DADA、すなわち、闇の魔術に対する防衛術の授業である。














09/DADA――R.J.L.















は職員室の扉を開けた。

目に入るのはもう見慣れている板壁の部屋で、部屋は奥に広がっており、古い椅子が並んでいる。
思い思いの形をとっている椅子と、それに合わせてのデスクが並んでいる。
そのデスクもそれぞれ、用途の方法が違っていて、羊皮紙が積み重なっているものもあれば、何も乗っていないものまで様々だ。

は其処に一人椅子に座っていた人と、目が合った。


「……」


相手も無言で、お互いに少し睨み合う時間が流れる。

何故だ。
異様に今日は、この人と縁がある。

さっき魔法薬学でちょっと嫌味の応酬したばかりなんだけどな……。

気まずいような、そうでもないような気分を味わいながらも、扉を開けたまま突っ立っている自分をどうにかしたかった。
は部屋の中に入って、扉を閉めた。

二人だけの空間になる。

どうしようもなくデスクが隣なので、はセブルスの隣の椅子に向かい、そこに図書館から借りて来た本を重ねる。
片腕に支えられていた本は、が腕を解くと、順番に柔らかくデスクに着地した。

が椅子に座ると椅子がキィと音を立てた。


「何処へ行っていた?」


何でよ。
はやたらに構ってくるセブルスに、気分を害す。
そして毅然とした態度で言った。


「私が何処に行こうと勝手でしょ」

「案外、お前も気が回らないものだな」

「何よ、一体?」


含んだセブルスの言葉には軽い苛立ちを隠せない。
肩を並べている相手に、は鋭い視線を投げ掛けた。


「脱狼薬だ。レポートを我輩の部屋に置きに来た時、見ただろう?」


そういえば、確かにそれが湯気が上がっていたのを見た気がする。
でもその時は、自分に命じられた職務しか頭にはなかった。

……寧ろ、あそこから早く出たかったような……。

主のいない部屋にいるのも気持ちが悪いし、何しろ、この人の部屋だから。
全くそんな風に気は回らなかった。


「――私がそこで手伝う、って事を期待してたの?」

「最後の重要な作業がある、という事は知っているだろう?
 それ位は気周りが良いとは思っていたが……」


それって――

は目線を和らげた。

セブルスの表情からはにしては珍しく何も読み取れなくて、その思惑が分からない。
何だったっけ。
不器用だったっけ?
前の記憶を探る。

今のこの言葉からは、好意的なものを少しならず感じられたのだ。
それとも単に、からかわれているのか。

は考えるが、結局分からない。
頭の中がごたごたしている。


「……ねえ。結局、私の事どう思ってるのよ?」


目の前の男が、少し感情を乱したのをは感じた……いや、気のせいか。
はそれに特に拘らずに、自然に目を噛み合わす。


「私は疑いが残るわ。
 貴方に対して全幅の信頼は置けないし、置こうとも思えないし。
 はっきり言って、貴方が何考えてるのか分からないし、全く理解出来ない。
 貴方とは杖を交えた事もあるのよ?
 今の職業上、貴方を嫌う事しか出来ないのもあるし、自分の意思と感情でも貴方を批判的に見てるわ」


今こうなっているのは、昔、この男と杖を交えたからだ。
額の古傷も、シリウス・ブラックも、その昔話に繋がっている。


「何か言って」


面倒臭いのは嫌いだから。
此処ではっきりさせたい、とは思った。
セブルスはに向かって口を開いた。


「今更、下らん。それに我輩は今まで散々――」

「下らない、って何よ……!?
 折角私がこうして――っ、私だって、好きで貴方の所ばかりにはいられないわよ!」


すぐに癪に障って、思わずは口調を荒げた。
にとって、それは決して下らないとは言えない。

もしかしたら彼にとっては軽い事なのかもしれないが、今の自分の中心に通じるものが其処にあるのに、それを愚弄されたら堪らない。
それにわざわざこっちから働きかけたのに……!

セブルスはそのの様子を眉間に皺を寄せて見てから、溜息混じりに、それでも強く言った。


「我輩はそうでもないが」

「――は……?」


――そうでもない?

とセブルスの視線が繋がって、は驚いた顔になり、そして考え込む顔に変わった。
は前に自身が放った言葉を思い返して、それが指し示す意味を考え、視線を下に下げる。

そして視線をゆっくりとセブルスに上げて、ゆっくりとは口を開いた。
考えを纏めるように眉を寄せながら、ゆっくりと低い言葉を紡ぐ。


「それって――」

「お取り込み中御免だけれど、此処を授業に使いたいんですよ。
 お二人で話したい事があるなら、他の所でお願い出来ますか?」


穏やかな声が割って入った。
とセブルスはそれが「彼」だという事が、声で分かった。


「リーマ……いえ、ルーピン先生。お取り込み中って……?」

「僕の目にはそう見えたけど」


はその表現が気に掛かったが、にっこり微笑むリーマスに簡単に反論は出来なかった。
彼はグリフィンドールの三年生を連れていた。
こっちも、今日よく遭遇する。


「ルーピン、開けて置いてくれ。我輩、出来れば見たくないのでね。
 もルーピンにまともに取り合うな」


セブルスはそう言って立ち上がり、マントを翻して大股で出口へ向かう。
はそのセブルスの言葉に、少し息を吐いた。

セブルスは扉の前で思い付いた様に振り返って、綺麗に捨て台詞を吐いた。


「ルーピン、多分誰も君に忠告していないと思うが、このクラスにはネビル・ロングボトムがいる。
 この子には難しい課題を与えないよう、御忠告申し上げておこう。
 Miss.グレンジャーが耳元でヒソヒソ指図を与えるなら別だがね」


は大きく息を吐いた。
この人はまた言うか。

しかし、はそのセブルスの様子を魔法薬学の授業と同様にじっと見つめていた。
その目は冷静であった。


「術の最初の段階で、ネビルに僕のアシスタントを務めてもらいたいと思ってましてね。
 それに、ネビルはきっと、とてもうまくやってくれると思いますよ」


彼には珍しく、リーマスは厳しい声色だった。
二人の口論とも取れる言動を、は興味津々で見る。
中々面白い。

セブルスは多少眉を歪めた後扉を閉めて、出て行った。


はどうする?」

「……ああ、そうね。
 私はあの人のように見たくない訳じゃないから、此処にいさせて貰っても良いかしら? 邪魔はしないから」

「――じゃあ、取り合えず、その机の上の禁書に然るべき対処をして貰えないかな?」

「あ……」


目聡く発見したリーマスに、は苦笑して杖を取り出して、数冊の本を取り出してそれに魔法を掛けた。
これで本を開いても何も起きないし、大丈夫。
そしてはそれを机の中に仕舞った。

リーマスはそれを確かめてから、授業を始めた。

は椅子に深く腰掛けて、さっき借りた本をパラパラと捲る。
生徒がいるのに禁書を出しておくのは、不謹慎だった。

ホグワーツの図書館は流石のもので、先生という立場を利用し、中々日常では見つからない珍しい本を探しては片っ端から読んでいる。
マダム・ピンズはそんな禁書を頼み込んで読み漁るに、最初は嫌な顔をしていたが、今はもう諦めてくれたらしい。
寧ろこの頃は協力的にしてくれる。

授業内容はボガートらしく、リーマスが呪文を教えるのを頭の上で聞きながら、本を捲る。
意識をやると、部屋の奥の箪笥に元気そうなボガートの気配があった。

そうしている内には本に没頭し、周りの事が耳にも目にも入らなくなった。


「リ、リディクラス!」


呪文が聞こえ魔法が発動する気配に、職業柄反射的に意識が浮上する。
この声はネビルだろうか。
はふいに目を上げた。

すると一番に目に入ってきたのは、女装したさっき出て行った筈のあの人の姿である。

は数秒固まった。
その女装した男はじっと自分を睨み付けている。

これがボガートだという事は分かっている。
しかし、この光景はあまりにも刺激的過ぎた。


はガン、と机に突っ伏した。
そして笑い声を堪える様に、身を震わせ、顔を腕で覆う。

どうやら笑いのツボに嵌ったらしいの様子を、机に突っ伏する物音で振り向いた生徒は見た。

――良い話のネタだ。

は本当にそう思った。

後日、生徒にこれを聞かれれば、はこの出来事を嬉々として語ったので、その事がこの話を大きくする原因になる。
その後数日間、は中々まともにセブルスを見られなくなった。















毛むくじゃらの蜘蛛の足がロンの呪文で消え、胴体がゴロゴロと転がる。
悲鳴を上げてラベンダー・ブラウンがそれから飛び退いた。

はそんな中でも黙々と本を読み続けていた。
しかしハリーの前にボガートが現れた時――もしやヴォルデモートが現れるかと思って――その時だけはっと顔を上げたが、間にリーマスが入ってくれたので良かった。
リーマスの前ではボガートは月に変わり、それを見届けるとは本に視線を戻す。


「リディクラス!」


ネビルの呪文で一瞬またドレスを着た魔法薬学教授の姿が見えたかと思ったが、ネビルがそれを大声で笑うと、ボガートは破裂する。
細い煙の筋が何千本もの立ち上った。
全員がそれに拍手をした。

リーマスはそれを見届けて、腕を捲くりながら授業の終わりの合図をしようとした。
目を既にボガートから離していたが、すると不意に不吉な感じがして、目を其処に戻す。

リーマスの目に異変が見えた。

白い煙がくるくると回りながらまた一つに集まったのだ。
その回転は速く、鋭くなり、シュルシュルと音を立てている。

するとそれは明らかに、一人を目掛けて飛んで行った。

生徒全員の顔が驚きながら、本を読み続けているへ向いた。


ボガートは黒い物体に変わりつつあった。
何処かヒラヒラとした物が見える――これが彼女の一番の怖いものなのか?

生徒達は妙な好奇心が刺激されていた。


パン!!


空中でボガートが破裂する。

綺麗な破裂音が響き、ボガートは退治された。
ボガートは確かの一メートルもない空中にいた筈なのに。

呪文も唱えられる事なく、それが消え失せた。

生徒達はポカンとした顔をしていた。
煙がフワフワと立ち昇って、それが薄くなってから、ははっと顔を上げた。


「あっ……退治しちゃった……!?」


答えを求めるように、辺りへ目を向ける。
生徒達はそのの様子にとても拍子抜けする。
リーマスがの問いに答えた。


「そうだね」

「教材倒しちゃったわよ、私! どうしよう……!?」

「大丈夫だよ、もう授業も終わろうとしていたんだ。それに見事な無言呪文だ」


生徒達の聞き慣れないその言葉に対して、リーマスは説明を加える。


「無言呪文というのは、名の通り、声を出さないで魔法を使う事だ。
 今先生がやったのが、それだ――もっとも、ここまでの技術は一部の魔法使いにしか出来ないだろう」

「――多くの場合は杖を持ってやる、っていう事をルーピン先生は言いたいのよ」


はあっけらかんとそう言うが、リーマスはじっとを見ていた。

これ程魔法の扱いに長けている魔法使いに、中々会えるものではない。
今彼女がやった事は、彼女が言うほど容易い事ではないのだ。

噂に違わないその実力を、リーマスは目にする。
ダンブルドアレベルとはいかないだろうが、確実に自分とは格が違う。
ムーディが取り入る訳だ、とリーマスはの知らない過去の記憶を手繰り寄せて、心の中で苦笑した。

は苦笑していた。

多分、ボガートが自分の魔力を目掛けて、藁をも縋る思いで近寄って来たのだろう。
元々魔法生物とは敏感に反応するこの身体である。
闇の生物と相性が良いし、意識を共有する事も可能なのだ。

自分のこの能力を忘れていた事に苦笑を漏らして、は軽く首もとのネックレスを見遣った。

授業が終わって、生徒がを興味津々で見ながら職員室を出た後、リーマスはに問う。


「闇祓いは皆、杖を持たずに魔法を?」

「そういう訳じゃないけど……」


は首を傾げて屈託のない顔で答える。


「魔法の扱いに長ける為に、杖を持たないで魔法を使うのも、結構効果あるのよ」

「そうか」


普通ならば杖なしでは、まともな魔法は使えないだろう。
生徒達もそれに驚き、をそういう好奇心でじろじろと見ていたのだ。


「ところで」


は引き出しの中からさっき仕舞った禁書を取り出しながら、口を開ける。
そして目はちらりと、辺りに人がいないのを確かめた。


「脱狼薬は順調よ。
 それで、今度の満月に飲んで貰いたいのだけど、その後の貴方の様子を確かめたいのよ。
 ちゃんと効力が出ているか、って……それで多分貴方にとっては快い事じゃないと思うのだけど――」

「狼化した後に、会うんだね。
 それは全然良いんだけど、生憎声帯が発達していなくてね。喋れないよ?」

「まさか、喋れるとは思ってないわ」


はクスクス笑って言った。
リーマスもつられて微笑んだ。

満月は近い。















「……先生って、一体何が怖いんだろう?」


ハリーが教室を出た後に、ぽつりと呟いた。
それにロンとハーマイオニーも考える姿勢をとる。

その断片は、確かに見たのだ。


「そうね……吸魂鬼みたいだったけど……それはないわよね」


彼女が平気で吸魂鬼と渡り合った、というのは有名な話である。
彼女の怖いもの、というのは確かに興味のそそられるものであったが、あの「彼女」の怖いものというのは、得体が知れなくさらに恐ろしいのだ。



























2008/1/5






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