は歩いて、玄関に着こうとしている。
ハリーに至ってはずっと地面を見つめていた。


「あの……」

「ん?」

「もう一つ、聞きたい事があるんです」


ハリーはしっかりと意思を持っているように、見えた。


「先生は、死神犬を見た事がありますか?」

「グリム? ……いきなりどうしたの?」


後の二人の表情を見ても、訳ありのようだった。
ハリーには、彼女がこの答えを教えてくれるような気がしていた。


「占い学で、先生に言われたんです。……グリムに取り憑かれているって」


は平然とした顔で、腕を組み直した。


「それはそれは――困ったわね」

「先生、もうちょっと……真剣に……」

「ああ御免なさい。
 でも、占い学って正直、あんまり好きじゃないしなあ……滅多な預言者じゃないと、あんまり当てにならないわよね。
 それにグリム位、見た事ある人結構いるじゃない?」

「まさか! 僕のおじさんはそれを見た後、二十四時間後に死んじゃったよ!」

「それはお気の毒に……」


は心底そう思っているようだった。
ロンもハリーも、何かが違う、と思った。

ハーマイオニーは冷静にに問うた。


「先生は見られた事があるんですか?」

「ええ、それらしきものは。
 確か、仕事中に死喰い人の死体を片付けていた時、ふっと大きな黒犬が現れてね。
 でも同僚達に聞いても、大抵一度位は見た事あるって言ってたから」


それに、それに気を使っているほどの余裕は、その時はなかった。

ハリーはその物騒な言葉の羅列に、言葉を失う。
死体を片付けるって……
その状況でそれじゃあ、僕が見たのよりも、数段怖いじゃないか!
ハリーは自分が見たものが、目の前の飄々としたの姿によって、阿呆らしくなってきた。

ハーマイオニーは、グリムは死の予兆ではなくて死の原因だ、という事が目の前の人で証明されて、得意げだった。
かえってロンは不服そうだ。


「ま、いつか人間皆死ぬしね。
 皆グリムに取り憑かれているんだから、深く悩むべき事じゃないわ。
 ただちょっと、早くその姿を見ちゃっただけで。
 実際私も死んでないし、気の持ち様よね、結局は」


ハリーは微笑んだ。
も合わせて微笑んだ。

ロンだけが、妙な顔をしていた。

いつの間にか、四人はホグワーツ城の中に入っていた。
はホールで足を止めて、三人に向き直った。


「さあ、早く寮に戻って。
 もう日が沈んでから三人だけで外に出るなんて、しちゃ駄目よ。
 ハグリッドの事は、私も出来るだけ協力するから」


三人は素直に挨拶をして、寮に戻って言った。

は微笑ましげにその光景を見送ってから、自分の私室へ戻る。
課題が山積みだ。

ドラコを救う為にハグリッドを救って、でもそれは――


「ルシウスだ――」


頭が痛い。
ホグワーツの敷地の中に入っても、この男に煩わされるとは思っていなかった。

希望を持たせるような事を言ったが、それが叶うのはかなり難しいだろう。

は息を吐く。

ハグリッドに協力したい。
私は彼に負い目がある。
夏休み中に出会って、信じられないほどに、彼は私に親切だった。

私が巨人族を討伐した一人だ、というのは知っている筈なのに。



























2007/12/31






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