13/Halloween 後














控え目に大広間の扉が開く。

生徒達は全員大広間に集まり寝ているらしく、そこかしこに寝袋がごろりと横たわっている。
とても静かだったが、眠っていない生徒もきっと多いだろう。

はセブルスに肩を貸され、ゆっくりと歩を進めていた。
そのの様子に、眠れない生徒達がこそこそと会話を始めた。
明らかに大怪我を負っているのだ。

ダンブルドアがその二人の下へ歩み、が口を開いた。


「結果は、この私の様子を見て分かって頂けたと思います。申し訳ありません――しかし校長、お話があります」


明様に何かを含んだ調子で、いつもと変わらない声色では言った。
さっきまであれ程痛がっていたというのに、今のこのの様子に、セブルスはぞっとする。
あの「今の内に痛がりたい」という言葉は、嘘ではなかったようだと思った。


「怪我は大丈夫かね?」

「はい」


ダンブルドアはの毅然とした様子を見る。


「良かろう、こっちへ。セブルス、を頼む」


この三人が大広間から出て行くと、大広間にまた沈黙が訪れた。
















大広間の傍の小さな小部屋へ誘われ、はゆったりとした柔らかいソファーに座ろうとする。
その間もセブルスが甲斐甲斐しくも世話をやこうとしたが、は振り払い、お礼の言葉だけを言って背を伸ばして座る。
ソファーが沈み、落ち着いた。

セブルスはの様子を見栄張りだと思いながらも、その横に座る。
さっきまでの彼女の苦しみ様が頭に過ぎる。
彼女の腕と足が気になって仕方がないのだ。

しかしそうしている彼女に、逆らう訳にはいかないし、そうさせる事も出来ない。


「マダム・ポンフリーに此処に来るように言った。
 それまで……マダムには怒られそうじゃが、話してくれるかね?」

「はい」


そう言うと、はセブルスの方をちらりと見て、ダンブルドアに向き直る。


「彼は此処にいて良いとお考えですか?」

「――そうじゃったそうじゃった。まあ、わしは良いと思っておるんじゃが……セブルス、どうする?」

「我輩は出来れば此処に――」

「いえ、私個人は、出て行って貰った方が嬉しいのですが」

がそう言うのなら、出て行って貰おうかのう」

「……」


ダンブルドアに逆らう事は、セブルスには出来ない。
セブルスは黙って立ち上がり、部屋の外へ出た。
はそれでも、彼がその入り口の辺りでじっと立っているのが分かった。

セブルスが出て行くと、の目が急に変わる。
鋭い光を湛えつつも僅かに眉を寄せて、何かを考えるようだった。


「さて、ブラックについて、セブルスには聞かれたくない事は何じゃろうか?
 確かにセブルスは、この件については多少力が入り過ぎる所があるんじゃよ」


はダンブルドアの淡い目を見て、考えを纏めて、口を開いた。
さっき分かった重大な事実だ。


「一つ、大きな事が分かりました。シリウス・ブラックは、黒犬のアニメーガスです」


はダンブルドアが大きなリアクションをしていないのを見ると、続けて言葉を言う。
これから先は、勝手に口が動いた。


「だから、彼は吸魂鬼を出し抜く事が出来たんです。
 彼らは動物の気配をブラックだと、認識する事は出来ませんから。
 それにその姿だと逃亡するのも簡単でしょう……私達は、それにまんまと出し抜かれていました」

「続けてくれんか?」


が言葉を止めると校長の促す言葉がかかり、頷く。


「城門の吸魂鬼は無意味です。ブラックは既に城内に侵入しています。
 しかし、ブラックがアニメーガスだという事を世間に知らせる事が出来ない以上、吸魂鬼を警備から外す事は出来ません。
 そして私一人、そしてそれを校長に伝えた所で、それが事実だという証拠もありません。
 ――まさか、ブラックがアニメーガスだなんてことを、広める訳にもいきませんし――」


そんな事をすれば大混乱になる。
は顎に手を当てて、思案していた。
何か解決策はないかとは考える。

世間にこんな事を示せば、黒犬の大虐殺が起こっても不思議ではない。
しかし、何とかならないのか……折角分かった事実なのに……。

ダンブルドアはそのの様子を観察するように、眺めていた。
じっと彼女を見て、そのまま少し楽しげに口を開く。


「でも、君がおるじゃろう?」

「……どういう意味ですか?」

「それを知った君がおるじゃろう?」


はその言葉の意味が飲み込めなかった。
私がいるから、何?
じっと硬直し、その言葉を噛み砕き、飲み込む頃には……。


「……まさか。さっき、結局ブラックにあっさりと逃げられてしまいました。
 校長は私の事を過大に評価していらっしゃる……」


は苦笑し、自分の右腕と右足を見遣った。
どうだ、酷いだろう、と。


「しかしブラックの犬の姿を見たのは、君だけなのじゃよ」


は目線を上げて、ダンブルドアの瞳を見る。
まさかこの大魔法使い相手に開心術を使おうだなんて思っていないが、その感情を読むのは難しくなかった。
理不尽だ。


「君の話は、にわかに信じ難いものじゃ。証拠もない。信じてくれ、と言って信じる方が阿呆じゃろう?」

「校長、貴方は、本当は分かって――!」


はと声を荒げた。
校長の喋り方、表情は、その意にそぐうものではない。
子供だって分かるだろう。
目の前の校長は、ニコニコと笑んでいるのだから。

しかし社会人として、彼が言っている事は正論だと分かり、自分が不確かな話をしているということは弁えていた。
だから弁解の言葉を途中で、ぐっと喉に押し込んだ。

魔法省でこんな事を言っても、まかり通る訳はない。
確かにそれは主観的事実なのだから。


「それで、その他にわしに言いたい事はあるじゃろうか?」


はその言葉に動かされる。
今までのむしゃくしゃしたものが、姿を潜める。

そして過去の記憶が蘇り、ブラックと対面した時の奇妙な違和感を思い出す。

あの時は多少興奮していたから、ブラックが闇の気配を帯びていなかった、ということを軽く受け止めていた。
しかし今は――不快な違和感が止め処なく、流れ出る。
気持ちが悪い。

口がその思いをもって勝手に動き出す。


「ブラックは……私の感じた所、闇の気配を帯びていませんでした。
 それに、彼は私が多く出会って来た死喰い人と、全く姿が被りません。
 生温過ぎます――重症の私に止めをささず、逃げるなんて。
 寧ろ扉の外にいる彼の方が、死喰い人の匂いをプンプンさせている位です」


ダンブルドアは吹き出した。
は真面目に話していたのに。


「――君達は、仲直りしたと勝手に思っていたのじゃが――」

「仲直りはしましたけど、過去は変わりませんよ」


あっさり口走るに、やはり面白い娘だとダンブルドアは感心する。
そうしてまたすぐに、前の議論の話題について考え始めるのだ。
じっと思いを巡らすに、ダンブルドアは目を細める。

の中では、言葉に出来ないものがぐるぐると目まぐるしく回っていた。
溢れる感覚が回る、回る……。
の目は既に目の前を見ていなかった。


「では、この件の全権……とは言わなくても、半権位は差し上げよう」

「――はい!?」


は反射的に思考を止めて、目を剥いた。
ダンブルドアは穏やかだ。


「校長職、というものは案外多忙なものなのじゃ。心配せずとも、半権は常にわしが握っておる。
 それにやはり、プロに任せた方が良さそうじゃしのう。それになら――受け取って貰えるかね?」


は唇を一文字にした。
そんな、というその一言だけだった。
冗談だと言って欲しかったが、ダンブルドアは穏やかな目のままじっと何も言わない。
その目が、妙なプレッシャーを与えているように、には思えた。

はおずおずと口を開く。


「……私は。貴方の友人のマッド=アイじゃありませんよ?」

「結構じゃ。わしもアラスターではなく、君に頼みたい」


そう言ってウィンクする。
は一瞬それに無反応だった。
しかし次第に耐え切れずに、口に手を当てて、クスクスと肩を揺らし始める。

ダンブルドアはそれを微笑ましげに見ていた。
はその微笑をゆっくりとに引き締め、目を真っ直ぐに見据える。

穏やかな心が伝染したようで、そのままに言う。


「……分かりました。
 半権、頂きましょう。でも無理に使わなくても良いんですよね?
 普段は貴方に帰属させて頂いていても?」

「無論じゃ」


ダンブルドアは羽ペンを手にし、羊皮紙に己の長い名前を滑らかにしたためる。
そのペンを渡されると、も自分の名をスラリと書き綴った。

ただの一枚の羊皮紙なのに、それは今はとてつもない価値を持った。


「使いたい時に使うのじゃ」

「有難う御座います」


その羊皮紙を空に消し、は言った。
ダンブルドアは満足そうだった。

それからは事細かくさっきまでのあらましを話した。
校長は話を巧く促し聞いていた。
その心中、何を思っているのかは分からない。

話が終わると、ダンブルドアは立ち上がる。


「セブルスを呼んで良いじゃろうか? 一人で寂しがっているかもしれぬ」

「はい、お願いします」


は寂しがっている彼が想像出来なくて、少し笑ってしまった。
ダンブルドアは扉を開けようとした手を止めて、に向かって振り返る。


「? 何か?」

「君に、もう一つ言っておかねばならぬ事があったのに、気が付いた」


ダンブルドアは改めて、の様子を眺めた。
はただ首を傾げて、訳が分からなさそうにしていたが。
ダンブルドアは溜息を吐いた。


「今日と明日は絶対に医務室で寝ていなさい。今夜はこれで終わりじゃ」

「え……? でも、私が逃がしたからこんな……!」

「これ以上君に無茶をさせては、わしが君の師匠殿に叱られる。
 もう少しでマダムがいらっしゃるから、そう気を張らずに気を抜いて……アラスターを怒らせたら怖くてのう」


明らかな酷い怪我なのに色々と話させていたことに、ダンブルドアは反省する。
はダンブルドアの言葉で、肩を上げて攻撃的な様子だったのが、珍しく大人しく言葉の通りにすとんと肩を下ろした。
目線を下げて小さく息を吐く。

の目が光を失って、は薄く息を吐きながら、顔を上げた。


「いつでも……いつでも、あの師匠の影は吐いて回るんですね……」

「それだけ、君を大切に思っておるんじゃ」

「うーん……」


は首を傾げる。
ダンブルドアは席を立った。
そして部屋の扉が開き、入れ替わり入って来たのは……。


――大丈夫か?」

「ん? スネイプ?」


は僅かな時間で力の抜け切ったように、深く椅子に腰掛けていた。
目はとろりとしていて、今まで彼女相手に見た事がないものだった。
ぐったりと身体をソファーに寝かせている。

はダンブルドアの言った通りに、気を抜いたのだ。
流石の彼女でも、体力の限界だった。
次第に意識はグラリと崩れ出す。


「だいじょーぶよ、死にはしないって……」

「死ななくとも、それでは我輩が困る」

「?」


の口調はどこか虚ろで、頭ももう全っていないようだった。
セブルスがはたとの腕の包帯を見ると、それはソファーまでもを汚していた。
止血の手順は確かに正しいのに、血が全く止まっていない。

セブルスはそのの状態に、校長を恨む。
どこまで無理をさせたんだ。
早く治療をさせるべきだったのに。

セブルスは杖を取り出し、その右腕にあてた。
せめてものの気休めだ。


「大丈夫だって……スネイプ。それに、私、まだ、やらなきゃいけない事が、沢山……」

「お前だけが何もかもを負い込む必要はない」


はその言葉を聞いても、すぐに反応を返さない。
瞼が閉まりかけ全てが見えない瞳は、虚ろに虚空を見つめている。
顔を振ることさえしない。

セブルスはもう一回、の目を見て、ゆっくり言葉を発する。


「分かるか? 此処にいるのはお前だけではないのだ」


はゆっくりと目を開け、セブルスを見上げる。
そして一回、瞬きをする。

その目に正気が宿っているのかどうかは分からなかったが。
もじっと、セブルスの目を見ていたように思えた。


「……うん。有難う」


その言葉を最後に、はコトンとソファーに頭を預けた。
瞳は完全に瞼に覆われる。


……っ!?」


セブルスは焦り、の顔を覗き込んだ。
そして全身を見渡し、何か異常が出ていないか、そして呼吸を確かめ、脈拍を確かめる。

その結果。

聞こえたのは規則正しい呼吸に、安らかな寝顔。


「――寝ている……」


コテンと頭を背凭れに任せ、幸せそうに寝ていた。
唇の間からは規則正しく呼吸音がし、肩が規則正しく上下していた。

心配して損した、とは思わずに、セブルスは安堵してその寝顔を見遣る。

汚れた頬に髪が掛かっているのを退け、ゆっくりとした暖かい呼吸が手を掠った。
まるで彼女は、子供のように穏やかに寝ていた。
珍しく無防備な彼女の姿に、セブルスは自分のマントを掛けてやった。


バタン!!


ドアがいきなり勢いよく開き、はビクリと目を覚ました。
セブルスもと変わらない程に驚き、その扉に立っている人を見る。


先生、その怪我は――!?」

「マダム、あの……」

「貴方は喋らないで。大体のあらましは聞いていますので。スネイプ先生、先生を運んで頂けます?」


は喋らないで、と言われて、口を閉じるしかなかった。
マダムはテキパキとの傷を確かめるように袖を捲くり、足を見て、移動をする為の応急手当をする。
そして。


「スネイプ先生、先生を運んで頂けます?」


その剣幕にセブルスは逆らえなかった。
それに、も。
とセブルスは顔を見合わせる。

数秒沈黙し、セブルスはを前と同様抱え上げようとするのを、は無言で受け入れる。
身体を動かされる痛みには顔を顰めた。
そしてマダムを先頭に奇妙な郡列を組んで、それは出発した。





は規則正しく揺らされ、気持ちの良い人の体温を感じ、眠気を覚えた。
周りの緊迫さを尻目に、当の本人はうつらうつらと目が塞がっていく。

は軽やかな寝息を立てて、ぐっすり眠り込んだ。



























2008/1/12






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